レイトショー

 主にミニシアターで夜の9時頃からかかる、所謂『レイトショー』には、独特の雰囲気がある。最近は、夜ジョギングするようになったのとNEWS23をライブで見たいという理由のため、余り行かなくなってしまったが、以前は好んで見に行った。レイトで見た、思い出の映画も多い。見終わった後、映画の内容を頭の中で反芻しながら、深夜の道をユラリユラリと帰るのは、中々心地良いものだ。

 少し前まで、レイトショーといえば『ミニシアターでも一日中上演するには集客力が弱いが、一部好事家などには絶対に需要がある』というような、つまりミニシアターでやる映画の中でも特にクセの強い映画をやるのが普通だったように思う。レイトショーだけでしか見れない映画というのもあって、今のように爆発的に人気が沸騰する前の韓国映画などは、そんな映画が多かったような気がする。『反則王』だとか『アタックザガスステーション』だとか『イルマーレ』だとか『ホワイトクリスマス』だとか、私は皆レイトで見た気がするのだが……(思い込みによる気のせいかも知れません、念の為(^ ^))。カリテ(現武蔵野館)で『ストーミーナイト』という滅茶苦茶な(?)インド映画を見た時は、「毎晩カリテではこの映画を上演していて、毎晩誰かしら見ている人がいるのだなァ」と、妙に幸せな気分になったものだ。
 良かったレイトですぐ思い出せるのは、シネセゾンのレイトだけでやっていた『素敵な歌と船は行く』だ。見終わった後、レイトだけでやるには残念な、いい映画だなあ、と思ったことを良く覚えている。案の定、この監督は次作『月曜日に乾杯!』が良くって、シネアミューズで特集が組まれたりしたのだった。こちらは、私は今はなき銀座のラセットで見たのだが、見終わった後、皆さん中々幸せそうな顔をして映画館を出て行くのが、アメリのように嬉しかった。
 逆に、レイトで失敗した体験もある。たしかアミューズで、ゴダールの映画をレイトでやっていた時(『離ればなれに』、だったかな?)、ちょっと仕事が辛くて、疲れていたのだけれど、どうしても見たくって、翌日休みという夜、頑張って見に行ったのだった。――案の定、寝てしまった……。それが、うつらうつらとかコックリコックリというのではなくて、もう熟睡してしまい、内容を全く覚えていないのである。映画館を出てからも、足がフラフラして、酔っ払ってもいないのに千鳥足状態……。いびきをかいて、周りの皆さんに迷惑を掛けてなきゃいいけど……。今思い出しても恥ずかしくなるような、失敗体験だった。

 しかし最近では、こういうレイトショーの上映形態が、変わって来ているように思う。例えば、渋谷のシネタワーとか、大きな上映館でもレイトをやるようになった。少し金額を安くして、封切り映画をもう少し続けたりするのだ。丁度1年程前、『着信アリ』がこの形式でレイトでやっていて、当時私は「続編を作りたいけど少し成績が足りないから、安くしてもう少し続けて、動員数を稼ぐつもりかしら?」などと、勘ぐったりしたものである(案の定、続編が出来るようだ、まさかこの勘ぐりの通りではないだろうが……)。その地区でやらない映画を、特別にレイトだけでやることがあって、同じシネタワーでやった『スクールオブロック』などがそうだった。この映画、渋谷では何故か昼間やる映画館がなかったのである。
 また、一度銀座テアトルで、おばあさんが「この映画、今レイトショーでやっているの?」とスタッフに聞いて、スタッフが「今度、モーニングショーにもなりますよ」と答えていたのを偶然聞いたことがある。察するに、小さい映画などでレイトショーだけでやると見れない人がいるので、日中上演している映画のシフトなどとの兼ね合いを考慮した上で、モーニングショーと使い分けたりもしているのだろう。いずれにせよ、映画のシフトを組むのに腐心している私のような映画ファンには嬉しいことだ。

 女性の方は特に、深夜に終わるレイトショーには、足を運びにくいかも知れない。しかし、実は男性でも恐いことがある。渋谷のアミューズや池袋のロサなどでレイトを見た後は特に多いのだが、帰りがけに、片言の日本語で「おにいさん、マッサージどうですか?」などと声を掛けられるのだ。うつむいて足早に通り過ぎたりすると、(『パペポ』をやっていた頃の鶴瓶風に言えば)通り過ぎた背中でキンコンカンコンと会話が飛び交い、ワハハと笑い声が聞こえたりする。しかし、これは恐いですよ(^ ^) それは私も、お金や時間に余裕があれば、たまには稼がせてあげましょうか、と思うこともあるかも知れないが、現状では、ちょっと勘弁して頂きたい……。

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