ドイツ旅行記(2003.7.29〜2003.8.13)


           僕にとってドイツは二度目の旅行です。以前に行ったときは主にミュンヘンにいて、カンディンスキーやフランツ・マルクの絵を何度も見に行きました。マルクはその時、初めて知った画家で、表現主義とは少し異なり、何かパソスを感じさせる彼の虎や馬の絵には驚嘆した記憶があります。今回は二人連れで、まあ言ってみれば観光旅行のようなものです。年をとったせいか、絵を見てもあまり感動しなくなったし、長く見ていることが疲れるようになったせいもあります。ドイツ旅行と言えば、ラインの川下りとロマンティック街道というのが相場で、僕らも相場通りの見物も少しこなしましたが、あとは近場を車で回って過ごしました。主にいたところがオーストリア領に少し入ったRiezlernというアルゴイアルプスの麓で、行く前はそこから車でドイツの名所に出かけてもそれほど時間はかからないと思っていましたが、実際は高速の入り口であるKemptenまで小一時間かかる距離で、地図で見ると近い距離でも、実際に走ると予想以上に時間がかかる事が分かりました。一般道でも80km/hから100km/hのスピードで走ってこれですから、ドイツはやはり広いですね。ドイツと言えばアウトバーン、どれくらいのスピードだろうと思っていましたが、流れる車の速度はやはり速かったですね。田舎の方のアウトバーンは空いていますからみんなスピードを出して走っていますが、走行車線を150km/hで走っていても、楽に抜いていく車がざらにあります。一般道もだいたい80km/h, でも道が町にさしかかると50km/hや30km/hに、文字通り急に減速します。ドライバーも町に近づくと速度を落とす人がほとんどで、流れに乗っていれば走りやすいと言えます。案内の表示も文字が大きく、見やすく作られています。また車自体が高速向けの感じで、僕のレンタカーはOpel のAstroでしたが、ロウギアのパワーは今一なのに比べて、高速での加速は良かったですね。さすがドイツ車という感じでした。


    





今回の行程は

  Narita-Frankfurt-Darmstadt(四泊)

    Darmstadt-Stuttgart-Riezlern(七泊)

  Riezlern-Stuttgart-Frankfurt(三泊)

  でした。レンタカーはStuttgart空港で受け渡しをしましたが、インタネットでドイツの業者に直接頼んだもので、丸々一週間借りて四万円弱、ハーツだと約7万円ですから、かなり割安でした。ただ、ドイツのレンタカーにはオートマティク車が少ないようで、僕もオートマを依頼したのに、運転席に座ってみるとマニュアルでした。僕自身の車はマニュアルですので、運転できなくはないのですが、右手でギア操作するのに慣れるまでやっぱり不安でしたね。車置き場に車をおいたまま、昼食を取りに行っていて、それから帰ってきて初めて乗り込んだので、マニュアルだと分かったとき、最初はオートマに取り替えてもらおうと思って、まわりに停めてあるレンタカーのギアをチェックするとすべてマニュアルで、これじゃまあ仕方ないかなと思ってそのままその車に乗りました。未だにマニュアル車が多いというのもドイツ気質かもしれません。

Riezlern

       


              


リーツレルンと発音するのでしょうか、僕らから見ると変わった地名ですね。ドイツのOberstdorf経由でしか行けません。道がRiezlernの先のBaadというところで行き止まりになっていて、オーストリア領でありながら、オーストリア側からは行けない変わった土地です。標高は約1000M,スイスのグリンデルバルトと同じくらいです。今年は異常気象で、ここも日中は30度を超え、子供たちが川辺のプールで水遊びに熱中していましたが、夜(日没は9時頃)は15,6  度まで下がります。冬はスキー、夏は避暑・ハイキングの町のようです。ここの宿もドイツの業者に頼んで取ったものですが、台所も風呂もあって一週間(朝食付き)で約 8万円でした。アルゴイアルプスと言ってもスイスのように4000M級の山があるわけではなく、2000M程度の山々ですが、それが逆に山歩きにはちょうど良いのかもしれません。


ホテル(スポーツホテルという名前で、温水プールがついていました)の近くには小川が流れており、散歩ついでに歩いていくと高台の牧場に出ます。顔の周りに群がる小さな虫を嫌って、馬がしきりに顔を振っているのが見られ、掲示を見るとそこはもう別の村になっていました。リーツレルンの村の家々もスイスの家と同じく花で飾られ、家の作り方もスイス同様、国は違っても地域としては同じなんだなという感を深くしました。


村の家が花で飾られている


                                          







Kanzelwand

kanzelwandの山
  


リーツレルンの村で一番の目玉でしょうか。ゴンドラで1000M近くを一気に上るとKanzelwandに着きます。標高2058M、冬はここからスキーで下るようです。夏はここから歩いて下るルートもあります。名前は分かりませんが、下の写真の花が咲いていました。
ゴンドラの切符にはBergfahrtとTalfahrtという区別があり、Talfahrt(谷旅行)って何だろうと思いましたが、要するに「下り(帰り)」でした。Bergfahrt+Talfahrtで往復になります。辞書には載っていましたが、書物では見かけない単語ですので、僕を含めて知らない人もいるでしょう。念のため書いておきます。


    


Zugspitz

     

               

"Top of Europe" がユンクフラウなら、"Top of Germany" が Zugspitz(2964M)です。僕らはEibseeから入りましたが、Garmish-Partenkirchenから電車が出ています。アイプゼーからは登山電車かロープウェーのどちらでも頂上に行けます。ただし、登山電車だと頂上の下までですから、もう一つ短いロープウェーに乗る必要があります。チケットはロープウェー・登山電車共通で、行き帰りをどちらにするかは各自に任されています。僕らは行きを「ロープウェー」、帰りを「ロープウェー+登山電車」にしましたが、他にも同様の人が多くいたようです。登山電車終点から頂上までがガレ場の登山道になっていて、もし歩いて登るのならそれなりの装備が必要です。短いロープウェーから見た範囲では、結構きつそうでした。




ツークシュピッツ山頂


 山頂には十字架のようなものが建てられていて(これと同じようなものが他の山頂でもありました。ドイツの習慣ですかね)、槍ヶ岳山頂のように登りたい人が列をなしています。鎖も梯子もかけられていて、他に人がいなければ展望台から5分もかかりませんが、結構滑りやすい石質ですから気をつけて下さい。

Schloss Neushwanstein


           観光客が押し寄せる城のチャンピオンです。城は二つあって、もうひとつはHohenshwangauと言います。外見もそうですが、中も贅を尽くしていてよくもこんなに金をかけたな、と思わせます。見物客が多いだけあって、城の参観もシステム化されており、ここまでシステム化されたものは日本にはありません。どうシステム化されているかというと、チケットを買うと、
  入場時間・グループ番号が指定されています。(イヤフォンガイドの言語を何語にするかも聞かれます。日本語のものもあります。)そして銀行の受付番号表示と同じようなものがどちらの城の入り口にもあり、自分のグループ番号が表示されたら入るのです。グループは20人くらいの人数で、それぞれが自分の言語のイヤフォンガイドを耳に当てながら、解説を聞き、ガイドと一緒に城の中を見物するわけです。二つの城を見る時は、Hohenshwangau城が先に時間指定されています。城の中の見学はどちらも1時間半弱です。個人で行っても団体で行動することを余儀なくされるシステムで、こうでもしないと捌ききれないのかも知れません。Hohenshwangau城からNeushwanstein城へは坂道を歩いて登って20分程度、バスもありますが、バス待ちの列が長いので、僕らは歩きました。9時に行き、チケットを買えたのが9時半過ぎ、Hohenshwangau城への入場は10時20分の指定、見学が終わって写真を撮っていたら時間はもう12時過ぎ、バス待ちの列は長く、Neushwanstein城の入場時間は12時50分、結構焦って坂道を登りました。見学が全部終わったのが三時前、それからやっとのんびりAlpseeを見たり、昼ご飯を食べたりしました。たかが城見物ですが、結構時間がかかりますよ。左上のNeuschwanstein城の写真はMarien橋からとったもので、ちょうど良いところに橋を造っているのはさすがでした。橋を渡って、まだ道は続いていますが、先を行っても別の山に出るハイキング道で、城の見える見晴らしには出ませんでした。残念!






   

   


Plansee

Fuessenの先にある湖です。このあたりは小さな湖が点在していますが、細長い形をした湖がPlanseeで、泳ぎや日光浴を楽しむ人たちが大勢詰めかけていました。カナダの湖には及びませんが、比較的美しい湖でしょう。湖端にあるHotel Forelle で名前通りの鱒料理を食べましたが、魚につけて出されたジャガイモはとてもおいしかったですね。他の土地のレストランのジャガイモはごく普通のものでしたが、ここで食べたものは格別でした。種類が違うのか、ゆで方が違うのか分かりませんが、さっぱりと粉っぽいという感じで、魚以上に僕はこのジャガイモを楽しみました。

    


Lindau

   リンダウの港                                                
   

ボーデン湖にある小さな町がLindauです。市の中心部は島になっていて、鉄道と道路用の二つの橋が架かっています。町並みがきれい、ということで行きました。こぢんまりした町で大通りより、狭い横町の方が風情があるという印象です。この町からスイス・オーストリアへ船が出ていて、というより、ボーデン湖を船でわたると別の国に出るということにすぎませんが、僕ら日本人には「珍しさ」を思わせる所です。

                        
                       rinndauno


 Mathildeの丘 

Darmstadt市内、市の中央にある城跡から歩いて15分くらい、工科大学の先にある「工芸家村」です。かっての支配者である大公が家様式(家自体だけでなく、家具・調度類・食器類を含めて)に関わる芸術家・職人を集めてコロニーを作らせたもの。その人たちの設計した家が残るだけでなく、手作りの家具・食器類が美術館に展示されています。様式としてはアール・ヌボー(ユーゲント・シュティール)、これだけまとまっているものは珍しいでしょうね。ロシア教会もあります。これも布置の一つでしょう。この丘には町(市)が大公の結婚祝いに贈った結婚記念塔もあり、五本指の丸屋根が目印です。僕らが行った日には、結婚したばかりのカップルとそれを祝う友人や親戚の人たちがここに集まり、記念塔に登った後、前の公園でワインを抜いてお祝いをしていました。こういう風景を見るのも珍しかったです。

 


  ライン川下り

    RhuedesheimからKoblenzまで、約4時間弱、船に揺られてきました。船には大勢の人が乗っていましたが、ローレライの絶壁をすぎたところにある町St.Goar(ザンクト・ゴア)で降りる人が過半でした。ここまででも二時間弱の船旅です。途中の名所・旧跡(城跡)はドイツ語・英語・フランス語・日本語・中国語の放送で説明され、ローレライの所ではシューベルトの音楽も流されるという、手慣れたものでした。僕らがKoblenzまで行ったのは、そこから鉄道でBonnに行き、Beethoven-Hausを見るためでしたが、時間的にはぎりぎりでした。よく晴れていて、結構日焼けしました。ライン川の両側の丘はブドウ畑で、浮き世の苦労を忘れたのどかな一日でした。

  ライン川下り風景        

      
                   

 ユダヤ人墓地
   

        Frankfurt市内にあります。フランクフルト在住のユダヤ人でアウシュビッツやトレブリンカに送られて死亡したした人の名前が、墓地の壁に埋められたレリーフに刻まれています。その数は一万を超え、亡くなった年が不明のものもあります。このすぐそばには、昔のユダヤ人街を保存した記念館もありました。

              

 
  ドイツ小話  

  ○ Hitzewelle

         僕らがドイツに行った2003年夏は記録的な猛暑で、テレビでも各地の気温の高さが報道されていました。ドイツで一番の記録が破られ、40.2度を記録したところがあったとか、フランクフルトは38度、この暑さはいつまで続くのか、とか、です。僕らはリーツレルンにいたおかげで、それほど暑さを感じませんでしたが、帰りの飛行機に乗るためフランクフルトに戻った時は、もう暑いの何の、じっとしているのもいやになるくらいでした。夜10時を過ぎても30度を越え、エアコンのある日本が懐かしくなりました。「水辺」が今年のドイツの人たちの合い言葉のようで、各地の湖には人が大勢詰めかけ、駐車場も満杯で道路脇に停めている車も多数ありました。パリではセーヌ河岸に人工の渚が作られ評判だったようですが、フランクフルトのマイン河岸では子供たちの遊び場が作られていました。毎年恒例のようですが、砂場から遊技場、スケボー場まであり、大勢の親子連れが楽しんでいました。ドイツの子供たちの表情は素直でのびやか、夏休みの家族サービスなのか、親子連れが目立ったのも特徴です。遊びも人工的なゲームではなく、手作りの、子供の教育に配慮したものが多かったですね。

                                              遊び風景

 ○ベルリンの壁

    ひょんなところでベルリンの壁を見ました。所はコブレンツ、ライン川とモーゼル川が合流するところで、そのあたりはDeutsche Eckeと名付けられた観光地になっています。1989年11月9日、と壁が壊された日が記され、ドイツ再統一の記念碑になっています。


                                         


  ○絵心

         これはリーツレルンのホテルのそばで見かけたものです。文字ばかりの警告版でないところがミソ。
    「ここでは・・・しないで」と書かれています。

             


 ○学校の遊び場

       リーツレルンの学校、幼稚園から中学校までだと思われますが、一つになっていて、外に低学年用の遊び場がありました。ボールを転がして的に入れるものですが、一つ一つ、いろいろ工夫して少しずつ内容が変えられています。手を使って、少し頭も使って遊ぶのは良いですね。

          学校の遊び場    一つの台の写真


   ○ チップのこと

       この習慣にはいつも悩みますね。必要なときには多めに、というのが僕の考えですが、必要・不必要の判断がつきません。キャフェでビールを飲んだ時、ベッドメイキング等、「必要ない」と書かれた本もありますが、ウェイター・ウェイトレスの人はおおむね、チップを期待していますね。あげずに出たときに、がっかりした顔を見て悪いことをしたな、という気持ちになったこともあります。ホテルでもチップを置いておいた方がサービスに念が入るようです。ただし、サービス料込み、と明記されていれば別ですが、ライン川の川下りの船のレストラン以外では、そういうふうに明記されたところは余り見なかったですね。

  ○ドイツ鉄道の時刻の正確さ

  ドイツ人は時間に厳格だ、と思っていましたが、鉄道の時間は少々いい加減、というか、ある程度の遅れは仕方ないというふうに割り切られているように思います。それほど鉄道を使ったわけではないのですが、短い滞在期間のうちに15分遅れ・30分遅れの電車を何度か経験していますから、遅れが多いのは通常のことだろうと思います。秒単位の正確さを誇る日本の方が「異常」なのかもしれません。JRでは停車位置を1M間違えただけで、すぐ「降りろ。反省文を書け」となるそうで、好きで運転を楽しむ雰囲気ではないそうです。遅れるのが良いわけではありませんが、日本の労働者管理には余裕がなさすぎますね。


○ Frankfurtで割安の宿

       Kolping Hotel と言い、Lange Strasse にあります。ホテルチェーンですが、各種学校のような教育施設も持っていて、そこで調理や接客の訓練をしているようで、そこの学生の寄宿寮にもなっています。エアコンはついていませんが、バス・トイレ付きのツインの部屋で週末80ユーロ(約1万円強)、バスなしシングルだと40ユーロ、朝食もビュフェで好きなように食べられます。
フランクフルトはホテル代が高く、100から120ユーロ以上の部屋が多いので、ここは割安だと思います。商店街のZeilの外れにあり、SバーンのOstendestrasseのHanau側を出て100Mほどの所にあります。Bedmakingで枕元にチップをおいておいても取らずに机の上に戻されていました。学生を実習で使っている様子もありますが、悪い感じはありません。動物園も歩いて15分くらい、近くに散歩できる公園もあります。中央駅近くの高級ホテルより、僕にはこちらの方がいいですね。
 
       Lange Strasse 26
         60311   Frankfurt am Main
     
      tel  : 069-29 90 60
      fax : 069-29 90 61 00
      http://www.kolpinghotel-frankfurt.de/