九寨溝への旅

   

   初めて中国に行った。新興中国の様子を知るという目的もあったが、実はただの観光旅行で、世界遺産となっている九寨溝という所の、最近人気の湖巡りである。九寨溝への基地は成都で、直行便で予約したのに、乗ってみると北京で降ろされ、北京で入国手続きをすることになった。予定外のことでやれやれと思ったが、入国に問題はなく、一時間ほどそこでロスをしてまた同じ飛行機に乗り成都に向かった。成都空港では予約通りガイドさんが待っていてくれて、ドライバーの周さんの自家用車(DAEWOO)でまず武侯祠博物館に行った。  

 

ガイドさんは呉(ウーさん)と言い、日本で働いた経験があるそうで、日本語をしゃべる分にはしゃべりすぎるほどで、うるさいくらい熱心に説明をしてくれた。こちらは余り興味がないので適当に聞いていたが、聞かないのも悪いし、ガイドさんを頼むというのも善し悪しだなと思った次第。一週間強のつきあいで分かったことだが、呉さんは実に仕事熱心な人で、お客のためにも自分のためにも、周りの中国の人が呆れるくらい押しが強い人であった。この時の説明ぶりも彼特有の「押しの強さ」があってちょっとうるさいなという気がしただけで、旅行での助っ人としては頼もしいガイドさんであった。

右の写真は何かは忘れたが、面白そうなので撮ったもの。売店で日本語の上手な男性がいて、この人も日本にいた由。この後、辛い四川料理を町中のレストランで食べたが、ウエイトレスにまたまた日本語の上手な若い子がいて、聞いたら日本に行ったことはないが、大学で勉強しているとのこと。中国の人は語学が結構達者なんだなと初日にして思わせた。    ただ、日本語ができるのはそれなりに勉強した人とかに限るようで、田舎では日本語どころか、英語も通用しません。やはり成都は都会でしたね。

 初日はこうして過ぎ、二日目は九寨溝に向かう十時間のドライブ。どんな悪路かと思っていたが、高速を一時間ほど、あとは田舎道を延々と、という感じで、主に羌族の部落をいくつも通り抜けていく感じでした。トウモロコシ畑が延々と続いていて、羌族の人たちはとうろこしと羊が主食なのかも知れません。車中でしたので写真は撮りませんでしたが、服装はいかにも中国の田舎の農夫といった感じで、豊かさはなかったですね。これは余談ですが、茂県に行ったときに羌族博物館があり、五時を過ぎて閉館していたのですが、呉さんの押しの強さで若い女性が中の特別展だけ案内してくれました。とても美人で、ドライバーの周さんも一緒になって写真を撮ったとき、周さんがうれしそうに女性の肩に手を回していた思い出があります。           

  左の写真は途中トイレ休憩によったスタンドで 中国のガスステーションはほとんどこの形でこの会社でした。因みにトイレは無料です。







   この写真は途中の山道ですが、それほど険しい道ではありません。昼食休憩の場所は名前も分かりませんが、料理はおいしかったですね。











 九寨溝に着いたのは6時頃でしたか。部屋は、これも呉さんの押しでツインのところを広いダブルに代えてもらったようで、広くて快適でした。食事の後はチベットの民族ダンス、予想に反して(?)結構面白かったですね。日本で言えば日光の江戸村みたいな感じ、ただアクロバットではなく舞踊だというのが違います。演舞場に入るときに白いリボンのようなものを肩にかけてくれ、ずっとこれを持っているんだと思っていたら、お気に入りの出演者が舞台に出たときにその首にかけてあげるのがマナーのようで僕らもタイミングを見てそうしました。役者が呼びかけると観客の中国の人たちがどっと舞台に出て盆踊りのようにみんなで踊り出し、その「乗りの良さ」には驚かされました。

  
                      

 

 翌日早く、と言えば格好いいのですが、実はのんびり11時頃、目指す九寨溝に行きました。一日二万人でしたか、入場制限がされる由で、ずいぶん混雑しているだろうな、と覚悟していたのですが、着いたらガラガラ、これは如何にと思っていたら、ここに来る人は8時頃に来て入場するので、11時過ぎに来る人などほとんどいないとのこと。とりあえず、二日券を呉さんに買ってもらったら、二日目の券にデジカメ写真を印刷するとのことで、係の人が二人一緒の写真を撮り、プリンターで二日券に写真を印刷してくれました。さすが偽物が多い中国、徹底してますね。余談ですが、成都のホテルで「中華」という、中国で一番と言われるタバコを買ったとき、呉さんから「領収書」をもらうように言われて、そんなものもらってどうするの、と聞いたら、タバコがもし偽物だったら領収書を持っていってお金を返してもらうんだ、と言っていました。100元札の偽札が出回っているから気をつけて、と成田の両替所で注意されたこともあり、お札からタバコまで、中国では何でも偽物があるんだと変に感心した次第。それはそうと、入場券は縦15.5センチ、横21センチと大きく、鞄に入れておけばなくす心配はなさそうですね。  

ガイドブックにあるとおり、九寨溝では排気ガスから自然を守るため専用バス(LPGバス)が運行されており、バスに乗ってまずvisitor centerまで行き、そこで長海行きのバスに乗り換えました。九寨溝は中国に人にも人気のようで、入場口の閑散さと比べればびっくりするくらいの人がcenter付近にはおり、中で食事をしたり、外のベンチでインスタントヌードルを食べていたり、持参のトウモロコシをかじっていたり、で座る場所もないくらいの混みようでした。僕らは長海に行くバス停に行ったのですが、この時間でも結構並んでましたが、本数が多いのでそれほど待つことはなかったですね。

やっと長海に着きました。カナダの湖を思わせる風景で、人の多さだけがアジア的ですか。呉さんがしきりに写真をどうぞと勧めてくれるので、スポットごとで写真を撮りましたが、長海から歩いて15分程度下ったところにある五彩池は実に見事な色彩でした。                    

              


細い山道を歩いていると、木立の間から不意に美しい色の池が姿を見せます。不意に、というところが味噌なので、自然の演出なんでしょうね。コバルトブルーから黄緑がかった色まで、不思議な色彩を湛えてその池はそこに小さく佇んでいるという風情で、この池だけでもここに来た甲斐があると思わせます。(写真をダブルクリックすると大きくなります)













五彩池の後はまたバスでセンターまで戻って遅めの昼食、二階に上がり、BUFFET形式の食事でしたが味は良かったですよ。値段は30元(500円程度)くらい。一階がチベット民芸品の売り場になっており、帽子から小物入れまで、便利な土産物が買えます。その後は、長海とは別方面(日則溝)のバスに乗り、パンダ(熊猫)湖、五花海、パンダ瀑布に行きました。ちょっと疲れていたし、後二日あるという気持ちでざっと見ただけですが、呉さんは頻りに五花海を絶賛していました。湖底に沈んだ樹木が言うに言われぬ色合いを水面に与えている景色は確かに見応えがありましたね。





九寨溝二日目・三日目はガイドさんなしの単独行。センターから原始林の方に行くのに乗り間違えてゲートに戻ってしまったり、多少の失敗はありましたが、単独行の気楽さ、のんびりと湖と湖をつなぐ遊歩道を散歩しました。日当たりの所の気温は三十度超えていましたが、日側溝終点の原始林から草湖を経てスワン湖まで一時間強、整備された道をゆったり歩くのは快適でした。

               

スワン湖からバスに乗って珍珠灘(PEARL BEACH)まで行き、そこから瀑布を過ぎて鏡湖に出ました。遊歩道は完璧に整備されており、木道の下に樹木が背を伸ばしていたらそこだけ穴をあけて木を上に逃がしてやったり、小さな崖沿いの道はスティール製の支柱で支えられているのですが、その支柱に一つ一つ木肌を取り付けて景観を損なわないようにしていたりと、至れりつくせり、ここまでやるのかと思わせる整備ぶりには驚嘆するばかりでした。


三日目はまた五彩池に行き、センターで昼食、おみやげを買ってそこからチベット村まで遊歩道を散策。歩いて二時間弱でしたか、時間が夕刻に迫っており、歩く人もほとんどいない道をてくてくと歩きました。感心したのは道端に捨ててあるゴミがほとんどないこと。湖やその間をつなぐ清流に流れている水は透き通るくらいにきれいで、管理の人がいるにしてもマナーは見事に守られていました。水中にゴミを見つけるのが珍しいくらいでしたので、一つ見つけたときは思わず写真を撮ってしまったくらいです。チベット村は完全に土産物屋さんの集落になっており、買い物もしましたが、特には面白くなかったですね。



九寨溝四泊の後、高山道を通って黄龍に向かいました。最高は標高4030メートル、5000メートルを超えるという雪宝山を正面に見るところで馬に乗った写真を撮らせます。一人五元。一車線の道路なのですが、バスが追い抜きをかけてきたりで、ゆったりとしながらも時々のスリルも味わえるドライブでした。



黄龍にも五彩池があり、人によるとこちらの方がきれいだという話もありますが、僕らが登り始めたのは午後二時半頃で、人がわんさかいて、正に列をなして登るという風情、九寨溝は色々な見せ場があって人も分散するのですが、黄龍は一本道をみんなで登るので集中するのは避けられません。九寨溝には豊富な水が滔々と流れていましたが、黄龍は水が乏しく、池の周りに地肌が出ている所もあり、ちょっとという感じでした。登りの途中と一番上にチベット寺があり、僕らは中腹の寺で休憩をかねてお線香をあげたり、マニコロを心にもなく回したりという罰当たりなことをしてから一番上の五彩池に向かいました。五彩池は標高3000メートル弱、酸素ボンベが必要だというので携帯用のものを100元で購って持参しましたが、僕らはすでに高度に慣れていたのか、ボンベを使うこともなく五彩池に着きました。苦しんでいる若い人を下山の時に見かけて、その人にボンベをあげましたが、飛行機で到着してすぐ登るとやはり結構苦しいのかも知れません。登りの時間は二時間くらいでしょう。



翌日、黄龍を出て茂県に向かいました。九寨溝方面にしばらく戻り、そこから左折して茂県への道に入ります。途中、松潘というかっては栄えた町に寄り、そこで昼食をとりました。車とか馬で人々が九寨溝や黄龍に向かった時代は中継地点としての役割もあったのでしょうが、飛行機で行く人には全く無関係な町です。昔の王と王妃の銅像があり、ロマンティックな伝説もある町ですが、ホテルも閉鎖され、町には活気がなかったですね。日本の田舎町と似たような現状があるようです。


  茂県から成都へ。旅ももうすぐ終わりです。成都への途中に、30数年前に大地震があり、村が水没した地点が観光名所となっている所があり、そこでヤク(牛扁に毛と書き、それに牛の文字を加えてマオニュウと呼んでいます。成都でステックになっていたものを買って食べましたが、結構おいしいものです)に乗せてもらったり(一人五元)、リンゴを買って食べたりしました。周さんは車を洗車してもらい、準備OK.成都に近づくにつれて渋滞、バスとトラックの衝突現場も目撃しました。                









成都では都江堰を見物、写真にある吊り橋を渡って対岸に出たのですが、吊り橋は思った以上に揺れて歩きづらかったですね。成都に近づくにつれて、ムッとした暑さが体にまとわりつき、そのためもあって疲れが倍増した感じでした。裏門のところでまた車に乗ったのですが、人も少なく静かで、都江堰ではここが一番ほっとする場所でした。



その後、パンダ繁育研究所にパンダを見に行きました。都江堰から車で半時間程度の距離、何しろ暑いし、時間は夕刻近いし、ということで、呉さんも「パンダさんは(建物の)中で寝てますよ」という感じで、期待はしていませんでしたが、正にその思い通りに、建物の中で暑さを避けていました。大枚を払うと(200元でしたか?)パンダを抱いた写真も撮れるということでしたが、それはいいことにして、生まれたばかりのパンダの赤ちゃんを見て帰りました。帰りに餌係の人が竹笹を用意していたので呉さんに聞いてもらうと、竹笹は雲南省から運んでくるということでした。ホテルに帰って夕食の予定でしたが、暑さで体が参っていたので、中国食は断り、ここで、ガイドの呉さん、ドライバーの周さんと別れ、僕はマクドナルドでハンバーガーを食べ、後はひたすら眠りを貪って一日が終わりました。



ホテルは飛行機で着いたときと同じ成都四川賓館、勝手知ったるというまではいきませんが、ここで後二日間の自由行動、出かける気もしなかったので、成都の町をただぶらぶらして過ごしました。本屋に寄ると英語の学習機材がずらり、ずいぶんブームになっているようです。繁華街には日本と変わらないような店が並び、若い二人連れも数多く見かけました。携帯で写真を撮ったりしていましたから、ここは最近の名所のひとつなんでしょうね。若い人たちの表情は明るく、けばけばしくなくて好感が持てましたね。新興中国、未来に希望がもてるのでしょうね。羨ましい限りです。僕らは結局ここで映画を見たり、本屋に寄ったり、百貨店で買い物をしたりして二日間を過ごし、三日目に張さんの車で空港に向かいました。10日間の旅行でしたが、四川省のごく一部を回っただけ、中国の広さを実感した旅行でした。







列待ちについて・・・・町中のレストランなんかでは列を作って待つのが普通のようですが、九寨溝での経験では、バス待ちでもタクシー待ちでも、普通の人は列など作らず、早い者勝ち、乗った者勝ちという感じでした。日本流に列を作って待っていると永遠に待ち続けなければなりません。vitalityというのか何というのか分かりませんが、押しの強さは呉さんだけのものではなさそうです。

四川料理について・・・辛すぎて味が分からない感じです。食べている内にどっと汗が出てきてハンカチがぐしょぬれ、汗っかきには合わない料理ですね。

道路・運転マナーについて・・・三輪タクシー(人力車に自転車をつけたもの)、乗用車、自転車など、新旧取り混ぜて道路を走っています。進行は車優先で、人の方が車に注意して道路を横断しなければいけません。車同士でも隙を見れば追い抜きをかけたり、飛び出したりしてくるので接触事故は多いそうです。僕らの感覚ではあり得ない割り込みや飛び出し方をしてきますが、土地の人は慣れたものでそういう車や自転車や人をうまく避けて走っていきます。「俺の車がここにいるぞ」と対向車に分からせるためでしょうか、やたら警笛を鳴らして走ります。そうしないと、いつ対向車が車線をはみ出てこちらの車線で追い抜きをかけてくるか分からないのです。中国では僕らにはとても運転はできませんね。国際免許が使えないのが幸いでした。


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