3)ウインチェスター

 2年前の10月9日に母が亡くなってから私は、小さな家だが、 一軒の家に一人で住んでいる。母の使っていた物を目にすると、ひ どい悲しみにおそわれたから、母の匂いのするものはすっかり片づ けた。私が寝室に使っていた部屋は、がらんとなった。冬休みにマ ックを買って、その部屋で、テレビの音を背中で聞きながら、キッ ドピックスでお絵かきなんかの練習をした。母の死から100日目 に地震が来た。すさまじい揺れだったが、こわれるものも、落ちる 物もなにもなく、揺れがおさまると、ほっとして外に出た。明るく なってから家に入ってみると、寝室の隣の洋間は本棚が崩れて部屋 じゅうが本でふくれ上がっていた。グランドピアノの位置がぴょん と動いていた。手のつけられない有り様だった。この部屋で仕事を していたらどうなってたかしら、想像すると背筋が冷たくなる。そ の後余震は頻繁に来た。本は凶器だから、高層の本棚はみんな平ら にして、2階1階合わせて4部屋に本を分散させた。おかげで、い つもあの本はどこだったかしら、と探してまわってばかりいる。
 二日ほど前だ。例のごとく、目当ての本がみつからず、探し回っ ていると、文庫本がことり、と床に落ちた。手に取ると、「ダーバ ビル家のテス」だった。懐かしくなり、最後の方に目を走らせてい て、はっとした。トマス・ハーディーのこの作品は陰鬱だ。愛ゆえ の激情でヒロインのテスは殺人をおかし、処刑される。処刑の終了 を暗示する場面で物語は終わるのだが、若い頃にはこの最終シーン が辛かった。牢獄の塔の上に黒い旗がのぼってゆくのが、辛かった 。その場面を読み返していて、ウィントンスター、と書かれている ウェセエックスの古都が、この夏訪問したウィンチェスターに他な らないことに気がついた。

 ウィンチェスターは「テス」にも書かれているように美しい可愛 い街だった。私がこの街を訪れたのは、ここに、私の勤務先の学校 の創立者のお嬢さまが、住んでおられるからだった。お嬢さまとい っても大変なお年寄りだ。一人は、1908年生まれの88才、も う一人は1910年生まれの86才。学校の創立者、フォス主教の 自伝を翻訳していて、宗教的な韻文の解釈に難儀したが、上のお嬢 さまのミス・エリーナ・フォスに手紙を書いて、助けていただいた ことがあったのだ。
 8月10日、資料の調査をしていたローズハウス図書館が半ドン の土曜日だったので、ミス・フォスにお会いするために。ウィンチ ェスターにゆくことにした。ウィンチェスターはオックスフォード から一時間ほどのバスの旅で行けるだろう、とたかをくくっていた のだが、予想に反してイギリスのローカル路線のバスはのんびり走 って、途中45分もトイレ休憩をして、お年寄りが待っておられる だろうのに、やきもきしていたら、ひどい車酔いをしてしまい、2 時間半かかって、私はへとへとでウィンチェスターに着いたときに は、もう夕方になっていた。質素なアパートに質素に二人の老姉妹 は住んでおられた。ミス・エリーナ・フォスは宣教師としての生活 を日本ですごされている。
 優しい慈しみに満ちて私たちを待ってくださっていた。壁に雀の 絵の掛け軸がかけられていた。妹のグウェンドリンさんが姉のエリ ーナさんのお世話をしておられるのだろう。エリーナさんは、しば らく前から足を痛めて歩けなくなっておられる。
 短い滞在の最後に、フォス主教のお墓まいりがしたい、とお願い をすると、お二人は、心底困った表情をされた。地図を描いていた だいたらそれを頼りにおたずねするつもりだったが、「それはでき ません」と、お年寄りは、とても悲しそうな顔をされた。誰かが一 緒にゆくのでなければ、とてもお墓は見つからない場所にあるのだ そうだ。自分たちが案内をするには、もう時間が遅すぎる。墓地の 扉がしまってしまうだろう・・・・
 申し訳ない思いでいると、グウェンドリンさんが、「私が行くわ 、タクシーを呼びましょう」決然とおっしゃった。古いタクシーが 来た。墓地は近くの小高い丘にあったが、お二人の躊躇された理由 がその丘にきてみてわかった。苛草に被われた墓地には、たくさん のお墓があって、とても初めての人間がお参りのできるものではな かった。
 長身の、白髪の、夏服の上にカーディガンをはおったグウェンド リンさんは、丘の上で、白髪を風にそよがせて呆然と立ちどまって しまわれた。苛草があたりの景色を変えてしまっていたのだ。思い 直したように周囲を見回して、かなりの勾配の苛草の丘の中を、素 足に靴を履いただけのミス・グウェンドリン・フォスはまた、どん どん進んでゆく。私もお墓をひとつひとつたずねて回ったが見当た らなかった。しばらくしてグウェンさんが、「Here」とぶっきらぼ うに一点を指さされた。"Bishop of Osaka"と書かれた墓石が静か に横たわっていた。そして、正面に「救主を待つ」と日本語の文字 が刻まれていた。
 その人への愛から殺人を犯すほどテスが愛した青年は、エンジ ェルといった。運命にもてあそばれたテスの処刑の朝、エンジェル はウィントンスターの「西の丘」に立ちつくし、青ざめて黒い旗が 登るのを見た。テスの処刑を告げる旗だ。

 その物語の丘に、フォス主教は眠っておられるのだ。墓地の名前 は、「West Hill Cemetery」という。「西の丘」だ。

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