)蝉鳴くや

 9月22日。昨日朝、台所の戸口から外に出た途端に赤い花が目 に飛び込んできた。彼岸花だ。本当に彼岸になると咲く花だ。一昨 日は気がつかなかった。桜の木の根本にかたまって咲いている。

     曼珠沙華抱くほどとれど母恋し

 中村汀女の有名な句だ。これ以上の句は浮かばないから、この句 に私の気持ちを重ねよう。肌寒くなってくると、母が恋しくなる。 55才にになってからも、恋しいものが母親であるかと思うと、自 分が母親になりそこねたのが、多少残念でもある。が、その分呑気 だから、いいことにしよう。
 短いヨーロッパ旅行から戻って一ヶ月がたったわけだ。時差ボケ の日々を追いかけるように、古い英文の手紙を解読する作業が始まっ た。解読、というのは、手紙が手書きで素晴らしい達筆だから、な にがなんだかわけが分からない。おまけにインクもかすれていて、 老眼鏡天眼鏡総動員の作業が必要なのだ。少しバテ気味だが、作業は 確実にすすんできた。
 この間、ウィンチェスターと、グラナダの話が書きたいと思って いたが、やっと、今日、時間が出来た。グラナダで聞いたことを少 し書こうと思う。
 アルハンブラ宮殿の、あれは境内とでもいえばいいのだろうか、 赤い宮殿の南のはずれにアルハンブラ・パラシオというホテルがあ る。直訳すれば「赤い城・宮殿・旅館」。一度泊まってみたいと思 いながら、そのいかにも高級ホテル、城めいたつくりに恐れをなし て泊まったことがなかったのだが、今回は思い切った。トイレが素 晴らしいタイルばりで、さながら私はアラブの美姫にでもなった気 分。窓からの眺望が素晴らしい。シエラ・ネバダが左に見え、はる ばると平野が広がる。赤い屋根と白い壁の、それこそがアンダルシ アの町並みが波紋のように岡の麓に広がり、糸杉が、くそ真面目に まっすぐに天をついてレンガの赤と、壁の白の隙間を緑で埋めている。
 トランクを部屋に運んでもらい、まことに率直なじいさんのポー ターとチップのやりとりをした。そのとき私はスペインのお金を持っ ていなかった。日本円で500円硬貨を出して、これでだめかな? と聞くと、じいさんは、金属は、だめ、紙ならよい、というので、 気前良く1000円わたした。彼は大歌手のようにおじぎをして、 部屋を出た。
 すぐにでも坂を駆け下りてマリンの工房に行きたかったが、とり あえず電話をした。
   5分したら行くから。と返事が返ってきた。相棒に、えらいこっ ちゃ、5分で来るって、と言うと、彼女もすぐそのつもりになって、 口紅をひきなおした。彼女は、マラガからグラナダまでの車の中で、 スペインの果てしない広さに圧倒され、ぽつんと、人生観が変わる ね、と言ったばかりだった。着替える時間もない、私の20年振り の再会の衣装はよれよれのTシャツだ。
 マリンのおなかは一回り大きくなって、髪の毛はもともと薄い亜 麻色だったが、ほとんど白に近くなっていた。まことに久闊を叙す る、そのもの。驚いたことに私のスペイン語はすぐに出てきた。開 口一番「何が食べたい?」とマリンは聞く。まだ明るいが7時半に なっているのだった。ともかく工房まで歩こう、と提案する。急な 坂を5分。初めて行く工房は小さくて、昔あったヌードのカレンダー は猫に変わっていた。楽器は4本、ほとんど出来上がって静かに光っ ていた。工房中が木屑にまみれ、室温30度、湿度49%。デジタ ルの温度計があちこちに置いてある。
 カンポ・プリンシピオまでぶらぶら歩く。ここは岡の麓の広場で、 居酒屋やレストランがある。ジプシーの流しがギターにあわせて歌 う。もの売りの爺さんが、カンテ・フラメンコの美声で、「アルメ 〜ドラス」と豆を売りに来る。黄昏のざわめきのなんと美しいこと。 相棒の目は開きっぱなしになっている。
 ハモン・チョリソ・シャンケッティ・なにもかもおいしくて、葡 萄酒は赤くて優しい。
「スツキを知っているか?日本人のギタリストの」
  「知らないけれど・・・?」
  「神戸の地震でお父さんもお母さんもなくなって、フレタもアグ  アドも壊れてしまって、いま、バルセロナにいる」

 スツキと聞こえたのは、鈴木、で、その人は鈴木一郎、という有 名なギター奏者であることを帰ってきてから知った。世界を舞台に 活躍するギター演奏家の神戸での悲劇を、私はグラナダで知ったわ けだ。この人が失ったフレタやアグアドは銘器のなかの銘器。なん という大きな悲しみだっただろうか。しかし、このひとは6月4日、 バルセロナ音楽祭の芸術監督をつとめている。
「グラナダには地震はないのでしょう?」
「それがある、弱いけれどゆさゆさくることがある、この辺には  地震の巣があるらしい」
「え・・・ほんとに?」
「Si.神戸は、あんな大きな地震は今までにも?」
「誰も覚えていないけれど、千年前に一度・・・」

 マリンの顔が一瞬くもった。肩をすくめた。この美しい街が地震 で壊れる幻想にマリンの顔が曇ったのだったとしたら・・・否・否。
「アルメンドラス〜〜」豆売りの爺さんの歌声がもの悲しく、砂糖 をまぶしたアーモンドを売っている。マリンたちや、そして私の友 人、死んでしまった最高の芸人、ニンニョ・ケ・ソプラの歌声を私 は思い出していた。
 翌朝、宮殿へ登ってゆくクウェスタ・デ・ゴメレスの坂を歩いた。 鬱蒼として、ひんやりと冷たかった。

 蝉鳴くやガルシア・ロルカの生れし地に

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