(1)オックスフォード
オックスフォードに着いた。ボーッとした頭で窓の外を見て
いると、いい街だ、しみじみいい街だ。全体が灰色、あるいは柔ら
かな黄色みを帯びた砂色の重厚な石造り、高すぎない背丈の揃った
建物群に私は取り囲まれている。時折蝋を滴らせたような尖塔がぬ
きんでてすかっと青空を指さす。まだ人通りの少ない広い通りを若
い女性のジョッギングが汗をかいてとおり、青年の自転車がすいす
い走って行く。ボーッとした目がとらえた黒い道路標識に目が覚める。
「なんだ、私たちは、ボドリアン図書館のすぐそばなんだ」
朝食をすませ、そのまま出かけることにする。目的のローズハウ
ス図書館で閲覧をするためには、ボドリアン図書館で閲覧券を発行
してもらわなければならない。明るくなったホテルの玄関を出て、
驚いた、有名なアシュモレアン博物館も目の前だ。知ってか知らず
か、わが旧友旅行社氏は最高の場所に我々のねぐらを見つけてくれ
ていたわけだ。
参考までに書いておく。Bodleian Library は1598年にSir
Thomas Bodleyが再興したオックスフォード大学の図書館で、世界屈
指の大図書館だそうだ。そして、これから行こうとしているRhodes
House Library は、Cecil Jhon Rhodes というイギリス生まれの
南ア連邦の政治家にちなんで建てられたもので、Bodleian Library
の分館。彼の論文をはじめ、アメリカ、英連邦諸国、旧英国植民地
、アフリカサハラ地域などの歴史に関する文献に強く、但し、イン
ドだけは独立して、別の図書館があるらしい。それに並行して、反
奴隷協会(the Anti-Slavery Society)やなんと訳せばいいのかわ
からない、「the Fabian Colonial Bureau 」とか、「the United
Society for the Propagation of the Gospel」といった組織の歴
史的な生文献が保管されている。
最後の「the United Society for the Propagation of the Gosp
el」 という(英国伝道福音協会)組織の文献が、私たちの求める
ものなのだ。なにもたいそれたことを研究しようというのではない
。今から100余年前に、神戸の北野町の松の木陰の小さな家で誕
生した女学校の、最初期とその発展をを物語る英国伝道福音協会の
宣教師たちがこまごまと日常を書き送った手紙がこの図書館に保管
されている。それを発掘し、翻刻し、翻訳して資料集を編纂しよう
としているのだ。整理された資料が、なにを物語ってくれるのか、
現時点ではまだよく見えてこない。しかし、私個人のなかでは、往
復文書の積み重ねが、単に神戸の小さな女学校の歴史に止まらず、
時代の推移を映し出す、小さな手鏡となっているように思えて仕方
がない。かすれたインキの手書きの手紙を読みとるのは簡単な作業
とは言いがたい。が、のめりこんでしまうと、面白い。エピソード
のひとつずつをとりあげてみても、濃尾地震があり、淀川大洪水が
あり、関東大震災がある。
その界隈をうろうろ探し回ってようやく9時すぎに、ボドリアン
図書館の閲覧券を発行してくれるadmission officeを探し当てた。
見つけてみれば、一番わかりやすい所にあった。捜し物の常だ。
紺色の小さな重い扉を開けて中に入ると、すでにもう10人近い
人たちが紹介状のようなものを手にチケット発行の順番を待ってい
た。名探偵ポアロの秘書、ミス・レモン役の女優さんそっくりの女
史がいて、親切に切符を発行してくれた。イギリス人はとりすまし
ている、とか冷たい、とかというのはここでは当たらない。親切で
人当たりがいい。
発券事務所から歩いて5、6分のところにローズ・ハウス図書館
はあった。大理石の床、円形のドーム、磨きこまれた木の廊下、美
しい家具、教会堂のような静かな建物、それがローズ・ハウス図書
館だった。壁にロセッティの、きれいな美女と薔薇の花の意匠の緞
帳がかけられている。Rhodesというのは、ギリシャのロードス島と
おなじ綴りで、ここの島民は薔薇を表象とする太陽神を崇拝したそ
うだ。どうゆういきさつでこの美しい緞帳がここにあるのか聞き忘
れた。しかし、Cesil Rhodes, Rosseti,いずれも薔薇を表し、そう
いえば、薔薇はイギリスの国の花だった、たしか。
あの緞帳は本物なんだよな、きっと、などと思いながら、ぎしぎ
しと音のする磨きこまれた階段を上ると、閲覧室についた。カウン
ターの中に、頑丈な、人の良さそうな中年のおじさんが手紙を読ん
でいた。人の気配に立ち上がり、愛想のいい笑顔で私を迎えてくれ
た。彼が手にしていた手紙は、どうやら間にあったらしい私からの
手紙だった。
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