和歌山県太地でオルカ捕獲・5頭を水族館へ売却
(1997年2月 2005年1月追補

 1997年2月7日、古くから捕鯨の町として栄えてきた和歌山県太地の入り江に10頭からなるオルカの家族が追い込まれました。水産庁は「研究用」としてそのうち5頭の捕獲を認め、県内外3つの水族館が一頭あたり約3,000万円で購入、のこる5頭はリリース(解放)されました。捕獲されたオルカは若い個体ばかりであり、中には、まだ母親の保護が必要なものも含まれています。平和なオルカの家族は、ばらばらに引き裂かれてしまいました。
捕獲された個体は下記の通り。

(1) ♂(子供) 南紀白浜アドベンチャーワールドに収容(直後死亡)
(2) ♀南紀白浜アドベンチャーワールドに収容(直後死亡)
(3) ♂ 南紀白浜アドベンチャーワールドに収容。「キュー」と呼称。
(4) ♀ 伊豆三津シーパラダイスに収容。「アスカ」と呼称。
(5) ♀ 太地町立くじらの博物館に収容。「クー」と呼称。

 海洋に比べればはるかに狭く、刺激に乏しく、音響的にも閉ざされたプール、人間世界の雑菌による感染症。飼育下の環境はオルカに高度の精神的、肉体的ストレスをもたらします。人工環境に適応できない多くのオルカを待ち受けるのは死です。ストレスを克服し、人工環境に順応して生き延びた個体は子孫を残すことさえできますが、水槽以外の世界を知らないオルカやイルカはもはや展示のための家畜であり、オルカやイルカの外形を成していながら、その社会性や行動は、野生とはかけ離れたものとなってしまいます。
また、今回の捕獲は「研究用」の名目の元に行われましたが、捕獲頭数にも、捕獲内容にも、捕獲された家族やオルカの種の存続に対する科学的配慮は見られません。そもそも日本近海におけるオルカの生息数は、きわめて少ないということ以外は不明であり、太地でも実に10年ぶりの目撃でした。また、オルカの社会は母親を中心とする家族を基本単位としており、親子の絆は生涯にわたり続きます。捕獲されたのは調教しやすいとされる若い個体ばかりでした。自然の状態でこのように若い個体ばかりが恣意的に間引かれることは考えられず、繁殖力がある若い個体を失った家族が、災禍を乗り越えて存続してゆくことも難しいでしょう。
 捕獲後、国内外で多くの人々が、引き裂かれたオルカの家族を元に戻そうと努力を続けました。しかし、広大な海域を移動し、調査も満足に行われたことがないオルカの家族を再び見つけ、元に戻すのは非常に困難なことです。

捕獲された5頭のオルカには、過酷な運命が待ち構えていました。
捕獲からわずか3ヶ月後の1997年5月、南紀白浜アドベンチャーワールドに買い取られた雌1頭(上記(2)と、捕獲時に母親と思われる個体から引き離さてしまった幼い個体1頭(上記(1)が相次いで死亡。検死結果などは一般に対し明らかにされず、同施設は捕獲から死亡に至る事実について、公式に発表することもありませんでした。

2004年9月、おなじく南紀白浜アドベンチャーワールドに買い取られた3頭の唯一の生き残りであった個体「キュー(♂)」が死亡。千葉県「鴨川シーワールド」と並んで国内では最多頭飼育を誇っていた同施設のオルカは、同年8月末以後わずか1ヶ月の間に、キューをふくめ3頭が相次いで死亡しました(キュー以外では、赤ん坊を出産した直後に母子が共に死亡)(*2)。
こうして1997年に捕獲された5頭の若いオルカは、捕獲後7年で、伊豆三津シーパラダイスに収容されている「アスカ(♀)」と、太地町立くじらの博物館に収容後2003年以降名古屋港水族館に貸与されている「クー(♀)」の2頭が残るだけとなってしまいました。
なお、野生におけるオルカの寿命はオスで約40-50年、メスでは50-70年とされています。

 各地の施設がオルカを捕獲して飼育しようとするのは、オルカの集客力が、導入にともなう莫大な設備投資や飼育コストに十分見合うと判断しているからです。
現在世界的に水族館や動物園の役割が問い直されている中で、わが国の水族館におけるオルカやイルカのショーは人気が高く、一般的な市民感覚でも、イルカやオルカなど海洋哺乳類の展示とショウは、水族館に不可欠なものと見なされています。また、余暇の多様化が言われる中、特にバブル期に各地に新規建設されたアミューズメント施設が経営破綻する一方で、都市型リゾート施設の目玉、又は癒し系の施設として、水族館は現在でも拡張や新たな建設計画が相次いでいます。目玉となるのは、確実な集客が見込める海洋哺乳類のショウです。
これらのことを逆に言うならば、各地の施設はお客様が求めているものを提供しようとしているに過ぎません。イルカやオルカの受難は、プールに閉じ込められ、芸をする彼らの姿を市場が求めるかぎり、繰り返されてゆくでしょう。

刹那的な娯楽、一方的な愛情、そして都市生活者の癒しのために野生動物を消費するシステムを動かしているのは、他ならぬ私達一般の消費者です。イルカやオルカをある種のペット資源として消費することがわが国の”イルカ、クジラブーム”の姿であるとしたら、大変残念なことです。

環境や生き物について一般の人々に啓蒙することは水族館に期待される重要な役割のひとつです。では、我が国は水族館保有数において世界一と言われていますが、一般の人々の海洋生物に関する知識や問題意識は、水族館の保有数に見合ったレベルに達していると言えるでしょうか。

ある民放TVの夕方のニュースショウでアラスカの野生のラッコの姿が紹介されたとき、人気キャスターが放ったコメントは次のようなものでした。
「ラッコといえば水族館にいる姿しか思い浮かびませんが、海に浮かんでいるのは新鮮ですね。」

2004年に公開された米国PIXAR制作のCGアニメーション映画「ファインディング・ニモ」は、擬人化されたカクレクマノミの父親がトラウマを乗り越えながら、人間に捕獲された我が子を必死に救い出し、最後には親子で故郷の平和なサンゴ礁に帰る、というストーリーで我が国でも人気を博しました。
しかし、この作品の人気の結果沖縄のサンゴ礁で起こったことは、野生のカクレクマノミを手当り次第に捕獲し、「ニモ」を求める個人の水槽に入れるために売買することだったのです。

(*2)2005年1月21日、白浜アドベンチャーワールドのオルカ最後の一頭である「ゴロー」(1985年に太地にて捕獲されたオス)も推定22歳の若さで死亡。同施設はわずか半年の間に、飼育していたオルカ全個体を亡くしました。

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