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サハリンでのオルカ捕獲計画始動
2002.7.14
NGOであるWDCS( Whale & Dolphin Conservation Society )は、7/10前後からサハリンとカムチャツカで、かねてから懸念されていた、水族館への売却を目的としたオルカ捕獲事業が開始されたことを警告しています。
事前の情報では、ロシア政府当局は、2002年度は合計で10頭の捕獲を許可し、判明している捕獲依頼元は、2001年に新装オープンなった日本の名古屋港水族館が3頭、ロシア自国の水族館が2頭となっています。
ソ連崩壊以後、政府中央のコントロールからもはるかに遠い極東ロシアでは、無秩序な資本主義化と、日本を含めた海外からの利権獲得の波が押し寄せたことで(ある政治家を中心としたODAがらみのスキャンダルは記憶に新しい。)、多くの自然環境や野生動物が無計画な開発や搾取の危機に直面しています。むしろ、それらをとりまく状態は、軍事機密のベールに包まれていたがゆえに手つかずの状態で残されていた東西冷戦状態の頃よりも、かえって悪化したといいます。
今回のオルカ捕獲計画には、次のような問題点があります。
(1)カムチャッカ、およびサハリン沿岸に定住性のオルカが生息していることは以前から知られていましたがその実態は不明です。今回の捕獲がこの海域のオルカ全体にもたらす影響は全くわかりません。2002年4-5月、山口県下関で行われた国際捕鯨委員会の科学委員会にてこの海域でのオルカ捕獲が議題として取り上げられ、同委員会は、事前に十分な科学的調査を実施することを強く勧告しています。
ソ連崩壊後、この地でオルカを対象とした科学的調査は、このわずか3年あまりの間、WDCSの資金で運営されている小さな民間の調査プロジェクトがある以外、一度も行われたことがありません。
(2)オルカはCITES(ワシントン条約)付属書IIに該当する野生動物であり、商取引にあたっては、輸出入元にあたる二つの国の政府の承認が必要です。さらに、捕獲をともなう場合は、事前に十分な調査を実施し、野生動物の生息状況に影響を与えないという科学的な確証があることを条件としています。
サハリン、カムチャツカにおけるオルカの調査状況は上記のような状態であり、本来ならとうてい捕獲と輸出入が認められる状態ではありません。
しかし、残念ながらわが国では、とりわけCITES附属書IIに該当する動植物の輸出入については形骸化した書類審査だけが行われているのが実態です。万一オルカが捕獲され日本に輸出される場合、調査の不備を理由に日本政府が輸入を認めないという可能性は、万が一にもありません。
(3)オルカは一般に繁殖率がたいへん低く、外敵もありません。飼育に都合がいいといわれる、幼児期を過ぎた若い個体は、自然の状態では死亡することはきわめて希です。群れの将来を担う若い個体を狙って、やみくもに最大10頭も捕獲することは、間引かれた群れの未来に、壊滅的な影響を及ぼすでしょう。かつて同様に、調査を行わずに水族館向けに多くの若いオルカの捕獲が行われたカナダ沿岸では、個体群が捕獲の影響から脱け出すまでには、数十年の年月を要したといいます。
(4)カムチャツカでは、過去に生きたままでのオルカ捕獲が行われたことがありません。経験に乏しいままに捕獲を強行することは、オルカにとっても人間にとっても大きな危険をともなうでしょう。たとえ捕獲に成功するとしても、一頭の捕獲のために多くのオルカを傷付けたり殺す危険があるでしょう。
5月後半、世界の20名を越える鯨類学者の連名で、実態をまったく把握しないまま行われようとしているオルカ捕獲を見直すよう求める文書が、ロシア政府当局をはじめとする関係機関に提出されました。このほか、ロシア国内外と、日本のNGOによる署名や要請も提出されています。
しかし、様々な規制や懸念の声をかいくぐってオルカが捕獲されるのは、そこに莫大な利益が絡み、そして野生オルカへの需要があるからです。名古屋港水族館の運営主体である、名古屋港管理組合がオルカ捕獲の代価としてロシア側に支払う額は、3頭で計2億7千万円に達するといいます(このうち何割かは市民の税金が充当されています)。そして、これほどまでに莫大な資金と大量のエネルギーを投入し、水族館が鯨類を飼育する施設を作り、野生のオルカを捕獲しようとするのも、(大規模な公共土木事業にともなう利権もあるが)コストに見合った集客力があると見込んでいるからです。十分な需要があるから集客力があると見込まれる。つまり、カムチャツカのオルカの未来、ひいては人間の利害にさらされる野生動物の未来は、我々恵まれた国の消費者一人一人が握っているといっても言い過ぎではありません。このことを、まず認識する必要があります。
また、私たちは「教育」「啓蒙」「子供たちの笑顔」などをよりどころとして、こうした野生動物の消費を正当化しようとします。しかし崇高な理念の代償として、海岸をコンクリートで固め、莫大なエネルギーと資源を費やし、はるか遠くの自然のごく一部を無理矢理むしり取り押し込めることが、果たしてふさわしいものか否か、十分に検討する必要があります。
2003.4 続報
公式な発表は無く関係者もはっきりと認めていないものの、複数の報道によると名古屋港水族館は、ロシアにおける2003年度のオルカ捕獲を断念したとのことです。半民、半官で運営される同館は2001年、2002年共に極東ロシアでのオルカ捕獲に失敗、億単位の投資を水泡に帰したとされています。
ただし、同館は生きたオルカ展示を行わないわけではなく、 2003年度のオルカ入手手段として、人工繁殖などの研究を目的として太地町立「くじらの博物館」よりメス一頭を借り受ける、としています。移送はオルカにとって肉体的に大きな負担となる夏期を避けて、秋以降となる見通しです。なおこのオルカは、1997年に和歌山県太地で捕獲された個体であり、同時に捕獲された5頭のうち南紀白浜アドベンチャーワールドに収容された2頭は、捕獲後間もなくして死亡しました。
また、野生からの捕獲についても完全に断念したわけではなく、「将来に備え調査は続けたい」としています。
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