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カメラについて
海で出会ったオルカやイルカ、クジラを映像として記録しよう、と考えるのはごく自然な成り行きです。スチル(静止画)に限定し、本格的な撮影ということになると、価格、性能、機動性のバランスで、現在のところ35mm版一眼レフ、又はレンズ交換が可能なデジタル一眼レフに行き着きます。では、オルカ、イルカ、クジラを撮影するには、数ある機材の中から何を目安に選べばいいでしょうか。
しかし、これは新たな泥沼のはじまりでもあります。できるだけ美しく記録しよう、と思えば思うほど、高価で重い機材を持ち歩き、決定的なシーンほど肉眼ではなくファインダーの中で見る、というジレンマに陥ってしまうまでに、さほど時間はかかりません。
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(*1)デジタル一眼レフの場合:多くのデジタル一眼レフの撮像素子の大きさは35mm版フィルムに比べて小さなAPS版であるため、同じ焦点距離のレンズを用いた場合、フィルム式に比べて得られる画角が狭まります。たとえばNikon,PENTAX,KONICA-MINOLTA製デジタル一眼レフに
300mmの望遠レンズを装着した場合、35mm版フィルム式一眼レフに450mmの望遠レンズを装着したのに等しい画角となり、手持ち撮影の難易度は非常に高くなってきます。
(Canon
EOS KissD,10D,20Dでは撮像素子のサイズがAPS版よりも小さいため、480mm相当となります。)
さらに400mmのレンズを装着した場合、35mm版換算で600mmもの超望遠を手持ち撮影することになり、少なくとも手ぶれ補正機構を内蔵した機材でない限り手持ち撮影は現実的な方法ではなくなります。
撮影感度を上げ、明るいシーンを選ぶことでいかに速いシャッタースピードを選択できるとしても手ぶれは押さえられず、構図は不安定、ピント合わせも非常に微妙となるからです。
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レンズ:たいていのフィールドでは一般の観察船がオルカ、イルカ、クジラに積極的に接近することは法令や取り決めで推奨されないか禁止されています。彼等の側から観察者に近付いてくることも多いのですが、それでも両者の間にはある程度の距離があるのが普通です。そうした状況を標準〜広角レンズで撮影しようとした場合、海の広がりに比べれば巨大なクジラでさえも点のような存在に思えることもしばしばです(あえてそうした効果を意図して標準〜広角レンズを使うこともあります)。したがって、彼等の姿を迫力のある大きさで捉えようとするならば、望遠レンズを主に使用することになります。
35mm版一眼レフで鯨類を撮影する場合、200mmから300mmの望遠レンズが多用されます。一般に手持ち撮影での焦点距離の上限は300mmと言われているのと、それ以上の焦点距離のレンズは非常に大型で扱いが困難だからです(*1)。
一般に望遠レンズを使用した撮影では三脚の使用が奨励されますが、揺れる船上からクジラ、イルカを撮影する場合、手持ち撮影のみとなります。エンジンの細かな振動や波で撮影者とカメラが常に揺れ動いていることになるため、構図の固定やぶれ防止という点で三脚は意味をなさないからです。また、イルカ、クジラの撮影はフットワークがものをいいます。船上での三脚使用は機動性に欠けるだけでなく、他のウォッチャーの迷惑ともなり危険です。
手持ち撮影では、いかに手ブレを防止するかが常に問題となります。手ブレによる失敗を防ぐ方法の第一は、正しくカメラをホールドし、極力速いシャッタースピードで撮影することです。
一般に、手ブレが目立たないシャッタースピードは 1/焦点距離 以上とされています。300mmのレンズならば、1/300以上のシャッタースピードで撮影すれば、手ブレが押さえられるということです。しかし、揺れる船上から望遠レンズを用いた手持ち撮影で確実に手ブレを防ぎ、かつ水飛沫を止めて写し込みたいならば、シャッタースピード1/500
- 1/1000をキープする必要があります。夕景でも1/500を確保したいところです。
ただし、いかなる条件でも、1/1000や1/500のシャッタースピードを確保できるとは限りません。とりうるシャッタースピードは、被写体の明るさと、レンズの開放f値、フィルム感度に制約されるからです。被写体が明るく(つまり被写体周囲の光が明るく)、レンズの開放f値が小さければ小さく(f5.6よりもf2.8)、フィルム感度が高いほど、高速なシャッターを選択することができます。
望遠系レンズを購入する場合、多くの人が最初の一本として選択するのがコンパクトな普及型望遠ズーム(たとえば75-300mmf4.5-5.6)でしょう。このクラスは軽量、安価でたいへん扱いやすく日常のスナップなどにも気軽に持ち出すことが出来ます。しかし、小型、軽量であるということはレンズの直径が小さく入射する光の量が少ないということでもあります。したがって、こうした普及型ズームは開放f値が4.5-6.3と暗く、ISO100のフィルムを使った場合、シャッタースピード1/1000を確保できる条件は晴天の日中に限られてしまいます。雲り空のもとや夕景では選択しうるシャッタースピードがたちまち低下し、手持ち撮影では高い確率で手ブレを起してしまいます。
最も簡単にこれを補う方法は、高感度フィルムを用いることです。大手量販店でISO400フィルムの常用を勧めているのも、f値の暗い普及型レンズを使うことによるシャッタースピードの低下をカバーし、手ブレを防止するためです。写真雑誌等でも、しきりに高感度フィルムの高性能化を唱いあげ、常用を薦めています。
しかし、性能が向上したとは言え、ISO400のフィルムはISO100のフィルムに比べて、いぜんきめの細かさや自然な階調表現が劣ることは知っておく必要があります。
下に示すのは、季節、場所は全く違いますが似た条件下で撮影したISO100とISO400のリバーサルフィルム(=ポジフィルム=いわゆるスライド)を、同じフィルムスキャナで拡大スキャンした画像です。ISO100の方は、最新の、粒状性に優れる銘柄なので特に差が歴然としていますが、フィルム感度により、きめの細かさが大幅に異なることがわかります。
これはリバーサルフィルムですが、 ネガフィルムでも同じ傾向となります。
また、デジタルカメラでも感度の増加と画面上のノイズの量は比例し、使用できる最低の感度で撮影するとき、最もノイズが少ない画像が得られます。
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ISO100ポジ+大口径ズーム

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ISO400ポジ+普及型ズーム
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(*2)撮影時は被写界深度を増すために絞り込むのだから解放f値は問題にならない、という意見もあるかもしれませんが、撮影者に対して前後方向に大きな被写体であるクジラやオルカに対して望遠レンズを使用する場合、いくら深く絞り込んだところで被写界深度の増大効果はあまり期待できません。私の場合はシャッタースピードを確保し手ぶれを防ぐことの方を優先しています。それに、たとえ絞り解放付近での紙のように薄い被写界深度であっても、見る者の視線が集まる部分にさえピントが合っていれば全体としてピンボケの印象が無い写真とすることができます。
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したがって、多くの条件下で、画質を犠牲にせずに高速なシャッタースピードを確保したいなら、大口径の(明るい)レンズを選択することになります(*2)。80-200mmf2.8、200mmf2.8,
300mmf4といったものがこれに該当しますが、このクラスは各社ともプロの使用を想定し威信をかけて設計しているため、きわめて優れた性能を示し、オートフォーカスでの合焦速度も速く、ファインダ像が明るいためマニュアルフォーカスも比較的容易です。しかし、それだけにたいへん高価で(10-20万円)、重量や大きさも普及型の数倍(1Kg
- 1.5Kg)に及んでしまいます。
手ブレを防ぐもう一つの方法は、カメラの側が撮影者の手のふるえを補正することです。近年、Canon製、Nikon製一眼レフ用交換レンズに、手ブレを補正する機能が搭載されています。手ブレ補正機能を用いると、光量が落ちるためシャッタースピードが極端に落ちる夕刻や曇天下の撮影でもきわめて有利となり、従来は困難だった400mm以上のレンズの手持ち撮影でも、手ブレが目立たない可能性が高まります。しかし、手ブレ補正機能が特に有効なのは、あまり動かない被写体に対してであることに注意しなくてはなりません。撮影者の手の震えは補正することが出来ても、被写体自体が動き回ることによるブレは決して止められないからです。
また2004年11月、手ぶれ補正機能を交換レンズではなくカメラボディ側に搭載したデジタル一眼レフ α-7D がコニカ=ミノルタ社から発売され、選択肢はさらに増えました。同社によると、この機種を用いれば、原則として装着するレンズを問わずに手ぶれ補正機能を利用することができる、としています。
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ボディ: イルカやクジラの撮影では、シャッターボタンを押してから、オートフォーカスや露出制御が行われ、実際にシャッターが切れるまでの反応時間が問題となります。これも価格に比例し、クジラのように大型でゆったりと動く被写体は中級機であっても対応できますが、オルカやイルカの場合動きが速く、たとえばオルカが噴気のために海面を割る一瞬(肉眼ではまず認識することができない)や、ジャンプしたイルカを空中で静止させたいならば、特に反応速度が高速な高級機を用いれば、成功する確率が高まります。また、ハイエンド機はたいてい重く高価ですが、その代償として、カタログ数値に表れない部分での性能にも優れます。たとえば夕暮れや凪いだ海面など悪条件下でのオートフォーカス性能や、ファインダの見やすさ、ファインダの視野率、プロ機材として必須条件である高い耐久性、信頼性です。
中でも、ファインダの見やすさは撮影のしやすさに直結します。特にデジタル一眼レフでは、APSサイズの撮像素子を用いた大多数の機種では撮像素子の大きさに比例してファインダも小さいため、店頭で自分の目でよく確認するか、できればレンタルなどで使い心地を確認した方がよいでしょう。
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(*3):*1と同様の理由で、APS版の撮像素子を用いたデジタル一眼レフではレンズシステム全体が35mm版と比較して望遠寄りにシフトしてしまいます。35mm版フィルム式では超広角である20mmのレンズをAPS版デジタル一眼に装着した場合、得られる画角は、35mm版フィルム式で30mm相当の、単なる広角です。
この不利を補うため、現在では各社からAPS版の撮像素子の画角に特化した、デジタル一眼レフ専用の超広角レンズが相次いで発売されています。
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デジタルカメラについて: 近年の普及型コンパクトデジタルカメラは、記念写真やスナップなど一般的な用途では非常に使いやすく優れた画質を示しますが、動作が遅く、しかもシャッターボタンを押してから実際に撮影が行われるまでの時間が、フイルム式一眼レフに比べてたいへん長いため、できるだけ高速な反応時間を必要とする野生動物の撮影には、あまり向いていません。また、一部の機種を除いてはマニュアル操作がきかない場合が多く、状況に応じて撮影者の意図を介在させる余地もあまりありません。
いっぽう、 レンズ交換可能なデジタル一眼レフならフィルム式と同等の反応速度と連写性能、操作性を実現しており野生動物の撮影でも充分実用に耐えますが、当初報道や商業撮影のプロ用途を想定して開発されたため、フィルム式高級機の3-4倍もの価格が障害となってきました。
しかしながら、
・フィルムと現像が不要であるため限りなく0に近いランニングコスト
・撮影結果を即座に確認し、改善点をフィードバックできる
・必要に応じ撮影感度を大幅に上げることができる
(上述のとおり、感度を上げた場合、フィルム同様画質は低下する)
・メーカが同じならば、それまで揃えてきたフィルム式
一眼レフのレンズ資産をそのまま流用できる(*3)
といった多くのメリットは、フィルム式一眼レフを使ってきたアマチュアにとっても大きな魅力です。そして2002年、一眼レフとして比較的高性能、かつ、かろうじて手の届く価格帯の機種が相次いで登場。以後、デジタル一眼レフはアマチュア、プロを問わず急速に普及し、現在も高性能、低価格化が続いています。
デジタル一眼レフでの撮影の方法論は基本的にフィルム式一眼レフと変わることはありませんが、注意すべき点もあり、
(1)
現在のデジタルカメラの撮像素子は、感知する光のダイナミックレンジ(ラチュード)がフィルムよりも狭く、フィルム式よりもシビアな露出を要求します。特に明暗差の大きなシーンでは露出補正が必須になってきます。
(2)記録方式によっては状況ごとに色温度(ホワイトバランス)を意識しなくてはならない場合があります(海での撮影は一般的な撮影と比べると色彩的に条件が特殊です)。
デジタル一眼レフの利点を活かし、なおかつ思った通りの結果を得るには、十分な習熟とともに、画像処理に関するある程度の知識と経験も必要となってきます。
ここ数年のデジタルカメラ全盛ぶりに、フィルム式カメラ(特に35mm版)の将来を危ぶむ声もあります。しかしながら、メカとしての完成度、価格と比べての機能、信頼性、連写性能という点では長い歴史を持つフィルム式カメラが勝り、作品の仕上がりにおいても、パネルなど大きな出力が可能であることや、諧調性や粒状感において、フィルムにはデジタルでは再現できないアナログならではの味わいがあります。フィルム式カメラは、デジタルカメラの便利さの前に市場が縮小することはあっても消えることは決してなく、デジタル全盛の時代であればこそ、フィルム/デジタルの上手な使い分けが必要なのではないかと思います。
以下、私のイルカ、オルカ撮影経験からいくつか例を示します。
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●フィールドにおける撮影テクニックと理論については、次の書籍をたいへん参考にしています。
How To Photo
水口博也 野生を撮る
TBSブリタニカ刊 |
実例1

すばらしいスピードで船と競走するマイルカの滞空時間は0.5秒にもなりません。特に全身が完全に空中にある時間は、その中でも0.1-0.2秒ほどでしかありません。
カメラボディの性能に期待し、オートフォーカスは、あえてピントが確実に合ってからシャッターが動作するモード(NikonではSモード)を選択してみました。AF駆動の動作時間が最小となるように、イルカが飛び出しそうな海面に絶えずピントを合わせ続け、イルカの先端が海面から飛び出した瞬間に撮影します。使用したレンズのオートフォーカス機構は超音波モータを用いたもので、市販されているものの中では最速の部類です。
結果、人間側(私)の反応時間とカメラ側の制御時間とが遅れとなって、実際にシャッターが切れるタイミングはハイエンド機でもこの通り。
これより少しでも反応が遅れると、イルカの上半身はすでに海面に没してフィルムには下半身しか写らない結果となります。
このような場合、あえてマニュアルオーカスに挑戦すればカメラの反応時間は最小限となりますが、高速なイルカの動きを予測しながら瞬間的に手動でピントを合わせるのは至難の業で、かなりの訓練が必要です。また、露出をカメラ任せにすると、画面中面積が小さい水しぶきの細かなディテールは露出オーバーになり、白く飛んでしまいます。ここでは白トビを抑制するために、-の露出補正をかけています。
Nikon F100 AF-S Zoom Nikkor 80-200mm f2.8 ( 135mm付近?)
シャッター速度優先AE,AF:Sモード
1/1000, f5.6(?), 補正-1.0 PROVIA 100F
(c)Yoshi NAGATSUKA実例2
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Nikon F100
AF-S Zoom Nikkor 80-200mm f2.8 + AF-I ×1.4テレコンバータ
シャッター速度優先AE
AF:Sモード
1/1000, f4, 補正-0.7
PROVIA 100F
(c)Yoshi NAGATSUKA |
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実例3
幸運にも船の間近にやってきたオルカを、超広角ズーム+円偏光フィルタを使って海面越しに捉えることができました。円偏光フィルタは反射光を取り除く効果があり、海面下のオルカの姿を、より鮮明にしています。
なお、このような状況では画面内の広範囲を黒っぽい要素が占めているため、カメラは暗いシーンであると判断し、できるだけ長時間露光しようとします。それでは画面中面積が小さなオルカの白い体色が露出オーバーになってしまうので、適度に-の露出補正を行いました。この例では-1.3補正ですが、まだ露出オーバー気味です。超広角レンズはオートフォーカスにて合焦しにくく、凪いだ海面のためフォーカスを失うことを恐れて、マニュアルフォーカスであらかじめピントを固定しておきました。
Nikon F100 AF Zoom Nikkor 20-35mm f2.8 ( 24mm付近?)
シャッター速度優先AE
マニュアルフォーカス
露出:忘れました
PLフィルタ使用
補正-1.3 PROVIA 100F
(c)Yoshi NAGATSUKA |
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