NORWAY

ニシンを追うオルカ

 ノルウェー沿岸にオルカが多く見られることは古くから知られていましたが、ここロフォーテン諸島やティスフィヨルドでオルカが頻繁に目撃されるようになったのは1980年代以降です。これは、80年代以降、オルカの主食であるニシンの越冬場所がこの海域へと移り変わったためと言われています。

 

 豊富なニシンを追って暮らすノルウェーのオルカは独自の漁法を編みだしました。何頭ものオルカが協力しながらニシンの群を海面付近へと追い立て、密集したところを尾ひれで強打し、失神させて補食するのです。オルカが漁をしている間、身動きができなくなったニシンが海面に浮かびます。海上には、そのおこぼれにあずかろうとたくさんの海鳥が群がります(左写真)。

●周辺情報

Tysfjord Tourist Center
ティスフィヨルドで
オルカウォッチングツアーを行っている。

Andenes Cetacean Research Unit
ホエールウォッチングの収益を基に
鯨類研究を行っている機関。



(*)この辺の事情は、1980年前後、長崎県壱岐で漁業に害をなす有害鳥獣の駆除、という名目で行われたイルカ大量捕獲を思わせる。これは、科学的な検証作業を一切省略して、官民一体でイルカ根絶を企図したものだった。捕獲は欧米からの非難に屈する形で下火となったが、国内からの声ではなくいわば外圧に屈したことは、かえって問題を複雑化させた。

 この地域でのオルカと人とのかかわりは古く、石器時代、フィヨルドの海を見下ろす岩盤の上にヴァイキングの祖先たちが描いたオルカのレリーフさえあります。しかし、30年近い歴史があるカナダ太平洋岸のオルカ研究に比べ、ノルウェー沿岸に住むオルカの研究の歴史は浅く、チームワークで行う独自の狩りの方法が明らかになったのはつい最近のことです。

 オルカが フィヨルドという比較的狭い領域に集結したことで本格的な研究活動が可能となり、カナダ・ブリティッシュコロンビアで行われているのと同様の手法で個体識別作業が行われ、現在ではこの海域に定住するオルカの総数は500頭程度と考えられています。 その一方で、オルカはニシンの漁場の敵とみなされ、かつて大量に殺されました。オルカにとって長く不幸な時代が、つい最近まで続きました。

  捕獲のダメージは深刻で、彼らの個体数は現在でも完全には回復せず、現在でも若い個体は早熟の傾向を示しています。これは、個体数に打撃を受けた種に見られる傾向であるといいます。オルカに対する誤解はのちに科学的に否定されたものの、大きなオルカの姿はいやでも目に付くことから、オルカ捕獲が禁止されている現在でも、漁業者たちはオルカの存在を快く思っていないようです。一時は漁師たちからオルカ捕殺の要望が出されたこともありますが、オルカにとって幸いなことに、その提案は政府により却下されています(*)。
日本の尺度では、捕鯨国であるノルウェーでオルカの保護を訴えるのはとても困難なことのように思われますが、必ずしも産業界に有利な研究を行うとは限らない研究者であっても安定した活動を続けてゆけるのは、我が国とは大きく異なる点です。社会の成熟度のちがいでしょうか。