新春縁起の植物/スイセン

誰でもがスイセンの花に出会って思い浮かべるのがギリシャ神話の美少年ナルキソス
の物語、池に映った自分の美しい姿に魅せられて、自らの姿に恋をし、恋が達せられ
ずに死に、その亡骸から生まれたという可憐な花・スイセンの話です。

地中海沿岸地域が原産であるスイセンですから、スイセンにまつわりいろいろな逸話
はヨーロッパには多いのは当然のことですが、新春縁起の植物として登場して戴くに
は、話をお隣の国、中国へもってゆかざるを得ません。

いつのころに地中海沿岸原産のスイセンがシルクロードを経て中国へ渡来してきたの
かは定かではありませんが、中国では古くから新春縁起の植物としてスイセンは梅、
松、竹等と共に並び称され、早春、いち早く息吹き、美しく可憐な花を咲かせてくれ
る様が鮮烈なる生への憧れとなり、瑞祥、嘉祥の植物として万人の認めるところにな
ったのでしょう。

立ち寄った本屋さんで、ボストン美術館の日本コレクションを特集している芸術新潮
の1月号を立ち読みしました。ページを繰るうちに、西村康彦氏の「水仙の夢」と題
する記事を見つけ、水仙が中国で新春縁起の植物として取り上げられている背景の一
端を知ることが出来ました。

梅花、つばき、水仙は中国では年頭の三種の縁起、瑞祥植物として欠かせないもので
あり、特にスイセンは球根を水栽培して正月、その花を咲かせて生命の躍動と希望を
水仙の花に託すとか。どこの家でも水盤に水仙の球根を栽培するところから、中国の
磁器で有名な水仙水盤の創作へと繋がったことなど楽しく立ち読みをしてしまいまし
た。

      一盆水仙満堂春
      冰肌玉骨送清香   (始めの四文字は梅のことです)

  「春を迎えるために用意した水盆にいけた一株の水仙が美しく開花し、折から
   咲いた梅花の馥郁とした香も漂い、春はまさしくここにある。」
                        (芸術新潮 一月号より)

こんな詩句を部屋に掲げて、萌え出ずる生気に憧れや希望を託してその年の良きこと
を願ったのでしょう。

ここ数日、新聞やテレビではニホンズイセンの群生地である福井県の越前海岸、千葉
県の房総半島、静岡県の爪木崎などで野性化して群生するスイセンの光景を映し、紹
介したりしています。 テレビスタジオ一杯にスイセンの花が満ち、テレビの画面を
通して甘い香が漂よい伝わって来るほどでしたね。

房咲きのニホンズイセンは種子を作らずに、球根で繁殖を続け今日に至っていること
から、日本に渡来して800年余、渡来してきた当時の花姿をそのまま、私達の眼の
前に見せてくれるのです。

金盞銀台の名にふさわしく白と黄橙色のコントラストがなんともいえない素朴な美し
さを見せてくれます。

      真中の小さき黄金の盃に
           甘き香もれる水仙の花       木下利玄

                              うめだ よしはる

     春の花へ

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