ナツツバキ

 うっとうしい梅雨の時期になりました。 梅雨の雨に似合う花というとアジサ
イがまず第一にあげられますが、ナツツバキも梅雨の時期に咲く花の一つです。 ツ
バキに似た白い五弁の花を咲かせるナツツバキは一日花で一日を咲いて花の形そのま
まで木の下に落ちてしまいます。


 近くの住宅地域では横に広がらないナツツバキを庭木に用いている家が多くあ
り、散歩の道々の観察の対象になっています。 また苗木、樹木畑でも需要の多いナ
ツツバキが多く植えられて、休日には白い花を咲かせている樹木畑に足が自然に向い
てしまいます。 ナツツバキには沙羅双樹、しゃらのき、さらのき等の名が与えられ
ててもいて、インド原産の同じ名前の木と混同されています。


 仏教では、自分の寿命を悟った釈尊は「形あるものは必ずこわれ、生あるものは死
ななければならない」と最後の説法をして沙羅双樹の下で涅槃に入ったとされていま
す。 また、平家物語の始まりは「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双
樹の花の色、盛者必衰の理を現す」と記されていることから、ナツツバキは良く寺の
敷地内にも沙羅双樹として植えられています。

 ツバキの花は色が赤く、ぽとりと落ちる花の姿を嫌われたりしますが、同じぽ
とりと落ちるツバキでもナツツバキの白い花は清楚で、ツバキとは全く違った情景を
描いてくれるように思います。 明治の文学者、森鴎外もこの花を愛した一人で

      褐色の根府川石に
      白き花はたと散りたり
      ありとしも青葉がくれに
      見えざりし沙羅の木の花

の詩を詠んでいます。 雨に濡れた褐色の石の上に、または濡れた青い苔の上に
散り落ちた白いナツツバキの花の描き出す景色は、日本人の持つ無常感に合致する花
であり、平家物語の沙羅双樹の代役であってたとしても、何か引き付けるものを持っ
た花です。 同じ仲間にヒメシャラがありますが花は小形で気品があります。


      夏椿苗のやさしさ取り見つつ
            三十五銭を惜しみて止みぬ     土屋 文明


 ナツツバキの苗木は園芸店に並んでいますが、思ったより高い値段で、思い切
って買うに至りません。 幸いに、ナツツバキの樹木畑では実生のものが随所に見ら
れますので、先日はその一株を戴き、鉢に植えて育成中です。 花を咲かせるまでに
はまだまだ長い道のりでしょうがそれまでは、近所の家の庭木や樹木畑のナツツバキ
を愛でることにしましょう。


 ナツツバキは葉が茂った陰に咲き、花が株元に散って、あー咲いていると分る
花ですが、今がその時期ですので、ご覧になってください。

                       うめだ よしはる


晩春から夏の花へ