B子さん側がA判決批判の準備書面提出

1998.6.24登録

 青春を返せ裁判の原告B子さん(の弁護団)は6月22日、次の準備書面(A裁判の判決を批判する内容です)を提出しました。

平成五年(ワ)第六四二号  原  告   B         子
              被  告   世界基督教統一神霊協会
  平成一〇年六月二二日
              原告代理人  嘉  松  喜 佐 夫
              同      河  田   英  正
              同      近  藤   幸  夫
              同      清  水   善  朗
              同      山  本   勝  敏
  岡山地方裁判所 御中

            準 備 書 面

岡山地裁平成一〇年六月三日判決(青春を返せ裁判A)について

第一、 マインドコントロールについて
  一、 右判決において裁判所は「いわゆるマインドコントロールはそれ自体多
    義的な概念であるのみならず、これを一定の行為を繰り返し積み重ねるこ
    とにより相手に一定の思想を植えつけること」と捉えている(奇しくも平
    成一〇年三月二六日名古屋地裁判決と同様の表現)。どのように多義的な
    概念であると考えたのかその内容は判決書のなかに一切明らかにされてい
    ない。少なくとも、原告はマインドコントロールを右判決が認定したごと
    く「一定の行為を繰り返し積み重ねることにより、相手に一定の思想を植
    えつけること」などとは定義していない。裁判所の認定した定義は誤って
    いる。裁判所が何らの科学的根拠もなく、専門家の証言を聞こうともしな
    いで勝手に非科学的な判断をしたのである。科学を無視する裁判所の独断
    と偏見の結果である。概念が多義的であるのであれば、その内容を立証し
    ようとする原告の証拠申請を却下できるはずはないではないか。立証を阻
    止しておいて、積極的に証拠に基づかないで誤った判断をすることは許さ
    れない。この点における原告の立証を採用すべきであり、裁判所も独断に
    よらないで素直に科学的な態度で対応すべきである。
  二、 右判決は、「被告法人のビデオセンター・クリエイト等における諸活動
    は、被告法人の教義を布教するための勧誘・教化行為というべきであり〜
    〜〜〜その各段階毎に自ら真摯に思い悩んだ末に、自発的に宗教的な意思
    決定をしているというほかない」として、いまだ「社会的相当性を逸脱し
    たものであるとまでいうことはできない」と結論づけている。しかし、正
    に問題となっているのは「自発的に宗教的な意思決定」の内容なのである。
    マインドコントロールとは、このように自発的意思決定と思えるものが、
    個人の認知しないところでの情報や欲求などの外的コントロールを受けて、
    考え方・意思決定そのものが変化させられることをいうのであって、自発
    的意思決定という外形を保っていることについては全く異論はないのであ
    る。そのことを前提として、宗教的人格権を侵害し、社会的に許容されな
    い違法な行為をさせ、全資産を献金させる目的を持ってなされる違法な手
    段と目的によるマインドコントロールの違法性を原告は主張しているので
    ある。マインドコントロールの概念を裁判所が正確に把えていないため、
    原告が判断を求めてきたマインドコントロールの違法性について単純に
    「自発的に宗教的な意思決定」があったとして、判断を避けている。自発
    的意思決定と思われるもののなかに違法なマインドコントロールの結果で
    あるものがあり、そのことの判断を原告は求めているのである。このこと
    について前記判決は全く判断をしていない。この判断をするためには原告
    の主張しているマインドコントロールについて科学的知見とそれが及ぼす
    影響については宗教学者らの意見に謙虚に耳を傾けるべきである。右事件
    の場合、原告の被害の実態について素直に耳を傾ければあえてマインドコ
    ントロールという概念を使用しないでも一連の不法行為として十分把握し
    うるものでもあったはずである。
  三、 破壊的カルトによる被害は近年世界的に問題となっている。日本におい
    てもオウム真理教事件における高学歴の医師らが地下鉄サリン事件を起こ
    すなどの出来事からカルトによる危険なマインドコントロールが社会問題
    となっている。一九八〇年代後半になって、カルト・マインドコントロー
    ルは強制的説得や思想改造の研究などに述べられている物理的な意味での
    身体的拘禁や拷問を用いず、当人が操作されていることさえ認知しないよ
    うな、洗脳よりも洗練された方法によって、考え方の変化を導くものとさ
    れ研究されるようになったものである(甲第一二六号証、「信じるこころ」
    の科学六三ページ以下)。この仕組について、被告統一協会・オウム真理
    教からの脱会者について実証的に検討をした研究をしたのが西田公昭静岡
    県立大学講師である。このようにマインドコントロールは物理的な意味で
    の身体的拘禁や拷問を用いないで情報や欲求をコントロールしてなされる
    考え方の変化を導くものとされていることであり、多義的ではないし、前
    記認定のように「一定の行為を繰り返し積み重ねること」でもないことは
    明らかである。
第二、 教義と原告意思決定の関わりについて
  一、 前記判決は「宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項につい
    ては憲法上国の干渉からの自由が保障されているのであるから裁判所はそ
    の自由に介入すべきではなく、一切の審判権を有しないとともに〜〜〜〜
    当該宗教の教義・信仰の内容の当否等については立ち入って判断すべきも
    のではない」としている。原告も、被告統一協会の教義の内容については
    判断を求めていない。しかし、被告の教義に触れて、原告の意思決定にど
    のように影響があったかを判断することは信教の自由を何ら侵害したこと
    にはならないし、その教義と原告の意思決定・行動と関わりについて検討
    しない限り、真に原告の意思決定の過程を明らかにすることはできない。
    原告が主張しているのは、教義そのものの当否の判断を求めているのでは
    なく、それが原告に恐怖を生むなどしてマインドコントロールの要素とな
    っていることを主張しているのである。従って、憲法上の要請から一切教
    義に判断が関わることはできないことを前提とした同判決の判断は誤りで
    ある。「教義自体の当否を判断する」ということと「教義を用いて心理的
    強制・詐欺的勧誘をしたことの違法性を判断する」ということを混同した
    結果である。右裁判所の考えは極めて特異な考えであるといわざるをえな
    い。
  二、 他の献金の違法性をめぐる裁判においては、詐欺もしくは脅迫などの違
    法な事実を認定するに際し、その教義との関わりにおいて裁判所は積極的
    に判断している。
     奈良地方裁判所平成九年四月一六日判決では、
     1、前記認定によれば、被告の献金勧誘システムの特徴として、 万物
      復帰の教えの下、個々の対象者からその保有財産の大部分を供出させ、
      被告全体としても多額の資金を集めることを目的とするものであるこ
      と、 対象者がある一定レベルに達するまで、被告の万物復帰の教え
      はもちろんのこと、被告や文鮮明のことを秘匿あるいは明確に否定し
      たまま、対象者の悩みに応じた因縁話等をして不安感を生じさせある
      いは助長させる方法をとっていること、 各種マニュアル等により勧
      誘方法が全国的に共通していて、組織的に行われていることが挙げら
      れる。
     2、このうち、 の点は、被告への入会ないしは献金等を勧誘するに際
      し、入会ないしは献金等をしようとする者の判断に影響を及ぼすこと
      となる重要なものにつき、不実のことを告げ、また、被告への入会な
      いしは献金等をさせるため、対象者を威迫して困惑させるものであり、
      方法として不公正なものと評することができる
     と判断している。被告統一協会の万物復帰の教義に触れ、それがどのよ
    うに原告に影響を与えたかを判断しているのである。前記判決は一切教義
    に触れようとしなかったが故に原告の恐怖・不安感・考え方の変容の過程
    を理解することができなかった。マインドコントロールについても恐怖心・
    不安感あるいは情報とのコントロールによって考え方の変容がなされると
    いうメカニズムに近寄れなかったのである。
     さらに、献金の違法性についても単純に「信者が宗教団体に献金する行
    為は宗教的行為として意味づけられる」として、具体的な教義に基づく恐
    怖心や不安感に基づいて献金を強いられた過程には触れないで、ただちに
    「いまだ社会的相当性を逸脱したものとはいえない」と判断している。裁
    判所の誤った前提が、その後の判断を回避する結果となっている。
第三、 献金の違法性について
  一、 前記判決は前述のとおり「献金する行為は宗教的行為」に基づくもの、
    「自ら献金が有意義なものとしてこれを行ったもの」、教義に触れないで
    マインドコントロールの恐怖を判断しない以上「勧誘、教化行為は全体と
    して違法なものとはいえない」として献金を迫って原告のほとんど全財産
    を献金させた行為を「社会的相当性を逸脱したものとまではいえないと判
    断した。原告は、献金の損害は違法なマインドコントロールとして被告ら
    の一体的な一連の不法行為の結果発生したものと主張している。少なくと
    も献金を迫った点だけをとらえても十分に違法性があると主張しているも
    のである。
  二、 被告統一協会の献金の違法性については、同種事案について既に判例が
    あり、しかも福岡地裁のケ−スは最高裁において既に確定しているもので
    ある。教義の実践の名においてなされたものであったとしても法益の侵害
    の有無は法律上の争訟として積極的に判断しているのである。
   1、 福岡地方裁判所平成二年(ワ)第一〇八二号(平成六年五月二七日判
     決)福岡高等裁判所平成六年(ネ)第五〇五号(平成八年二月一九日判
     決)最高裁判所平成八年(オ)第一二二八号(平成九年九月一八日判決)
   (一) 献金勧誘行為が布教活動の一貫としてなされたものであたとしても、
      その目的・方法・結果において到底社会的に相当な行為であるという
      ことはできず、違法であり、民法七〇九条の不法行為に該当する。
   (二) 非営利団体である宗教法人に対しても民法七一五条の適用があり、
      信者と教会との関係において指揮命令関係が存在した。
   2、 高松地方裁判所平成六年(ワ)第一七四号(平成八年一二月三日判決)
   (一) 献金に関する一連の勧誘行為がその目的・方法・結果において社会
      的に相当と認められる範囲を逸脱しており違法性を帯びる。
   (二) 信者と教会との関係において、信者の違法な献金勧誘行為について
      七一五条の適用を認める。
   3、 奈良地方裁判所平成六年(ワ)第二〇七号(平成九年四月一六日判決)
       統一協会の献金勧誘行為は被告の違法な勧誘システムに基づくもの。
     統一協会であることを否定して勧誘が行われていること、予め財産の把
     握がなされ、これに基づき、献金額及び献金にいたるまでのスケジュー
     ルが決められていたこと、家計図を示すなどして具体的に因縁話が行わ
     れていること、受講につき他言を禁じられていることなどが違法性を認
     められる根拠である。
   4、 東京地方裁判所平成六年(ワ)第三一一九号(平成九年一〇月二四日
     判決)
   (一) 献金の勧誘が犯罪に当り、又は不法行為を構成するかどうかについ
      ては、教義の実践の名において身体、財産等他人の法益を侵害するこ
      とが許容される余地はない。
   (二) 人を不安に陥れ、畏怖させて献金させるなど、献金者の意思を無視
      するか、又は、自由な意思に基づくとはいえないような態様でされる
      場合、不法に金銭を奪うものと言ってよく、このような態様による献
      金名下の金銭の移動は宗教団体によるものであってももはや献金と呼
      べるものではなく、金銭を強取又は喝取されたものと同視できる。
  三、1、 前記判決における原告も右各判決における原告と同様の経過をたど
      って献金に至っている(全国的に共通したマニュアルに基づいて実践
      されているので被害も同じ経過をたどって発生することになる)。そ
      して、前記判決においては、原告の恐怖の原因となった「吉凶禍福や
      先祖の因縁話・霊界の話」を「一般を違法であると断じることは宗教
      に対する過度の干渉となるのでゆるされない」として、違法性を認め
      なかった。
    2、 前記事件の原告に対する「吉凶禍福や先祖の因縁話、霊界の話」は
      被告統一協会の教義に基づくものではない。教義とは関係のない嘘の
      先祖の因縁話を述べているのである。単に原告を恐怖と不安に陥れ、
      献金を迫る方法としてなされたものであった。献金を決断させるには
      どうしたらいいかの観点から組み立てられた勧誘であった。しかもそ
      れはマニュアルなどに基づき、計画的に、予め原告についての個人情
      報を集め、効果的になされたものであった。右背景事実は前記判決の
      認めるところである。しかも、深夜にわたって長時間献金を迫ったの
      である。二項で紹介した各判決の場合に比し、原告への献金の働きか
      けが弱かった事情は全くない。例え教義に基づいたものであったとし
      ても、原告の恐怖と極度の不安感がどのように醸成されていったのか、
      そのことがきちんと判断されていなければならない。この点について
      前記判決では全く触れられていない。
    3、 前記判決は前述のとおり、一般に宗教活動に伴う献金勧誘行為にあ
      たって「多少なりとも吉凶禍福や先祖の因縁話・霊界の話等が説かれ
      る」という誤った認識をしている。宗教であれば、教義とは関係なく
      献金をさせる目的で先祖の因縁話に触れることがあっても当然である、
      との認識は明らかに誤っている。宗教及びその実践者である宗教者に
      対する冒涜である。いかに宗教行為を装っても、それに虚偽や脅迫が
      あれば詐欺罪や恐喝罪が成立する(後述のとおり)。 
       前記判決は、過度に宗教の名の下に行われている行為の判断を避け
      ようとするもので、従来の刑事・民事の判例の動向に反するものであ
      る。
     (1) 祈祷師が自分の祈祷に効果がないことを知りつつ、顔のあざの相談
       を持ちかけた主婦に「御祈祷で取ってあげる」「神様にお願いして
       おきながら、勝手に参詣を中止しては神様の罰があたる。」「神様
       の力で顔を真っ黒にする」などと脅して祈祷料を交付させた事件。
       祈祷師は詐欺及び恐喝に問われ、最高裁昭和三一(一九五六)年一
       一月二〇日判決は次のような理由から祈祷師を有罪に処した。
       「祈祷師が自己の行う祈祷が実は全然治病の効能なく、また、良縁、
       災難の有無、紛失物のゆくえを知る効もないことを信じているにも
       かかわらず、如何にもその効があるように申し欺いて祈祷の依頼を
       受け、依頼者から祈祷料等の名義で金員の交付を受けたときは詐欺
       罪を構成するものというべきである」
     (2) いわゆる霊感商法の手口を使い、大理石の壺などを販売していた統
       一協会の信者二名が、四七歳の主婦に一、二〇〇万円を支払わせた
       事件。
       二人は主婦をホテルの一室に約九時間半にわたって軟禁し「おろし
       た子どもや前夫が成仏できずに苦しんでいる。成仏させないと今の
       夫と子に大変な事が起こる。全財産を投げ出しなさい」などと迫っ
       た。
       青森地裁弘前支部昭和五九(一九八四)年一月一二日判決は、行為
       が恐喝罪にあたるとして懲役二年六月(執行猶予五年)の判決を下
       した。

 以上述べたとおり、原告が全てをさらけ出してその判断を求めたにも関わらず、
裁判所は独断で「マインドコントロール」の評価をし、原告の意思決定の実態・変
容の過程をみつめようとせず、しかも、献金に関しても「宗教」と名のつく行為で
あれば通常では許されない行為であっても何ら関知しないという、従来の判例の動
向と対立する判断を下している。
 一〇年もの審理期間を要しながら、一体裁判所は何を審議していたのであろうか。
「請求棄却」という結論を問題にする前に、人生を賭けて訴訟を提起した原告に対
する裁判所の説明として、うわべだけの法的用語の羅列でなく、誠実に事実を検討
し、納得のできる判断過程を示さなかったことに対し怒りを覚える。十分そのこと
が可能な時間はあったはずである。
 本件においても、前記判決に至った裁判が終結したことを理由に安易に次回期日
に終結する旨の方針が示されている。しかし、前記判決の程度にしか認識がないと
すれば、原告は右終結に同意することはできない。裁判所が原告の真剣な主張に耳
を傾け、それに対して誠実に、逃げることなく、納得できる判断をして頂きたい。
そのために必要とする時間を惜しまないで頂きたい。誰のために審理を促進してい
るのか今一度考慮いただきたい。


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