原告B子さんの霊の親(勧誘者)・M子の陳述書です。
   陳述書
                                                              M子
1 統一教会入会までのいきさつ

 私は、一九八六年九月くらいだったでしょうか、大学一年のとき、同じクラ
スの友人から「クリエイト」というサークルに行ってみないかと誘われました。
そこでは、人生の目的とかも知ることができるし、映画もたくさんあって見る
ことができるともいわれました。私は、大学に入って本当に幸せな日々を送っ
ていましたし、大学でサークルに入って喜んでがんばっていましたので、確か
に人生の目的とかについてもとても関心がありましたが、「今はいい。映画は
全然興味ないし。」と一番の親友でしたが故に、自分の素直な思いを告げて断
りました。
 またその後、いつのことだったか忘れましたが、クリエイトのアンケートに
答えてほしいといわれ、アンケートに答えました。そんな中で「本当にいいと
ころだから一回来てみてほしい」といわれましたが、私は「絶対に入会しない
からね」と宣言し、クリエイトに足を運びました。そこでみたビデオに関して
私は「ビデオの内容はとてもいいと思うけど、今はいい」と感想を述べて帰り
ました。
 またある時は、姓名判断をみてくれるということで誘われ、そこで私は人は
それぞれにふさわしい時があるということ、その時は逃してはいけないこと、
そして本当に幸せになろうと思うなら自分自身をもっと磨いていかなければな
らないこと、またもっと広い視野をもって自分のことだけでなく、世界にも目
を向けないといけないことを感じました。その後、友人がまた、「M子ちゃん、
どうしても入ってほしいと思っている」といわれ、私は、この時はクリエイト
にいく前から、もう入会の決意をしていきました。なぜなら、この友人は、本
当に無口な人で、まじめな人なので、私に語る一言一言がいつも私にとっては、
重みのあるものであり、何か深い意味のあるものと感じられたからです。
 クリエイトに入会した日は一九八七年三月一二日のことです。
 しかしながら、入会はしたもののクリエイトには毎日でもきてほしいといわ
れながらも、大学のサークル活動が充実していたので「友人が一緒にいってく
れないと行くのはいやだ」とか言ってほとんど行っていませんでした。
 しかしまた友人の薦めで、一九八七年六月七日ハーフデー・セミナーがある
からと誘われ、すんなり参加したのがきっかけで、学びがどんどん進んでいく
ようになりました。というのは、このセミナーの内容は、もうすでにこれまで
にビデオでみて学んでいた創造原理の中身であったわけですが、私はこのセミ
ナーで語られた「神は親である」という言葉に感動したのでした。それ以後と
いうものは、幸せになりたいと強く願っていましたから、この教えにとても希
望を感じ、続けてビデオ学習をしていきました。
 そして入会した時からのことですが、私はそれまでいつも何でも母に相談し
ていましたから、友人からは「まだあまり理解してないのに、おうちの人に言
うと誤解するから、言わない方がいいよ。もう少しM子ちゃんが理解してから
の方がいい」と言われていましたが、それでも当然感動は隠せませんから、ビ
デオを見たあとはいつも、家に帰って「霊界ってこんなになっているんだって
」とか「神様は親なんだって」とか「人間の心の矛盾のこと」とかを全部語っ
ていました。
 堕落論では、自分の心の中からふつふつとわく、堕落性本性に納得し、いつ
も自分の心の中の葛藤、矛盾に悩んでいましたから、原因が明らかになったこ
とで、これからの解決への方向性が見え、力がわいてきました。しかし実際の
ところ、あとから振り返ってみると、深い意味で原罪というものや、堕落性の
意味を十分理解していたとは言えませんでした。
 そして一九八七年六月一三、一四日のツーデーズ・セミナーに参加し、歴史
の同時性を聞き、こんなに理路整然としていては、何の否定もできないし、こ
れが正しければ(特に疑っていませんでしたが)今はちょうどメシヤが来られ
るときだと知り、びっくりしました。そしてその後、もう少し進んだ講義とい
うことでライフトレーニングに参加しました。
 そして一九八七年六月一七日、この日は友人の誕生日でしたから忘れもしな
い日ですが、自分にとっても大切な日となりました。私はこの日、メシヤがも
うこの地上に来られていることを知り(これから来られると思っていましたの
で)、二〇〇〇年前のイエス様のような方が(メシヤ)今この地上に来られて
いるという驚きと感動で、早くメシヤを迎えられるような者にならなくてはと、
あわてるような思いで、心の躍る思いを押さえながら家に帰りました。この日
家に帰って、妹に「コーヒー牛乳が飲みたいなあ」と言われ、「私がとってき
てあげる」とすぐ腰を上げて入れてきてあげると「姉ちゃん、今日どうしたの
」と言われたのを今でも覚えています。この喜びと感動はいかに説明したらよ
いでしょうか、言葉に言い表せないものでした。
 こうして六月一七日に講師より「私はこの文鮮明先生を尊敬し、メシヤと信
じています。あなた達も、自分の目で確かめ学んでいってほしい」といわれて
ましたから、その後も学びを続けました。またライフトレーニングの途中に、
初めて教会に行き、雰囲気のすっきりした、そして清さに感動した覚えもあり
ます。文先生のお写真もかけてあり、この方がメシヤなんだとつくづくと見つ
めました。
 そして、一九八七年六月二六日から二八日のスリーデーズ・セミナーにも参
加しました。六月二五日の夜出発し、広島の研修所についてみると、私たちの
班長は、ツーデーズ・セミナーの時の班長さんと同じ方でしたので緊張もほぐ
れました。
 夜にはオリエンテーションがあり、セミナーでの共同生活の諸注意として「
禁酒、禁煙」とか「集合時間は守って下さい。他の人に迷惑がかかります」等
の、当然のことを注意として言われました。
 そして次の日、朝は六時か六時半ぐらいが起床で、研修所の近くの川原でラ
ジオ体操、そして掃除をして、その後朝拝、そして朝食を取りました。本当に
規則正しい生活スケジュールで、身も心も正される思いで、毎日このようにで
きたらこれが理想的だなあと思ったものでした。
 緊張の中にも、自然の素晴らしい環境に恵まれていましたので、のびのびと
した中で、神様の創造の美も感じることができました。
 また講義の合間には、二〇分〜三〇分くらいの休憩もあり、この時質問等さ
せてもらいましたし、同じ班員の人達の感想も聞けて、参加している人が講義
をどのように受け止めておられるのかも参考にすることができました。実際班
長も知っている方でしたから、何でも質問相談しましたし、同じ大学の人が二
人ツーデーズ・セミナー以来、共に参加していましたから、うちとけた中での
セミナーでした。講師からは人によって講義の理解力とか、感動するところも
違うので、人は感動したのに自分は感動しないと言って、嘆くことはないと言
われ、素直な気持ちでいつも講義を聞いていました。
 午後は講義ばかりではなく、スポーツやゲームもあり、いつも休憩には飲み
物やお菓子を用意して下さっていて、セミナーでは受講性に対して多くの心遣
いを感じたものです。夜は九時ぐらいまで講義があり、後はお風呂、感想文、
面接、洋画のビデオと班ごとに順番になされました。時間はたっぷりあって、
感想文も今日一日を振り返りながらゆっくり書くことができました。私は映画
は好きでないので見ませんでした。セミナーの期間中、いつも班長さんは遅く
まで起きておられたし、朝も早くに起きて私たち受講生のことに気を配ってお
られました。
 スリーデーズ・セミナーでは、統一原理と文先生の生涯や、統一運動などの
内容を学びました。セミナーではメシヤであり、神様のために半生を捧げてこ
られた文先生の歩みに感動すると共に、さらに現代の摂理や、統一運動の内容
を聞き、将来への希望も感じました。そしてまた、統一教会の信仰は、神様を
なぐさめていく道であることを知ると共に、統一原理の教えは宗教だけでなく
科学も総合し、文先生提唱の統一運動として、具体的な方策を打ち立て、全人
類の幸福のために様々な運動が展開されていることを知りました。(今まで宗
教はたよるようなもののように考えていたので)。
 そしてふつうは、スリーデーズ・セミナーの最終日には統一教会の入会申し
込みをするのですが、私はそのとき、勧められた覚えがなく、後に新生トレー
ニングの時に入会申込書を書きました。しかし私は、メシヤを受け入れて教会
に行き始めて以来は、もう自然に統一教会の信仰を持っていました。
 そして、六月二八日夜に教会で歓迎会をしてもらい、新生できることを願っ
て新生トレーニングへ参加しました。

2 スリーデーズ・セミナー後の活動

 一九八七年七月から新生トレーニングが始まるわけですが、新しいことの始
まりは誰でも緊張するように、どんなことをするのかなあと思いながら、とに
かく名のごとく、新しい自分に生まれ変わって出発をしていきたいと思ってい
ましたから、期待して開講式に参加しました。
 実際は、新生トレーニングは日常生活の中で原理の内容を頭だけで理解する
だけでなく、具体的に生活化して身につけていくのが大きな目的ですから、教
会に泊まってがんばればよかったのでしょうが、そのころはまだ大学のサーク
ル活動もしていて、また本当の意味で、まだ原理を理解していなかったのでし
ょう、結局通いで参加し、しかも帰りの最終バスの都合のため、講義を途中や
めたりして家に帰っていました。
 またその頃、ちょうど同じ大学の二人の友人は、二人とも泊まってトレーニ
ングに参加していて、前、以上に元気はつらつとし、私にも泊まってトレーニ
ングしたらいいのにと誘ってくれたのですが、のびのびになってしまい、二人
は二ヶ月で実践トレーニングへ、私は結局、五ヶ月かけて新生トレーニングの
学びを終えることになりました。ハーフデー・セミナー、ツーデーズ、スリー
デーズ、新生トレーニング、実践トレーニングと段階を追うごとにたとえ人の
助言はあってもやはり人それぞれ事情もあり、私のように長期の人もいれば、
自分の意思でやめていった人も多くいました。私の場合はたとえ通いでも、求
めていたものがそこにあり、また励まして下さる方々によってサポートしても
らったと思います。
 また余談かもしれませんが、一九八七年七月に信者の人で、おうちで呉服屋
さんをやっていて、いいものがあるからということで着物の展示即売会に母と
行き、振り袖をひとそろい買ってもらいました。母も柄が私に似合う着物の方
が高かったのですが、見立てて下さった人にも感謝して、喜んで買ってくれま
した。成人式の時に着付けてもらった時に知ったことですが、これは本振り袖
で、仕立てが違うそうで本当に素晴らしい振り袖ですねとほめられたのを覚え
ています。
 新生トレーニング四ヶ月目ぐらいから、伝道の実践にも参加させてもらい、
一番すぐにでもメシヤが来ていることを伝えたかったのが妹でしたから、まだ
その当時高校生でしたが、クリエイトで統一原理を学習してもらいました。受
験前で忙しかったのですが、妹に対し私がなぜ毎日明るいのかがわかるから、
そしてあなたが何のために勉強するのかが本当にわかれば、勉強ももっとがん
ばれるようになると思うからと言って誘いました。後に母も「M子がいい子に
なったから、宗教にはいるならあなたが入っているところがよい」と言って教
会に入会し、原理を学んでいきました。母は昔から、ビデオの内容を伝えてい
ましたから、その頃から宗教と思っていたそうです。そして私は一九八七年一
二月から実践トレーニングということで、今回も通いで参加し、一九八八年二
月からは学生部に所属しました。
 この期間、私は通っていたので家ではボーとした時間が多かったり、これで
はいけないと思いつつ過ごしていました。特に友人たちが元気よくはつらつし
ている姿を見て、スリーデーズ・セミナーから同じように学んできたけれど、
なにか差が付いた気がし、自分も自分の理想とする生活をしてがんばりたいと
思っていました。
 そして一九八八年後半に、大学の教育実習を機会に(教育実習中は忙しいの
で、自宅生でも町中に下宿する人も多い)母に相談して教会に泊まらせてもら
いながら学校に通う許可をもらいました。
 この間、実践トレーニング、学生部では通いの時も短い時間ですけど、神様
が救いたい人を私を通して救ってほしいと祈りながらアンケートをお願いしま
した。その中でもある一人の女性は(これはツーデーズ・セミナーに参加され
た後に聞いたことですが)「実は私はM子さんがアンケートに声をかけて下さ
った日、自殺しようと思って歩いていたんです」と言われ、二人とも泣きなが
ら神様の愛を感じたこともありました。

3 原告B子さんとの出会い、ならびにその後のいきさつについて

  原告のB子さんとは、一九九〇年一月に駅前でアンケートをお願いしていた
とき、バス停でバスを立って待っているB子さんに会いました。「すみません、
アンケートをお願いしたいんですけど」というと前にも答えて下さったことが
あるらしく、少し戸惑っておられましたが、前といってもいつ答えて下さった
かわからないので、その間意識も変わっているだろうと思い、お願いしました
ら「まあいいですよ」ということで、話が始まりました。私はアンケートは、
アンケートの質問一つずつ口に出して質問し、イエス・ノーをチェックさせて
もらっていましたし、B子さんも手にとって自分で書いてしまおうという感じ
はなかったので、(中にはアンケートと鉛筆を私からとって、すぐに書き込ん
で下さる人もいる)私が手に持って聞いていきました。B子さんは、本当にい
ろんなことに関心のある人で、視野も広く、人生の目的とかも考えてこられた
みたいで、今まで歩んでこられた人生においても、人間関係は難しいものと感
じておられるようでした。宗教にも関心があると言われましたが、求めてきた
けど得られたものはないという感じでした。また、B子さんは私が出会ってき
た人にはない、よく考えてきた、苦労してこられた方であることがわかりまし
た。もう即、この場でこの人が神様を知り、人生の目的を知り、なぜ人間がこ
のような罪の中に苦しみ生きるのかを知り、神様の愛と、これから行くべき道
を知れば、本当にこの人はすべての今までの悩みもなくなり、また今まで考え
てきた土台のある人ですから、本当の意味できっとすぐに統一原理に感動を覚
えるに違いないと思いました。そしてまた、神様もずっとこのB子さんを苦し
みから解放してあげたいと思ってこられていたんだなあと感じ、もうすでにこ
の時、私は絶対にB子さんに救いの道を伝えたいと決意したほど意識の高い人
でした。こんなに今まで苦しい思いをして、尋ね求めてきた人がいまだに神を
知らないのは、本当にかわいそうだと思いました。
  そしてアンケートを終えて、住所と名前を聞きましたが、手にとって書いて
下さる様子がなかったので、お名前はと言うと、B子と言われ、初めて聞く名
字に感動したので覚えています。そして住所まで私が聞いて書き込みました。
  私はバス停で話したときだけで、B子さんが素晴らしい人であることはわか
りました。
  ですからバス停での出会い以後、私はB子さんに対して、今までになく、今
まで以上に本当にいつも心を尽くしてB子さんに接していきたいと思ったこと
に間違いありません。また、当時、私は姓名判断という本を読んで勉強してい
ましたから、B子さんが私と総格(ママ)が同じことにも親しみを覚え、話をして
いて、性格も似ているし、考え方が合うことも感じましたし、感じ方も似てい
ますから、お互いに理解し合えたことも多く、とても大切な人だと感じていま
した。 
 ただ一ついつも話していて気になったことは、そして私としてはどうやって
もその気持ちをなだめてあげられないことはB子さんの年齢でした。私は全然
気にならなくても、B子さんが「私は年をとっている」と何か引け目を感じて
おられました。私はB子さんが見た目が本当に若いし、年は関係ないと思いま
したが、サークルという言葉に抵抗を覚えておられたことと、そしてトレーニ
ングの頃にもいわれていましたが、みんなよりも年をとっていることと、体が
丈夫でないからということは、いつも気にしておられるようでした。
 こうして私は、B子さんがとても人の情に敏感な方で、繊細で情的な方だと
感じました。また納得がいかないことがあれば、はっきりと「いや」と答えて
下さるし、また表情にも出ますから、私はいつも精誠(ママ)を尽くして、本音で
接していました。
 初めてカルチャーセンターにお誘いしたときも、入り口で躊躇されたのを覚
えていますし、初めて会う人にはすぐに心を開いておられないし、敬遠してい
るのもわかりましたが、カルチャーセンターの雰囲気はきっとB子さんの性格
からして気に入って下さる、落ち着いたところであると自信を持っておりまし
たから、そのように言いまして、また受付の人もたぶんにこやかに迎えてくれ
て、B子さんもちらっと中を見て「それじゃあ」と入って行かれました。その
通り、B子さんはうれしそうに周りを眺めながら「落ち着いたところですね」
と喜んで下さいました。でも私以外の人には遠慮していたみたいでした。
 そして私がB子さんに真剣にカルチャーセンターに入ってほしいと勧めたの
は言うまでもありません。私は本当にB子さんの苦しみの解決の道がつかめる
と思っていましたけど、私の説明不足でB子さんに理解してもらえなかったな
ら本当に申し訳ないと思っていました。そこで、私は一三本くらいのビデオで
一つの流れになっていて(一番短い講師のビデオで)私の口では今すぐに説明
しきれないから、とにかくビデオを見てほしいと言ったら、B子さんも誠実な
方ですから、一本もビデオを見ないで断るのは悪いと思われたのか「それでは
一本ビデオを見せてほしい」ということで、見てもらったらB子さんは本当に
理解して下さったのです。感想としては、このビデオの内容は総序ということ
で本当に入門という感じでまとまったものですから、たぶん今までB子さん自
身も考えてきたことと通じますから、新しいことを知って感動したというより
は、今後に希望を持っておられることを感じました。この時、私の説明ではや
っぱりだめだなあと思い、深く考えてきた人には、やっぱり直接学んでもらえ
ば、本当にわかってくれるものだと思いました。B子さんも、私がいろいろ説
明しても、今一つ「うん」と返事をして下さらなかったのが、ビデオの後は、
何かB子さんの心を固く決意させるものがあったのか、表情の硬さもなく、に
こやかに入会し、帰っていかれました。
 そして、この出会いからわずかな期間はもちろん、その後も私はいつもB子
さんと話をするたびに、自分以上にいろいろ考えてきた人だったので、感動し
て、むしろ私の方がうれしくて、今までの人以上に多くの手紙を出していたみ
たいです。(その当時は特に何の考えなく、自分の中に書きたいときに自分が
感じたことを素直に書いていただけですから)
 ですから、私の手紙をごらんになられてわかるように、私の考えた、私が感
じたことを、私の言葉で書いたもので、人から指示されたものでもなく、マニ
ュアル通りでも何でもないことを天に誓います。マニュアルは、文章を書くの
が苦手な人などは参考にしていたかもしれませんが、そもそもマニュアルを参
考にするような人は手紙を書きません。私は今までいっさいマニュアルなどと
いうものを見て書いたことはありません。
 そしてまた、私がB子さんがメシヤを証された日、毛筆での手紙を書いてい
たそうですが、私もなぜ毛筆で書いたのかは全然わかりません。大切な手紙は
毛筆で書くなどということは、聞いたことがありませんし、毛筆は書きにくい
ので、めったに使いません。この日はきっと大切な日と思って、むしろ私はよ
り多く祈りに時間を割いたと思いますし、手紙の量からしても、あまり時間を
かけて書いてないみたいですし、なんか、大したことを書いてないなあと思い
ます。B子さんなら、これらの手紙が私の口調であり、私の考えであることは
読めばわかると思います。
  また、B子さんが堕落論の講義を受けられた後が、私にとって本当に印象的
でした。カルチャーセンターでは同じように誰でも堕落論を聞きますが、捉え
方は当然まちまちですし、私などは一回聞いただけでは本当に深く理解できま
せんでした。しかしB子さんは、一番知りたかった内容だったみたいですし、
小さい文字でぎっしり感想を書いておられ、電撃が体中に走ったとあるように
本当に感動しておられました。この姿と感想文にまた私も感動し、今までにこ
んな人に会ったことがないと思い、この感想文をコピーして大切にとっておい
たくらいです。
  今後どのビデオを見ても、きっちりとした文字で感動を感想文にしておられ、
そのたびに私も感動したものでした。
  そして、主の路程でのメシヤの証しの日も、私も感動した日ですから、本当
に緊張してこの日を迎えました。B子さんは当然、メシヤを知り満足の表情で
したが、それ以上にB子さんが感動した部分は、文先生のなしてこられた業績
等に感動しておられたように思いました。
  B子さんは堕落論によって、とても自分の罪を深く受けとめておられました
から、その解決の道を知りたいと思うのは当然だったでしょう。そうした中で
メシヤを知り、今後に希望を持たれ、ある面何と言いましょうか、何か確信め
いたものを私以上にもたれ自信を持っておられたことを覚えています。それで
すから陳述書にもっともっとここで教えてくれることを学びたいと言われてい
るように、私以上に積極的であり、また前以上にB子さん自身が自分で勝ち取
られた何か確信、自信のような強さでもって上級ワンデー・セミナーにも参加
されました。ですから本人調書の「これで終わりだと思っていたのが引き延ば
された」というのはどういうことでしょうか。私には、B子さんの性格上、考
えられないことです。実際、当時B子さんの性格からして、夜遅かった時の翌
日の朝早い集合のセミナーだと疲れもとれないし、まして日曜日とかは休みた
いと思われていたことを知っています。また、メシヤを証しされた次の日のこ
とですから、B子さんは予告なく次の日にどうこういうことを嫌われていまし
たから、いつものB子さんなら、この上級ワンデー・セミナーを断っておられ
たと思います。でもB子さん自身、もっともっと学びたいという思いが強かっ
たので、体の疲れを越えて上級ワンデーに参加されました。
 そして話が先に少し飛びますが、スリーデーズ・セミナーの参加の決意も、
B子さんは前にも言いましたように、ご自分がやりたくないこととかあれば、
正直に理由を言って下さいます。後にも、ご自分が証しておられるように、い
ろいろ悩み込むと体調も悪くなってしまわれました。三日間のセミナーは、B
子さんにとっては、体力の心配があったことを私は知っていましたが、それを
越えて決意されたのは、人がどうこうと言うよりは、ご自身の希望的な心の持
ち方によるものだと思っています。
 理由を説明いたしましょう。
 実際のところ、スリーデーズに出た時のことを私は本当によく覚えています。
B子さんも証言しておられるように、スリーデーズ・セミナーから帰ってこら
れた歓迎会で、B子さんも感想を言う一人に選ばれました。私は三日間、B子
さんがどんなふうに感じたかをまだ直接聞いていませんでしたし、実は、帰っ
てきてからのB子さんの表情がいつもと変わらず平然としていて、(というの
も他の人はにこにこしていたので)感動するものがなかったのかなと、とても
心配だったのです。そうしたら、B子さんが語る感想は堂々としたもので、確
信に満ちあふれていました。後で私は、「なんか感動してないんじゃないかと
思って心配したのよ」というと、「感動はもう今までに当然したけど、今夏の
このスリーデーズでは感動というより、希望と確信を得たし、これからがんば
るのみと決意したから、こういうように平然として見えるのでしょう」と説明
してくれて、安心すると共に、すごいと思って、本当に参加されてよかったと
思ったのでした。
  それでは話は少しまた前に戻りますが、献金の話がIさんからなされた時の
ことを述べます。B子さんはもともとお金とかに執着のない方でした。もちろ
ん今後のご自身のことは当然考えておられましたが、それ以外は、自ら「四〇
〇万でなくて四五〇万の方がいい」と言われました。ですから後日、私と口論
があったとありますが、その理由はお互いの神様に対する思い故だと思います。
なぜなら私は私で神様のため、世界のためと心を込めて捧げようとされたB子
さんの気持ちを知っていましたから、どうして約束を破るのかと思い(しかし
これは私の誤解だったわけですが)強く私の思いを訴えました。そしてまた当
然B子さんも、神様のために世界のために決意したものが私によって疑われた
のですから、悔しく思われたのか、私に対して、自分の決意に間違いがないの
にどうしてそんなことを言うのかと、はっきり言われました。
  しかし、お互いにしっかり話し合いましたから、私もB子さんが神様の前に
誓った心情に間違いがないことがわかり、そしてB子さんも、私が誤解してい
ることが悔しかったわけですが、話し合いの後は、お互い納得いたしました。
  ですから献金式の時も、私がおせっかいをやいて、その上、「感謝して献金
しましたか」とよけいなことを聞きましたが、B子さんはもうそのときには、
大人らしく笑ってすっきりとした表情で「当然よ、気にしないで」と言われま
した。
 いつもこのようにして、B子さんの方が私のよけいな心配をこえて、はるか
に大人の心情を持って私を安心させてくれました。
  ひとこと付け加えさせていただくなら、B子さんが本人調書で言われている
「SK」というのが「即献金」と言うような言葉で言われているなど初めて聞
きました。私は信者の献金という意味で「SK」と使ったことはありました。
  こうしてB子さんもスリーデーズ・セミナー、新生トレーニングと、喜びに
あふれ、この期間心配していた体調もまったくよく、元気で、本人も不思議だ
といっていました。
  しかし、入会して長いメンバーであれ、トレーニング生であればなおさらの
こと、途中で原理はわかっていても、行いがなかなかともなわない自分をもど
かしく思ったり、愛の人格を身につけたいと訓練中ですから、自分の性格故に
どうしても、課題もまたいろいろ出てきます。
  ですから、泊まり込んで一緒に生活することが嫌いなB子さんにとっては、
この一点を超えるのは、少し時間がかかるなあと思っていました。案の定、初
めはみんなにとけ込んでいくのがいやだったみたいです。もし、突然その日に
「泊まっていったら」などといわれたら、びっくりしたことと思います。本人
も教会に泊まった方がいろいろな人と接し、生活を共にすることで成長も早い
ことは知っているけど、「でもー」とかたくなでしたから、もうそれ以上はな
にも言わず、本人が決意されるのを待ちました。私は、B子さんが少しでも心
を開いてくれれば泊まることの良さがわかり、乗り越えられるのに、そうすれ
ば、生活の中で教育してあげられるのになあと思っていました。
  ですからB子さんが使っている言葉、マインドコントロールというものは(
マインドコントロールの言葉の深い意味は知りませんが)たとえ第三者に対し
て、自分がこうしてほしいと思って命令すればその通り動いてくれるなど、い
くらしたくてもそれは不可能ですし、あり得ません。全ての人は、自らの選択
した価値観に基づき、自らの意志で決定するものだと思います。もちろん、人
の言動、環境に影響されることも当然ですが、その決定は自らの意志によるも
のだと思います。
  運動に専従することについても同じで、B子さんは最終的には、献身的な基
準でがんばっておられました。
  しかし、B子さんがそこまでがんばられたのも、乗り越えられたのも、B子
さん自身証しておられるように、入教(泊まり込み)のことにおいては、チー
ムマザーの愛に強く打たれて、ご自身が決意していかれましたように、まさし
く愛以外には人の心を動かすことができないことを強く感じてやみません。こ
うしてB子さんは自らが信じた真の愛にふれながら成長していかれました。
  青年実践部では「がんばってる?」と聞くと「がんばろうと思っているので
すが、体調外も思わしくなくて、休ませてもらうことが多くて、とても申し訳
ないんです」という感じで、元来体も弱いことがあって、顔つきも元気ないと
きが多かったですが、それでも「自分がこうして休んでいると兄弟姉妹に申し
訳ないし、神様にも申し訳ないんです」と気にしてましたから、私は「しっか
り休んで早く元気になって、それからがんばればいいのよ」と励ました覚えが
あります。
  ワコムに勤めている時、勤めはじめは元気に仕事をしておりましたが、ワコ
ムの所長さんとの葛藤が始まり、その後はかなり大変だったみたいで、どうし
てあげたらいいか私自身が悩んだほどです。所長さんに対して、B子さんは「
本当に原理を聞いた人なのだろうか、信じられない」と所長さんの言動にかな
り腹を立てて、初めは私も、原理を聞いている人で、B子さんがそこまで腹を
立てて、納得できない人がいるのだろうかと不思議でしたが、B子さんがやめ
たいとまで言って来ましたから、この時初めてよほどのことだと理解しました。
結局、B子さんは人間関係でワコムを退社しました。
  その後、世一観光への入社は、私は岡山でもう少しB子さんが学ばれること
を願ったのですが、B子さんがとてもうれしそうで、しかも自分で見つけてき
た仕事だと聞いたので、新しい出発を祝したのでした。
  世一観光に行ってからは、地域的なこともあって、交流は少なくなりました
が、B子さんは広島教会へ行っているということだし、伝道もがんばり、祝福
に向けて意欲的に取り組んでいるとのことでした。また、私の霊の親が広島に
いましたから、「世一観光に行って、元気にしているか見てきてほしい」と頼
みましたが、相変わらず元気そうということで、がんばっているんだなと思い
ました。
  それからずいぶんして、本人からの電話を取ったのか、誰かが教えてくれた
か、記憶は定かではありませんが、B子さんのお父さんが亡くなられたことを
知りました。「父が亡くなったのも、祝福を目前にし、私が霊の子をたてられ
ていないからで、本当はきっと私が死ぬはずだったと思うんです。それを思え
ば本当に申し訳なくて」というのが後にB子さんと電話で話したときに聞いた
気持ちです。
  そして、亡くなられてから法事までの間で、B子さんが仏壇を買うために誰
かに相談の電話をしたのを私がたまたま受けたか、B子さんが私に相談の電話
をくれたのかは忘れましたが、切々と「何とか、母に仏壇を購入してもらって
父を少しでも高い霊界に送ってあげたいと思っているんです。母が違う仏壇屋
さんで買うと言うから(もしくは買うといけないから)私が紹介したところで
買おうと説得しているんです」ということでした。お父さんが亡くなられて胸
痛いときでも、そのお父さんの救いを考え、神様につなげていこうとされる努
力に感動したものでした。

4  最後に

  今までのことをこうして振り返ってみて、B子さんが、こんなにも原理を学
ばれるたびに、今までの人生で疑問に思っていたことも解かれ、それによって
喜び、未来に対し希望を感じ感動しておられたのに、そしてその感動する姿に
私も感動してしまうほどであり、むしろB子さんのほうがすべてにおいて私よ
り積極的で確信を持っておられたぐらいなのに、法廷に立たれたB子さんは、
あたかも自分の意思ではなかったかのように証言しておられることをとても心
痛く思います。それに、何度も「恐怖心におびえて」などといっておられます
が、B子さんの性格や、当時の言動からして、とても考えられません。
  ぜひもう一度、信仰によって結ばれた中、喜怒哀楽を共にした、あの生き生
きとしていた頃を思い出してほしいと思いますし、神様や兄弟姉妹から受けた
愛を思い出してほしいと思います。
  人間は、決して「恐怖心の中」からは、喜びも、向上心も生まれません。人
間が心を開いて、苦楽を共にできるのは、愛あればこそと信じます。共に過ご
した当時のB子さんをいつまでも信じています。
                                                                  以上

右相違ありません。

一九九七年一二月八日

岡山地方裁判所民事第二部裁判官殿


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