「青春を返せ裁判」

98.8.28 控訴人(原告)A男の控訴理由書−1

平成一〇年(ネ)第一五八号 

          控  訴  人       A         男 
          被 控 訴 人       世界基督教統一神霊協会 
                                 外
  平成一〇年八月二八日

         控訴人代理人弁護士      河  田  英  正 


  広島高等裁判所岡山支部   御中

           控 訴 理 由 書 

 第一審判決の取消事由等を記載した書面の骨子を提出いたします。なお、
本件については詳細な書面を平成一〇年一〇月末日ごろまでに追加して提出
する予定です。

第一、 マインドコントロールについて
  一、 原判決は「いわゆるマインドコントロールはそれ自体多義的な概
    念であるのみならず、これを一定の行為を繰り返し積み重ねること
    により相手に一定の思想を植えつけること」と捉えている(奇しく
    も当初原判決が言い渡しの予定であった翌日である平成一〇年三月
    二六日に言い渡しのあった名古屋地裁判決と同様の表現)。どのよ
    うに多義的な概念であると考えたのかその内容は判決書のなかに一
    切明らかにされていない。少なくとも、原告はマインドコントロー
    ルを右判決が認定したごとく「一定の行為を繰り返し積み重ねるこ
    とにより、相手に一定の思想を植えつけること」などとは定義して
    いない。裁判所の認定した定義は誤っている。裁判所が何らの科学
    的根拠もなく、専門家の証言を聞こうともしないで勝手に非科学的
    な判断をしたのである。科学を無視する裁判所の独断と偏見の結果
    である。概念が多義的であるのであれば、その内容を立証しようと
    する原告の証拠申請を却下すべきではなかった。控訴審においては、
    この点における控訴人の立証を採用すべきであり、裁判所も独断に
    よらないで素直に科学的な態度で対応すべきであると考える。
  二、 原判決は、「被告法人のビデオセンター・クリエイト等における
    諸活動は、被告法人の教義を布教するための勧誘・教化行為という
    べきであり 〜 その各段階毎に自ら真摯に思い悩んだ末に、自発
    的に宗教的な意思決定をしているというほかない」として、いまだ
    「社会的相当性を逸脱したものであるとまでいうことはできない」
    と結論づけている。しかし、正に問題となっているのは「自発的に
    宗教的な意思決定」の内容なのである。そして、そのことの法的評
    価なのである。マインドコントロールとは、このように自発的意思
    決定と思えるものが、個人の認知しないところでの情報や欲求など
    の外的コントロールを受けて、考え方・意思決定そのものが変化さ
    せられることをいうのであって、自発的意思決定という外形を保っ
    ていることについては全く異論はないのである。そのことを前提と
    して、宗教的人格権を侵害し、社会的に許容されない違法な行為を
    させ、全資産を献金させる目的を持ってなされる違法な手段と目的
    によるマインドコントロールの違法性を原告は主張しているのであ
    る。マインドコントロールの概念を裁判所が正確に把えていないた
    め、原告が判断を求めてきたマインドコントロールの違法性につい
    て単純に「自発的に宗教的な意思決定」があったとして、判断を避
    けている。自発的意思決定と思われるもののなかに違法なマインド
    コントロールの結果であるものがあり、そのことの判断を原告は求
    めてきていたのである。このことについて前記判決は全く判断をし
    ていない。この判断をするためには原告の主張しているマインドコ
    ントロールについて科学的知見とそれが及ぼす影響については宗教
    学者らの意見に謙虚に耳を傾けるべきである。右事件の場合、原告
    の被害の実態について素直に耳を傾ければあえてマインドコントロ
    ールという概念を使用しないでも一連の不法行為として十分把握し
    うるものでもあったはずである。単に抽象的に「マインドコントロ
    ール」があるから違法であると主張しているのではなく、具体的行
    為そのものを確立した法秩序からみても許されるべきものでないこ
    とを明らかにしているのである。従って「マインドコントロール」
    について抽象的に判断したとしても裁判所は原告の主張に対して誠
    実に検討して判断したとはいえない。
  三、 破壊的カルトによる被害は近年世界的に問題となっている。日本
    においてもオウム真理教事件における高学歴の医師らが地下鉄サリ
    ン事件を起こすなどの出来事からカルトによる危険なマインドコン
    トロールが社会問題となっている。一九八〇年代後半になって、カ
    ルト・マインドコントロールは強制的説得や思想改造の研究などに
    述べられている物理的な意味での身体的拘禁や拷問を用いず、当人
    が操作されていることさえ認知しないような、洗脳よりも洗練され
    た方法によって、考え方の変化を導くものとされ研究されるように
    なったものである。この仕組について、被告統一協会・オウム真理
    教からの脱会者について実証的に検討をした研究をしたのが西田公
    昭静岡県立大学講師である。このようにマインドコントロールは物
    理的な意味での身体的拘禁や拷問を用いないで情報や欲求をコント
    ロールしてなされる考え方の変化を導くものとされていることであ
    り、多義的ではないし、前記認定のように「一定の行為を繰り返し
    積み重ねること」でもないことは明らかである。まず、被告統一協
    会がどのような実態にあるのか、その中で原告はいかに多くの重大
    な損害を被っているのか、被告統一協会の目指しているところは何
    か、これらの実態に迫らないで被告らの違法行為を判断することは
    できない。原審は「宗教の自由」をふりかざすことによってこの判
    断を避けている。
第二、 教義と原告意思決定の関わりについて
  一、 原判決は「宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項に
    ついては憲法上国の干渉からの自由が保障されているのであるから
    裁判所はその自由に介入すべきではなく、一切の審判権を有しない
    とともに 〜 当該宗教の教義・信仰の内容の当否等については立
    ち入って判断すべきものではない」としている。原告も、被告統一
    協会の教義の内容については判断を求めてきたわけではない。しか
    し、被告の教義に触れて、原告の意思決定にどのように影響があっ
    たかを判断することは信教の自由を何ら侵害したことにはならない
    し、その教義と原告の意思決定・行動と関わりについて検討しない
    限り、真に原告の意思決定の過程を明らかにすることはできない。
    原告がどのような恐怖感・不安感のなかで決断をせざるをえなかっ
    たかは、教義とは不可分である。原告が主張しているのは、教義そ
    のものの当否の判断を求めているのではなく、それが原告に恐怖を
    生むなどしてマインドコントロールの要素となっていることを主張
    していたのである。従って、憲法上の要請から一切教義に判断が関
    わることはできないことを前提とした同判決の判断は誤りである。
    「教義自体の当否を判断する」ということと「教義を用いて心理的
    強制・詐欺的勧誘をしたことの違法性を判断する」ということを混
    同した結果である。右裁判所の考えは極めて特異な考えであるとい
    わざるをえない。
  二、 献金の違法性をめぐる他の同種の裁判例においては、詐欺もしく
    は脅迫などの違法な事実を認定するに際し、その教義との関わりに
    おいて裁判所は積極的に判断している。
     奈良地方裁判所平成九年四月一六日判決では、
     1、前記認定によれば、被告の献金勧誘システムの特徴として、
      1)万物復帰の教えの下、個々の対象者からその保有財産の大部
      分を供出させ、被告全体としても多額の資金を集めることを目
      的とするものであること、2)対象者がある一定レベルに達する
      まで、被告の万物復帰の教えはもちろんのこと、被告や文鮮明
      のことを秘匿あるいは明確に否定したまま、対象者の悩みに応
      じた因縁話等をして不安感を生じさせあるいは助長させる方法
      をとっていること、3)各種マニュアル等により勧誘方法が全国
      的に共通していて、組織的に行われていることが挙げられる。
     2、このうち、 の点は、被告への入会ないしは献金等を勧誘す
      るに際し、入会ないしは献金等をしようとする者の判断に影響
      を及ぼすこととなる重要なものにつき、不実のことを告げ、ま
      た、被告への入会ないしは献金等をさせるため、対象者を威迫
      して困惑させるものであり、方法として不公正なものと評する
      ことができる
    と判断している。被告統一協会の万物復帰の教義に触れ、それがど
    のように原告に影響を与えたかを判断しているのである。前記判決
    は一切教義に触れようとしなかったが故に原告の恐怖・不安感・考
    え方の変容の過程を理解することができなかった。マインドコント
    ロールについても恐怖心・不安感あるいは情報とのコントロールに
    よって考え方の変容がなされるというメカニズムに近寄れなかった
    のである。
     さらに、献金の違法性についても単純に「信者が宗教団体に献金
    する行為は宗教的行為として意味づけられる」として、具体的な教
    義に基づく恐怖心や不安感に基づいて献金を強いられた過程には触
    れないで、ただちに「いまだ社会的相当性を逸脱したものとはいえ
    ない」と判断している。裁判所の誤った前提が、その後の判断を回
    避する結果となっている。
第三、 献金の違法性について
  一、 原判決は前述のとおり「献金する行為は宗教的行為」に基づくも
    の、「自ら献金が有意義なものとしてこれを行ったもの」、教義に
    触れないでマインドコントロールの恐怖を判断しない以上「勧誘、
    教化行為は全体として違法なものとはいえない」として献金を迫っ
    て原告のほとんど全財産を献金させた行為を「社会的相当性を逸脱
    したものとまではいえないと判断した。原告は、献金の損害は違法
    なマインドコントロールとして被告らの一体的な一連の不法行為の
    結果発生したものと主張している。少なくとも献金を迫った点だけ
    をとらえても十分に違法性があると主張しているものである。
  二、 被告統一協会の献金の違法性については、同種事案について既に
    判例があり、しかも福岡地裁のケ−スは最高裁において既に確定し
    ているものである。教義の実践の名においてなされたものであった
    としても法益の侵害の有無は法律上の争訟として積極的に判断して
    いるのである。
   1、 福岡地方裁判所平成二年(ワ)第一〇八二号(平成六年五月二
     七日判決)福岡高等裁判所平成六年(ネ)第五〇五号(平成八年
     二月一九日判決)最高裁判所平成八年(オ)第一二二八号(平成
     九年九月一八日判決)
   (一) 献金勧誘行為が布教活動の一貫としてなされたものであたと
       しても、その目的・方法・結果において到底社会的に相当な
       行為であるということはできず、違法であり、民法七〇九条
       の不法行為に該当する。
   (二) 非営利団体である宗教法人に対しても民法七一五条の適用が
       あり、信者と教会との関係において指揮命令関係が存在した。
   2、 高松地方裁判所平成六年(ワ)第一七四号(平成八年一二月三
     日判決)
   (一) 献金に関する一連の勧誘行為がその目的・方法・結果におい
       て社会的に相当と認められる範囲を逸脱しており違法性を帯
       びる。
   (二) 信者と教会との関係において、信者の違法な献金勧誘行為に
       ついて七一五条の適用を認める。
   3、 奈良地方裁判所平成六年(ワ)第二〇七号(平成九年四月一六
     日判決)
       統一協会の献金勧誘行為は被告の違法な勧誘システムに基づ
       くもの。統一協会であることを否定して勧誘が行われている
       こと、予め財産の把握がなされ、これに基づき、献金額及び
       献金にいたるまでのスケジュールが決められていたこと、家
       計図を示すなどして具体的に因縁話が行われていること、受
       講につき他言を禁じられていることなどが違法性を認められ
       る根拠である。
   4、 東京地方裁判所平成六年(ワ)第三一一九号(平成九年一〇月
     二四日判決)
   (一) 献金の勧誘が犯罪に当り、又は不法行為を構成するかどうか
       については、教義の実践の名において身体、財産等他人の法
       益を侵害することが許容される余地はない。
   (二) 人を不安に陥れ、畏怖させて献金させるなど、献金者の意思
       を無視するか、又は、自由な意思に基づくとはいえないよう
       な態様でされる場合、不法に金銭を奪うものと言ってよく、
       このような態様による献金名下の金銭の移動は宗教団体によ
       るものであってももはや献金と呼べるものではなく、金銭を
       強取又は喝取されたものと同視できる。
  三、1、 原判決における原告も右各判決における原告と同様の経過を
      たどって献金に至っている(全国的に共通したマニュアルに基
      づいて実践されているので被害も同じ経過をたどって発生する
      ことになる)。そして、原判決においては、原告の恐怖の原因
      となった「吉凶禍福や先祖の因縁話・霊界の話」を「一般を違
      法であると断じることは宗教に対する過度の干渉となるのでゆ
      るされない」として、違法性を認めなかった。
    2、 原告に対する「吉凶禍福や先祖の因縁話、霊界の話」は被告
      統一協会の教義に基づくものではない。教義とは関係のない嘘
      の先祖の因縁話を述べているのである。単に原告を恐怖と不安
      に陥れ、献金を出させる目的を実現させるものとしてなされた
      ものであった。献金を決断させるにはどうしたらいいかの観点
      から組み立てられた勧誘であった。しかもそれはマニュアルな
      どに基づき、計画的に、予め原告についての個人情報を集め、
      効果的になされたものであった。右背景事実は前記判決の認め
      るところである。しかも、深夜にわたって長時間献金を迫った
      のである。二項で紹介した各判決の場合に比し、原告への献金
      の働きかけが弱かった事情は全くない。例え教義に基づいたも
      のであったとしても、原告の恐怖と極度の不安感がどのように
      醸成されていったのか、そのことがきちんと判断されていなけ
      ればならない。この点について原判決では全く触れられていな
      い。
    3、 原判決は前述のとおり、一般に宗教活動に伴う献金勧誘行為
      にあたって「多少なりとも吉凶禍福や先祖の因縁話・霊界の話
      等が説かれる」という誤った認識をしている。宗教であれば、
      教義とは関係なく献金をさせる目的で先祖の因縁話に触れるこ
      とがあっても当然である、との認識は明らかに誤っている。宗
      教及びその実践者である宗教者に対する冒涜である。いかに宗
      教行為を装っても、それに虚偽や脅迫があれば詐欺罪や恐喝罪
      が成立する(後述のとおり)。 
       原判決は、過度に宗教の名の下に行われている行為の判断を
      避けようとするもので、従来の刑事・民事の判例の動向に反す
      るものである。
     1) 祈祷師が自分の祈祷に効果がないことを知りつつ、顔のあざ
       の相談を持ちかけた主婦に「御祈祷で取ってあげる」「神様
       にお願いしておきながら、勝手に参詣を中止しては神様の罰
       があたる。」「神様の力で顔を真っ黒にする」などと脅して
       祈祷料を交付させた事件。
       祈祷師は詐欺及び恐喝に問われ、最高裁昭和三一(一九五六)
       年一一月二〇日判決は次のような理由から祈祷師を有罪に処
       した。
       「祈祷師が自己の行う祈祷が実は全然治病の効能なく、また、
       良縁、災難の有無、紛失物のゆくえを知る効もないことを信
       じているにもかかわらず、如何にもその効があるように申し
       欺いて祈祷の依頼を受け、依頼者から祈祷料等の名義で金員
       の交付を受けたときは詐欺罪を構成するものというべきであ
       る」
     2) いわゆる霊感商法の手口を使い、大理石の壺などを販売して
       いた統一協会の信者二名が、四七歳の主婦に一、二〇〇万円
       を支払わせた事件。
       二人は主婦をホテルの一室に約九時間半にわたって軟禁し「
       おろした子どもや前夫が成仏できずに苦しんでいる。成仏さ
       せないと今の夫と子に大変な事が起こる。全財産を投げ出し
       なさい」などと迫った。
       青森地裁弘前支部昭和五九(一九八四)年一月一二日判決は、
       行為が恐喝罪にあたるとして懲役二年六月(執行猶予五年)
       の判決を下した。

 以上述べたとおり、原告が全てをさらけ出してその判断を求めたにも関わ
らず、原判決は独断で「マインドコントロール」の評価をし、原告の意思決
定の実態・変容の過程をみつめようとせず、しかも、献金に関しても「宗教」
と名のつく行為であれば通常では許されない行為であっても何ら関知しない
という、従来の判例の動向と対立する不当な判断を下している。

「青春を返せ裁判」資料に戻る。
「青春を返せ裁判」のホームページに戻る。