季刊・東ティモール No. 23, November 2006

東ティモール国内の抗争が子どもに与える影響

文珠紀久野(山梨県立大学)
文珠幹夫(大阪東ティモール協会)


はじめに

 2003年から東ティモールの孤児に対して、争乱による心理的影響を調査してきた。親が殺害される現場に遭遇した子どもや1999年の独立を問う住民投票後に起きた争乱に巻き込まれた子ども達は、大小はあっっても種々の心的外傷を被っていた。
 その傷が少しずつ癒えようとしている時に、またもや東ティモール人同士の抗争が生じた。放火、投石、殺人といった不穏な状況の中で、子ども達はフラッシュ・バックを呈さないとも限らない。
 そこで、2006年9月〜10月にかけて、上記のことも踏まえ調査を実施した。

調査方法

1.対象:継続的に調査を実施している孤児院7カ所の内、Dili市内の孤児院 3カ所、地方の孤児院 2カ所、及び、大学生の寮生6名

2.調査方法:
(1) 使用した心理テスト:統合型HTPテスト
(2) インストラクション:「今からA4画用紙を横に使って、家、木、人を入れて絵を描いてください。自分が思うままに自由に描いてください。尚、定規を使ってはいけません。描き終わったら、絵についていくつか質問をします」
(3) インタビュー:描き終わった子どもから、「家、木、人、その他描かれている物」について質問を行った。同時に、4月〜9月にかけての状況に関して思う事をインタビューした。
  ・4月〜9月にかけて生じたことについての気持ち
  ・その時、どのように対処したか
  ・学校には通学していたのか
  ・この状況は今後どのようになると思うか
  ・どのようにするとこの状況を解消することができると思うか

結果

 今回は主として子ども達が生活している孤児院周辺で抗争、放火、投石、殺人等に遭遇した子どもの状況について報告したい。
1.St.Bakhitaの子ども(33名)と院長のInasiaさんから

1)インタビューから
 一様に口をそろえて言ったことは「怖かった。学校にも行くことができなかった。ずっと孤児院で過ごしていた。食料は売りに来る人から購入した。1999年の時は、相手がインドネシアであると明確であったが、今回は東ティモール人同士の抗争なので、誰を信用してよいのか分からない。そのことが最も不安である」
 しかし、東ティモールの現状を知って日本から牟田さんが来てくれたことによって非常に大きな安心感を得たとも語っていた。

2)統合型HTPから
 『人に切り取られた枝』が9名、『投石している人』を描いている子どもが1名、『今まさに切り倒される木』を描いている子どもが1名、『大木に守られたい願い』を表している子どもが1名、悲哀感を示している子どもが 16名みられた。子どもに対して今回の事態が心理的に影響を及ぼしていることが明らかである。
 その中でも自分のエネルギーを貯め、活用しようとする子ども(8歳1名、13歳1名、15歳4名,17歳1名)もいた。自分の力を使って、抗争状況を変革しようとする意欲の表れとも考えられる。

2.Dominican孤児院の子ども(11名)

 この孤児院は、ほとんどの子どもがNatarboraに避難し、年長児15歳から23歳の子どもだけが残っていた。また、孤児院と川を挟んだ向かいにある家や店がほとんど放火のために焼け落ちていた。さらに、近隣の人が孤児院に避難し、子ども達の食堂等は避難民で溢れていた。

1)子どもへのインタビューから
 放火や投石、暴れる人に対して、悲しい(8名)、怖かった(6名)と述べている。一人はパニックに陥ったとも述べている。
 1999年時と比べてどのように思うかを聞いたところ、「1999年の時はある一定の期間の問題だったが、今回は長期化していること、放火や泥棒もいて困っている」(1名)、「1999年の時はインドネシア人と東ティモール人との争いであったが、今回は東ティモール人同士の争いなので、どうしたらよいのか分からなくて困っている。また、どこが安全なところなのか分からない」(10名)と述べている。
 今後どうなるのか、また、どうすると解決できるかをインタビューしたところ、「政府の偉い人が話し合いをすべきだ」(2名)「教会の偉い人と政府の人が一緒にこの問題を考えれば解決できると思う」(1名)と解決への道を考えている子どももいるが、ほとんどはどのようにすればよいのか分からないと不安を述べている。
 避難民が多数来ていることについては、「彼らもここにいて安心できているだろうし、自分たちもたくさんの人がいて楽しい、時々うるさくて勉強の邪魔になることもある。しかし、自分たちも避難民の人たちに援助できることが嬉しい」と異口同音に全員が話していた。

2)統合型HTPから
 3名は切り取られた枝を描き、3名は悲哀感を表出していた。

3.PRR孤児院(6名)
 
 直接被害はなかったようであるが、近隣での火事に遭遇したようであった。

1)インタビューから
 近くでの火事に恐怖心を感じた子ども2名、抗争に対して悲しいと感じている子ども3名である。夜が怖くて寝られないと述べた子どもが2名であった。
 怖かったが、この孤児院にいたことが安心感を感じたと述べた子どもが2名であった。1999年と比較すると、今回の方が安心していると述べる子どもが4名いた。その内容は「1999年の時は人を殺したり、山に逃げたりして怖かったが、今は放火するだけで人を殺したりしない。また、山に逃げる必要がないし、国連の人が助けに来てくれているから」とのことである。

2)統合型HTPから
 4名が悲哀感情を表現している。2名は逆にエネルギーを貯め、自分の力を使って乗り越えていこうという力を有しているようである。

4.FHTO孤児院(30名)

 Comoro市場の全焼現場の近くにあるこの孤児院では、継続する放火、投石への対応として警備員(マレーシア警察)が24時間常駐している。これまで夜間は子どもたちだけであったようだが、抗争後、スタッフが泊るようになっている。

1)インタビューから
 近隣の火事や抗争に対して、怖かった(29名)、悲しかった(5名)と述べている。特に、銃声や投石への恐怖、多くの人が避難してきたことへの悲しさを訴えている。24名の子どもは睡眠障害を訴えている。以前99年当時のことがフラッシュバックとしてよみがえってきたという人(21歳男性)もいた。
 99年当時と現在の比較では、99年の方がひどかったという子どもは9名、現在の方がひい状況であるという子どもは11名、99年当時もひどかったが、現在も同様にひどい状況であるという子どもが3名であった。
 99年当時の方がひどかったという子ども(9名)は、両親を殺害されたり、家を燃やされたというつらい体験を有している。99年もひどかったし、今も悪い状況であるという子ども(3名)は、99年のときは人が多く殺され、銃を撃たれたことや、家が燃やされたから非常に怖い思いをしたと感じている。現在は、投石や放火が頻発しているからという理由を述べ、99年当時と同じようにひどい状況であると感じているようである。現在の方がひどいと感じている11人は、99年時は相手がインドネシア人とはっきりしていたことに比べ、現在は東ティモール人同士の問題であり、誰を信じたらよいのか分からなく、人間不信が拡大しているせいであると述べている。また、今はどこに逃げたらよいのか分からないし、逃げる場がないこと、国連軍が来たけれど解決しないからといったように、『どうしようも出来ない』状況故に今のほうがひどいと感じている。
 子どもたちのほとんど(21人)が、『(政府や地域の)偉い人が一緒に話し合えば、解決するのでは』と期待している。しかし、解決には時間がかかるのではないか、あるいは解決できないのではないかという悲観的な見方をしている子どもも多い。(16名)解決のためには、『東とか西とか言わず、相互に話し合いをすればよくなる』、『東ティモール人同士だから和解すればよい』、『一緒に話し合えば解決する』と期待している様子も見受けられた。

2)統合型HTPテストより
 全体には『家、木、人がダイナミックに統合され』、『豊かな内容』の絵が多い。その中でも教会に救いを求めようとしていたり(3名)、状況の解決を求めることの表現(掃除をする2人、学校に行く4人)がみられたりしている。また、放火の恐怖を再現しているかのように『燃えている家』描いているこども(1名)もいる。
 これまで以上に『倒された枝』(2名)『切り取られた枝』(5名)や『傷つけられた幹』(2名)、『人によって穴を開けられた幹』【1名】の表現が多い。『垂れ下がった枝』(11名)、『落実』(3名)と悲哀感も強くあらわされている。

考察

 現在の抗争が子どもに与えている最大の影響は『恐怖心』と『人間への不信感』、『無力感』、『絶望感』である。
 放火や投石によって財産や居住場所を失った人たちが避難してきたこと、放火等が自分たちが住んでいる非常に近くで発生したことが、子どもたちに計り知れない恐怖感を与えている。特に、99年当時家を焼かれ、家族や近隣の人たちが殺されたりしたという悲惨な体験を持っている子どもほど、今回の抗争によってさらに強いストレスを味わったようである。
 また、自国民同士の争いであることからの影響も非常に大きい。誰が自分たちの見方で、誰がそうでないのかわからない事からくる不安感、今まで付き合っていた人から投石や放火されるのではという不安感は、子どもの中に大きな『人間不信』を植えつけている。
 また、東ティモールが独立し、一緒に国を創ろうとしているときに、西の人か東の人かといったことで分裂し、憎み合っている事態に子どもたちは心を痛めている。その上、そういった事態に大人−特に“偉い人”が何もしようとしていない、あるいはできないまま時が過ぎていっていることからくる『大人への不信感』とともに、自分たちに出来ることがないし、ただ抗争が収まるのを待つしかないという『無力感』を味わわせているようである。
 特に、『絶望感』はFHTOの子どもたちに強く生じている。現状の解決方法が見つからないこと、大人がどのようにしようとしているかがわからない事、この抗争が何時まで続くか予測できないだけでなく、多分解決しないだろうと思ってしまっている状況がある。
 13歳以上の子どもたちは99年当時に経験したTraumを解消する間もなく、現在の抗争の中に巻き込まれてしまった。そのことで、統合型HTPに表現されているように、悲哀感、不安感、恐怖心を強く感じている。
 そういった心理状況にいるが、孤児院スタッフに守られ、自分たちの生活は安全であると感じられると、不安感、恐怖感は和らいでいくようである。投石や放火によって怖ろしい思いをし、睡眠障害を呈していた子どもも、次第に安心して睡眠を確保できるようになっている。特に、5月〜6月にかけて学校にすら通うことが出来ず、避難したり、あるいは孤児院内で過ごさざるを得なかったときに比べ、9月以降学校に通うことが出来るようになったことが子どもに与える安心感や安定感は大きい。
 子どもたちが恐怖心を持ったとき、今の気持ちを表出できるように関わったり、抱っこ等のスキンシップをすることによって、落ち着きを取り戻したという報告があるように(Inasiaさん)、子どもが『守られている』ことを実感することや、以前同様に日常生活が送れること、身近な大人(孤児院スタッフ)が落ち着きを取り戻し、子どもたちに安定的に関わっていけるようになることは、こういった事態から生じるTraumの軽減につながるのではないかと思われる。

謝辞

 本調査を快く引き受けてくださった各孤児院スタッフ、子どもたちに感謝申し上げます。また、インタビュー時の通訳をしていただいた中村葉子氏、Francisco dos Santos氏に感謝いたします。


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