混迷を深めるベテラン処遇問題

松野明久

 今年の7月20日、ディリの政府庁舎前に集まっていた「旧ファリンティル兵士」たちに対し、警察は催涙ガスやゴム弾を使用し、強制的にデモ隊を解散させた。デモを指揮していたのはL7こと、コルネリオ・ガマで、彼は逮捕されずにその場から逃げた。ベテラン処遇問題という名誉にかかわる政治的な問題で、政府が強圧的な対応に出たことで、事態が悪化するのではないかとの懸念が首都を走った。


デモから対話へ

 デモは7月19日夜から始まった。ロジェリオ・ロバト内相とパウロ・マルティンス警察長官の辞任を求め、旧ファリンティル兵士に対する「正義と尊敬」を要求した。政府庁舎前の敷地に「夜営」したのは50人ほどだ。マリ・アルカティリ首相は、デモの背後には野党社民党のマリオ・カラスカラォン、労働党のアンジェロ・フレイタスの2人がいると糾弾した。(Lusa, 20 July)
 L7は、4月に彼が使用していた公用車を突然警察にとめられ「横暴」をはたらかれたことに憤慨し、今回の抗議に及んだとされる。このあたりのことについては真相がはっきりしない。一説によれば、彼は私的な用事に公用車を使っていたため、警察にとめられたという。(東ティモールでは公務員は公用車を私的な用事に使ってはならない。)それが事実ならば彼にも逸脱はあるのだが、L7の憤慨は、それを警察がやったということにあるようだ。公務員の規律問題ならば、上司が呼び出して戒めればいいではないかという論理だ。かねてより警察を批判してきたL7だけに、警察による公用車の召し上げは、警察によるイジメだと思えたことだろう。
 22日(木)には、デモで逮捕された31人のベテランとシャナナ・グスマォン、マリ・アルカティリが会合し、対話によって問題を解決していくことを合意した。アルカティリは、ベテランの独立への貢献に法的認知を与える策を検討中だと語った。(Lusa, 22 July)
 その後開かれた国民対話では(月日が見つかりません)、政府とベテランたちは従来の立場を表明しあったぐらいで、これといった進展は見られなかった。ただ、対話で解決する姿勢は示された。
 9月3日には、ベテラン問題で政府を支持するとの官製デモが組織され、トラック何台もが連なって政府庁舎までの行進が行われた。たまたま私も目撃したが、子どもや若者たちがトラックに多数乗っており、自発的なデモとは到底言えないものだった。ベテランたちに対する圧力として、政府部内の有力者が組織したと考えられる。

ベテランの定義

 シャナナ大統領が音頭をとって2つのベテラン登録のための委員会がつくられ、今年の春までに約35000人を登録した。この場合、「ベテラン」とは武器をもってゲリラをやっていたファリンティル兵士だけでなく、地下活動に身を投じた者も含まれており、遺族が多数申請している。住民投票時のファリンティルは1500人ぐらいで、その半数が新しい国防軍へ編入されている。
 しかし、東ティモールの独立運動史では、1978年のマテビアン山陥落の際、ファリンティル兵士たちも多く投降し、その後地下活動家に転身した。彼らは武器をもたなかったが、ゲリラにおとらぬ危険な活動をしていた。また、その後育った世代の活動家はほとんどが地下活動家である。彼らもまた、今日、生活の困窮にあえいでいる。こうした人たちをすべて、戦死者も含め、「ベテラン」に入れたのが、今回の登録だった。
 アルカティリ首相は、そんなにたくさんいたのならどうして独立するのに24年もかかったのだと、数字を揶揄した。この発言はひどく不評を買った。彼はまた、政府庁舎でデモをしていた者のうちベテランはL7だけだったとも語り、彼らの要求が政治的に利用されているとの見方をしている。
 一方、東ティモール国民の間には、武器をもって闘った者や地下活動家だけを特別に顕彰することへの抵抗もある。活動家でなくて殺された人には何もなく、活動家で殺された人は英雄となる、ということに対する反発だ。シャナナ大統領が日頃から言っていることは、この闘いは東ティモール人全員の闘いだったということ。その意味は、ファリンティル兵士だけ特別扱いするのはよくないということだ。そういう大統領がしぶしぶベテラン処遇問題に関わるようになったのは、ベテランたちの圧力が政治的不安定につながりかねなかったからだ。
 ベテランの状況は厳しい。私が個人的に聞いた事例としては、元地下活動家でストレスのせいか顔面神経痛になり家族関係が破綻しかねない状況の者、拷問のせいで頭痛などの後遺症がひどく仕事にさしつかえるほどの者、などがいる。また、長く山の中にいた人たちや地下活動に専念していた人たちは、教育・就業の機会を失し、さしたる技術・知識も身に付けず、今日にいたっている。能力主義を徹底させると、独立運動に貢献した人ほど排除されるという皮肉な事態にもなりかねない。

対策

 国民対話では、政府指導者たちの多くがRESPECT(日本政府が出資し、UNDPが実施している社会的弱者向けのプロジェクト)に言及した。今のところ、これ以外に対策がないというのが実情だ。「リスペクト」のもともとの趣旨はベテランの不満を解消することにあったが、実際には貧困層を含むなどターゲットを広げて実施されている。各地で小さなインフラ整備事業や職業訓練などのプロジェクトが行われている。これがこの間どれだけベテラン問題の解消に役立ってきたかは、明らかではない。少なくとも、結果的に直接に彼らの不満に対応するものとはなっていないようだ。
 ベテランたちの要求のうち、辞任要求など政治的な要求に政府は応えられないだろう。今のところ、政府は彼らの貢献に対する法的認知をすすめるつもりでいるようだ。それ以上は、資金のない政府としては応えられないようだ。
 オーストラリア国立大学(ANU)のジェームズ・フォックス教授(人類学)は、ベテランたちを何らかの司令系統のもとにおいておくべきだと主張する。例えば、1年間に2度ほど訓練を受けるとか、あまりコストのかからない方法で司令系統につなぎとめておくべきだというのだ。(ABC, 23 July)★


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