東ティモール全国女性会議

古沢希代子

 第2回目の東ティモール全国女性会議が、2004年6月14日から17日にかけて、首都ディリのコモロにあるドン・ボスコ校の講堂で開催される。すでに4月にはアイナロ、リキサ、バウカウ、ディリで地域準備会合が行なわれ、それぞれ近隣の各県から、142名、246名、159名、193名が参加した。参加者は、女性の状況に関する改善点を確認し、直面する問題について討議し、全国会議への代表を選出し、全国会議への最終的勧告を準備するためにテーマ別作業グループを編成した。
 第1回目の全国女性会議は2000年6月に開催され、全国から集まった500名の参加者たちの要望から、現在の首相府男女平等推進局や反ドメスティック・バイオレンス法の男女平等推進局案が生まれた。同案は現在閣僚評議会の討議にかかっている。また女性差別撤廃条約の批准も2002年12月に実現した。
 本稿では、前回の全国女性会議を振りかえり、当時の問題関心や獲得目標を確認するとともに、その実施状況の把握を試みたい。


第1回東ティモール全国女性会議

 1999年8月の国連による住民投票は、98%という驚異的な投票率と独立派の圧倒的勝利、そして、インドネシア軍と反独立派民兵による騒乱をもたらした。開票結果が発表されると、独立派とみなされた人々に対する大規模な殺害、レイプ、破壊、放火、略奪が東ティモール全土で発生した。国連の安保理決議による多国籍軍(INTERFET:東ティモール国際軍)の投入を経て、国連による暫定行政(UNTAET:1999年11月〜2002年5月)が開始され、国連平和維持軍(PKF)がINETERFETと交代し、瓦礫の中から復興の木槌の音が聞こえ始めた2000年3月、21の女性団体が東ティモール女性ネットワーク(REDE)を結成した。彼女たちは、全土を5つの地域に分けて、復興再建と独立に際し草の根の女性たちが何を望むのか意見聴取を開始し、同年6月、全国から集まった500名の参加者で東ティモール全国女性会議を開催した。
 同会議は、重大関心分野として貧困、非識字、法と秩序、和解と正義、暴力の文化、意思決定への参加と女性のエンパワーメントのための制度構築、重大関心問題群として、人権と和解、法と裁判、政治と統治、経済と自然資源、文化及び社会生活に関する問題、社会的弱者と市民社会、情報伝達とメディア、農業と環境、医療・保健、教育に関して討議を行ない、「東ティモール女性の前進のための行動綱領」を採択した。これほど広範なテーマで女性たちが現状を分析し、政策目標を掲げたのは東ティモールの歴史で初めてのことであった。以下に「行動綱領」の骨子を掲げる。

東ティモール女性の前進のための行動綱領

1.緊急ニーズ

・女性の向上とエンパワーメントのための適切な資金調達。
・ジェンダー(訳注:社会的文化的に構築された性別)における公正を掲げかつ保障するための特別な部署または機関を政府内に設置する。
・女性を保護する法律や法律の運用体系の制定。
・インドネシアの軍事占領下で発生したジェンダー暴力の処罰。
・識字プログラム。
・ジェンダーにおける公正(訳注:どちらのジェンダーを生きようと差別や格差のない状態)を実現し、社会、経済、政治生活のすべての側面に包括する政策を保証する。

・東ティモールの憲法をめぐる議論や協議プロセスに女性の意見が適切に反映されるよう、憲法制定の時期や手続きを明確にする。
・UNTAET(国連暫定行政機構)とCNRT(ティモール民族抵抗評議会)は透明性と説明責任を担保し、汚職を根絶する機構をつくる。

2.戦略目標(★)と行動提案(☆)

意思決定への参加
 ★全ての分野で女性が意思決定に参加できるシステムの構築とそのための適切な資金の確保
 ☆内閣及び公務員の30%を女性に/女性のリーダーシップ訓練プログラムの実施/政府の高いレベルにジェンダー部を設置し、スタッフの半分を東ティモール人にする/ジェンダー部は充分な財政的、人的、技術的基盤を持つ

法律及び裁判制度
 ★女性の権利をかかげる法律、法律の運用体系、そして支援サービスを確立する
 ☆被害女性と目撃者を保護する法律をドメスティック・バイオレンス、レイプ、性的攻撃の分野で導入する/女性差別撤廃条約の批准/慣習法や国内法における相続や財産に関する女性差別を撤廃/バルラキ(婚資)を元来の意味に戻す/女性専用の拘禁施設を設置/少年法の制定と拘禁施設の設置

補償
 インドネシア時代の暴力の犠牲者に対する正義の実現

憲法
 ★憲法制定過程に女性の意見や提案を確保するためのスケジュールと計画
 ☆移行期(国連暫定行政期)及び独立後における立法過程への参加/「協議」プロセスには女性団体代表の参加を保障する

社会的に不利な立場にある集団
 ★社会的に不利な立場におかれたグループの人権をまもり、サービスや支援を提供する政策を発展させる
 ☆保護のための立法措置/雇用、商品やサービスのアクセスにおいて障害者差別がおこらないようにする/未亡人:女性世帯主の家庭を支援するような措置の試行/危機に瀕した子どもをケアするための政策やプログラム/ジェンダー暴力のサバイバーを支援する措置の開発/老人に対する適切な住居、介護、医療の提供

保健
 ★すべてのライフステージを通して女性の健康の全分野をカバーする保健プログラムを実施する
 ☆妊娠、出産及び母子保健のニーズを充足する/家族計画はインフォームドチョイス(訳注:十分な説明を受けた上での自主的な決定)の民主的原則を基盤とする/薬草に関する女性の知識をコミュニティーヘルスのために活用する/保健サービスにおけるジェンダーの配慮/清潔な水や衛生の確保、適切な廃棄物処理/酒類販売の管理のための許認可制

教育
 ★女性と少女のための教育及び識字プログラム
 ☆すべての年齢の女性のために「国民識字プログラム」を実施/すべての段階における少女と女性の就学率が上昇するようにインセンティブを用意する

経済
 ★そこでは女性が平等に土地の利用、雇用、投資の機会を得、人々の工夫や努力によって発展する、住民を中心にした経済
 ☆有給の産休を含み、女性に平等の機会を保障する労働法の制定/土地、財産、建物、自然資源に関する女性の権利を保障する法律の制定/小規模な事業を営んだり小規模な産業で働く女性への支援/農業生産、手工芸品製作、製造業の分野で女性の共同組合を設立する/政府部門における女性の雇用促進として採用候補者の半分を女性にする/女性農民に対する訓練プログラムの実施/農業省の官僚に女性を含める

メディアと広報
 ★メディアや新しい情報伝達技術への女性の参画
 ☆プログラム制作、教育、訓練、研究を含むメディアへの参加/法律による報道の自由の保障/女性のステレオタイプや女性への暴力を煽る放送を防ぐ措置/情報技術活用のための訓練
「行動綱領」と現行予算

 では現行の政府予算はこの「行動綱領」の要請をどのように反映しているのだろうか。2003/04年度の公共支出(省庁プログラム予算/人件費は除く:2億7236万ドル)と「行動綱領」の〈戦略目標及び行動提案〉の関係を見てみよう。2003/2004年度の予算書で表明されている支出項目の中で「行動綱領」の〈戦略目標及び行動提案〉と趣旨がかさなるプログラムをひろい、下線を付けた。

1.各省庁・関連機関によるジェンダー関連の予算
(*分離されていない項目、#2003-04年度の予算書発表の時点で資金の目処がたっていない項目)

首相府平等推進局の全プログラム[18万500ドル]、教育省/若年非識字女性対象識字プロジェクト[#04/05から2万ドル]、保健省/地域医療サービス[1047万ドル](うち予防接種、助産婦研修*)、法務省/地方刑務所#(女子用監獄の設置)、ジェンダー及び市民局のジェンダープログラム[5万ドル](TV・ラジオによる女性の人権の啓発*)、行政省/市民教育#(婚資など問題のある社会文化慣習を見直す)、労働連帯庁/女性雇用環境整備プログラム[#05/06に5.5万ドル]、女性雇用促進プロジェクト[#06/07に2.1万ドル]、女性・暴力被害者及び経済的弱者向け社会サービス(小規模経済活動への小規模無償資金援助[2万3500ドル]、女性のためのシェルター及び関連活動のモニタリング#、NGOを通じた暴力被害者へのカウンセリング[1万ドル]、コミュニティー教育(女性の就業や開発への参加を支援する啓発活動[6万ドル]、親と離れ離れになっている子どもの統合[1万6500ドル]、除隊兵士や未亡人への支援[80万ドル*](心身の治療、年長者の住居)

2.各省庁・関連機関による雇用における平等促進のための支出

託児施設なし、母親と父親とも育児休暇なし、母親の有給出産休暇あり
(チェック項目例:各省庁の職階別及び管理職のジェンダー別データ、内外の訓練プログラムへの参加におけるジェンダー別データ)

3.各省庁・関連機関の中核的予算におけるジェンダーインパクト

(プログラム例とチェック項目例)
教育省[5353万ドル]/初等・中等・高等教育[5237万ドル](全教育課程の就学、留年、中退に関する男女のギャップの縮小、テキスト・教材の内容)、保健体育プログラム[30万ドル](性教育の状況、スポーツ科目の選定、男女別更衣室・トイレの有無)、ノン・フォーマル教育[39万ドル](識字教室の男女別参加状況、参加環境の整備、教材の内容)、幼稚園教育[22万ドル](早期教育及び育児負担軽減効果)
保健省[2249万ドル]/病院及び保健所の運営[1016万ドル](男女別利用状況、疾病・ケガ・栄養状態に関する男女別把握、適切な家族計画推進の有無)
農林水産省[1772万ドル]/調査研究・耕種プログラム(技術や知識に関する情報取得[1万5000ドル]の際の対象)、灌漑修復及び維持管理[407万ドル]水利組合[4万5000ドル]農民組織[56万ドル]生活用水確保[4万ドル](女性の参加状況)、諸農民訓練プログラム(女性の参加の状況)
司法省[485万ドル]/地権登録及び係争処理関連部局#(女性の土地権の保護・保障)
計画財務省[694万ドル]/2004年センサス(女性の労働貢献はどう補足されるのか)、国際援助計画調整プログラム[72万ドル](ジェンダー計画の統合)
行政庁[1174万ドル]/地域社会機構の強化:地域機構の特定[3万ドル](伝統的首長や村長による決裁など伝統的社会機構の女性抑圧的側面を認識しているか)、村長及び村議会選挙[25万ドル](女性のリーダシップ訓練プログラムの有無、女性の立候補者の割合)
運輸通信公共事業省[6891万ドル]/コミュニティー飲料水供給及び衛生プログラム[325万ドル](女性の意見聴取)、予算計上のないまたは明確でない施設(公共交通機関、街灯修理、舗道整備、元中央市場跡地の活用)
内務省[1874万ドル]警察[1460万ドル]/DVへの対応(警察官に対する訓練や担当局:Vulnerable Persons Unitの現状)
東ティモール電力公社/国庫からの補助金(料金体系及び徴収方法や計画停電に関する説明責任)
 
 ここでプログラムの全容を列挙する紙幅はないが、明らかなことは、まず、政府のジェンダー関連プログラムはかなりの部分が全国女性会議の〈行動案〉とかさなっており、これらの内容や実施状況を把握すれば〈行動案〉の何が実現したのか確認が可能であることだ。また、他の〈行動案〉についても、一般プログラムにおける便益の帰着やデザインの適切さについてジェンダーの観点から分析を施すなら、それらが実現されているかどうかの確認は可能である。概算ではあるが〈行動案〉の3分の2はここで補足可能である。
 これから開催される第2回全国女性会議を契機に、市民(草の根の女性たち)と政府(首相府男女平等推進局と関係省庁)の双方ですでに動いているプログラムの共同評価を行なうこと、また、重要案件にもかかわらずいまだに実現されていない事案の政策化や予算化の検討がすすめられることを期待する。

[参考資料:古沢希代子「東ティモールの民族解放運動とジェンダー」田中由美子、多大沢真理、伊藤るり編著『開発とジェンダー- エンパワーメントの国際協力』国際協力出版会、2002年/Kiyoko Furusawa, 'A Gender-Based Analysis of East Timor's National Budget', Journal of Asian Women's Studies, Vol.11, 2002, Kitakyushu Forum on Asian Women/古沢希代子「東チモール政府予算のジェンダー分析- その意義と課題」『法政理論』第36巻第3・4号(2004年3月)新潟大学法学会]


訂正

 「季刊東ティモール」第14号(2004年3月発行)の24〜25頁に掲載された記事「東ティモール保健省のHIV/AIDSに関する政策」に誤りがありました。24頁冒頭の見出し「エイズ発症者は4名」は、正しくは「HIV感染者は4名」、次の「東ティモールでこれまでにエイズ発症したのは4名」は、正しくは「HIVに感染したのは4名」です。うち2名がエイズを発症して死亡しています。12月の保健省発表データを確認し、訂正させていただきます。
 なお、2004年3月8日の国際女性デーに開催された記念セミナー「女性とHIV/AIDS」における講演でルイ・アラウジョ保健大臣から新しいデータが発表されました。3月8日の時点で生存しているHIV感染者は4名、うち3名は同じ家の家族で、夫から妻と子どもへ感染が拡大しています。また、12月に発表された4名のHIV感染者のうち、3名はセックスワーカーの女性で、1名はホモセクシュアルの男性であることも、3月8日に明らかになりました。(古沢)


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