ティモール・ギャップ交渉

水域境界線交渉
オーストラリアに対抗するキャンペーン

松野明久

ティモール海の水域境界線交渉が進展しないのに業を煮やした東ティモール政府は、オーストラリアを非難するキャンペーンを開始した。今や、東ティモールでは大統領、首相、外相、NGO、メディアが一斉に声を上げ始めている。主権委譲(独立)記念日の5月20日、世界のメディアもこぞってオーストラリアの「欲深さ」を取り上げた。オーストラリアは嫌悪感を隠さない。しかし、国際司法裁判所、国際海洋法廷を飛び出して、大国と小国の実力関係で決着をつけようとしたのはオーストラリアの方だった。小国がその「実力」で闘おうとするのを非難できるか。


水域境界線と天然資源

 本題に入る前に復習しておこう。(詳しくは季刊・東ティモール第13号を参照。)
 東ティモールの南海域、つまりティモール海の海底には豊かな石油・天然ガス資源が眠っている。ティモール海はインドネシア領、オーストラリア領、東ティモール領の3つに分れる。インドネシアとオーストラリアは1972年、海上の国境線である水域境界線について合意した。当時は、大陸棚を境界線とする考え方が主流で、インドネシア・オーストラリアの水域境界線は、大きくせりだした大陸棚をもつオーストラリアに非常に有利に設定された。ポルトガルは、その後主流となる中間線方式を主張して、オーストラリアとの交渉は成立しなかった。インドネシアが東ティモールを侵略した後、1989年、インドネシアとオーストラリアは水域境界線を確定することなく、資源の共同開発区域を取り決めた。これがティモール・ギャップ条約だ。その間、1982年の国連海洋法成立後、国際司法裁判所の裁定などが示す慣行は、中間線方式をとるものとなっていた。
 東ティモールはややこしい境界線策定を後回しにして、とりあえずの利益をあげるため、インドネシアとオーストラリアが合意したティモール・ギャップ条約を踏襲して受け入れることにした。ただ、真ん中の共同開発区(かつてのAゾーン)からあがる税収は、かつてインドネシアとオーストラリアが5割ずつ取っていたが、新しいティモール海条約では9割が東ティモール、1割がオーストラリアとなった。東ティモール経済を安定化するため、オーストラリアは相当譲歩した。
 ところが、その後判明したところでは、オーストラリアにとってこれはたいした譲歩ではなかった。なぜなら、最も利益の上がるガス・油田は、共同開発区の西と東の外にあって(東の鉱区は一部共同開発区に入る)、そこは完全にオーストラリア領となっていたのだ。水域境界線を中間でとれば、この両端の鉱区はすっぽり100%東ティモール領になってしまう、というのが新たに出されている専門家の意見だ。インドネシアとオーストラリアが共同開発区を決めた際、開発区の両端が不当に狭められていたということなのだ。
 東ティモール政府はティモール海条約を成立させ、早く利益をあげたい。しかし、オーストラリアはグレーター・サンライズユニット化協定を優先させ、それを東ティモールが署名しないと、ティモール海条約の批准には応じられないと脅した。東ティモールはユニット化協定に署名し、オーストラリアはティモール海条約を批准した。しかし、より重要な問題は水域境界線の確定だった。それが確定しないままグレーター・サンライズが開発されれば、東ティモールは潜在的な大きな利益を奪われてしまうことになるからだ。オーストラリアは境界線交渉を長引かせ、その間に問題となる両端の地域の資源を搾取しつくす計算のようだ。東ティモール政府は毎月の交渉を希望しているが、オーストラリアは年に2度だけと考えている。
 3月8日、53人のアメリカ連邦議会議員がハワード首相にあてて書簡を出し、交渉を誠実な態度でスピードアップするよう要請した。3月29日、オーストラリア議会はグレート・サンライズユニット化協定を批准した。
 4月19-20日、境界線交渉が開かれた。その直後、東ティモール政府はオーストラリア非難をステップアップした。この交渉の内容については記事末を参照。

キャンペーン開始

 首相は、この5月20日の主権回復(独立)記念日に放送されたBBCで、「東ティモールは毎日ラミナリア・コラリナ(西の鉱区)だけで100万ドルなくしている」とオーストラリアを非難した。政府はホームページをつくって問題を訴え、地方を回って政府の立場を情宣している。政府は「われらが国、われらが未来」という17分のビデオをつくっており、各地で2時間の集会を行い、住民と質疑応答を交わす。(政府のホームページは、http://www.timorseaoffice.gov.tp/)
 このキャンペーンは、国民の支持をえている。なにせ、総額300億ドル(推計)もの国家収入がかかっていると見られている。年次予算が1億ドルの東ティモールにとって、300年分に相当する。
 いろいろと意見の違う大統領も資源問題となると、基本的には同じスタンスだ。大統領は「これには生死がかかっている。永遠に乞食となるか、自足できるかだ」と語っている(5月10日、オーストラリアABCのドキュメンタリー「フォーコーナーズ」)。また、ガーディアン紙(4月19日)では、オーストラリアが適切に支援しなければ、東ティモールはハイチ、リベリア、ソロモン諸島のように国家として失敗するかも知れないと言った。ラモス・ホルタ外相などは、要求は同じでも、政府がこうした反オーストラリア感情をかきたてることには慎重だ。一度高まった民族主義的な感情は容易に鎮静化しないからだ。
 市民の団体は、このキャンペーンに積極的に加わっている。4月19-22日の交渉の直前、いくつものNGOや労働団体が一緒になって「ティモール海占領に反対する運動」(Movement against the Occupation of the Tmor Sea)が結成された。ラオ・ハムトゥック、ハック、ハブラスなどの団体が並んでいる。そのプレス・リリースは、オーストラリアが東ティモールの水域を占拠し、その資源を盗んでいると非難し、東ティモール政府に対しては水域境界線を確定することで独立闘争を完遂するよう求め、オーストラリア政府に対しては、国際司法裁判所、海洋法廷に復帰し、問題の鉱区について新たなライセンスを発行しないよう求めた。

オーストラリア国内の世論

 オーストラリアの国内でも東ティモールに対する同情的な世論が盛り上がっている。かつての東ティモール連帯グループは、独立後の問題として、国際法廷と並んで、ティモール・ギャップにプライオリティをおいた活動を行ってきた。NGO、カトリック教会、労働団体などが中心だ。今では「ティモール・ギャップ正義ロビー」という団体をつくっている。
 メディアの論調は、必ずしも東ティモールの味方をしているというわけではないが、ハワード政権の強硬な態度には警告を発しているといったところか。4月30日付けシドニー・モーニング・ヘラルド紙の記事「創造的になる時だ」(ルイズ・ウィリアムズ記者)は、オーストラリアがあれこれ弁解していることを制して、東ティモールの安定はオーストラリアにとっても利益のはずと締めくくっている。5月22日の同紙の記事「ひとつの国がオーストラリアの良心に訴えている」(ピーター・ハーチャー記者)は、両国の立場の違いをまったく均等に描いてクールな記事になっているが、東ティモールの政府のキャンペーンは功を奏しており、東ティモール人がオーストラリア人に感謝しなくなっているばかりか、BBCなど外国メディア、Oxfam(オクスファム)など知られた国際NGOもオーストラリアに冷ややかな視線を浴びせていると嘆く。
 しかし、政治のレベルとなると、資源がからむからか、はっきりと声を上げる政治家は少ない。緑の党のボブ・ブラウン上院議員は、3月下旬に開かれた上院のこの問題に関する公聴会で、オーストラリアの立場を「不法で、不道徳で、地域の最貧国から泥棒するようなもの」と激しく非難した。(The Age, March 23)
 公聴会の直後、上院で採決に付されたグレート・サンライズユニット化協定は、与党が野党労働党の支持をえて賛成49、反対11で可決批准された。
 ボブ・ブラウン上院議員はその後東ティモールを訪問し、アルカティリ首相と会うなど、東ティモールを支援する立場をアピールしている。彼によれば、オーストラリア労働党は最初は東ティモールの立場を支持すると公言していたが、石油産業界の圧力に屈したのか、条約批准支持に回ってしまった。(Kyodo, April 21)
 ダウナー外相は、こうしたブラウン議員の行動に、「彼はオーストラリアに味方すべきだ。もしオーストラリアを支持せず、外国を支援するというのなら、オーストラリア人はそうした行動を評価しないだろう」と述べた。(AFP, April 22)
 主権委譲(独立)の日のBBC放送で、ダウナー外相は、これは原則の問題であり、オーストラリアは公正な解決を求めているのだ、と豪語した。★


水域境界線交渉のインサイド情報

タイム誌(5月10日)は次のような交渉のインサイド情報を伝えている。

東ティモール:国際法によれば、両国間の距離が400海里ない場合、海上国境線は等距離を保つ線となるはずだ。

オーストラリア:それは間違っている。この地域はユニークなのだ。1958年の大陸棚協定がこの場合の原則だ。ティモール海の海底はティモール海溝と呼ばれる急峻な溝がある。幅40海里、長さ550海里で、深さは3000メートルだ。二つの国は異なる大陸棚の上に位置している。
東ティモール:それはお粗末な議論だ。もしオーストラリアが国際司法裁判所から脱退しなければ、われわれの議論の有効性を決定するよう法的判断をあおぐことができたのだが。
オーストラリア:われわれは交渉によって海上国境線を決めたい。
東ティモール:それでは、年に2度といわず、毎月会って交渉を速めたらどうか。
オーストラリア:他の国ともいろいろと交渉事を抱えている。われわれの行政制度は政府、官僚の間の協議を数多く必要とするのだ。それに、海上国境線は恒久的なもの。交渉を急ぐ必要はない。
東ティモール:この問題が長引けば、問題となっている地域の石油ガス資源はわれわれには残らなくなる。これらのガス油田の採掘を停止してはどうか。そして、採掘許可の発行を停止して欲しい。
オーストラリア:その資源はオーストラリアのものだ。われわれはその鉱区からすでに何年も利益を引き出している。
東ティモール:しかしもし誠実に交渉に当たるというのなら、抑制的程度を示すべきだ。国境線が決まったとき、資源がなくなっているかも知れないというのは、ありうることだ。利潤を信託基金としないというのは、われわれの権利が認められたときそれを享受することを否定するものだ。
オーストラリア:もし採掘を停止したら、東ティモールの主張の有効性を認めたとみなされるだろう。もちろん、停止はしないけれども。
東ティモール:オーストラリアがティモール・ギャップのこうした資源を採掘できるのは、インドネシアが東ティモールを不法に占領している間、インドネシアとうまく交渉したからだ。それは一時的な解決に他ならず、法的な解決ではない。われわれが独立すると同時に、それらはみな無効だ。
オーストラリア:ティモール・ギャップのその区域というのは、共同石油開発区のことだ。ティモール海条約は東ティモールに9割の税収・ロイヤリティを配分しており、それはとっても寛大なものだ。
東ティモール:それは一時的な協定であり、われわれはオーストラリアより東ティモールに近い油田の権利をいつも主張してきた。中間線による国境線確定で、すべての共同開発区が東ティモールのものになる。同様に、ラミナリア、グレート・サンライズの両方も国際法ではわれわれの権利だ。
オーストラリア:ああ、わかってくれよ。(Oh, come on)
東ティモール:そっちこそ、わかってくれよだ。(No, you come on)


ホーム情報15号の目次