<政治>

静かな不満
フレテリンと野党の「攻防」

松野明久

 『季刊・東ティモール』の前号を出してから、これといって大きな事件はない。基本的な政治の構図は、フレテリンが権力の中枢を掌握し、政府機構の重要な部分を占領している中、数でまったくかなわない野党がいくつかのトピックをめぐって反対をとなえるというものだ。人びとの間にいろんな不満が蓄積しているのは事実だ。しかし、それをどのような政治の議論にのせていくか、が問題だ。


閣僚の国籍問題

 社民党のルシア・ロバト議員や民主党のルイ・メネゼス議員などが、東ティモールの国籍かどうかあいまいなのに東ティモールの外交旅券をもっている者がいると述べたことが、国籍問題に発展した。首相のマリ・アルカティリ、国防大臣のロケ・ロドリゲスが東ティモール国籍を有しているのかどうか、という問題だ。
 東ティモール国籍は、東ティモールで生まれたか、東ティモールで生まれた親をもつか(両親のうちいずれか)、そのような条件を満たす者と結婚しているかの、いずれかの条件を満たすことが必要だ。
 外国人であるアラブ人、インド人、中国人一世の子どもであっても、東ティモールで生まれていれば問題ないが、例えば西ティモールの病院などで生まれた場合、国籍が取得できない。ましてや、外国人と結婚していれば、国籍を取得するチャンスはもうないということになる。
 二人の閣僚については、どこで生まれたかは明らかにされていない。もし二人が東ティモールで生まれていなかった場合、マリ・アルカティリは東ティモール人女性と結婚しているが、ロケ・ロドリゲスはポルトガル人女性と結婚しているということが知られている。
 東ティモール政府は国籍法をつくったが、インドネシア人で長年東ティモールに住んでいた人がまちがって国籍を取得していたケースなどについて、整理をしている。法律を厳格に適用しているのなら、閣僚といっても例外とするわけにはいかない。
 これに対するマリ・アルカティリの答えは、「私はルシア・ロバトとではなく、ニコラウ・ロバトと一緒に闘いを始めたのだ」というものだった。そして、ルシア・ロバトはもっと勉強しないといけない、と付け加えた。(Timor Post, Aug. 6)こうしたまともに答えず皮肉を言うのは、マリ・アルカティリのスタイルで、これが嫌われる原因にもなっている。
 ロケ・ロドリゲスからはコメントがない。大統領のシャナナは、国籍問題は重要ではない、と議論を戒めた。
 確かに、マリといいロケといい、フレテリンの重要な指導者として東ティモール独立運動にその一生を捧げてきたことに間違いはなく、首相なり大臣なりになることにその点からの異論はないだろう。もし、この二人が東ティモール国籍が取れないようだったら、そういう法律の方が東ティモールの現実に合わないと言える。今さら彼らはポルトガル人にほかならなかった、というのは不自然だ。
 したがって、こうした問題を取り上げる野党は、政治的な背景からそうしていると言わなければならない。
 ただ、問題はそれほど簡単ではない。

マリオ・カラスカラォン問題

 実は、政府は法律をたてに野党いじめをしている、という現実がある。
 マリオ・カラスカラォンは野党社民党の党首だが、国家の所有物である海岸の高級住宅地(ファロール)の邸宅に住んでいたところを7月末、政府(法務省)から立ち退かされた。彼はインドネシア時代に、どのようにしてか、ファロールの住宅をインドネシアによって与えられた。それがインドネシア政府の財産であった場合、東ティモール政府の財産になるので、彼がそこに住み続けるのは違法ということになる。彼が警察に付き添われて退去した日は、支持者が取り囲んで大変な騒ぎだった。マリオはその後、上級裁判所に政府の退去命令を違法として訴え出ている。その弁護団代表が、ルシア・ロバトだ。
 政府の言い分は、法律にしたがってやっているのであり、政治的な背景はない、マリオは法律にしたがって退去しなければならない、というものだ。細かいことはわからないが、マリオに対する退去命令の法的根拠はおそらく確かなものだろう。
 しかし、法の実施については、「法の前の平等」を考慮しなければならない。なぜ、マリオ・カラスカラォンが最初なのか。同じようなものはいくつもあるだろうに、同時にというのではなく、マリオが一人だけ狙い撃ちされたとの印象はぬぐえない。
 法的な議論からすれば、マリオであろうと誰であろうと、法律に従わなければならない。順番を決めるのは政府の勝手だ、ということになるだろう。
 そこまで政府が法律をたてにイジメを正当化するのなら、野党も法律をたてに政府をいじめよう、となったとしても不思議ではない。「法律主義」を持ち出したのは、フレテリンの方なのだ。

移民法

 7月1日、外国人がデモを含む政治活動をすることを禁じた移民・難民保護法を違憲であるとする判断を、高等裁判所が提示した。人権侵害にあたるとして人権団体や野党から批判をあびていた法律で、政府はこれによって打撃を受けた。
 マリ・アルカティリは、高等裁判所の判断を「プロフェッショナルでない」と批判し、「コンマひとつも変更するつもりはない」、「法律は議会の3分の2の多数をもって支持される」と強気のコメントをした。(Lusa, July 1) シャナナは、この高等裁判所の判断にもとづいて、同法に拒否権を発動するかもしれないと述べた。
 また、政権内にいるラモス・ホルタも、アメリカの法律でも外人の政治活動の規制はあるといって移民・難民保護法を正当化していたが、高等裁判所の決定の後、裁判所の決定は尊重しなければならない、などと述べるようになった。
 しかし、議会と大統領の関係だけで言えば、大統領が拒否権を発動しても、議会で再び過半数をもって採択した法律は、大統領によって公布されることになっている。つまり、大統領の拒否権はかたちだけのものだ。
 一方、憲法3章118部3条によると、「裁判所の決定は拘束的であり、どの他の機関の決定よりも優先する」となっている。この憲法条文をまともにとれば、政府はこの移民・難民保護法を実施することはできない。
 また、こうした高等裁判所の判断が出たということは、これから先、デモをしてつかまった外国人がいても逮捕は違法との判断が出ることになる。
 今後、どういう決着になるのかははっきりしない。ただ少なくとも、フレテリンは条文を変える気はなさそうだ。

投資家の敗北

 8月8日、ディリ地方裁判所は、オーストラリアの会社「JJ McDonald & Sons」に対して、合弁相手のフー・ハウ・キウン氏の名前を登録していなかったこと、またフー氏の企業から合弁企業である「東ティモール建設」に対して貸し出されていた機器の賃貸料を適切に支払っていなかったことに対して、150万ドルの損害賠償を支払うよう命じる判決を出した。訴えられたオーストラリア企業はすぐに控訴したが、判決はただちに実行できるとの裁判所の判断だった。
 これに対し、オーストラリア企業は高等裁判所に訴え、高等裁判所は判決の実行を延期する判断を示した。フー氏は差し押さえを地方裁判所に申請しているもようだ。
 オーストラリア企業の不満は、登録簿原本が紛失してしまったため、登録者を証言者として呼んで証言をしてもらったが、これが聞き入れられなかった、Eメールなどの記録からもそれを立証しようとしたが受け入れられなかった、法廷通訳者の兄弟の一人がフー氏のビジネス・パートナーであり、適切な通訳を行わなかった、裁判所は公判の記録をとっていない(記録者が時々居眠りをしていた)、裁判官は「原告の弁護人のようにふるまった」、判断の根拠となる法律の条文を示していない、損害賠償の根拠を示していない、といったものだ。
 フー氏を合弁相手として登録していなかったかどうかという根本的な問題については詳しくわからないが、おそらく裁判のプロセスが海外のビジネスマンにとっては耐え難くいいかげんなものだった、というのがこのニュースの伝えるところだろう。
 こうしたことがニュースとして出回るのは、初めてではない。初めてではないから、蓄積した不信感となって、海外の投資家たちの間で話題になっているようだ。今回のケースでは、とくに首席判事(カルメリタ・モニス裁判官)の夫(フレテリンの幹部)が「東ティモール建設」という名前の企業で登録していたという事情があり、これが不信感のもととなっている。なぜ、オーストラリア企業の「東ティモール建設」の登録簿原本が紛失したのかも、理解できない。結局、オーストラリア企業の「東ティモール建設」は財産を没収された上、東ティモールから追放され、東ティモール人の「東ティモール建設」が正式な登録企業となる、ということになりそうだ。(以上、Australian Financial Review, Aug. 8)
 この裁判より少し前、8月3日、オーストラリアのANZ銀行ディリ支店長マクナマラ氏が「窃盗」の容疑で裁判を受けていたが、無罪判決が出るという「出来事」があった。無罪だからすぐに騒ぎは収束したが、検察が彼を訴追したということだけでも、投資家たちには大きな不安を残したと言えるだろう。マクナマラ氏は首相の兄弟の一人、バデル・アルカティリ氏の家を借りていた。昨年12月4日の暴動の際、首相一族の家3軒が放火され、マクナマラ氏が借りていた家も焼かれた。マクナマラ氏は放火された際、家を離れ避難した。その後、窓枠やドアなどがなくなった。(実際には、ドアを保管していた人がいた。)マクナマラ氏は窓枠やドアを盗んだという容疑を否定していた。(Age, Aug. 3)
 この問題は一旦は解決していたとされたが、マクナマラ氏の出張期間が終わり、ダーウィンに帰ろうとしていたとき、検察は彼を訴追し、パスポートを差し押さえた。アルカティリ氏は保管されていたドアを返すという銀行の申し出を断った。
 マクナマラ氏自身も暴動で多くの財産をなくしたし、銀行の財産もいくばくかは喪失した。その上、こうして窃盗罪で訴追されたというわけだ。
 無罪判決となったが、民事訴訟の可能性はまだ残されている。マクナマラ氏が自由の身となって帰国できるかどうかが、今後の焦点となる。
 このケースは、はたして被害者がアルカティリ一家の人間でなければこうなっただろうか、と思わせるようなケースだった。(Australian, Aug. 5)


ホーム12号の目次情報