<裁判>

「これでよし」とする評価は、ひとつもない

松野明久

8月5日、インドネシアの特別人権法廷は、その起訴した18人の最後の被告、アダム・ダミリ少将に禁固3年の判決を言い渡した。控訴審があるのでこれで完全な幕引きではないが、人権法廷としての一審判決は出そろったことになる。人権法廷についての各方面の評価は厳しく、「これでよし」とするところは、ひとつもない。


ダミリの裁判

 アダム・ダミリ(少将)は、1999年当時、バリを本部をおく第9軍管区(ウダヤナ)司令部司令官として、東ティモール軍分区(ウィラ・ダルマ)司令部を管轄する立場にあった。しかし、彼の部下として東ティモール軍分区司令官を1999年につとめた2人のうち、トノ・スラトマン(当時大佐)は無罪となり、ヌル・ムイス(当時大佐)は禁固5年の判決を受けた。2人の交代は1999年8月のことであり、住民投票直前にムイスは着任したわけである。
 驚いたことに、6月5日、検察側はアダム・ダミリの審理をすすめる中で、求刑することをとりやめ、逆に無罪を主張した。人道に対する罪を証明できなかった、という理由だ。この時検察は、しかしだからといってダミリに対する告発をとりさげたわけではないと述べた。(この辺の論理は理解しがたいものがある。)
 そして二度驚いたことに、裁判官は、検察が無罪を求めた被告に対して、禁固3年という有罪判決をくだした。結局、検察は、自分は有罪を証明できないが、裁判所がそう判断できるのならそうしてくれというように、裁判所にげたを預けたということだったようだ。
 判決によれば、ダミリの罪は5つの事件を予防できなかったところにある。すなわち、リキサ教会事件、マヌエル・カラスカラォン宅襲撃事件、ベロ司教邸事件、スアイ教会事件などだ。
 考えてみれば、理解しにくい判決だ。というのも、トノ・スラトマンは当時ダミリの部下として東ティモールを直接に管轄する司令官だったが、彼はリキサ教会事件とマヌエル・カラスカラォン宅襲撃事件について無罪を言い渡されている。現地情勢から遠いポジションにあったダミリが有罪で、現場近くにいたスラトマンが無罪となってしまっている。監督責任ということであれば、両方とも、その責任に応じて有罪となってしかるべきだろう。
 インドネシアの司法の混乱ぶりを示した、ダミリ裁判だった。

各方面の反応

 アダム・ダミリ裁判判決後に各方面から出された反応を概観してみよう アメリカの人権NGO「ヒューマンライツ・ウォッチ」のブラッド・アダムズアジア部事務局長は、「ダミリはインドネシアにおける不処罰のいい見本だ(the poster child of impunity)」、「ダミリはアチェの任務からただちに外さなければならない」と述べた。有罪判決を受けた軍人が進行中の軍事作戦において重要なポストを維持し続けているというのは、異常なことだ。(HRW Press Release, Aug. 5)
 アムネスティ・インターナショナルは、「今日の判決は驚くべきものであるが、正義の実現を阻止し、軍高官に責任をとらせまいとする意図的な努力がなされたという事実は変わらない」と述べた。そして「国連は自らが正義を求めることを通じてその責任を引き継がなくてはならない」と述べた。(AI, Aug. 5)
 アメリカ政府は、リーカー国務省副報道官が「米国はインドネシアの特別法廷のパフォーマンスと結果に失望している。この法廷の全体的なプロセスに欠陥があり、信頼性を欠いていた」と述べた。そして、国際法廷の方がよく問題に対応できたと思うかという記者の質問に対し、「われわれが国際社会の他のメンバーと議論しているのはそういうタイプのことだ。つまり、この問題についてどうやったら正義を実現できるか、東ティモールにおける明白な人権侵害についてより納得できるレベルの正義を実現するのにどういう選択肢がありうるのか、ということを国際社会として議論しているわけだ」と述べた。(State Dpt Briefing, Aug. 5)
 EUは、議長国を通じて、「裁判は正義をもたらさず、暴力を具体的に明らかにすることもできなかった」、「検察はすべての証拠、とくには国連調査官、インドネシアの人権委員会が言及した証拠を提示せず」、また「国連東ティモール派遣団(UNAMET)やその他の選挙監視団のメンバーを一人も証言者として呼ばず、東ティモールからはわずか数名の被害者の証言者しか呼ばなかったということに失望している」と述べた。またEUは、オランダ人記者サンデル・トゥネス(英ファイナンシャル・タイムズ)殺害の容疑者が裁判にかけられていないことを遺憾とし、インドネシアの法廷において国際基準にしたがって事件が裁かれることを求めている。(EU Ref: CL03-268EN, Aug. 6)
 東ティモールのラモス・ホルタ外相は、「当然、まったくの失望だ」と語った。そして「この問題は東ティモール人だけが責任をもつべきものではなく、国際社会の責任でもある。つまり、アメリカ、EUといった国々はインドネシアに話し、裁判以外の方法で、東ティモール人に正義をもたらす方法を見いだすべきだ」と述べた。(Reuters, Aug. 7)
 住民投票を実施した国連東ティモール派遣団の長をつとめたイアン・マーティンは、国連安保理には東ティモールのために国際法廷を開く意志がまったくないと言いつつ、「国連は1999年にそこで非常に特別な責任を有していたわけだから、そこで起きたことに責任があることは明白なことだ」と述べた。(BBC, Aug. 6)

国際法廷の可能性

 匿名の国連職員からの情報として、AP通信は、国連事務局が国際法廷の可能性を考え始めていると伝えた。報道によると、コフィ・アナン国連事務総長はいろんな選択肢を考えている、国連の法務局、政務局、そして人権高等弁務官が国際法廷について議論している、ということらしい。(AFP, Aug. 8) 国連事務局がオプションを議論するのは、むしろ当然だ。実際の障害は安保理だ。中国など、本来国際法廷そのものに強い難色を示す国があり、インドネシアを追いつめることをよしとしない先進国は多い。今日の優先課題はイラクであり、国際法廷は莫大な資金を必要とする。イアン・マーティンが言うように、安保理はまったくそれに食指を動かされていない、と見るのが現状認識としては正しいだろう。
 国際法廷の可能性があるとすれば、東ティモールの正義をないがしろにすることが、今後の国際社会の秩序維持にとって重大なインパクトをもつとの考えが共有されたときだ。つまり、インドネシアの軍人を裁かないことが悪しき前例となると思うかどうかだ。
 この点に関して言えば、「悪しき前例になっている」との議論は成り立つ。
 東ティモールの1999年の人権侵害をインドネシアの国内法廷で扱うという決定は、その法廷が国際基準に合致したものであるという条件付きだった。ところが、ダミリ裁判の結果高まった国際的非難に対して、インドネシア外務省のイ・グスティ・アグン・ウィサカ・プジャ人権局長は、国連人権委員会はインドネシアに国際基準にしたがって裁くよう求めたことはない、と言い切った。「それはインドネシアに都合のいい抜け穴だった。しかしながら、裁判官に経験がなかったりプロフェッショナリズムが欠けていたりといったことで、東ティモールのケースの取り扱いが完全でなかったことは認めなければならない。しかし、最も重要なことは、人権侵害の容疑者何人かをこの特別法廷でさばくことをわれわれは約束するということだ」、「上級裁判所の最終判断をまと
う」と述べた。(Jakarta Post, Aug. 15)
 つまり、インドネシアは国際的合意そのものを反故にしようとしている。1999年の人権侵害は紛争中におきた人権侵害のごく一部にすぎない。その裁きをインドネシアにやらせるというのは、国際社会の妥協だった。しかし、その妥協に対してすら、この程度の結果しか出せないということに対して、国際社会は何らかの対応をとらざるをえないのではないか。
 そもそも、国際法廷しか正義をもたらす道はない。それが国連が任命した調査団、インドネシア国家人権委員会が任命した調査団の勧告だったわけであり、人権団体もそう主張していた。

ICTJの報告書

「移行期正義のための国際センター(ICTJ: Internaitonal Center for Transitional Justice)」というNGOが出した『失敗を意図して(Intend to fail)』という報告書は、インドネシアの東ティモール人権裁判の過程に対する全体的な評価書だ。ICTJは、イアン・マーティンが副代表をつとめる紛争後の正義の問題に焦点をあてた団体で、イアン・マーティンが自ら関わった東ティモールの紛争後の動向に大きな関心を寄せてきた。一方では、東ティモール受容真実和解委員会に対してテクニカルな援助も行っている。
 この報告書は8月19日に発表された。ダミリ裁判の結果をまって発表されたと思われるが、75ページの大部分はすでにその時点で書かれていたということだろう。 この報告書の指摘する「失敗」とは次のようなものだ。

 1.十分な文書や証言が利用可能であったにもかかわらず、利用しなかった。
 2.人道に対する罪を適用するのに必要な、人権侵害の広がりや計画性、組織性について、十分に証明することができなかった。
 3.検察と政府に犯罪を追求する政治的意思が欠如していた。
 4.命令系統を含む国軍の組織的責任を証明することができなかった。
 5.裁判は「真実機能」(人権侵害裁判や戦争犯罪裁判に付与される)を果たさなかった。

 そしてこれらの失敗の責任は、検察と政府にあるとの結論だ。 報告書によれば、そもそもの失敗は、国家人権委員会が任命した東ティモール人権侵害調査委員会の調査結果を検察が受け取ったところからスタートした。特別人権法廷そのものは、人権侵害を裁くよう考案されていたが、この東ティモール特別人権法廷はそのようには裁かなかったし、また現在の枠組ではそうすることは不可能だ、とくに2000年26号法(人権裁判所設置規定)はその証拠と手続きに関して修正が必要だ、と述べている。
 この報告書は、裁判をインドネシアにやらせたこと自体がまちがい、とは言っていない。しかし、結論で、現在の枠組では人権侵害裁判は適切なものになりようがない、と言っている。その「現在の枠組」とは、2000年26号法をさしているようだが、その法の分析はしていない。報告書は、裁判に焦点をあてるため、あえて法の分析はしないと明言している。むしろ、法の運用をした検察の失敗が大きい、との結論だ。
 ありていに言うと、やりようによってはやれたのだが、やる気がなかったのでやれなかった、ということになる。 
 報告書が司法を対象とした法的な分析という性格が強いため、今のインドネシアの政治的枠組でこの種の人権裁判がなぜ不可能なのか、という政治的分析を行っていないことを責めることはできないのかも知れない。ただ、人権団体などが言ってきたことは、インドネシアは政府も含め紛争の直接当事者であって、その当事者が命令系統の中にいた仲間の当事者を裁くという枠組そのものが異常だということだった。報告書の指摘するさまざまな「失敗」は、インドネシアの失敗というだけではなくて、国際社会の失敗でもあったということが
指摘されてしかるべきだろう。
 ちなみに、報告書のPDFバージョンは以下のサイトで入手できる。 http://www.igtj.org/


ホーム12号の目次情報