今日の話題 四階楼

 

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上関は山口県の東の方、瀬戸内海にグッと突き出た半島の真ん中にある海辺の町です。古代には遣唐使船、中世には御朱印船も必ず寄港した天然の良港です。
江戸時代には参勤交代の一行や朝鮮通信使も立ち寄り、物資を積んだ北前船が出入りする栄えた港でありました。

上関を出た船は、光市室積、防府市中関、下関・・・と西へ航路をとり、東へ向かう船は、柳井、広島の竹原、岡山の下津井、牛窓・・・と寄港しながら航海。瀬戸内海が人と物資を運ぶ主役であった時代には、これらの町もたいそう栄えた港でありました。しかし、大型船の時代になり、陸上交通が主役になった近世には次第に没落し、今は歴史の中に生きている港町となっています。

 

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上関がある半島の半分は、100mくらいの狭い海峡で本土と離れていましたが、今は海峡をまたぐ橋が架かって半島の先まで陸続きに。その橋の上から撮ってみました。

東の方からやってきた船は、右の室津の港に入ります。室津には、かつては朝鮮通信使や大名が泊まった本陣や、代官所もあったのですが、その蹟はほとんど残っていません。

 

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主役を降りた室津ですが、江戸時代が終わっても、昭和までは、まだ機帆船(半分エンジン、半分帆で航海する小型船。戦後も瀬戸内海では見かけました)の時代が続き、そんな船の寄港地として栄えました。

その室津の真ん中あたりに、明治12年(1879年)に建てられた、外観は西洋風の、中身は木造4階建の不思議な建物、『四階楼』があります。

最初は汽船問屋(商社)・汽船宿、その後、宿屋、貸店舗となり、持ち主も転々としていましたが、平成3年に上関町が管理することになりました。

 

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白い「しっくい壁」にしゃれた入り口や窓。外壁も「こて絵」で装飾された可愛い建物です。平成5年には山口県の文化財に指定されましたが、増改築を繰り返した建物は傷みが酷く、平成10年より解体修理が始まりました。

解体修理中、四階の天井裏から、注文主と大工の名前を板に墨書した『幣串』が発見されました。それによると注文主は「小方謙九郎」、大工は「吉崎治兵衛」。

小方謙九郎は、新しいもの好きで有名な、明治大正に活躍した人気の陸軍中将、日本のスキ−の元祖、日本の航空機のパイオニア、長岡外史(1858−1933)の父です。
大工の吉崎は室津生まれで、37歳の時に四階楼を建てました。その後釜山に渡り、釜山で一生を終えています。

1年以上かけて修理は終わり、四階楼は元の姿のままに復元再建され、平成17年には国の重要文化財になっています。

と、前口上が長くなりすぎました・・・では中へ

 

 

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事務所として使用された1階です。急な階段を二階へ上がります。

 

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2階は宿泊用の4畳半の和室が3つ。畳の和室ですが西洋風の窓にしっくいの天井とおしゃれです。

 

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3階も泊まりの部屋。八畳の間には「唐獅子牡丹」の鏝絵。

 

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感激するのは4方がステンドグラスの18畳の4階です。

 

  

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秋の日がまっすぐ入る午後を見計らって行きました。その、西側の窓です。

 

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こちらは南側

4階は宴会場。窓を開けると目の前は海。昔の人のように、波の音でも聞きながら、美味しい物でも食べながらゆるゆると、あるいは月の光がかすかに差し込む夜に語って過ごす。をやってみたい四階楼です。 連休というのに、この日も見学の人の姿無し。それだから、そこが良い四階楼です。

 

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門司や横浜、神戸の文明開化の香りがする重厚なレトロな建物には及びもしませんが、まだ、文明開化が本格化していない明治のはじめに、田舎の小さな港町で、西洋風の建物はこんなんかな!と想像しながら、頑張った大工さんが居たことが嬉しくなる四階楼です。

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