293 スラウェシの旅(16)ケテセス村のお墓

トラジャの人々は『死ぬために生きる』人々です。インドネシアの88%はイスラム教徒ですが、セラウェシはキリスト教徒が多く、なかでもトラジャでは80%が信者とされています。しかし、それは表面的な事で、霊や精霊を信じるアミニズムが生活の基層にあり、その多様多彩な信仰や儀礼は、アジアの精神文化の宝庫(受け売り)とされています。トラジャでは、それが最も重要な儀礼とされる葬儀儀礼に強く現れていて、葬儀そのものを見学するというのがトラジャ観光の目玉となっているそうで、驚きました。

葬儀では一頭が年収の何倍もする多数の水牛を聖なる生け贄として捧げ(水牛は死者のお供となって旅立ち、水牛の数が多ければ、それだけ立派な葬儀とされます)、多くの人を招いて料理でもてなしながら、様々な儀礼が執り行われます。
その莫大な費用のために働くことが人生の目標、『死ぬために生きる』事なのです。しかし、一人でも多くの人に見送られ旅立つことが人生の成功の証となるなら、死ぬために生きるのも歓びとなるのかもしれません。


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ケテケス村のすぐ後ろは柔らかい石灰岩の切り立った岩壁がありそこが村のお墓になっていました。入り口辺りには葬儀で使ったと思われる家の模型や人形のようなものが置いてありました。

岩壁の上の方にはたくさんの木製の棺が杭で留めて安置されていました。蓋には水牛の彫刻がありました。水牛の霊魂も、祖先が神々になっている星の国へと旅立つ死者のお供をするのです。蓋がとれた古い棺、また、朽ち果てた棺があって、たくさんの骨がむきだしになっていました。


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学生時代に行った与論島と沖永良部島でもかつては洗骨という儀式があり、その骨がやはり岩壁の下に安置されていました。海洋を航海する人達にとっては奄美や沖縄は黒潮にのればすぐそこです。アジアに共通の文化があっても何の不思議もありません。


岩壁の下には祠のようなものがありました。一緒に来たほかの3人はイスラム教徒、私は仏教徒ですが、何となくそれぞれ小銭を供え拝みました。おおみんなアジア人だね〜で顔を見合わせました。