1465 平川の大杉

昔〜し まだ 私が30代だった頃、写真家を目指している20代の若者とカメラや写真の事をよく話しあってた時がありました。彼は 『どんな事があっても町の写真クラブ(写団=写真集団)には絶対入らない!』 とよく言ってました。、その気持ちよく分かりました。

町の写真クラブというものは写真展で入賞するとか、人に見せるとかの目標はあるのでしょうが、真の目的がないんです。
自分が撮っているものが何であるか知ろうともせず、写るも物なら絵はがきのように何でも撮る。自分が撮っているの物への関心、愛情、対話がないんです。それがあって初めて写真撮りが始まるんですけど。

ただカメラやシャッタ−を押すのが好きな人達です。が、カメラの使い方や性能にはものすごく詳しく、こだわり、次々新機種を購入したりします。こういうのを 「手段の目的化」 と言います。カメラを使うことが目的で、さてそれからどうするのかという肝心のもの−自分が撮っているの物への関心、愛情、対話−が欠けています。寂しいなぁ〜。
ピンボケでも、手ぶれしていても、構図が変でも何の問題もないんです。中身が大切。そして、そういう写真だけが残っていくんです。

日本では「手段の目的化」現象は意外と多いんです。高級パソコンを買う、高級オ−ディ装置を揃える。それで何をするんか?というその先がお粗末。でもそういう人が例えば次々新製品を買ってくれるので、カメラ業界支えているので貢献は大です。弘法は筆を選ばず(一本だから良い物を選んでるんですけど)。包丁一本、扇子一本あれば何でもできる。

さて、その若い青年は大学を卒業する時○○通信社の採用1名の入社試験を受けました。実技試験はフィルム1本を渡されて、「30分で銀座の写真を撮ってくる」だったそうです。そして、カメラマンという職業につきました。彼はもちろんカメラ術はありましたが、たぶんその先があったから写真技術専門学校を出た多数のライバルに負けなかったですね。きっと。

 

今日は仕事納めの日、平川の大杉が急に見たくなったのでに、早めに納めて。おっと!急がないとあと10分で日が落ちる。

 

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平川の大杉は昭和3年に国の天然記念物に指定されています。山口県は全国で一番天然記念物が多い県です。が、特に自然保護に熱心というわけでもなく、・・・実は史跡名勝天然記念物保護法を作ったのが政府の中枢にいた長州人であったので、「指定してみたら」と行政力でその数が増えていったということらしく・・・

この杉は胸高直径が2.8mくらい。山口には「大玉杉」とか寂地にある宇佐八幡宮の杉とか、もっと大きく、あるいは姿がよく、の杉がいくらもあります。が、手近にあるし、平川の大杉には惹かれる何かがありました。

『梢は空に根は大地に』と大きな木撮りに勢を出した時期がありましたが、木というものは一番撮るのが難しいと分かって諦めました。日本人は巨樹や巨木をどうみてきたか・・・

その昔は、自然は人にとって不思議物。人々の暮らしに恵みをもたらす一方で、災害として罰を与える不可解な存在でありました。ので、恵みに感謝し、一方では懼れ敬うものとしての 自然でありました。その象徴として巨樹や巨木崇め祀ったのでした。というくらい巨樹や巨木には人を圧倒するエネルギ−があります。それを写し取るのは難しいことです。ので、諦めましたが、

木の周りをくるくる回っていると「ここだ!と呼び声が聞ける場所があるものです。そこへ立って技巧を凝らさず、正々堂々と平凡に撮るのでよいのだなぁという事に気がつきました。写真というものは人に見せるためではなく 自分のために撮るのですから。

 

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平川の大杉ならここです。でした。10年前はここにに立つとワクワクするような気がして、撮ってやるぞと意欲が湧いたんです。今はそんな風に元気が湧いてきません。歳のせいですけど。

実は10年前までは人の胴体よりも大きな枯れかけの枝が何本も突き出して向こうが見えないくらいで、それが頭の上に覆い被さって、オ−ラ−がおそってくるような、怖いくらいの木だったんです。

が、枯れたらいかんと、「樹医」と称する人達が枯れ枝を切り、木口が腐らないよう手入れをしてくれたんです。庭木じゃないんだから、自然のものは自然のままに。枯れた枝をつけたままに、老いてもなお頑張ってるぞ!という姿があるから・・・それだから生きることへの感動が生まれたんです。と、思うと悲しくて、寂しくて・・・最近はちゃんと撮れないんです。

まともな写真が撮れなかった時は、文章の力でごまかして(森羅万象社の営業法則1−1)、平川の大杉の話題終わります。

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