1428 石鎚山へ

ちょっと早めのお盆で、故郷の松山に帰ってきました。どんどんビルの街になってきて、城下町の風情も薄れた松山は、今 『坂の上の雲』 ブ−ムでした。坂の上の雲と言えば、主人公達は、我が母校の先輩達。母校はどうなっているか?ちょっと見ておこう。

見覚えのある校舎もほとんんど無くなっていて、ちょうど大改築中だったので、グランドに行ってみました。

 

142804.jpg (14092 バイト) こんなにグランドは狭かったかな!
高校時代は陸上部。走ったあとにその下で寝ころんでいた、大きなユ−カリの木は未だ健在でした。

月〜金は走って勉強して、土曜日は本屋に寄って、3本だての映画を見て、日曜日は山登りの、ストイックな3年間でありました。

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国旗掲揚台の横に 『がんばって いきましい』 の石碑が。これは何だ? 碑文を読むと  

この言葉は高橋俊三先生と集団走する生徒の中から 互いを励ます掛け声として生まれた・・・。現在は母校の合い言葉となっているとのこでした。

なにっ。高橋と言えばあの体育の先生でラグビ−部の部長!身長163cm、日体大ラグビ−部でスクラムハ−フ、箱根駅伝も走ったことが。の、エルネギ−の固まり高橋先生のことか。

50m走10本!スタ−トの笛をピッと笛を吹いて自分も走る。最後の三本は高校生に負けてたまるかと走って 「今日はわしの勝ち!」と本気で喜ぶ。冬の授業は学校の周りを6キロのマラソン・ランニング。校舎が見える頃から一斉にラスト・スパ−ト。運動部の生徒なんかに負けては恥と本気で競争。勝っては喜び、負けで悔しがる。これを1時間目から6時間目まで繰り返す。

素早い逃げ足を見込まれ、1シ−ズンだけラグビ−もやりました。花園まであと一歩の決勝で敗退。「ずっとラグ−せんか」と誘われましたが、映画や山に行けなくなるので、断りました。が、その後、後輩は宿敵N高校を破って花園へ。一緒のクラスで机を並べていた、ラグビ−部の泉君は全日本の選手に。

高橋先生の愉快な想い出があります。我が校は有数の進学校でありましたので、スポ−ツばかりやってるわけにもいかず・・・・、期末試験や大学入試が近づくと、体育教師であった高橋先生は、やや弱気になり、トイレで運動部の生徒に会うと、「お前 点数はどうだった?」「入試の勉強しとるじゃろね」 と心配顔で声を掛けていました。

そうだ もう20年近く石鎚山を見てない。ついでに、がんばって いきましい 

 

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標高1982m、西日本の最高峰、石鎚山は、松山から70キロ。かつては面河から標高差1200mを登っていましたが、だいぶん前に面河から標高1500mの土小屋まで林道が開通。その気になればすぐ登れる山になってしまいました。


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なかなか鋭い山でしょう。初めて登ったのは中学1年の時です。
こちら側からは登れません。登山ル−トは向こう側にあります。


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土小屋から望遠で撮ってみました。右端の峰に山小屋あります。一日目は石鎚山頂のその白石小屋に泊まり。二日目は石鎚から瓶が森まで、開けた尾根道をのんびり歩く。水場がある土小屋で昼寝をしたり遊んだり・・・

土小屋から山頂までは2時間半くらい。もうちょっとだけ歩いて、近づいてみよう。


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一時間だけ歩いてみました。四国の山は急峻で深い谷があって、標高が高くなると笹原、モミやツガの針葉樹があって・・・

また土小屋に戻り、よし 次は足腰を鍛え直し、山頂までいってみよう。行けるかなぁ・・・

の、その時に何という偶然。従兄弟のタ−君に会いました。白石小屋という山小屋のご主人も交えしばし歓談。こんな所で会うとは!ありえない偶然です。これも坂の上雲効果だったのでしょうか。

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