ひとりごと-1



2000年4月23日、鹿瀬町でのひとりごと

どうしても撮りたい絵があり、鹿瀬小学校横の桜並木に出撃。

咲花からの追いかけも考えたが、場所取りをするため2時間前に到着したまでは良かったが。
「甘かった」もう40人近くの先客がいるではないか。
狙っていたポジションには置き三脚がある。
「測量に使う木の三脚だ」雲台も付かないやつだから、これはダミーに違いない、それにしてもいつから置いてあるのか?よごれている。石突きが泥に食い込んで、地面に同化している所を見ると数日はたっているようだ。
このポジションから標準レンズで覗くと、桜の大きな枝が右上からかぶさり、左右の桜並木の中にSLが入ってくる感じで、絵がまとまるのだ。
「5分前にどかす」ことに勝手に決めて。木の三脚の後ろに自分の三脚をセットする。
それにしてもいやに騒がしい。「すみません、その車写ってしまうんで、どけてください」
80メートル先の桜の下に車が駐車するのがまずいらしい。
「いくら騒いでも、追っかけ組が直前に乱入するのに」(独り言)
1時間前。乗り鉄組が10数人到着。深戸橋梁のたもとまで三脚で埋まる。
この頃より少し過激になる。「おーい。その車だよ。その黒いのドケー」
「すみませんが抜けているよなー」(独り言)
30分前。まるで罵声。「バ・・ロ−。おまえの車だ。ドケー」
「はずかしい、こんな鉄がいるとは」(独り言)
10分前。咲花より常連?追っかけ組数台が数珠つなぎで到着。罵声なし。
「さすが常連の車は置きかたを心得ている」(独り言)
8分前。木の置き三脚の主現る。(咲花からの追っかけ組だった)
りっぱな三脚を持って「ごめん、ごめん、それ私の三脚、4日前から・・」
「地元の方らしい腰の低い紳士だ」(独り言)
「後ろで撮りますので、たたないでお願いします」(私)
「はい、はい」といってかがんでカメラをセットする紳士。
3分前。追っかけ組乱入。「・・・・・。・・。・・。」罵声の連呼。
「はずかしい、彼が同じ鉄だと思うと悲しい」(独り言)
2分前。突然明るくなる。罵声の彼もあわてて露出計をのぞきこむ。
「やっと鉄らしくなった」(独り言)

C57が蒸気を流しながら爆煙でやってきた。
カシャ。カシャカシャ。カシャ。シャッター音の嵐。
「よっし」置き三脚の主が気合いを入れてシャッターを切ったらしい?
次の瞬間なんと前の主は、ファインダーから目をはずし背筋を伸ばしてC57を見たらしい?
ファインダーのまん中に、大きな黒い影が「立つな。たっ立つな」私の罵声!
C57より大きな黒い影が、写ってしまった。
「ごめん。ごめん。いい写真だったので興奮して・・・」
あまりにすがすがしい幸福そうな笑顔であやまる彼に、私は怒る気力もなくし立ちつくした。
「よし。今日は2本ともよかったので、もう終わりにしよう」といいながらさっそうとあとかたずけをする置き三脚の主。その声に我に返った私は、「私はまだ撮ってない・・・」(小さい声で)
あわててC57を追いかけた。

「置き三脚反対」と車の中で叫んでしまいました。



2001年7月7日、会津若松でのひとりごと


今年が本番、D51とC57の併走を撮りに会津若松に出撃。

磐越西線は、会津若松駅を発車してしばらく併走し、R49の陸橋下で上下線に左右に別れる。
その分岐点に6月末から小型の三脚が数本置いてあった。
私のきらいな置き三脚というやつだ。
7月7・8日の両日、うつくしま未来博号のD51と、ばんえつ物語号を牽くC57の併走を撮影するための場所盗り用のダミー三脚と思われる。

7日の昼頃(3時間前)私は陸橋下の分岐点を訪れた。
もう50本以上の三脚が列をなし、分岐点の信号盤の上までぎっしり三脚で埋まっていた。
私はしかたなく、左の空いている所に三脚を立てた。
例のダミー三脚の主はまだ現れない。
「来たら、一言いってやろう」 (独り言)
1時間前、置き三脚の主達が現れた。
初老の紳士達だった。
彼らは、小型のホームビデオを1台ずつ小型三脚にセットしはじめた。
「置き三脚はダミーじゃないの」 (独り言)
鉄道ファンじゃないらしい、どう見ても地元のアマチアグループて感じだ。
なぜ、置き三脚を?疑問に思いながら私は近ずいて話しかけた。
「三脚がず〜と前から置いてあったようですが?」 (やさしく)
けげんそうに紳士の一人がこたえる。
「おう、1週間前から置いて置いたけど、何か?」
私は勇気を持ってやさしく一言。
「置きっぱなしは、まずいですよ」
紳士は私の目を見ながら反論。
「おめえさん達と一緒にしねえでくれ、俺らは朝晩ちゃんと見回りしてんだから」
私。 「・・・・・」
紳士。「去年は、おめえさん達が何日も前から、でけえ三脚を並べ後から来た俺らを入れてくれなかったべ」
別の紳士。 「こうすんのが決まりじゃねえのか?」
私。 「いや・・・」
別の紳士。「俺らの町が呼んだ汽車だべ、いい場所で撮って悪いか?」
私は何も反論出来ませんでした。
「こうすんのが決まりじゃねえのか?」の一言が、私の心に深く突き刺さりました。

「この人達は誤解いしている」 (独り言)
「鉄の非常識を常識と勘違いしている」 (独り言)
分別のあるこの初老の紳士に、こういう事を言わせた責任は一体誰にあるのだろうか?
悪い手本、そう置き三脚をさんざん磐西でやって来た鉄道ファン達なのでは、ないだろうか?
鉄道ファン皆とは言いませんが、鉄道ファンがやっている非常識が何も知らない人達を巻き込んで、それが常識だと誤解されかねないような置き三脚という行動は慎むべき事ではないでしょうか?
と私は思いました。

右上の写真は、分岐点に入れなかった写真です。


 トップページに戻る