会津の冬-1

 冬の日中線

「ザク、ザク」という足音が、シーンと静まりかえった夜の街に響いていた。
寒さでシャーベット状に固まった雪道を、私はゴム長靴で駅へと急いだ。
会津若松駅始発の磐越西線経由・日中線熱塩行きの混合621列車に乗るためだった。

窓口で会津加納までの140円の切符を買う、その堅い紙で出来たキップをポケットに押し込み階段を駆け上がってホームに急ぐ。
オハフ61を2両連結したC11−19号蒸気機関車が「ブワー、ブワー」と白い蒸気を上げて出発の時を待っていた。
「しめた1次形のジュウイチだ」発車10分前を渡線橋の大時計で確認する、1枚撮っておこうと思った、凍り付いた3番ホームに寄り道する、三脚を冷たく凍ったホームに立てカメラをセットする。
ホームにいる只見線始発のキハ26を左に入れアングルを素早く決める。
愛機オーエムワンにはネオパンSSS(白黒ISO200)のフイルムが入っている。
50ミリの絞りを開放にして、シャッタースピードをBにセットする。
レリーズを付けている時間がおしい、手押しで8秒くらい露出する。
1枚撮ってそそくさと階段を駆け上がり4番線で待つ621列車に乗り込んだ。
車内は数人の乗客と、夜行急行ばんだい5号で都会から来たらしい、見るからに鉄道ファンのいでたちのお兄さん達数人が眠そうな表情でうつらうつらしている。私の知り合いは誰もいない、ちょっと寂しいがスチームがきいて車内は暖かかった。

午前5時9分。「ボォーッ」と小さいC11には不似合いな、図太い汽笛を夜の街に響かせ621列車はゆっくり発車した。
「ガタン、ガタン」と連結機がきしんむ、「ボオッ、ボオッ」という低いドラフト音が車内にも響いてくる。シュー、シューと何度もドレインを放つ音がする。
スチーム暖房で真っ白になった窓を手でぬぐう、ガラス越しに冷たい暗闇が伝わってくるようなまだ冷たい世界だったが、窓から見る外の景色はC11が吐くドレインで、まるで雲の中を走っているような錯覚を覚える。
まだ暗い闇の中を、C1119号が牽く621列車は会津盆地をゆっくり北上して喜多方に向かいひた走って行く。
途中、塩川で数人の乗客が乗ってきたが、降りる人は誰もいなかった。
5時35分喜多方着、ほとんどの乗客はそそくさと降り暗い喜多方の街に散っていった。車内には鉄道ファンのお兄さん達数人と私だけになってしまった。
37分間の停車時間は絶好のバルブタイムだ。三脚にオーエムワンをセットする。
私はホームから線路に降りて三脚を堅い雪の中に突き刺すようにセットした、今度はちゃんとレリーズを付け余裕の撮影だ。
正面から1枚16まで数えてレリーズをゆるめる、斜め横から1枚、「ちぇっ」と舌を鳴らす、ホームに人が入ってきたのだ。文句もいわずもう1枚レリーズを押し込んだ。「イイチ、ニイイ、サアアン・・・・ジュウロク」私の声がホーム全体に響いているようで恥ずかしいがホームにはもう誰もいなかった。

6時12分。白み始めた喜多方の街に「ヴォーッ」と汽笛を響かせながら621列車は日中線の終点・熱塩に向かってゆっくり発車した。
真っ暗な世界が青白い風景に変わってきていた。村松、上三宮、と停車しながら6時34分会津加納に到着した。
「今日の目的地はここだ。」独り言をいいながら冷たい青白い世界に飛びだ出した。
6分間の停車時間がある、200メートル先の踏み切りに向かって走った、必死で走った。
線路に積もった新雪を、踏まないように注意しながら25パーミルの登り坂の線路を全力で走る。走る。
踏み切りから回り込んで、線路端の雪の壁をよじ登る。やっと目的地に着いた。
サラサラとした新雪が三脚の脚を飲み込む、何度も何度も雪を踏み固めカメラを付けた三脚をセットする。
「絞り開放で30分の1秒の露出が切れそうだ」とファインダーを覗いて独り言。
「ヴォッー」と長い汽笛が響いた、東の空が茜色になってきていた。
ほのかにピンク色に染まった雪原の中を、C11がグレーなけむりをはきあげながらゆっくり登って来た。
私は「カシャ」と1枚目のシャッターを切った。
巻き上げレバーをゆっくり巻く「バリッ」とフイルムが切れる音がした。
「ちぇっまたか」と独り言をいいながら2枚目のシャッターを押した。(当時のフイルムは寒いと良くち切れた)
3枚目は巻き上げレバーを巻いてもただ空回りするだけだった。「撮影終了。」また独り言。
思いっきり手を振ってC11を迎える、「ヴォ」と短い汽笛が返事に返ってきた。

 1974年1月13日   さかい 


ホームのつららが冷たく光っていた。 会津若松駅 C1119  1974.1.13



37分の停車時間はかっこうのバルブタイムだった。 喜多方駅 C11199  1974.2.10



動輪とロッドに雪が凍り付いていた。 喜多方駅 C11199  1974.2.10



この冬、日中線の加納駅は2メートル近い積雪があった。 C11199  1974.2.10


雪に埋まった加納駅のホームで、8ミリを回す鉄道ファン。  1974.2.10



−12度 朝焼けをバックに1番列車がやって来た。「バリッ」この直後フイルムが切れた。
 日中線加納付近 C1119  1974.1.13



線路が雪に埋まっていた。日中線喜多方駅ホーム  1974.2.10



日中線を往復したC11は、磐越西線の客244レを牽いて会津若松へ戻る。
喜多方駅 C11199 1974.2.10



磐越西線 堂島-会津若松間 244レ C1180  1974.3.22


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