漢字
●(1)サンストをやっている時のキョージュが苦手としていた物。「えー、漢字の読めないサカモトですけども・・・」(平川史明)
  ★懐かしいです。坂本さん、たしかに漢字が苦手とよく言われていたようですね。よくそのネタで笑っていたものです。でも、大学に入ってから私は、いやそんなことないなーと思うようになりました。坂本教授は知性もおそるべし、なので・・・。(nakanaka)
●(2)ユキヒロ氏もオールナイトニッポンを担当していたとき、漢字が読めないのでふりがなを振ってくださいと言っておられました。(カメカメ)
  ★そうでしたか。手紙などは特に、住所(地名)が難しかったり、書き方にクセがあったりで読みにくそうですよね。DJをするのって、そんなところでも大変なのでしょうね。さて、あとは細野さんですが。。。(^ ^)(nakanaka)

関西セルラーCMソング(Voice of the Earth)
●(1)1996年末より放送され、1998年3月頃?まで放送された。
尚、CMのクレジットとして、
1:SOONwith高橋幸宏
2:高橋幸宏
を確認。今は高橋幸宏ヴァージョンが流されている。 CMの効果も手伝って、関西では結構ヒットしている。 因みにこの曲は、CDシングル「Voice Of The Earth」(SOONwith高橋幸宏)として発売されている。500円と安いのでお買い得。高橋幸宏ヴァージョンも6月に発売され、こちらは1020円。(gonsi,nakanaka)
●(2)CMのロングバージョンには、高橋氏とSOONのふたりが1カットずつ出演している。(Varyet's)
●(3)1998年3月現在、バージョンとしては恐らく3つめのものが使われている。恐らく、高橋氏のアルバム「a ray of hope」所収のものでしょう。(nakanaka)

柄谷行人
20世紀最後の偉人。EV.cafeや毎日新聞のホームページでも坂本と対談している。氏から坂本はマルキシズムや他者性といったキーワードに対する解釈の影響を多大に受けている。
坂本の本skmtでの氏に対する坂本の言葉:「笑顔がシャイ」。手抜きである。(kazippy)
  ★kazippyさん、ありがとうございます。柄谷さんと坂本さんって仲がいいみたいですね。最近では「NAM」で行動を共にしたりしてるのですよね。ちなみに「NAM」は、「原理」と「生成」の2冊の本が出ていると思います。(nakanaka)

空手バカボン
大槻ケンヂとケラの二人の謎のインディーズユニット。
一部有名な「テクノライディーン」こと「来るべきもの」というライディーンのパロディをやってます。ライディーンの節に併せて
♪テ〜ク〜ノ〜、テクノライディーン〜(×2)
 コンピューターをセットしろ〜
 プ〜ロ〜グラム〜はOKか〜
 シンセーサイザァ〜〜〜
 ボイス〜〜〜コ〜〜ダァ〜〜♪
という歌詞を乗っけている。最後の方には君に胸キュンまで飛び出す。僕的には結構好きなパロディ。
演奏の殆どがエレクトーンという素晴らしさ(笑 (ただし演奏は間違ってるよ・・と思った) タイトルの「来るべきもの」は勿論BGM収録の「来るべきもの」から。 この他キングクリムゾンなどもパロディしてる。 (ひらかわふみあき)HP= 「無名の家路」
  ★大槻ケンヂさんはいいですね。「グミ・チョコ・パイン」でしたでしょうか、その第1作目を読んだことがあります。細かい内容は忘れてしまいましたが、とても面白く読んだ記憶があります。(nakanaka)
  ★のらねこにゃーさんより、掲示板にて、
「空手バカボンは2人となっていますが本当は3人です。もうひとり内田雄一郎って人もいました。ライブも観ているので多分間違いないと思います。」
との情報をいただきました。ありがとうございます。(nakanaka)

加藤和彦
元「ザ・フォーク・クルセダーズ」「サディスティック・ミカ・バンド」のバンマス。1976年よりソロ活動。オリジナル・アルバムの発表の他に、サウンド・トラック、他アーティストのアルバム参加、プロデュース、楽曲提供など幅広く活躍している。1983年『Belle Excentrique』には、高橋幸宏、坂本龍一、細野晴臣、大村憲司、矢野顕子、松武秀樹などが参加(幾つか存在するYMOの裏アルバムと呼ばれるものの中でも、これだけの雁首が揃っているものは少ない)。同年『あの頃、マリー・ローランサン』には、高橋幸宏、高中正義が参加(さながらプチ・ミカバンド同窓会の様相を呈した)。2002年、フォークルの「イムジン河」が34年に亘る発売延期の後に発売され話題になった。個人的には、『あの頃』の「女優志願」は、ZUZU(安井かずみ)の詞といい、幸宏のドラムといい、高中のギターといい、トノバン(加藤和彦さんの愛称)の楽曲の中で、とりわけ良質のポップ感が発揮されていると思う。幸宏の病気を真っ先に心配したのもトノバンだし、友達思いなんだな。(しでお)
  ★日本のポップスを引っぱり続けている方ですね。ブライアン・フェリーと親交があるというのも、何となくではありますが、音楽を聴いていると分かる気がします。かなしい話になりますが、安井かずみさんがお亡くなりになった時、幸宏さんがその棺を持っておられたのをテレビで見ました。(いわゆる昼の「ワイドショー」で映された映像でした。それを見ると余計にかなしくなりました。ワイドショーのネタなんかにするなんて…。)私はそれほど加藤和彦さんを追いかけているわけではありませんが、人間的によい方なのだろうなあという印象を持っています。(nakanaka)

風待茶房
日本が誇る偉大な作詞家、松本隆氏公式ホームページ。細野さんと活躍したバンド、はっぴいえんど時代の未公開フォトや細野さんとの対談(RealPlayerG2が必要)も観られるという要チェックサイト。URLは、
http://www.watch.impress.co.jp/music/kazemachi/frame.htm

(Pop’n Poll)HP=http://member.nifty.ne.jp/popnpoll/index.htm

風の谷のナウシカ
本来この“宮崎駿アニメ”のB.G.M.の仕事の依頼は細野サンに来たものだったらしいが・・・。何か宮崎氏と細野サンの折り合いが悪かったらしく話がお流れになってしまった。代わりに登板したのが今をときめく久石譲氏。細野サンのアニメ音楽は『銀河鉄道の夜』まで待つことになる。ファンとしてはこの連携がうまく行ってれば後々細野サンB.G.M.の『千と千尋の神隠し』が見れたかも、と夢想するのだが・・・。
唯一この仕事で残ったのが“ナウシカ・ガール”としてデビューした安田成美さんのシングル「風の谷のナウシカ」(作詞:松本隆)。そのデキは・・・ねえ。(Prophet5&MC4)
  ★『風の谷のナウシカ』は、私は映画、音楽(サントラ)ともにとても好きな作品です。原作本も持っています。もともと『アニメージュ』という雑誌に連載されていたマンガの映画化という形ですね。主題歌も好きです。(^ ^) どうして宮崎さんと細野さんの折り合いがうまくいかなかったのでしょうね。うーん(-_-;) 気が合いそうな感じもするのですが。少々ベクトルが違って、お二方共個性が強そうですから。。。細野さんの『千と千尋の神隠し』……興味が湧きます! 久石譲さんの音楽もいいですね。(nakanaka)

黄色魔術楽団症候群
雑誌『ビックリハウス』に、1981年7月から1982年3月までに連載されていた、YMOの直筆個人ページ。例によって、細野さんは、おしゃれでユーモアを、幸宏氏は、律儀な文章を、教授は、キタナイ字でやっつけ仕事、という、3人の個性が如実に反映されているコーナーだった。(しでお)HP=「MONZEN NO KOZOH」
  ★残念ですね。そういう仕事(やっつけ仕事も含めて笑)も、今考えれば手に入れておきたかったです。(でも、子供だったのだから仕方ないか。。。(^ ^)) 最近(03年12月〜04年1月です)『ビックリハウス 驚愕大全』が、「精選抜粋大全集」(全一巻)として復刻され、また、『ビックリハウス131号―「ビックリハウス」なんて知らない! ビックリハウス住宅展示場カタログ』が、生誕30周年記念/展示会開催記念として発売されたようですね。(nakanaka)

奇才・天才・凡人
高橋幸宏が『土曜ソリトンSIDE-B』に出演した際、YMOの三人のことを形容してこう言った。それぞれ、細野・坂本・高橋のこと。
「僕から見ると坂本君っていうのはね、奇才なんですね。努力型のね。すごく理論的にすごく頭良く、こう、整理していける人。で、細野晴臣って人は天才ね。あんな顔してるけど。いつも眠そうだけど。起きてるんですよ、アレ、実は。(笑)僕はただの凡人と思ってましたから。二人の仲をとりもつ役だけが僕の全て、っていうね。まぁ、太鼓持ちって言葉ありますけども。ドラマーだから一応太鼓持ちだったかな。(笑)」
また、このとき高橋は、YMOの三人をビートルズに例えてこうも言っている。
「僕はね、ジョージかリンゴになりたかったんですよ。じゃあ、細野さんは…やっぱりジョンですよね。とすると…?坂本君はやっぱり出たがりのポールかな(笑)。」 (MSY)(ブロイラー)
  ★以前、ご投稿いただいた項目なのですが、一旦削除し、内容を一部差し替えて、再掲載させていただきました。「掲示板」の書き込みから考えて、このような方法を取らせていただきました。直接に文章を書いて下さった、MSYさん、ブロイラーさん、ありがとうございます。また、Prophet5&MC4さんには、色々と詳しい書き込みをいただきました。ありがとうございました。経緯の詳細は、「掲示板」の「2003年11月5日のNo.567〜11月11日のNo.600」の記事をご覧下さい。ところで……このエピソード、私もずいぶん印象に残っているんです。こうやって、陽の目をみるのは(?)、また内容を確認できるのは、とても嬉しいです。(^ ^)(nakanaka)

機材について
はじめまして! 掲示板に貼らせていただきました”shin"ともうします。貴殿のコメントは楽しく読ませていただいております。ところでYMO機材についてですが、当方にはPOLUMOOG SYNTH4台、OBERHIEM 4VOICE、ARP ODASSEY REV3 PROPHET-5 REV3, REV2 ARP QUADRA ROLAD VP-330 ROLAND MC-8×2 MC-4 KORG PS-3100、そしてLINN LM-2が2台,ARP MINUS NOISE MIXER、POLLARD SYNTNDRUM ULTSOUND DS-4等があります。もしこれらビンテージの詳細な機能とかがお知りになりたい場合はいつでもご一報ください。私は関西ですが、来年YMO再現を目指し、最終の機材調達と仕込みに入っております。なお王セツY、Yセツ王を超えるべく、モジュラーシンセも自作でMOOGVCを製作中です。中身の回路まで完全復刻というわけにはいきませんが、来年のライブは実際のMC-8 2セットによるタンスの"生演奏”を実現します。これからの準備において貴殿の詳細なYMO分析録も是非活用させていただこうと思っております。こちらからの突発の質問をさせていただくこともあろうかと思いますがその節はよろしくお願いします。唐突で失礼いたしました。それでは!
※当方のURLにて機材が確認できます。ご参照いただければと思います。(shin)hp=「Products! synth」

  ★shinさんからは、
   「現在全力投球でYMO機材の導入中です。それでも入手困難な機材もあります。もしビンテージ機材の情報をお持ちの方、または譲ってもいいという方、また再現YMOにご協力下さる方、またビンテージシンセの内容に興味のある方、技術的な内容など情報交換できればと思います。よろしくお願いします。(なお当方ではモモーグVc型ジュラーシンセの製作も手がけております。近々公開予定です)」
   というコメント(メール)も、上のコメントの前にいただきましたm(_ _)m コメントの内容は掲示板のほうが相応しいのかもしれませんが、YMOの機材についての良きガイドになりますし、shinさんを応援させていただきたいという気持ちで、こちらの本文に掲載いたしました(^ ^)(nakanaka)

ここがヘンだよ日本人
オープニングの曲がrydeenになってました。('99,10/27の放送) (Jun h.)

この次はモア・ベターよ
細野晴臣の1978年リリースのアルバム『はらいそ』のラスト部分に収録された名ゼリフ。タッタッタ…とどこからか走ってくる足音の後に、細野自身が「この次はモア・ベターよ!」と勢いよく叫んでいる。『はらいそ』のレコーディングに高橋幸宏と坂本龍一が参加したことがYMO結成のきっかけとなるのだが、このセリフはそのYMOの構想を示唆したものだろうと思われる。その後のYMOの世界的な大成功は周知の通り。なんとも深い言葉だが、実はこのセリフ、小森のおばちゃまのパロディらしい。
ちなみに、この細野のセリフをなんと森高千里が'93年のアルバム『Lucky7』の中でパロディしている(「今度はモア・ベターよ!」というセリフで、ほぼ完全コピーだとか)。その後、何かの縁か、'97年に細野と森高はローソンのTVCMで共演(夫婦という設定だった)。そういった経緯を経て、'98年には全編細野プロデュースの森高のアルバム『今年の夏はモア・ベター』がつくられた。この中で『はらいそ』に収録の『東京ラッシュ』がリメイクされ、この曲の最後に森高の声で「今年の夏はモア・ベターよ!」とやはりパロディが収録されている。(MSY)
  ★これは名ゼリフですね! 「小森のおばちゃま」というと、10代、20代の皆さまはご存知でしょうか。意外と知っておられるかもれませんが、「モア・ベター」という言葉を(文法的には間違ってますが、それを知った上ででしょう)よく使っておられた、映画評論家・小森和子さんのあだ名です。私は晩年のお姿しか知りませんが、とても活動的な方だったようで、若い頃アメリカへ単身で乗り込んだりと、尊敬すべき人生を送られた方だと思います。(nakanaka)

KORG 01/w pro
 KORG社のデジタルシンセサイザー「01/W」シリーズの上位機種。76鍵仕様でマスターキーボードとして再生コンサート時にメンバー全員が使用。 (そよかぜ)

小坂忠(Kosaka,Chew)
エイプリルフール時代一緒に居た人、という認識しか持ってなかったのですが大きな間違い。はっぴいえんどからティンパンアレイにかけて、70年代のあたりの彼のアルバムには大体ホソノさんが絡んでおります。
そもそも91年高橋幸宏のライブにて「ありがとう」と「機関車」を取り上げたところからちょっと調べてみたら、1stアルバムに両曲とも収録されていて(小坂忠の1stはその名も「ありがとう」)、細野さんが作詞作曲で半分くらい、リードボーカルをとってる曲まであります。(タイトル曲が既に(汗) 「ほうろう」においても細野さんの曲を結構取り上げていますね。もっと調べなあかんなぁ。(ひらかわふみあき)URL=http://www.interq.or.jp/uranus/nai/F,HilaHP/F,Hila-index.htm
  ★そうですよね。幸宏さんのライブでやってましたね。確か「ほうろう」は、矢野顕子さんのライブアルバム「Good Evening Tokyo」でも聞くことができたと思います。「ありがとう」はすごーく好きな曲なのですが、高橋さんのライブアルバムのバージョンしか持っておらず残念です。クリスチャンでもあり、「プレイズ・ソング」の世界でも非常に重要なお仕事をされているようですね。(nakanaka)

コシミハル(越美晴)
独自のポップ・センスを放つシンガー・ソング・アーティスト。最初ポップス歌手としてデヴューしたが、自分の求めている音楽と方向性が異なっていることに気付き、テクノがやりたくて細野晴臣の門を叩き、1983年、YENレーベルから『TUTU』発表(この時以来、名前を漢字から片仮名に変更)。以降、オリジナル・アルバムを製作したり、さまざまなアーティストや企画物のアルバムにゲスト・アーティストとして参加するなどして現在に至る。その他、役者やエッセー、小説を発表するなど、活動守備範囲は広い。YMOが『BGM』『TECHNODELIC』以降、いわゆる「ピコピコ・サウンド」から離れていってしまい、イモ欽トリオやアッコちゃんの『GO・HA・N・GA・DE・KI・TA・YO』、初期コシミハルにテクノの精神が生きており、ピコピコ・サウンドを聴きたくなったときはこれらのアルバムから味わうことができて嬉しい。(しでお)
  ★コシミハルさん、不思議な魅力(魔力?)を持っておられます。最初はアイドル歌手と言ってもいいようなデビューの仕方だったそうですね。もともとの素養として、彼女には西洋クラシック音楽があると聞いたことがあり、声の美しさがクローズ・アップされるのはもちろんだと思いますが、ピアノの演奏が非常にうまいとか。以前の幸宏さんのツアーのこと。「Moonlight Feels Right」(アルバム『... ONLY WHEN I LAUGH』所収。Starbuckというバンドの曲のカバー)の木琴(音)のソロ・パートを、ミハルさんが手弾きでされていました。その曲の演奏後、幸宏さんが「(後ろのほうで弾いているので)余り目立たず分かりにくいけれど、とても難しい演奏をしてくれているんです」というようなことをおっしゃっていました。アンビエントの精神を持っておられるようで、細野さんとリンクする部分が多いのかもしれませんね。(nakanaka)

久保田麻琴と細野晴臣
久保田麻琴と夕焼け楽団の「ハワイチャンプルー」('89,TOKUMA JAPAN CO )は、細野晴臣 が共同プロデューサー兼ドラマーとして参加してハワイのスタジオで制作(CDNo 25JC−359)。 沖縄料理のチャンプルーがタイトルについてるように、沖縄音楽とハワイアンの要素を取り入れた無国籍トロピカルサウンドのロックです。細野ののんびりと楽しんでいる様子が目に浮かぶようです。特に、「国境の南、Sauth Of Border」は細野がベースをひき本家のシナトラより雰囲気がでています。CD中古売り場で見つけて、一度お聞きください。小生はオールドハワイアンのファンですが。(Morimotoy)

教授
言わずと知れた、坂本龍一のニックネーム。高橋幸宏がこのあだ名を付けたのだとか。坂本の性格や、アカデミックな教養があることなどが由来だろう。「教授」と呼ばれることから、本当にどこかの大学で教授をやっているのか?と思う人がいるようだが、実際に教授をやっている訳ではもちろんない。『土曜ソリトンSIDE-B』や『SMAP×SMAP』に出演した際に、坂本自身がこのエピソードについて触れている。(MSY)
  ★幸宏さんがつけたというのは、色々耳にしますので(坂本さん本人からも)、本当なんでしょうね。(^ ^)
幸宏さんの『音楽殺人』のクレジットに(記憶で書きますので、間違っていたらすみません)、「Iroiro Professed by Ryuichi Sakamoto」と書いてあったような気がするのです。でも、英語の用法としてはおかしい気がしますね。。。確かめたほうがいいですね。
そう言えば、坂本さんの「メディア・バーン・ライブ」で、バーナード・ファウラー(ヴォーカル)やリン・メイブリー(だったでしょうか。コーラス?)みんなで「キョージュ!」と叫ぶところ、好きです。(nakanaka)

京都ムラムラ
12/9/1993に京都先斗町歌舞練場で催された「ムラムラ」。細野さん、鈴木惣一郎、趙季平のトーク、映画「心の香り」の上映、趙季平のコンサートといった内容。趙季平コンサートの間、細野さんが客席左手に座っていたらしいが、途中でそのことに気づき、3〜5メートル位の近さだったのでびっくりした。
映写機が大きな音を立てていたり、ただでビールが配られたりと、とてもいい雰囲気だった。(nakanaka)