上記に続く事件や事故の話です。これまたテレビや雑誌を見ていると死者のことをいうのに、ひとつのパターンがあります。殺されたのは「とても優しい子だった」、「思いやりのある良い人だった」ときて、究極は「罪のない人が殺されるなんて」と悲しんで見せます。もちろん死者を鞭打つような悪口を言う必要はないでしょう。事実に反してでも誉めるのは、結婚披露宴の新郎新婦(激励の意味で)と死んだ人(弔いの気持ちで)に対する時くらい、という常識はあります。それを考慮した上でも、余分な言葉が、殺傷事件や悲惨な事故の被害者に付けられます。みんなが「良い人」かのごときコメントが。
でも、ちょっと待って欲しい。果たしてそうか? 被害者の中には「乱暴な子」や「周囲から毛嫌いされている人」、「罪を犯した人」もいるはずです。まさか「悪い子」や「罪を犯した人」なら殺されてもいいはずはない。「優しい子」や「良い人」や「罪のない人」と同じように殺されたり、傷つけられたとしてはならないはずです。ビデオ作品のコメント文を書く時には、言葉の適切さも検討してみてください。
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敬語については、別の機会に述べようと思っていますが、ひとこと「お」について。
何かを美化して言う時によく使われるのが、言葉の前につける「お」、あるいは「ご」。「お菓子」、「お車」、そして「ご飯」、「ご卒業」等など。「お」と「ご」は、(1)使う必要のない場合、(2)使うと日本語としておかしい場合、(3)さらには使うと意味が違ったり、おかしくなる場合があります。
(1)は、「私はお車を買いました」のような場合です。自分の車に「お」を付けなくても、周りにはじゅうぶん理解してもらえるはずです。「お医者」はあっても「お石屋」はなくて「石屋さん」ですね。(2)は、「おワインを飲みませんか?」。「おビール」や「お酒」はありますが、ワインやウイスキーにはつきません。それは不公平だと言われても私は困るのですが……。(3)は、「萩の花→おはぎの花」、「奈良漬→おならづけ」のように意味が違ってくる場合、意味不明になる場合です。要注意です。
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話を聞いていて、「おかしいなあ?」と思うことがあります。「あの人はよく人を騙すんですよ、まさにサギそのもの。顔からして悪そうよ」。ボーっと聞いていると、そうかと聞き流してしまうかもしれません。でも「顔からしてサギのような悪人」ってどんな人ですか? そうです。サギは人を騙すプロです。他人から「悪人」や「だます人」に見られるようだとサギの仕事は成り立ちません。このようにうっかり口を出すが、考えてみると理屈に合わない言葉があります。ナレーション原稿を書くときには、そんなことにもちょっとだけ神経を使ってみてください。