No.23「ナレーション余話2・『方言考』」 

(稿:三石あき)



〜コメント&言葉編に続くナレーション余話の2回目は方言〜

 (序)どうも言葉に自信がなくて
 自分のビデオにナレーションを入れたいが、ナマリが抜けきらない、アクセントがおかしい、標準語を意識するあまり自分の声でなくなる、どうも言葉に自信がない、という人があります。でも心配はいりません。ましてや恐れる必要もありません。人のことを気にせず、自分の言葉で語ってください。


 (1)方言もみんな日本語
 かつて地方から東京に出てきた人が独特の方言をからかわれて自殺するとか、対人恐怖症になってしまう例が珍しくなかったと言われています。方言撲滅をめざした第二次世界大戦前の標準語普及運動の行き過ぎが、戦後になっても悲劇を生み続けたということです。
 今、純ナマの薩摩弁(鹿児島)の人と同じく、純ナマの津軽弁(青森)の歴史があり、風土と暮らしの中で育まれてきた言葉です。小さな国土の国とはいえ、長い歴史の中でそれぞれの地方に文化が築かれ、言語社会が成立しました。
 標準語としての東京弁が正しく、方言としての地方言葉が軽んじられるとしたら、それこそ不思議なことでしょう。「ヒ」と「シ」の使い分けが出来ず、「肥料」と「資料」が混同される東京(関東)言葉も不思議といえば不思議な方言、笑っている場合ではありません。


 2)方言には他に代えがたい味がある
 全国にはその地方ならではの味のある方言があります。筆者が生活したことのある地方を例にとれば、宮崎の「ヨダキー」、そして松江の「ダンダン」。「疲れた」と「倦怠感がある」と「気乗りしない」等などを微妙に溶け合わせたようで外の言葉に変えがたいのが「ヨダキー」です。出雲弁の「ダンダン」は普通に言う「ありがとう」ですが、「ダンダン」と発するタイミングが真似にくい味がします。
 今、テレビでは関西系のお笑いタレントが人気を得ています。当然ながら大阪弁をはじめとする関西の方言が使われ、テレビを見る側も当たり前のこととして受け入れています。大阪弁による会話の軽妙さを共通語で表現しようとしても味はなかなか出ません。
 (3)テレビの世界では
 テレビでは方言をどのように位置付けているか、「NHKことばのハンドブック」からの引用です。
 『かつてNHKのアナウンサーのことばは標準語と呼ばれていた……。しかし、最近では標準語に代えて共通語という言い方をしているし、NHKでも普通は共通語のほうを使っている……。ところで放送ではなぜ共通語を使うのだろうか。特定地域向けの放送を除き、適用範囲の狭い方言を使ったのでは、他地域の多くの人に理解されないおそれがあるからである。方言を否定的に見ているからではない。(中略)……最近では逆に方言の良さを強調する声の方が目立つ。放送での方言の使用についても、それほど神経質に考える必要はなくなっている。』
 (4)大切なのは相手を意識した自分たちの言葉
 あなたが作るビデオは誰に見てもらうのですか、聞いてくれるのは誰ですか。まずは、それをはっきりさせることが大切です。見てくれるのは地域の人たちであれば、その人たちが分かる言葉を使えばそれでじゅんぶんです。ふるさとの同窓会の記録ビデオであれば、ふるさとの方言をふんだんに使えば良い。要は誰を対象にしたビデオかで、使う言葉も決まってくる、ということです。逆に全国の人に伝えるビデオであれば特定地域の人たちにしか分からない言葉でなく、可能な限りに分かる言い方をしたい。相手を思い浮かべ、被写体をどこまで意識するか、さあ、思い切ってやってみましょう。


以上