たとえば、A子さんが「優しい」からといって、やたらと形容詞、修飾語を使うのではなく、「優しい」A子さんを具体的な映像で示すことです。それらしい映像を現場で探す(撮る)こと、それを選んで使う(編集する)ことで、「A子さんは優しい人」を画面で見せることが基本です。
もう少し例をあげましょう。
(例1)
『B子ちゃんは6歳。日本舞踊の稽古では師匠の厳しい指導に歯を食いしばって耐えています』
このようなナレーションの場合、映像に「厳しい稽古」に見合うような緊張感がなかったら、見る人は満足しません。このようなシーンでは、師匠の厳しい声が飛び、泣きべそをかきながらも、それに従うB子ちゃんが見たいものです。そうした映像があれば、「厳しい稽古」や「歯を食いしばって」という言葉を使う必要はありません。ナレーションを入れるとしたら、映像だけではわからないことを取材すると良いでしょう。
(例2)
『山麓の広い斜面にはきれいなコスモスがいっぱい咲いていました』
このナレーション文が間違いというわけではありません。簡単に言えば、このナレーションの映像が撮れていれば良いのです。あとは「広い」ではなく「南向きの斜面」とか、「きれいな」ではなく「1万本のコスモス」、というように画面だけでは分からないことをナレーションにすれば良いのです。
-
-
それでも映像がないときにどうするか、上記のA子さんの優しさを伝えるのに、それを示す映像がない(撮れなかった)場合です。
(例3)
『A子さんは非常に優しい、素晴らしい人です』
このナレーションも間違ってはいません。しかし、見る(聞く)人が映像的ないイメージを描けるような言い方はないのか。それを取材し、ナレーションにしたいものです。荷物を抱えて雑踏の中を歩くお年寄りになにげなく手を貸すA子さん、人に踏まれた野の花をそっと持ち上げるA子さん。抽象的な飾り言葉でなく、具体的な言葉でA子さんを表現すれば良いのです。取材撮影とは、具体的な事実を見つけることです。