(稿:三石あき)
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ビデオを始めるとやってみたくなるが、ナレーション。でも難しそうだと尻込みする……。でもやってみると楽しいのも、ナレーション。1回目はその「序論」です。
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- ビデオ作品にとって何よりも大切なのは映像として優れていることです。といって、ここでは撮り方、つなぎ方を論じるつもりはありません。語り、朗読としてのコメントについての話です。ひとことで言えば、「優れたビデオ作品」は、みずからがコメントを語ります。
- 映像自身が語る(表現する)ということは、言葉(ナレーション)であれこれと説明しなくても、映像を見れば作者の言いたいこと、表現したいことが伝わってくるということです。
- たとえば、「悲しい」、「美しい」ということをナレーションなしに、どこまで表現できるか、映像を見ることでそれが伝わってくるなら、それで十分なのです。
- このことが理解できた上で書き上げたコメント(ナレーション)は、ムダがなく、かつ表の映像だけでは分からないことまで見る人に感じさせることができます。
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- 映像自身が語るということは、別の言い方をすれば、映像(画面)で分かることは喋る必要がないということです。
単純な例からいきましょう。
画面→「公園の桜の木の下で親子連れが楽しそうに弁当を食べている」
コメント→「春、▽▽公園では満開の桜の下で親子連れが楽しそうに弁当を食べていました」
- 上のコメント(ナレーション)で検証してみます。
「春」は桜の花の季節だから春に決まっているので言うまでもありません。「満開の桜」も映像を見れば分かることです。「桜の木の下で親子連れが」も「楽しそうに食べていました」も見れば分かることで、言う必要はありません。
- ではどうするか?
上の映像画面で分からないことは何かと考えます。たとえば……
公園はどこの、何という公園か→◇◇市の▽▽公園で桜の名所として知られる
親子で花見が出来たのはなぜか→単身赴任のお父さんが久しぶりに帰ってきた
食べているのは、どんな弁当だったか→朝早くからお母さんが手作りした弁当
ということで、映像画面では分からないことをコメントとしてナレーションするのが得意策です。
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- ナレーション(コメント)として大切なことは、(1)は映像自身に語らせること、(2)は見て分かることは喋らないこと。これを理解してナレーションができれば、あなたのビデオ作品は内容がぐーんとグレードアップします。
- ビデオマンとして、「美しいもの」、「優しいもの」に対して、自分の気持ちを投入することは悪いことではありません。問題は、その「思い入れ」、「感情移入」が見る人に説得力を持って伝わるか、それともウソっぽく聞こえるか…… そのどちらかということです。ヘタをすると見る人を白けさせてしまいます。いくら「可愛い」とか「美しい」とナレーションで言われても、実態(映像)がともなっていなければ何の役にもなりません。
- 試みに、美しい花を「美しい」とか「きれいな」という言葉を使わず表現してみて下さい。優しい人を「優しい」という言葉を使わずにナレーションしてみて下さい。そうした映像作りに挑戦してみてください。映像自身に語らせ、見た目に分からないことをコメントする。それは撮る技能、編集する技能の向上とも結びつきます。
※次回も「ナレーションコメント」の書き方です。
以上
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