No.11「編集・モンタージュのこと その3」 

(稿:三石あき)

編集

(1):時間の短縮

作品の狙いにしたがって総時間量を可能なかぎりに削っていく

(2):情報の集約

時間は省略しても情報の質と量は豊かさを保って新鮮さを出す

(3):多彩な演出
時間短縮と情報集約とを両立させて、より面白く多彩に演出する


 1】エイゼンシュテイン
  • かつて、ロシアにセルゲイ・エイゼンシュテインという映画監督がいました。彼が1925年に完成した映画『戦艦ポチョムキン』は高度なモンタージュの手法を駆使した不朽の名作と言われています。
  • この映画は、1905年の帝政ロシアが舞台で、5話構成になっています。当時のロシアは、日露戦争でアジアの新興国に押され、国内では圧制に反対する革命運動も力をつけていました。
     おおまかな流れは、「ロシア皇帝・軍隊」と「民衆・水兵(戦艦ポチョムキン乗組員)」を対決軸にして、第1話「人間とウジムシ」、第2話「甲板上のドラマ」、第3話「死者は呼びかける」、第4話「オデッサの階段」、第5話「艦隊との遭遇」と展開していきます。


  •  2】舞台劇から脱した映画
  • 映画のない時代。「視覚の対象物が動くストーリー」は舞台演劇でした。
     1985年に動く映画が誕生しましたが、しばらくの間は舞台演劇の表現手法から抜け出せずにいました。つまり、舞台を見る感覚で映画画面も作られていました。これを打ち破ったのは新興国アメリカの映画でした。映画は舞台的な制約を飛び出し、広い空間の中で、アップのカットや動きの激しいカット、極めて短いカットなどを折り込みながら、スリルとサスペンスを自由に演出していきました。
  • エイゼンシュテインは、こうしたカットの組み合わせ(モンタージュ)に学びつつ、それを発展させ作者の「ねらい・感情・思想」を伝える新しい芸術、表現へと高めることを追求していきます。映像のカットとカットを、単なるつなぎとしてではなく、ぶつける(対立させる、衝突させる)ことによって、より新たな意味に高めます。
  •  3】映画『戦艦ポチョムキン』のモンタージュ
  • 『戦艦ポチョムキン』は、基本構図として「皇帝・軍隊コサック兵←→民衆・水兵」の対立があり、個々のシーンの中で、あるいはカットの中でも具体的に衝突の論理を貫いていきます。
     第4『オデッサの階段』。ここでは、反乱に決起したポチョムキン号の水兵たちと、これを丘で迎える民衆とが合流し、皇帝権力とが衝突します。
  • 画面構成で言えば、「左上から下りてくる皇帝軍隊←→水陸で呼応した民衆の水兵」の大対立があり、「襲い掛かる軍隊←→倒れる民衆」、「軍靴←→踏みつけられる子供」、「発砲するコサック兵←→子供を抱いた女性」、「迫るコサック兵の隊列←→転落する乳母車」といったカットが重ねられ、民衆のロシア皇帝への抵抗、そして革命の正当性を表現していきます。
  •  4】モンタージュ論
  • この小さな項でエイゼンシュテインを、そしてモンタージュ論を語るには決定的に不充分です。ただ、いまや古典となったこの映像の中には、現在のビデオマンとして学ぶものがいっぱい内包されています。チャンスがあったら『戦艦ポチョムキン』を見てください。75年前のサイレント映画ですが、表現している内容はじつに豊富です。あなたのビデオ制作活動にも何かのプラスを与えるはずです。
  • ※次回からは、「コメント・ナレーション編」に話を進めます。

    以上