(稿:三石あき)
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編集
(1):時間の短縮
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作品の狙いにしたがって総時間量を可能なかぎりに削っていく
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(2):情報の集約
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時間は省略しても情報の質と量は豊かさを保って新鮮さを出す
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(3):多彩な演出
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時間短縮と情報集約とを両立させて、より面白く多彩に演出する
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- 松本清張さんの小説に『砂の器』という大作があります。ライ病に苦しむ父に連れられ、巡礼の旅をしていた少年が、後に前途有望な青年音楽家となっている。彼には殺人事件の疑いもかかるというストーリー展開です。小説では、いわゆる「ズーズー弁」が捜査の中で面白いポイントとなっており、その意味でも注目されている作品です。
- この小説をもとに映画、ドラマが作られています。ここでは小説の手法を離れて、一方に「上流階級」への登竜門的な演奏会があり、他方に青年への捜査の手が近づくという設定です。この二つが同時進行する中で緊迫感が高まっていきます。演奏会のクライマックスと捜査の最終段階の動きを交互に重ねることで、見る人をハラハラドキドキさせます。映像作品ならではのモンタージュの効果がよくわかります。文字の世界では表現に限界のある迫力を、映像でみごとに出しています。
- A=「演奏会」とB=「捜査の進展」という異なる構成要素(話)をぶつけることによって、ストーリー展開に迫力を出す、より高度の映像表現を高める、ここに一つのモンタージュを見ることができます。映像「A」と映像「B」とをぶつけることによって、両者を越えたCという効果を生み出す、と、とりあえず理解しておけば良いかと思います。
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- ビデオを編集していく場合、シーンをどう作るかは極めて重要であり、またビデオマンにとって腕の見せどころです。例をもとに考えています。
- シーン『悲しみの告別式』
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- ビデオが生活の奥深く入る時代です。お通夜や告別式の撮影→映像記録作りもあるでしょう。
さてケースは、交通事故で亡くなったAさん「男」のお通夜。当然、悲しい場面として丁寧に映像を記録することになります。悲しさの映像が続きます。このような映像シーンの中に、まだ「死の意味」の分からない小さな子が無邪気に歩き回る映像カットが入るとしたらどうでしょう。「あんな可愛い子を残して……」といっそうの涙を誘うはずです。一見「場違い」かと思われるカットが、そのシーンをより印象づける役割を果たします。
- このモンタージュという手法は、映像のみに限りません。作品の中の音とビデオのぶつかりあい、映像とコメントの衝突などによっても、よりパワフルな表現につながることがあります。お祝いの場面だからと歯の浮くようなホメ言葉を連発しても効果はありません。ヘタをするとウソっぽくさえなります。たとえば、「〇〇賞」を祝うシーンではホメのナレーションではなく、苦労、苦闘の言葉を生かすという手法です。
次回は、エイゼンシュテインのモンタージュ論に話しを進めます。
以上
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