(稿:三石あき)
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A:職場の慰安旅行を撮ってきた。撮影時間は6時間ある。
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アフターファイブ。仕事を終えてみんなでビデオを見ることになった。まさか6時間まるまる見せるわけにはいかない。1時間見て、後は飲食しながら旅の思い出を語り合うのが妥当なところ。職場ではちょっと“知られたビデオマン”、あなたはいい所を見せたい。ましてや「編集は苦手です」とは言えない。さて、どうする?
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B:75歳、ミカンを作っている伯父が農林水産省から表彰されることになった。
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その祝賀会に伯父の功績を称えるため、ビデをを上映することになった。さいわい、伯父の長男がこれまでに撮りだめた映像(素材)が20時間余りあるという。しかし、彼は編集はできない。“あのビデオ好きの男”なら20分間のビデオにしてくれるだろうとあなたに白羽の矢がたった。「今さら撮るだけしかできない」とは言えない。さて、あなたは…?
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C:5歳の時に空襲で失った父母の思い出。
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その日から55年。Aさんは父母への思いを映像記録に残したいと思うようになった。しかし動く映像どころか父母については写真すら焼失して家にはない。とはいえ、思いは募るばかりである。親戚や知り合いを訪ねて資料「写真」を集めるとともに思い出の証言を収録した。その上で自らの思いを語ることにした。が、その先は…?
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- この「ビデオ作品講座」は、6回目になりました。今回からは「映像編集と作品制作」をテーマにこの話を進めていきます。
「映像を撮るの好きだけど、編集はどうしても好きになれない!」という人がいます。ビデオ仲間の集まりなどでも、「撮ったままのワンショット」を自慢する人があります。そのワンショットが作者の意図を伝える“完璧な映像”ならば気持ちは分かります。でも、被写体は生きています。作者が表現したいことが、「現場で、順序よく、時間どおりに」撮れることはまずないでしょう。
- 食物に例えてみましょう。「撮ったままの映像=素材」は「買ってきたばかりの肉や野菜=素材」のようなものです。「制作者=料理する人」の意図は「何を撮るか=何を買うか」までしか入っていません。「見てもらえる=食べてもらえる」ように「編集する」必要があります。ついでに言えば、作者の意図をきちんと表現するためには、音響効果やコメント(ナレーション)入れなど完成作業が残っています。食物なら「もりつけ」や「テーブル配膳」といったところでしょうか。
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- 編集作業とはどんなことか、何が求められているか、要約して言えば次のようなことでしょうか。
- 時間の短縮 作品の扱いにしたがって総時間量を可能な限りに削っていく
- 情報の集約 時間は省略しても情報の量と質は豊かさを保って新鮮さを出す
- 多彩な演出 時間短縮と情報集約とを両立させ、より面白く多彩に演出する
では、最初の「囲み文 A.B.C」を上記に照らしてみましょう。
- A.職場の慰安旅行
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この編集は、1.の時間短縮=省略を基本に時間量を6分の1に縮める。「どこに行って何を見たか」、「何が面白かったか」、プラス「旅のエピソード」を入れればOKでしょう。
- B.伯父の表彰
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これは、1.プラス2.の情報集約を基本に、20時間余りの映像を伯父の人物像が浮き立つように「項目別に整理し」、それを「どんな順に並べるか(構成するか)」を考え編集します。
- C.父母の思い出
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過去の映像が皆無に近い。ならば3.の多彩な演出を基本に腕の見せ所。父母を知る「証言」と「写真と資料映像」を済ませ、父母への思いを重ねていけば深みのある作品は可能です。
(※次回も「編集で高める映像表現」です。)
以上
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