(稿:三石あき)
少しくらい映像が良くても、起伏に乏しく単調な作品は見ていて飽きてきます。
なぜか? それに気づいて「企画構成←→取材撮影←→編集制作」をすれば、あなたの作品は生き生きとしてくるはずです。今回はその序論と思って読んでください。
|
-
-
仏教でいう「諸行無常」は、私の好きな言葉ですが、自然界にしろ、人間界にしろ、事象は確実に変化します。進歩もあれば停滞もあり、また後退もあります。これを頭に入れて素直に被写体を見つめて欲しい。それが「起伏に乏しく単調な作品」にしないひとつの道です。
-
- 作品例『老人クラブの親睦旅行』
- なごやかなスタートに始まり、仲睦まじい語らいシーン、仲良く観光地を回り夜はさらに盛り上がって「宴会、そしてカラオケ」で一日を終わる。あくる日も楽しそうなシーンの連続で解散地へ、「次も楽しくやりましょう」でエンド。
- このビデオは、旅行の責任者(と行政を含む社会福祉関係者)にとっては「ありがたいビデオ」になるでしょう。その限りでは役目を果たしています。
- しかし、それだけのビデオにしか過ぎません。見るべき内容に乏しく、ドキュメントとしての迫力はありません。なぜか?
映像制作者が「高齢者たちが楽しい旅をした」ことを描こうとするあまり、「楽しいこと、良いこと」だけに目を奪われているからです。素直に問題に目を配れば、「もっと違ったこと」もあったはずです。
-
- 作品例『子供たちの夏休み合宿』
- 地域の子供会で2泊3日の夏休み合宿。行きのバスの中は楽しい歌声が響き、目的地に着くや野原や小川で元気に遊ぶ。自炊の夕食はお決まりのようにカレー作り。じょうずにジャガイモの皮をむき、あざやかな手つきでニンジンを切る。
食べるシーンでは、「おいしいカレーです」とコメント(ナレーション)をつける。翌日はみんな元気に山野歩き、夜はキャンプファイアーを楽しむ。3日目… 映像のネタが切れて付き添いの大人とリーダー格の子供がキャンプの意義をもっともらしく(それ自体は反論の余地もないように)語る。帰りの車中も楽しい歌声に続いてジ・エンド。
-
- 作品例『老人クラブの親睦旅行の場合』
- スタート→顔見知りの老人会とはいえ、宿泊の団体旅行にはちょっぴり不安はあります。はじめから「なごやかさ」だけを狙うのではなく、挨拶をしながらも服装や持ち物を確かめ合う人もあれば、すぐには溶け込めない人もあるでしょう。そんなシーンを見つければ後の作品構成に生きてきます。
- 観光ポイント→人それぞれに趣味や関心の違いがでるものです。寺や神社に詳しい人、花や植物に関心の強い人、やたらとみやげ物を買いたがる人……。 そんな時、人は陽気にもなり、得意になって周りの人に語りかけたりします。互いが再発見し合う場を逃さずフォーカスを合わせましょう。
- 夕食会→酒が入ると朗らかになる人(悪く言えば乱れる人)、マイクを持つと人格が変わったかのようになる人、打ち解けて話しができるようになった初参加の人(内気な人)、そうした顔が旅ビデオに変化を与えます。
- かくて1泊2日のビデオの中にも「変化と成長(後退)」の感じが出てくるし特定の人たちだけが目立つビデオでなく、参加者のいろんな顔が無理なく登場します。ストーリーとしても、短調にならず、起伏とヤマ場を作ることができます。
- 作品例『子供たちの夏休み合宿』
- たとえば川に入るとき。子供たちが「平気で、裸足で歩ける」と思っているとすれば、それは中年以上の思いこみ。ここは、こわごわと裸足で川に入る子供に注目しておきたい。後(2日目あるいは3日目)でもう一度川遊びシーンを入れて、ここでは裸足になって平気で歩く子を生かすよう編集する。そうすれば子供たちの「成長、変化」を伝えることができます。
- カレー作りのシーン。包丁がきちんと使える子はそんなにはいません。それどころか
二十歳前後の女性でさえも包丁の使えない人が珍しくない時代です。ならば、危なっかしい手つきの(つまりヘタな)包丁さばきを見せておく。少々手に傷ができたくらいで驚く必要はない。「上手にジャガイモの皮がむけました」と白々しいコメントを語る必要もない。3日目にそれなりに包丁が使えるようになった子が登場することで、時間と訓練(慣れ)による「成長、変化」を表現できます。
- こうしたやり方は、子供を低く見ることでもなければ、関係者(大人)を批判することではありません。逆に子供(人間)の可能性を讃えることであって、いいことだけにレンズを向けるよりもはるかに教育的だと思います。
以上
|