オクスフォード小旅行

 日本に、A さんご夫妻という知人がいる。元はと言えば、住んでいる地域の 自治会の役員をやったことが縁で知り合いになったのだが、その後もいろいろと 親しくしていただいている。

 さて、A さんご夫妻の旦那さん(以下、便宜上、A 旦那さんと表記する)も、 偶然にも時を同じくして、イギリスに長期滞在することとなった。年末・年始は 奥さん(以下、便宜上、A 奥さんと表記する)が来て、イギリス国内を旅行して 回るのだそうである。途中、ケンブリッジにも寄ることになっていた。

 当初、僕ら(僕とツマと息子)は、ケンブリッジで落ち会うつもりであったの だが、うちのツマと息子がイギリスに来られなくなってしまった。それを聞いた A さん夫妻が、落ち込んでいる(であろう)僕を、旅行に同行しないかと誘って くれたのだ。大感謝である。予定をうかがい、ケンブリッジに来る前の、 オクスフォードから合流することにする。12 月 31 日、オクスフォードで落ち会い、 そこで 1 泊して 21 世紀を迎えよう、という、完璧な(笑) プランである。A さん夫妻が宿泊する宿に電話し、予約を入れる。英語での電話は、 「sorry?」の連発となってしまい、やはりつらいものがあるが、予約確認が e-mail でちゃんと送られてきたので、大丈夫であろう。

 12 月 31 日、午前 9 時 30 分頃の列車で Cambridge 駅を発つ。ダイヤ通りに 走るか心配であったが、15 分程度の遅れで London Kings Cross 到着。地下鉄で London Paddington 駅に向かい、今度は Oxford 方面の列車に乗車。非電化区間を 走るらしく、ディーゼルカーであった。

class 166 Oxford station
Oxford 方面に向かう列車と、Oxford 駅。

 Oxford 駅には、午後 1 時前に着いた。駅の売店で軽く腹ごしらえをする。 ホットチョコレートを飲み、幸せな気分に浸っていると、酔っ払ったおっさんが やって来て、「なあなあ、1 ポンドめぐんでくれよ」とのたまう。こちらもそう 金持ちではないので、拒否するが、「いいじゃんいいじゃん、こんないいカメラ 持っているんだしよー」(聴きとり不能につき、一部推量。ちなみにカメラは 17 年前のものです)などとしつこい。こりゃ逃げるが勝ちだな、と、早々に 退散する。このおっさん、後で駅員から注意をくらっていたようだ。

 駅の案内所で宿泊先の「Bath Place Hotel」の場所を聞き、移動開始。案内所の お姉さんは、「Bath Place Hotel はとてもいいところだ」と言っていた。 営業トークかも知れないとは思いながらも、やはり楽しみである。徒歩 15 分ほどで到着。看板には「17th Century Hotel」と書いてある。どうやら、 ものすごい年代物らしい。

 チェックインの手続きをしていると、A 奥さんがひょっこりと現れる。久しぶりの 再会である。部屋に荷物を置き、A 旦那さんとも合流して、観光に出かける。 まずは、ホテル近くの、Hertford College の「溜息橋(Bridge of Sighs)」 を見る。ケンブリッジの St. John's College にも同名の橋があり、形もまあ 似ているが、ケンブリッジのは川に架かっているのに対して、オクスフォードのは 道路に架かっている。

Bath Place Hotel bridge of sigh in Oxford bridge of sigh in Cambridge
Bath Place Hotel 正面、溜息橋、【参考】ケンブリッジの溜息橋。

 コレッジ(大学)のある街並みを見て歩くが、それにしても寒い。ときどき、 みぞれが降ってくる。植物園に入ると温室があり、 迷わず入る。ここでは、いわゆる食虫植物「ハエトリソウ」 を見ることができた。この植物、葉の内側に虫を感知するセンサーがあり、ここを 触ると葉が閉じる、というしかけである。A 旦那さんが持っていたつまようじで 葉のセンサーを触ると、確かに葉が閉じた。これは面白い。3 人でしばらく 遊んでしまう。植物園の脇には川が流れており、パントもある。なんだか、 ケンブリッジと似ている。

Venus' fly-trap punt in Oxford
ハエトリソウ、川のある風景。

 植物園を出て、さらに街を歩く。ケンブリッジとは異なり、ここはコレッジの 区画と商店の区画とがはっきり分かれており、コレッジの区画を歩いていると、 大晦日の夕方ということもあり、静かで気味が悪いくらいだ。Christ Church という コレッジは内部を公開しており、入ってみる。ここは、『不思議の国のアリス (Alice's Adventures in Wonderland)』の作者で有名な、ルイス・キャロル (Lewis Carroll)こと、チャールズ・ドジソン(Charles Dodgson)が 所属していたコレッジである。彼の本業は、数学者であった。食堂の ステンドグラスには、『不思議の国のアリス』に出てくる様々なキャラクターが 描かれていた。

 一度ホテルに戻り、今度は街に食事に出る。出かけたときは人は少なかったの だが、食事をして戻ってくる時には、人通りが異様に増えていた。パブなど、 満員のところもある。どうやら、年越しの瞬間を街で迎えよう、という人が ぞろぞろ出てきているらしい。しかしながら、日本人たる我々は、ホテルの部屋に 戻って、改めて再会の祝杯を日本酒であげる。A さん夫妻は、わざわざこのために、 銘酒「八海山」を日本から運んで来てくださったのだ。久しぶりに飲む日本酒は、 格別である。つまみの塩こんぶも、こちらには無い味である。これからの地方大学の あり方や、日本の科学技術行政などの話をしていると(A 旦那さんは大学の先生 なのだ)、あっと言う間に真夜中である。日付が変わった瞬間、あちらこちらで 花火を打ち上げる音が響いた。こんなところで 21 世紀を迎えるなんて、なんだか 愉快である。

 翌日は、午前中はさらに街を観光して歩く。街のほぼ中心にある聖母マリア教会 (University Church of St. Mary the Virgin)の尖塔に登ると、街並みが 一望できる。階段の足もとは危険なほどに悪いが、登っただけの甲斐はあった。

view from St Mary's Church view from St Mary's Church
聖母マリア教会の尖塔から街並みを見下ろす。

 その後、街を一周する観光バスに乗ったりしてから、昼過ぎにケンブリッジに 移動開始。途中、ロンドンで、遅い昼食と言うか、早目の夕食と言うか、まあ そんなような食事をする。おいしい中華料理店と、中国のお菓子の店を教えて もらった。ロンドンからケンブリッジまでは、僕には慣れた道である。A さん夫妻の 宿泊する B&B まで道案内し、その日は別れる。

 翌日は、僕の家にきて夕食をともにすることになった。夕方に city centre で 待ち合わせて、スーパーマーケット「Marks & Spencer」で買い出しをする。 イギリスのスーパには「オーブンでチン」とでも呼ぶべき、出来合いの食品が豊富に あり、このような場合には便利である。バスに乗って我が家まで向かい、 シャンパンで乾杯。うちでこのような小パーティを催すのは初めてである。 非常に楽しく、つい飲みすぎてしまった。あっと言う間に最終バスの時刻である。 これに気づくのが遅れ、最後はばたばたしてしまい、A さん夫妻には申し訳ない ことをしてしまった。

 翌朝、空になったシャンパンの瓶 1 本とワインの瓶 2 本を見て思う。 「三人で、これだけ飲んだら、そりゃ頭も痛くなるわな」


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