文化財について

国宝指定の正福寺地蔵堂のページを作成中に、国宝とは何かと説明するにあたり、資料をあれこれ調べているうちに、自分自身でも文化財とは何かとあらためて考えてしまいました。正福寺地蔵堂は国宝であると強調するにあたって、変な誤解をされてしまう人もあるのではないかとふと考えてしまいました。

国宝指定は文化財として特に価値が高いものと言ってしまうと、それでは国宝に指定されていない、普通の重要文化財や更に都道府県指定の文化財、市町指定の文化財などは段々とと価値が下がり、それほど重要でもない、などと考えられてしまうと怖いなと思いました。
まして何の文化財指定のない道端の石仏は交通の妨げになるだけで、不要であるばかりか、地域の活性化に何の役にも立たない邪魔物などと考える人もいないとは限りません。

番外編・鎌倉街道上道(多摩丘陵編)で小野路の古道の資料を見ていたときに、石仏を持っていってしまう人がいるというのを知り、大変心が痛む思いがします。
誰が、何の為に、どのようにしようとしているのか。単に古美術マニアが持っていってしまうのか。何を隠そう私自身、古美術マニアですが、そのように石仏をこっそり持って帰って家に飾って楽しむなどと考えて見たことも無いし、石仏は古道の道端にあって、周囲の景観と一帯になって存在するところに価値があると思っています。
また或いは、石仏を古美術商に売って儲ける。これは考えられることです。これは泥棒行為そのものです。実は文化財保護は国内の文化財が海外の美術商に流れ、そういった危機が保護の要因の一つでもあるのです。
自分の家の家宝を売るのは自分のものだから悪いことはないだろうと考えた人もいるかも知れません。また、生活が苦しいので家宝を売って何とかしようと考えた人もいたかも知れません。
文化財に感心を持たない人などは、石仏が邪魔に感じた場合、退かして付近の窪地に捨てて埋めてしまうかも知れません。(そのような例としてよく板碑が地中にまとめて埋められていたり、井戸跡から発見されたりします。)更には、庭石に丁度良いので持って帰って使っていたり、漬け物石にとばかりにこっそり持って行く人もいないとは考えられなくもありません。

ここでもう一度書かせてもらうと、文化財の指定内容が低いから、見る価値が低いとか。文化財の指定を受けていないから古いものを粗末に扱っていいと考えている人がおられたら、それは誤った考えであると言わせて頂きたいのです。

文化財て、何だろうと改めて考えた私ですが、そもそも文化財というものが必要なものなのかと思われて居る方もあるのではと思います。
文化財などなくても生活には何の支障も無い。かえって、地域開発の妨げになる。道路が狭くて交通量が多いのに、文化財があるために、広い道路が造れない、文化財などなくなってしまえばいいと考える人もいないことはないでしょう。
また文化財を維持保存することはその管理者は大変な負担を強いられていると思われます。

しかし、上記とは反対に文化財があることによって観光などで地域の産業を支えている街もあります。又日本の歴史や文化を研究するうえで文化財は欠かすことのできない存在でもあります。
文化財は単体で存在するだけではなく、特に建造物などはそれがある付近の景観を作っています。先に私が、石仏はそれは古道端などにあることによって見た人の心をなごませ、いいなと感じるように、そこにあっての文化財であると言えましょう。
文化財の中には広域保存としての伝統的建造物群と呼ばれるものもあります。町並みの保存は環境保存とも関係があります。もし、私たちの街から古い物が全て無くなってしまい、ただ利便性だけで造られた建物である高層ビルや高速道路、高架橋などだけのSF映画の未来都市のような景観になってしまったら皆さんはどう感じられますか。私などはそのようなところで生活していたら、たぶん気が変になってしまうように感じます。

昔の人々は空間を創造するときに、そこに必ず便宜性だけでなく美観を保つことを必ず意識しています。これは現在人の私たちには及ばないものです。限られたものでそれを最大限に有効に活用するところは現在の我々は学ぶべきところがあります。
また現在を生きる私たちにとって文化財は精神的な心の支えにもなっていると思います。知らず知らずの内に文化財と一体になった生活をしていることに気が付くことがあります。

いろいろ考えてみると、やはり文化財は保護しなければならないように思えます。そこで、文化財保護法の成立までの生い立ちと、文化財の分類の二つの観点から文化財について見ていきましょう。