文化財保護の発展と流れ

以下は(『文化財保護制度概説』中村賢二郎著 ぎょうせい)を参考及び引用させて頂きました。
平成10年12月現在まで

江戸時代の寺院の財宝の開帳
元禄7年(1694)と天保13年(1842)の二度にわたる法隆寺宝物の江戸出開帳。
信仰の拡大と荒廃した伽藍修理の費用の確保を目的として江戸の本所回向院で行われる。
文化財保護の国家制度ではない。

文化財の危機
明治維新後の欧化主義や廃仏毀釈の風潮の中で社寺の疲弊等による伝世文化財の危機。
明治末から大正に至る近代化の進展に伴う国土開発と工業化の進展による記念物文化財破壊の危機。
昭和初年の深刻な経済不況による大名等旧家所蔵文化財の散逸・流出。
第二次世界大戦後の社会経済の混乱による文化財の散逸・流出。
昭和40年代以降の経済成長に伴う開発の進行と急激な社会生活の変化による文化財の破壊と衰亡。

明治4年・・・古器旧物保存法
我国初の文化財保護政策
政府は全国的に伝世の古器旧物を保全すべきことを通達するとともに各地方官庁で品目、所蔵人を調査のうえ政府に報告するよう指令した。
古器旧物類を31の部門に分類。 この分類は後世博物館の列品分類の基準ともなる。

明治11年・・・米国人フェノロサは東京大学の顧外国人教師として来日し、日本の古美術の調査と収集を行い、古美術鑑賞の啓蒙的役割を果たす。

明治21年・・・臨時全国宝物取調局が宮内省に設置される。
九鬼隆一が責任者となり、岡倉天心らが中心となり10年間にわたり全国の古社寺を中心に宝物の調査が行われた。調査を通じ京都、奈良の社寺に特に優れた宝物が多く、かつ破損、散逸の危機にさらされているとし、保存の為の施設の必要性が呼ばれた。
結果、明治22年に東京の図書寮付属博物館を帝国博物館に改める。
明治28年に奈良帝国博物館、明治30年に京都帝国博物館が開館する。

明治30年・・・古社寺保存法
我国の文化財保護制度の原型をなす制度
建造物及び宝物類の維持修理が不可能な古社寺に対して保存金の下付の出願を法定し、その修理に対し地方長官の指揮監督権を定める。
社寺の建造物及び宝物類で特に歴史の證徴又は美術の模範となるべきものを内務大臣が特別保護建造物又は国宝の資格あるものと定めることができるとした。
特別保護建造物又は国宝は処分、差押の禁止、監守義務、国宝の博物館への出陳義務、刑罰等が定められた。

大正8年・・・史蹟名勝天然紀念物保存法
建造物、美術工芸品が古社寺保存法で保護されているのに対して、史蹟や天然紀念物を破壊から保護するために制定された。
適用する史蹟名勝天然紀念物は内部大臣が指定し、保存に関し地域を定めて一定の行為を禁止又は制限し又は必要な施設を命ずることができる。
内務大臣は地方公共団体を指定して史蹟名勝天然紀念物の管理を行わせる。
現状変更等の制限及び環境保全命令の規定、違反に対する罰則を設ける。

昭和4年・・・国宝保存法
旧大名家が所蔵する宝物類が散逸する等の事態をさけるためや、旧幕府体制の崩壊後放置されていた城郭建築等の古社寺以外の文化財の保護の必要性などから国宝保存法が制定され、古社寺保存法は廃止される。
建造物、宝物其の他の物件で特に歴史の證徴又は美術の模範となるものを主務大臣が国宝に指定することができるとし、古社寺保存法の特別保護建造物又は国宝は国宝保存法で国宝に統一される。
社寺有以外の絵画、書跡等も指定が進められる。
国宝の輸出又は移出は禁止される。

昭和8年・・・重要美術品等ノ保存ニ間スル法律の制定
現に生存する者の製作に係るもの、製作後50年を経過しないもの及び輸入後1年を経過しないものを除いて、歴史上又は美術上特に重要な価値があると認められる未指定物件の輸出又は移出は主務大臣の許可を要することとされる。

第二次世界大戦の時期の昭和18年に重要美術品等の認定や名勝、天然紀念物の指定の事務が停止される終戦直後の昭和20年10月に指定、認定の事務が再開される。
戦後の経済的な疲弊と混乱、農地改革や華族制度の廃止などの社会的変革と敗戦による価値観の急激な変化などがあいまって、文化財の散逸や海外流出の危機的状況が続いた。

昭和24年1月に法隆寺金堂火災が発生し、壁画が焼失する事態が発生。
参議委員文部委員で作家の山本有三議員らが中心に新立法検討の動きが本格化する。

昭和25年5月・・・文化財保護法制定
文化財の統一法規
国法保存法、史蹟名勝天然紀念物保存法の保護対象を文化財の概念に包摂して統一的な保護法の下に置き、されに無形の文化的所産で歴史上又は芸術上価値の高いものも文化財として保護の対象に加えた。また、土地に埋蔵されている文化財についても法律による保護の対象とした。
二段階指定制度の創設
文化財保護法は有形文化財のうち重要なものを重要文化財とし、記念物のうち重要なものを史跡、名勝又は天然記念物に国が指定する。
指定物件の増加にともない保護の措置が十分に講じなくなっていることの対応として、重点保護を講じるための制度として、二段階指定制度が採用される。
国指定の重要文化財及び史跡名勝天然記念物のうち特に重要なものを国宝並びに特別史跡、特別名勝及び特別天然記念物に指定することができるとした。
文化財保護委員会の発足
昭和22年5月に帝室博物館が文部省に移管されて国立博物館となり、国宝の指定等の事務はそこで行われるようになった。新法によって文部省の外局として行政委員会の文化財保護委員会が設置され事務局が置かれ、文化財保護行政を一体的に遂行する行政組織が整えられた。
新法により規制強化等の制度整備、財産権の尊重、補助規制の整備などが整えられる。

昭和29年・・・文化財保護法の第一次改正
重要文化財の管理団体制度
重要文化財について特に必要な場合に限り地方公共団体その他の法人をこれに指定して保存のために必要な管理のほか、修理、公開についても義務と権限を有するものとした。
無形文化財の指定制度
無形文化財の指定制度を設け、状況にに応じて助成措置を講ずることができるように改めた。指定に当たってはわざを体現している自然人である保持者の認定ををあわせて行うこととされた。
民俗資料の制度化
有形のものについては重要民俗資料の指定制度を新設し、無形の民俗資料については記録選択の制度をもうけた。
埋蔵文化財の保護の強化記念物の保護制度の整備地方公共団体の事務の明確化

昭和50年・・・文化財保護法の第二次改正
生活基盤の激変等
昭和30年代後半から40年代にかけて高度経済成長期を迎えると社会構造に大規模な変動が生じ、文化財を支える社会基盤、生活基盤の激変が広汎に進行していった。
文化財の定義の拡充整備
建造物その他の有形の文化的所産で価値の高いものと「一体をなしてその価値を形成している土地その他の物件」を含めることとし、及び「学術上価値の高い歴史資料」が含まれることを明定した。
保持団体の認定制度
新たに社団法人、任意団体を保持団体として認定する途を開いた。
民俗文化財の制度の整備
「民俗資料」を「民俗文化財」に改めた。旧法の規定により指定された重要民俗資料を新法の重要有形民俗文化財とみなした。また、無形の民俗文化財について新たに国の指定制度を設けた。
埋蔵文化財の制度の整備
国及び地方公共団体に対して埋蔵文化財の周知の徹底についての努力義務規定が新設される。公的な法人が行う発掘については文化庁長官に対する通知及びこれに基づく協議等の特例的取扱いが制度化される。重要かつ調査の必要があると認められる遺跡必見に、文化庁長官がその現状を変更する行為の停止、禁止の命令を発することができる。
地方公共団体が行う埋蔵文化財に対する業務を明確化。
伝統的建造物群保存地区の制度の新設
伝統的な建造物群の景観保存の動きが起こる中、ヨーロッパにおける歴史的街区のファサード保存の手法を参考にした伝統的建造物群保存地区の制度が新設される。
文化財的価値を有する集合体をその環境を含めて一体的に保護する広域保護の制度で、新しい文化財保護の体系を創設したもの。この制度の基本には住民が現に居住する集落町並を保護対象とする点で他の制度と根本的に異なるものである。
文化財保存技術の保護制度の新設都道府県文化財保護審議会等

平成8年・・・文化財保護法の第三次改正
とどまるところを知らない開発の進展と生活様式の変化によってわが国の近代化の過程で形成されてきた各種の文化遺産も破壊、消滅の危機にさらされていた。
平成6年7月、「時代の変化に対応した文化財保護施策の改善充実について」の報告。
平成6年9月、「近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議」を文化庁に設ける。
平成8年7月、指定基準の見直しや文化財登録制度などの保護手法の多様化が提言される。
登録文化財制度の創設
建造物のうち国及び地方公共団体が指定した文化財以外のもので保存及び活用の措置が特に必要とされるものを文部大臣が文化財登録原簿に登録する制度が創設される。
指定都市等への権限の委任等
重要文化財等の活用の促進

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