認知症の父が書いた自筆証書遺言の効力/弁護士の相続相談
遺言の相談
父は、兄と2所帯住宅に住んでいた時期に、「全財産を兄に与える」との自筆証書遺言を書きました。その後父は、ホームに入りました。ホームでは、父は、「不動産は兄に相続させる、預貯金動産類は次男(私)に相続させる」との自筆証書遺言を書きました。父は、私との会話でも、「不動産は兄に相続させる、預貯金動産類は次男(私)に相続させる」と言っていました。
その後、いくつかの病院で、テストをしたところ、父は認知症と診断され、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS−R)では、8点から15点ありました。
このような状態で作成された遺言が有効なのでしょうか。叔母は、意思能力がないと、遺言は無効だというのです。
回答
認知症の老人といえども、法律上の意思能力(この場合は、遺言能力)が全くないわけではありません。意思能力があるかは、本人の状況を具体的に検討して、決めます。
長谷川式認知症スケール(HDS−R)
老人の意思能力を判断する方法として長谷川式簡易テストがあります。 長谷川式で8点〜15点は中程度ないし高度な痴呆です。しかし、意思能力が正常に復している時期もあります。正常に復している時期であれば、遺言をなし得ます。
30点満点で、 21点以上が正常、20点以下は認知症の疑いありです。
認知症の場合の平均点 認知症の程度 平均点 軽度 19.1 中程度 15.4 やや高度 10.7 高度 4.0
意思能力は、@遺言者の認知症の内容、程度がいかなるものであったか、A遺言者が当該遺言をするに至った経緯、B当該遺言作成時の状況を考慮し、C当該遺言の内容が複雑なものであるか、それとも、単純なものであるかとの相関関係において判断されます。
あなたのケースは微妙ですが、お父さんは、中程度あるいは高度な認知症です。遺言内容は、不動産と預貯金動産と分類しています。単純な遺言ではないです。意思能力の態度が低い人が書ける内容ではありません。 遺言能力はなかったと判定される可能性が大きいです。
しかし、長谷川式のテストの点数が10点以上で、かつ、周囲と意思の疎通ができたと証明できれば、お父さんに遺言能力ありと判断される可能性もあります。
訴訟
遺言が有効であるか、無効であるかの裁判では、長谷川式などのテストを含め医師の診断書類、遺言者を観察した周囲の人の証言などが重要です。
医師の診断書類は、弁護士法23条の2による取り寄せ、あるいは、裁判所に送付嘱託申請をします。
証言が必要な場合、証人申請をします。時々、弁護士が、依頼人側の証人として、早い段階から、陳述書を提出する例が見られますが、偏頗な証人と見られる危険があります。
成年被後見人の遺言
成年被後見人が意思能力を回復した時は遺言できます。その場合には、医師の立ち会いが必要です。
民法は次のように規定しています。
(成年被後見人の遺言) 第973条 1 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師2人以上の立会いがなければならない。 2 遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に附記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。
自筆証書遺言についての判例
自筆証書遺言をした遺言者の意思能力(遺言能力) についての判例を挙げておきます。
公正証書遺言の場合は、公証人が遺言者を見ていますので、若干異なります。
裁判所判決日 長谷川式の
点数事情 判決結果 東京地裁判所平成27.3.18 遺言3月後7点 血管性痴呆及びアルツハイマー 病の疑い 遺言無効 東京地裁判所平成27.1.21 遺言1月前14点 自筆証書遺言に公証役場で確定日付をとった珍しい例
アルツハイマー型知呆遺言無効 東京地裁判所平成24.12.27 4、
10アルツハイマー認知症
会話成立遺言有効 秋田地裁大舘支部平24.2.14 2年前14、翌年10 血管性・アルツハイマーの混合型認知症 遺言無効 東京地裁平23.5.31 6 痴呆性老人の日常 生活自立度, Ub、アルツハイマー型認知症 遺言無効 東京地裁平23.1.31 12 遺言内容が、当時の状況に合わない 遺言無効 東京地裁平21.8.6 8 アルツハイマー病と脳梗塞の合併した混合型痴呆症 遺言無効 東京地裁平18.12.26 10 遺言者は元々字が書けない。
他人に添え手をしてもらって書いた遺言無効 東京地裁平18. 7.25 2〜7 受遺者に求められるままに書いた
それまでの遺言と異なる遺言無効 東京地裁平16. 7. 7 14 公証役場に行くのを嫌がり、字の練習で書いた。書き写した。
それまでの遺言と異なる。動機、事情がない。
立会人(被告)が状況を説明できない遺言無効 東京地裁平10. 6.12 10 いつもぼんやりしており、自分の意思で何もできない 遺言無効