企画/総合管理センター/危機管理センター/バイオハザード/(生命科学)/結核/凶暴化する結核菌 |
Mycobacterium tuberculosis は・・・ ヒトの結核の原因となる真正細菌 |
トップページ/NewPageWave/Hot Spot/Menu/最新のアップロード 担当 : 里中 響子 |
プロローグ | ・・・ 輻輳する巨大危機の予感! ・・・ | 2014. 2. 8 |
No.1 | 〔1〕 結核は過去の病気ではない! | 2014. 2. 8 |
No.2 | 〔2〕 ニューヨーク市でのアウトブレイク! | 2014. 2.16 |
No.3 | <新たな知見とは・・・> | 2014. 2.27 |
No.4 | 〔3〕 結核菌の6つのファミリー | 2014. 4.24 |
No.5 | <結核菌は・・・宿主/人類と・・・“共進化” して来た! > | 2014. 4.24 |
No.6 | 〔4〕 薬剤だけでは対処は不可能? | 2014. 5. 2 |
No.7 | <新戦略・・・ “おとなしい菌株”を見方にする?> | 2014. 5.10 |
<参考文献>
日経サイエンス /2014 - 02
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プロローグ 輻輳する巨大危機の予感!
「里中響子です...」響子が、唇の隅に微笑を浮かべ、頭を傾げた。「みなさん、お久しぶりです... 《危機管理センター》 の仕事は、随分、久しぶりになります。 しばらく、《短歌/万葉集》 の方に集中しておりました。ブランクは、厨川アンに依頼していたのです が、今回は、一緒の仕事になります...
ええ...世界体制/戦後の民主主義体制が揺らぎ始め...民主主義が劣化・空洞化・陳腐化してい く中で...経済ダイナミズムが、グローバル化し、暴走...いよいよ、最終コーナーを回り始めたようで す。つまり、世界経済・世界金融の破綻が...現実味を帯びてきた...ということです。 いよいよ...この大衝撃にも備えておくべきでしょう。私たちは、この 巨大な危機感 が、杞憂(きゆう/ 取り越し苦労)に終わることを望んでいます。しかし、有限な地球表層はすでに、大型哺乳動物/ホモ・サピ エンスと人類文明で、過飽和の状態です。崩壊は必至です... ええ... 《危機管理センター》 の掌握する 〔21世紀・大艱難〕 は、大きくわけて4つのパターンが 予想されています...ええと...これですね...」 響子は肩を回し、スクリーン・ボードを眺めた。
①、世界経済・世界金融の破綻・・・軍事衝突/文明による生態系の変容・・・も含む・・・ ②、感染症パンでミック・・・新型インフルエンザ/新興感染症の類・・・SARS(/新型肺炎)、エイ ズ、エボラ出血熱等・・・ (全生態系のホメオスタシス/恒常性が...ホモ・サピエンスの天敵として起動している可能性のある...生 物的要因。細菌・微生物に対する抗生物質の劣性/耐性も...ここに入る...) ③、気候変動による・・・大干ばつ/飢饉・飢餓・・・地球表層世界の相転移/種の大量絶滅 ・・・も含む・・・ (温暖化・寒冷化の地質年代的変動、惑星規模の地球内部の変動、全球凍結も...ここに入る...) ④、人類文明の関与しない・・・地球近傍天体の衝突・・・ (これは、人類文明のテクノロジーで対処して行くことになる...)
「ええ...」響子が、アゴに手を置いた。「地球近傍天体の衝突は、別格ですが...これらは、輻輳(ふく そう/方々から色々な事が、1か所に集中すること)して...波状的に...同時・相乗的に...襲って来るということ です。 また...これは、全く別の視点になりますが...文明史的・超偶然/ストーリイ性の世界軸の奇跡に より...地球近傍天体の衝突も...同一軌道上にあることを、否定しません。私たちがまだ...その 道理を理解していない...だけなのかも知れません... 《危機管理センター》 としては...その可能性さえ、否定するものではないという事です。これは、 強いて言えば、<神話/神の領域>に属することですが...<神話>が何故...人類文明史の中 に散見されるかを考慮すると...無視するわけには、いきません...」
〔1〕 結核は過去の病気ではない!
「はい...」厨川アンが、ゆっくりうなづいた。「ええ...始めます... 結核は、かつて...貧富の差別なく...ヒトの肺を血痰(けったん)で埋め...命を奪ってきました。俳人 /正岡子規も、従軍記者として日清戦争で大陸にわたっての帰路、船上で喀血(かっけつ)しています。樋 口一葉も、『たけくらべ』、『にごりえ』、『十三夜』といった秀作を残しつつ、24歳の若さで、肺結核で他界 しています。 ようやく...20世紀初頭になり...人類文明は結核にも、対応が可能になって来ました。公衆衛生の 普及と、生活水準の向上...そして、抗生物質...また、そこそこ有効なワクチンも、牛痘の接種以来、 研究が続いていました」
「そうですねえ...」バイオハザード・担当/夏川清一が、口を開いた。「ええと... 2011年には...貧しい国々を中心にして、世界で約900万人が罹患(りかん/病気にかかること)し...約 140万人が死亡しています。 21年前/1990年と比べると...死亡率は1/3以上減少していて、状況は改善しているように見え るわけですが、コトはそう簡単ではないようです」 「はい...」響子が、厳しい表情で唇を結んだ。
「新たな...」夏川が言った。「遺伝学的な研究によれば... 結核をもたらす...結核菌/ Mycobacterium tuberculosis は...かってないほど強力で、致死 性の高いもの...になりつつあると言います。一部の菌株(きんかぶ/微生物の単1種が一定量まとまって生育してい る状態)が、標準的な抗生物質に、耐性を持つようになったというだけではありません」 響子が、うなづいた。 「一部の研究者は...」夏川が続けた。「結核菌は、予想外の極めて危険な道をたどって、“進化” して 来たと考えています。 彼等は、“結核菌が・・・7つの遺伝的系統”に分類できる、とも見出しています。 そのうち、少なくとも1系統は...“驚くほど毒性が高く・・・薬物耐性を獲得しやすく・・・人口密度の高 いグローバル世界で・・・結核を広めるのに適している”...ということです」 「うーん...」響子が、細い指を組んだ。 「それから、もう1つ...」夏川が、指を立てた。「現在、行われている治療法とワクチンが...結核菌が “難治性”になるのを、“助長”している恐れがある...とも言います」 「あの...」響子が言った。「いいですか...結核菌は細菌ですし、抗生物質の方ではないのかしら。ワ クチンも、あるのかしら?」 「BCGワクチン(/結核予防のための生菌ワクチン)ですわ...」アンが、微笑して言った。「子供の頃、受けたこと があるはずですよ」 「あ、はい...」響子が微笑した。「BCGワクチンなら、受けました...」 「細菌は抗生物質で...」アンが、説明した。「ワクチンはウイルス、というわけではありません... 〔ワクチン〕というのは...“無毒化・・・あるいは弱毒化した病原体”から作られ...弱い病原体を注 入することにより、“体内に・・・抗体”を作るものです。これは、結核菌にも有効です。つまり、“免疫作用を 利用”するものです。 〔抗生物質〕は...“微生物が産生し・・・他の微生物などの・・・生体細胞の増殖や、機能を阻害する 物質の総称”です。広義には、“抗ウイルス剤”や、“抗真菌剤”、“抗ガン剤”も含まれます...」 「はい!」響子が、コクリとうなづいた。 「最初の...」アンが言った。「...抗生物質/ペニシリンは... 1928年(/昭和3年・・・アレクサンダー・フレミングが発見/1945年にノーベル生理学医学賞受賞)に発見されたのですが、結 核菌には効きませんでした。 第2次世界大戦の終結(/1945年=昭和20年)の翌年/1946年になり...ストレプトマイシンの結核菌 に対する 臨床効果が発表されています。 日露戦争で敗れたロシアから...アメリカへ渡った、セルマン・ワクスマンが発見したものです。彼も、 1952年に、ノーベル・生理学医学賞受賞しています。 “BCGワクチン”の方は...1796年に、エドワード・ジェンナーが、“世界初のワクチン・・・牛痘接種” を行い、そこからワクチンによる感染症予防の有用性が知られるようになりました。そこが、スタートです」
「まあ...」夏川が言った。「BCGワクチンは...部分的な効果しかない、唯一のワクチンでしょう...」 「BCGワクチンは...」アンが、説明した。「“弱毒生菌ワクチン/生ワクチン”ですわ... 死菌ワクチンや成分ワクチンとは異なり、.効果が半永久的に持続します。それから、.死菌ワクチンで は誘導できない、細胞性免疫(/マクロファージや、細胞傷害性T細胞などによる免疫・・・細胞内感染の排除に必要)が、誘導可 能です。 結核菌は細胞内・寄生体ですから...特に活性化マクロファージによる...細胞性免疫が感染防御 に重要となります。死菌ワクチンや成分ワクチンでは、十分な免疫が得られないため、弱毒生菌ワクチン が必要なのですわ」 「はい...」響子が、髪を撫で上げた。「これまでにも、何度か聞いているはずなのですが...専門外で すので、詳しいことは忘れてしまいます」 「そのために...」アンが、笑った。「私たちがいるのですわ、」 「ほほ...そうですね、」
「話を戻します...」夏川が言った。「ええと、いいですか... “不完全な治療” によって...抗生物質に、“耐性を持つ・・・結核菌株”が生じることは...以前か ら知られていたわけです。しかし、最近、治療がうまくいったとしても、それがかえって、“問題を起こす ・・・可能性”があることに...臨床医たちが気づき始めたと言います。 “毒性が低く・・・増殖が遅い結核菌株が・・・治療によって一掃されてしまうと・・・より攻撃的で、迅速伝 播する菌株が・・・足場を固めてしまう”...ことに、なりかねない...と言います」 「そうですね...」アンが、ゆっくりと、うなづいた。「非常に、厄介な、難敵になって来ました...」 「“新しい治療法”や...」夏川が、コブシを握った。「“新しい診断テストの・・・標的・菌株”が... 現下の...“世界に広がりつつある菌株と、齟齬(そご/食い違い)が生じた場合”...大変なことにな りますねえ...取り返しがつかないことにも、なります。まあ、慎重に、コトは運ばれるでしょうが...」 「突然...」アンが言った。「“パンデミック/世界的大流行”が、始まる恐れもあるということですわ... “凶悪”な、“難治性”の、“結核菌”が...グローバル世界を、襲うかも知れないと...」
「うーん...」響子が、コブシを口へ運んだ。「 《危機管理センター》 は... 本来、こうした戦略的危機/世界レベルの危機を考察することが仕事です。“原子力・ムラ/原子力 サークル”のように...“安全神話の中で惰眠し・・・寝た子を起こすな”、というような組織とは違いま す。なおのこと、しっかりと考察を重ねて行きます... でも...いずれにしても、基本的には...“反グローバル化/文明の折り返し” というスタンスで、 〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕 を展開して行く...ということで、間違いはないと思います。そ れにしても、病原体として...どういう対処方法があるのでしょうか?」 「まあ...」夏川が腕を回し、モニターに目を投げた。「そうですねえ... 米国立アレルギー感染症研究所/結核病学/チーフ/バリー(Clifton E Barry Ⅲ)は...“目標はおそらく ・・・結核菌を根絶することではない”、と言っています。彼を含めた何人かの研究者は...“病気を引き 起こす・・・結核菌を根絶やしにする方法ではなく・・・毒性が低く、休眠状態が続く可能性の高い菌を・・・ 助ける方向に向かうべきだ”...と考えているようです」 「そうした...」アンが言った。「均衡を達成するのは...非常に難しい...複雑な仕事、になりますわ」 「うーん...」響子が、コクリとうなづいた。「はい... ともかく... 《危機管理センター》 としては、“反グローバル化/文明の折り返し” というスタンス で...“万能型・防護力”/〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕 の展開で...対処しようと思いま す... 〔自給自足型・人間の巣〕は...パンデミック にも、世界経済の破綻 にも...気候変動 にも、最高 度の防御力を発揮し...生態系と協調 して、存続が可能 です...」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「その方向で...“間違いはない!”...と思います...」
〔2〕 ニューヨーク市でのアウトブレイク!
「さあ...」アンが、赤毛を耳の後へ撫でた。「コトの始まりは、1986年でした。もちろん、このニュースは 世界中に発信され、東京でも非常に緊張感が高まったのを覚えています...」 「はい!」響子が、唇を結んだ。 「この年... アメリカ/ニューヨーク市当局は...“抗生物質の効かない・・・耐性/結核の・・・大流行” ...と いう、不意打ちを食らいました。 この制圧には...10年の歳月と...数億ドルの資金と...多大な努力を...要したと言われていま す。一連の、結核に関する最新発見も...ここに端を、発しています。 この時の主要な対策は...“発症している患者を厳重に追跡 ・・・ 複数の抗生物質 による治療・・・ これを 6 ~ 9ヵ月 受けさせる・・・”...というものでした」 「はい...」響子が、うなづいた。「“ 複数の抗生物質 を・・・ 6 ~ 9ヵ月 ”...ですね?」 「そうです...」アンが言った。「結核菌を全て殺すには、2年もかかるケースもありますわ... ともかく...専門家たちは、ニューヨーク市当局も含めて...“結核は・・・抑え込める感染症”... と強い自信を持っていたといわれます。 そのために、“症例を発見する・・・多くのプログラムは中止” されていました。結核のための、“研 究資金も・・・大幅に削減されていた” と言います。 【NIH/米国立衛生研究所】は、1985年に結核研究に支出したのは、“たった30万ドル”。“研究 者の数は・・・ミニバン1台に収まるほどの人数” と形容されています」 「うーん...」響子が、微笑を浮かべた。 「ちなみに...」アンも、口元で笑った。「ニューヨーク市というのは... 過去1世紀以上にわたって...“結核による被害が最も大きく・・・結核に対する公衆衛生対策が・・・ 世界的にも最も進んだ地域”...だったのです。ところが、1980年代後半には、“結核治療に当たる 診療所は・・・たった8カ所” という...撤退状態になっていた様子です」 「うーん...」響子が、頭を斜めにし、腕組みをした。「東京は、どうだったのでしょうか...?」 「そうですね...」アンが、眼鏡の端を押した。「当時を思い出せば...同様の状況だったのでしょう、」 響子が、うなづいた。 「さあ... こうした状況下で、“アウトブレーク”(/病気の感染が爆発的に広がること)が起こりました。“結核発症数の・・・ 着実な減少はストップ・・・予告なしに・・・再び増加” へ転じました。 もはや...“標準的な抗結核薬では・・・面倒な投薬処方を守る患者でさえ・・・期待どうりに感染を 抑えるられない状況” ...になりました...」 夏川も、無言で、腕組みをした。
「衛生当局は...」アンが、モニターを見て言った。「考えられる理由を、すべて検討したと言います... まず...“新規症例の多くは・・・最近移民してきた人々”であり...“その1部は・・・HIV(エイズ) 患者” ...だったことです。このことは、理屈に合っていた様です。 もともと...世界人口の約1/3は、結核菌に潜在感染している保菌者です。ストレスや別の病気など をきっかけに、結核菌が活発化すると...結核菌と免疫反応の両方が...肺組織を攻撃するようにな るのです。そして、他の人にも感染するようになります...」 「うーん...」響子が、バレッタ(/髪留め)に手をやった。 「移民は...」アンが、スクリーン・ボードの世界地図を眺めた。「東南アジア、東アジア... それから、メキシコから流入していました...これらの地域は、結核の罹患率が、アメリカよりも10~ 30倍も高かったのです... それから、1980年代の半ばに...“HIV患者の・・・結核感染率が高かった” のも...要因の1つ と思われました。“HIV感染者の免疫系が・・・抑制/システムダウンしているために・・・潜在感染 が活発化しやすかった” と...思われます」 「はい...」響子が、瞼を閉じ、深くうなづいた。「HIVウイルスが...免疫系をシステム・ダウンさせた ために、日和見感染(ひよりみかんせん/免疫の働きが低下している時に、健康な人では感染しない、病原性の弱い微生物に感染す ること)しやすくなり...潜在感染も顕在化した...ということですね?」 「そうですね...」アンが言った。「でも...こうした一般的知見では... このニューヨーク市における...結核の “アウトブレーク・・・の全て” を...説明することはできな かったのです...」
「その通りです...」夏川が、白衣のポケットに手を入れた。「当時、 “ニューヨークで発生した結核” は、かなり異質なものでした... “基本的には・・・ 体が弱く ・・・病気にかかりやすい人々の間” ...に広がったわけですが...“過 去数十年間に・・・ 経験しなかった速さで伝播 し・・・さらに、はるかに高い死亡率” ...を示したので す。 “何か・・・他の原因が・・・結核の再興を引き起こしている”...と思われたのです。そうした中で、 フロリダ、ハワイ、テキサス、カリフォルニアでも...結核による死亡者が始めました。“何かが起こっ ていた” わけです」 「うーん...」響子が、口に指を当てた。 「まあ...」夏川が、アゴをこすった。「答えは... 少なくとも...答えの1部は...“これまで認識されていなかった・・・結核菌群の活発化”...で した。“従来の結核菌よりも・・・伝播しやすく・・・致死性も高いもの”...ということでした...」 「はい...」響子は、スクリーン・ボードの、当時のニューヨーク市の風景を見つめた。 「“従来の菌”は...」夏川も、その風景を見ながら続けた。「“増殖が遅く・・・たとえ治療をしなくても・・・ 初期感染の後で・・・長い休眠期 に入ることが多い” のです。“感染した体は・・・免疫反応を動員し・・・ 細菌を肺に生じた空洞・・・に押し込める” のです。 “体と菌は・・・不安定な休戦状態 に入り・・・数十年間 続くこともある” という事ですねえ...」 「それが...」響子が言った。「それが、“従来の・・・結核の姿” という事ですね?」 「そうです...」夏川が、うなづいた。「それを、抗生物質やワクチンで叩くという事になります... いわゆる...“ワクチンは・・・抗体を作り・・・免疫システムを誘導” しますが...結核菌に有効な、 “抗生物質/ストレプトマイシンは・・・細菌のタンパク質の合成を阻害・・・成長や代謝を停止させ る”...というものです」 「よく知られているペニシリンは...」響子が言った。「どのように効くのかしら?」 「“ペニシリンは・・・β - ラクタム系抗生物質で・・・真正細菌の細胞壁の主要成分/ペプチドグリカ ンを合成する酵素と結合・・・その活性を阻害” ...しますね、」 「はい...」響子が、コクリとうなずいた。「つまり... その2つ...ワクチンと抗生物質が、細菌やウイルスに対する、人類文明が持つ主要な武器というこ とになるわけですね?」
「そうですね...」アンが、長い赤毛を絞った。「公衆衛生の向上が、大きいわけですが... ワクチンと抗生物質の獲得は、人類文明の安定に大きく貢献しています。ここが微生物に対する、人 類文明の防御ラインです。 そして、ここが...グローバル化により...“非常に・・・脆弱な状況” に陥っています。私たちが思っ ているよりも...“人類文明は・・・はるかに不安定な・・・バランス上” に、危うい形で...高杉・塾 長の言葉を借りれば...“意志的に・・・成立/存在・・・”...しています」 「はい...」響子が、満面で微笑した。「【人間原理空間】の考えですね、」 「ほほ...」アンが、うなづいた。 「でも...」響子が、顔を引き締めて言った。「ともかく... “輻輳する・・・巨大危機の1つ・・・感染症パンでミック” ...が恐いですね。“パンデミックは・・・ グローバル化世界の輸送網/物流を停止させ・・・世界経済を破綻させ・・・飢餓を生み出し・・・ 世界人口を震撼” ...させます。 “億単位の・・・犠牲者” も、覚悟しなければならないでしょう。いずれ、必ず... “有限な地球表層 の生態系で・・・ホモサピエンスの激減” ...は訪れるわけです。 《危機管理センター》 としても、で きるだけのことは、するつもりです」 「エボラ・ウイルスや、HIV(/ヒト免疫不全ウイルス・・・エイズ・ウイルス)のような...」アンが言った。「アフリカ発生 の新興感染症も恐いですが、中国大陸南部の発生の、新型インフルエンザの脅威も、ますます高まって 来ています」 「そうですね...」響子が、うなづいた。「“新型肺炎・SARS”の恐ろしさも、記憶が薄れて来ています」
「まさに...」夏川が、頭を両手で包んだ。「パンデミックは...怖いですねえ...」 「うーん...」響子が、ゆっくりとうなづいた。「それに比べたら... 安倍・政権の“戦争ゴッコ” は、“のどかなもの”ですわ。“真の危機” はそんな所にはありません!」 「ま...」夏川が、笑った。頭に置いた両手を、後ろに滑らせた。「何で、こんな事になっているのか...」 「私たちは...」響子が、固く手を組み合わせた。「ともかく... “反グローバル化/文明の折り返し”を提唱し...〔自給自足社会・・・人間の巣/未来型都市/ 千年都市〕 の...全国展開/世界展開を推進していく...ということですわ!」 「はい!」アンが、大きくうなづいた。
<新たな知見とは・・・>①
この...“新たに特定された・・・結核菌群は・・・北京型” と呼ばれています。この命名は、後に最 大規模な集団感染が、中国/北京(ペキン)で起きていたことに由来します。 “北京型”は...最終的には、“結核菌の・・・6つのビッグ・ファミリのー・・・1つ”、と判明します。ち なみに、“7番目のファミリー”が...ええと...2013年前半までに報告されています。しかし、このファ ミリーはこれまでのところ、アフリカ大陸の東端/アフリカの角と呼ばれる地域に、限定されていますね」 「アフリカの角というのは...」響子が言った。「ソマリアですね?」 「そうです...」夏川が、うなづいた。「海賊騒ぎのある...紅海入口のソマリアと...エチオピアの1部、 を含みますかね」 「はい...」響子が、アンが拡大した、アフリカ大陸東部の地図を眺めた。 「実は...」夏川が言った。「1990年代前半までは... “ヒト結核菌”に...“複数のファミリー”が存在することすら、認識されていなかったのです。いわゆ る結核菌株が...複数のグループに分類される可能性が見えてきたのは...1991年でした。 この年、アメリカ/サンフランシスコ/“ホームレスの・・・HIV感染者保護施設”で起こった、結核のアウ トブレイクだったのです。この施設で、驚くべきことが判明しました。“過去4ヵ月間に・・・当該施設で結核 になった・・・14人の内の11人は・・・同じ菌株に感染” していた...というものです。 これは...“患者の結核菌株が・・・同じDNAフィンガープリント・・・DNAコードパターン”...を 持っていたことによって...確認されました、」 「はい...」響子が、頭を横にした。 「重大なのは...」夏川が言った。「14人の内、11人は、同じ菌株に感染していた、と言うことです... つまり、この11人は...専門家なら常識となっていた...“結核菌の潜在感染が・・・再活性化”した ものではなく...“最近・・・HIV感染者保護施設内で・・・感染した”...ということです。 まあ、“再活性化”ならば...“遺伝学的プロフィール・・・DNAフィンガープリント/DNAコードパ ターンが・・・異なるはず” ...なのです」 「はい、」響子が、うなづいた。 「加えて...」アンが、指を立てた。「初感染から... 症状が出るまでの...“病気の進行が・・・極めて速かった” ...のです。それから...“他の人への 感染も・・・短期間に起っていた” ...のですわ、」 「その通りです...」夏川が言った。「これは、“重大な警鐘” になったと... ええと...当時、サンフランシスコ総合病院で、実習医として担当していた...スモール(Peter Small/ 現在はビル&メリンダ・ゲイツ財団の上席プログラム責任者)が言っています。 それまで研究者たちは...この“HIV感染者保護施設”でのアウトブレイクは...“新たな感染による ものではない” 、と考えていたわけです。“施設内のHIV患者の・・・免疫力の低下” で...“潜在化して いた結核菌が・・・再活性化・・・発症した” ...と確信していたわけです」 響子が、無言でうなづいた。 「それから...」夏川が言った。「アンが言ったように... “この結核菌の・・・感染の早さ・・・病気の急速な進行” を知り...愕然としたと言います。“HIVと結核 が相乗的に・・・免疫系を攻撃 しているように思われた”...と言っています」 「HIVと結核が...」響子が、アゴに指を当てた。「相乗的に、免疫系を攻撃...と言うことですね?」 「まあ...」夏川が、白衣のポケットに手を入れた。「そう思われた...と言っています... ところが...研究チームが、流入してきた移民にまで調査対象を拡大すると...“遺伝子調査の結 果は・・・予想どおりのパターンに回帰した” ...ということです。つまり、“症例のほとんどが・・・潜在 感染の・・・再活性化” であることが...示されたと言います」 「うーん...」響子が、深くうなづいた。 「でも...」アンが、赤毛を撫でた。「これらの、結核菌株は... 全てが、同じ速度で、感染拡大していたわけではなかったのです。当時は、どの菌株も、同じような振 る舞いをすると考えられていました。“結核菌は1種類/ 1つのファミリー” と、考えられいたからです。 ところが...ある患者の “結核菌の・・・DNAフィンガープリント” が、市のあちこちの患者から見つ かる一方で...“症状のよく似た・・・別の患者のDNAフィンガープリントは・・・他に見られない” と いうことを...突き止めたのです。これは、何を意味するのか? 当時としては、かなり過激な見解でしたが...“結核菌の・・・別のファミリー” ...の存在を示唆 し たと言うことです」 「うーん...」響子が言った。「大変な発見ですね...」 アンが、うなづいて、言った。 「この...古い付き合いの... 結核菌に関する新たな発見は...まず、公衆衛生上...重要な意味を持っていました。最前線の医 師は...“結核菌の伝播を抑え・・・患者の治療完了の・・・確認”に...一層の努力を払う必要が、出て きました。 一方、研究者は...“結核菌自体の・・・知見を・・・見直す必要”に、迫られました。結核菌が、最初に 人類/人間に感染した時期を含めて...根本から再検討することを...余儀なくされました」 「そうです...」夏川が言った。「“ヒト型結核菌”が... 長年、考えられていたように...“1つの大きなファミリー” に属していて、同じ方法で病気を引き起こし ているなら...結核菌の登場は、“かなり最近”のことになります。おそらく、1万年ほど前...後期・旧 石器時代(/地域によって異なるが・・・約3.5万年前~約1.2万年前の期間)の後、ですね...」 「そうですね...」アンが、唇に指先を立てた。「紀元前1万年 ~ 紀元前8000年ないし6000年頃の期 間です... 地球の最後の氷河期が後退しはじめ...気候が温暖になり...植物が繁茂し...動物が増え... 人類が採集狩猟で食物を得やすくなった時期です...その頃に、“ヒト型結核菌”と人類との関わりが始 まった、という考えです...」 「しかし...」夏川が、引き取って言った。「どうやら、そうではなかった、様子です... “異なるファミリーが進化し・・・異なる速度で広まってきた” のなら...この場合は、結核菌はこれ まで考えられていたよりも、はるかな昔から、 地球に存在していた、と考えられます。そうでなければ... “複数のファミリーに・・・多様化する時間は・・・なかったはずだ” ...という考えです...」 「うーん...」響子が、椅子の背に、上体を引いた。「“多様化する・・・時間”...ですか...」 「そうです...」
「ええと...」アンが、モニターをのぞきながら、片手を上げた。「2005年に... フランス/パリ/パスツール研究所の研究者が、遺伝子解析を行っています。それによると...“結 核菌は・・・早ければ、300万年も前に・・・先祖種から進化した・・・可能性” を...示していますわ」 「ま...」夏川が言った。「今後の...研究を待つことになるでしょう...」 「はい...」響子が、うなづいた。「300万年前と言うと...原人が生まれたころかしら?」 「ええ...」アンが、微笑をこぼした。「言われてみれば...そうですね... アウストラロピテクスのルーシー(/1974年11月24日に・・・エチオピア北東部/ハダール村付近/アワッシュ川下流域のア ファール渓谷で・・・アファレンシスの有名な個体/ルーシーが発見された。全身の約40%にあたる骨がまとまって見つかった・・・女性。ルーシ ーという名前は、ビートルズの楽曲/『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』にちなんで付けられた。)は...318万年前の、 化石人類/化石人骨ですね... もし、そうだとすれば...結核菌はその頃からの、長い付き合い、と言うことになるのでしょうか...」 「うーん...」響子が腕組みし、頭を傾げた。
〔3〕 結核菌の6つのファミリー
「さて...」夏川が言った。「1991年... サンフランシスコの“HIV感染者保護施設”で、結核のアウトブレイクが起こり...ここから“結核の新 しいファミリー分類”への、可能性が出てきたわけです。 サンフランシスコ周辺のベイエリア(/港湾地区)は...“結核菌は特定の地域に関連・・・複数の菌株 に分類できる”...とする仮説の検証に、最適の場所だったようです。アフリカ、南米、東欧、アジアな ど、さまざまな地域から移住してきた人々が、まさに混在していました。色々な意味で、世界の縮図だっ たわけです。 2000年代/初め頃だとありますが...サンフランシスコのアウトブレイク時に、ホープウェル(/著名な 結核の専門家)やスモール(Peter Small/ホープウェルの下で働いていた。現在はビル&メリンダ・ゲイツ財団の上席プログラム責任者) と共に、当時作業に当った人々を中心に、研究チームが作られいていました。 研究チームは、様々な結核患者から採取したサンプルを調べ、ここから、“細菌ゲノムの・・・分子マ ーカーを・・・比較する研究”、が始まったようです」 「はい、」響子が言った。
アンが、スクリーン・ボードの世界地図に、“結核菌の・・・遺伝子解析データ”を重ねた。それによると、 結核菌は人類がアフリカから大移動を開始した、“7万年前 ~ 6万年前には・・・既に存在していた”... と示されていた。 結核に感染した人々が、世界中に広がって行く間に...“ヒト型/結核菌”は進化、“少なくとも・・・ 7つの系統/7つファミリー” 、に分化/多様化していたようだった。“7つ目” は...極最近/去年/ 2013年に特定されていて、≪今の所・・・アフリカの角/ソマリアに限定的≫、とコメントが入っている。
「ええと...」夏川が、白衣のポケットに手を入れた。そして、スクリーン・ボードを眺めた。「ともかく... 1991年から2001年にかけての10年間に...80カ国の出身患者/875菌株を分析し、1部の菌株 だけに見られる、“DNA断片を・・・幾つか特定”、したようですねえ。 これらの違いから...“結核菌株全体を・・・6つの主要ファミリーに・・・分類できる”...と突き止 めたようです」 「はい、」響子が、小さくうなづいた。 「“6つのファミリー/6つの系統” は... それぞれ、世界の異なる地域に起源をもつとみられています。また、それらの地域では、今も感染をし 続けているようだということです... “古代系統は・・・3種類”...“2つは・・・西アフリカのみに分布”...“残り1つもアフリカ起源で ・・・6万年以上前に・・・インド洋に沿って移動した人々に運ばれた様子だ” ...ということですねえ」 「うーん...」響子が、半身を傾げた。 「“他の3系統”は...」夏川が、スクリーン・ボードを見ながら言った。「やや新しいものです... これらは、“1つは・・・西ヨーロッパで進化し・・・19世紀の終わりに、アメリカ大陸に渡った系統” であり...“1つは・・・北インドの系統”であり...“1つは・・・東アジアの系統”(/北京型は、この系統の主 要メンバーと判明)...ですね、」 「はい...」響子が、うなづいた。「そして... “7つ目の系統”が、アフリカの角/ソマリアで確認されている、と言うことですね」 「そうです... “全ての系統”が存在するのは、アフリカだけのようです。“ヨーロッパ・アメリカ系統”は、広範囲に分 布し、“東アジア系統/北京型” は、“全世界に・・・急速に広がりつつある”、というわけです...」 「“北京型”の拡大は、」響子が、確認した。「2000年当時も...と言うことでしょうか?」 「そうです...」夏川が、うなづいた。「現在も、です... “北京型は・・・日本を含む東アジア地域において・・・現在/高蔓延状態にある系統”です。そして、“全 世界で・・・急速に拡大している”、ようですねえ」 「うーん...」響子が、口にコブシを押しあてた。「サンフランシスコのベイエリアでは... まさに様々な結核菌株が、同時に存在していたというわけですね。結核は、感染拡大するのではなく、 休眠状態の菌が、HIV/エイズなどの発症で刺激され、覚醒すると考えられていたわけですね。ところが、 “凶暴な・・・新興の結核菌/北京型”が、アウトブレイクを引き起こしていた、ということですか」 「そういうことです...」夏川が、大きくうなづいた。 「ええと...」アンが言った。「“北京型”というネーミングは...後に、最大規模の集団感染が、中国/ 北京で起こっていたことに由来します」 「“北京型・・・菌株”が...」響子が言った。「世界中を脅かしつつあるわけですか...中国の大国とし ての台頭と似ているのでしょうか、」 「ハハ...」夏川が、白衣のポケットに手を突っ込んだ。「一番困っているのは...最大規模の集団感染 を引き起こした中国でしょう」 「そうですね。中国では、“新型肺炎・SARS”も起こっていますし、」 「2002年の“SARS”(サーズ)は...」アンが言った。「パンデミック(世界的大流行)にはならなかったものの、 全世界を震撼させましたわ」 「アフリカ大陸の内陸部と...」響子が言った。「中国大陸の南部は...今後とも要注意ですね」
「さて...」夏川が言った。「リアルタイムの問題は、ひとまず置くことにしましょう。ここでは、“参考文献” に従って、まず、全体風景を眺めてみましょう」 「はい、」響子が、うなづいた。
<結核菌は・・・宿主/人類と・・・“共進化”
して来た! >
②
この当時...アメリカ/ワシントン州/シアトル/システム・バイオロジー研究所/ギャノー(Sebastian Gagneux)は...スタンフォード大学(/カリフォルニア州スタンフォードに本部を置く)/集団遺伝学者/フェルドマン (Marcus Feldman)らとともに、“6つの系統の・・・先祖の歴史”、をたどったようです。 ギャノーらは、89個の重要な遺伝子(/大部分は細菌の生存に必要不可欠なもの)のDNA塩基配列を比較するこ とで、結核菌の各系統が、“どのぐらい古くから存在したか・・・地理的な移動はどのようなものだっ たか”を、推定したといいます。 ちなみに...ギャノーたちが調べたのは、“ハウスキーピング遺伝子”と総称される遺伝子群ですね」 「面白そうな名前の遺伝子ですね、」響子が、微笑して言った。 「あ...」アンが、顔を崩した。「ええと... “ハウスキーピング遺伝子”は...多くの組織や細胞の中に、一定量発現する遺伝子のことです。常 に発現していて、細胞の維持・増殖に不可欠な遺伝子群ですわ」 「ふーん...だからハウスキーピング(/家事全体、家事代行)ですか?」 ます」 「はい、」響子が、コクリとうなづいた。「そして... オーケストラの楽器のように、統一されたメロディーを紡ぐように、エピジェネティック・ランドスケープ (後成的遺伝風景)を発現していく....ということですね?」 「そうです... つまりオーケストラの楽器ように、手持ちの遺伝子が、全て稼動状態にあるわけではありません。それ だと単なる雑音です。楽器は、奏者と指揮者のタクト(指揮棒)に従って繊細に稼動することにより、芸術に まで昇華します。 その一方...細胞では、維持・増殖/新陳代謝に必要な遺伝子は、常に稼働状態にあります。ほとん どの組織や細胞で、“常時ほぼ一定量が稼働”しいているのが、この種の遺伝子なのです」 響子が、コクリとうなづいた。 「つまり...」夏川が言った。「細菌が保存されるように、強い選択圧のかかった遺伝子群です... しかし、微妙な言い方ですが、これは結核菌にとって生存に有利どころか、害になる可能性が高い遺 伝子でもあるのです。ただし...機能に関係のない変異は、時間とともに積み重なって行きます...」 「うーん...」響子が、口に手を当てた。 「ともかく...」夏川が言った。「いいですか... 菌どうしの近縁度が高いほど...“ハウスキーピング遺伝子”の、“配列の・・・一致する度合い”も、高 くなります。また“ハウスキーピング遺伝子”の、“バラツキが・・・大きい菌株ほど・・・古い系列に属する”、 ということになります」 「はい...」響子が、慎重にうなづいた。「分子進化、とか言うのかしら?」 「そうです...」夏川が言った。「“分子系統学”ではです... ギャノーらが打ち出した理論によれば...“一番古い・・・アフリカ由来の系統”は...まず、散らばっ て暮らしていた、小さな狩猟採集民集団に根を下ろしました。この状況下では、伝播の機会が限られてい るために、結核菌の特徴である、“潜伏する性質”、が生じたと見ています。 これは例えば...子供に感染すると1世代の間潜伏をし続け、新しい家族ができる時期に再活性化し て、また感染ができるようになる...というものです。 “潜伏する性質の獲得”です。 やがて...古代人が地域を越えて移動しはじめると、結核菌も一緒に移動しました。そして、人口増 加につれて、“インド洋沿岸系統”が進化したと見ています。その後の、移動と人口増加は、結核菌にと っては“絶好の環境”となります。 そこでさらに...“3つの・・・新しい系統”が生まれ...宿主に適応して行ったわけです」 「人類のみが...」アンが言った。「頻繁に旅をし、交易を行い、都市を形成し、大きな戦争を行い、大量 に死ぬようになりました。結核菌はそうした、“人間活動/人類文明と共に進化し・・・発病頻度を増 大し・・・より重症化を引き起こす”...ようになって来たようです」 「それが...」響子が、目を細めた。「現在の状況ということですね... 生態系における...“壮大なホメオスタシス(恒常性)の因子/・・・人類の天敵”を...地球ガイア(/全地 球的人格/“36億年の彼”/・・・ガイアは、ギリシア神話に登場する女神で地母神・・・大地の象徴)が、ヒエラルキー(/ドイツ語で・・・ 階層制や階級制のこと)の上位レベルで...醸成して来たのだと?」 「いえ...」アンが、赤毛に指をさし入れた。「そこまでは、言っていません... ただ...“共進化” してきたようだ、ということですわ。響子さんは、“新興感染症”もそのスタンスで俯 瞰(ふかん)したいようですが...私の立場からは、そこまでは踏み込みません」 「ええ、」響子が短く答え、うなづいた。
「さて...」夏川が言った。「いいですか... 系統間の“遺伝子クラスタリング解析”(/クラスタリング (clustering) とは、分類対象の集合を、内的結合と外的分離が達成さ れるような・・・部分集合に分割すること)によって...結核菌が、宿主/人類と共に進化してきた証拠が...得られ ています。 ギャノーは...結核菌はアフリカ大陸を出て、またアフリカ大陸に帰ったという仮説を提唱しています。 “結核菌の・・・新興系統”は...古代人がアフリカを出て移動していく間に出現し...最近になってアフ リカ大陸に舞い戻り、再び顕在化してきた...と見ているようです」 「ふーん...」響子が、アゴを横に傾げた。 「いいですか...」夏川が、笑って手を立てた。「例えば... “ヨーロッパ・アメリカ系統”は...アフリカ、アジア、中東の、植民地化にともなって広がって行ったよ うです。“東アジア系統”は...17世紀・18世紀に、東南アジアの奴隷を介して南アフリカにわたり... そのあと中国人の金鉱労働者によって持ち帰られ...今もアジアで広がりが続いていると見ています」 「人類の人口増加と、」響子が言った。「産業革命の時代に重なってくるのでしょうか?」 「そうですね... ヨーロッパにおける大航海時代と、イギリスで始まった産業革命は、重要な要素でしょうねえ」 「その時代には...」アンが言った。「同時に、植民地とか奴隷とかがあったわけですね。それらと一緒 に、結核菌も移動したようです。まさに人類文明の、繁栄の影として拡大しているようですわ。非常に深 いレベルで、人類を知り尽くしてきただけに...今後、“手ごわい難敵”になるでしょう」 「うーむ...」夏川が言った。「そうですねえ... 近代(/世界の歴史における時代区分の1つ/・・・一般には封建制社会のあとの資本主義の社会。日本史では明治維新から太平洋戦争 の終結まで)というのは... 弱肉強食の、野生の喧騒が色濃く反映した時代でした。ヨーロッパ列強が世界に乗り出し、アメリカの 独立戦争があり、南北戦争があり...〔明治維新/・・・戊辰戦争〕では、アメリカの南北戦争の銃器が、 日本の需要増で、大量に流入しています。 “結核菌ファミリーの・・・多様化/世界への伝播”は...こうした“文明の・・・グローバル化の加 速”とも、深く関係しています。結核菌は、宿主/人類と、“何万年もの・・・複雑な共進化”を遂げてきた ことが示されています。そしてこれは、“現在も・・・進行中の関係”、だと考えられています...」 「うーん...」響子が言った。「マクロ(大きい)的な視野から眺めれば... やはり...“人類と、人類文明の影/・・・天敵としての進化”でしょうか。“永遠の生命潮流”の中 では、善悪・敵味方の概念はなく、ただ食物連鎖と淘汰圧力の時間が積み重なって行くだけですが... 人類の視点から眺めると、上位レベル/生態系のホメオスタシス(/恒常性)から来る、天敵の要因と...」 「うーむ...」夏川が、アンを見た。「そうですねえ... 確かに...生態系の復元力/ホメオスタシスが、人類文明の暴走に対し、何も対抗手段を持たないと は、これも考えにくいですねえ。そういう視点から俯瞰(ふかん/全体を上から見ること)すれば、“新興結核菌”の 問題は、もっと根本的に...文明的視点から考えるべき課題かもしれませんねえ...」 「はい...」響子が、うなづいた。「ありがとうございます... この、ハビタブル・ゾーン(/宇宙の中で、生命が誕生するのに適した環境と考えられている、天文学上の領域。生命居住可能領 域)もそうですが...生態系/遺伝子の海におけるホメオスタシス(/恒常性)も...極めて微妙なバランス の上に...奇跡的に存在しているようですわ...これを可能にしているのは何かしら?」 「おそらく...」アンが、慎重に言葉を漏らした。「“超越的・・・意識”、かも知れませんわ... 前にも話していますが...人体60兆個の細胞を、上位コントロールしているのは、セントラルドグマの レベルではなく、無意識を含む“意識”かも知れません。 高杉・塾長は...それが“超越的人格・・・36億年の彼”とリンクしていると言いますが、そうだとして も、謎が氷解するわけではありません...」 「はい、」響子が、うなづいた。「でも... 次世代のステージ...“文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代の...橋頭保(きょうとうほ/橋の対 岸を守るための砦)とは、なるかも知れません」
「うーむ...」夏川が、モニターを眺めた。「さて、何処だったかな... ああ、ここだ...ともかく、人類が過密な場所に住むようになると、必ず...“より攻撃的で・・・潜伏 期の短い結核”が、急速に広がったようですねえ。 一方...“古い菌株・・・/西アフリカ系統、インド洋系統”は...より人口密度が低い場所で広が る傾向があり、“進行の遅い・・・結核”...を引き起こしますねえ」 「どういうことでしょうか?」響子が聞いた。 「宿主が少ない場合...」夏川が言った。「毒性が強いということに、メリットはないのです... 宿主を短時間で皆殺しにしてしまえば、一緒に死に絶えるからです。まあ、1個1個の菌はそうした頭 脳は持たないでしょうが、“種の共同意識体”は別です。生態系の中で、膨大な生き残り戦略/戦術を展 開し、生態系の淘汰圧力/食物連鎖の喧噪を、喧(かまびす)しくしているわけです」 「はい...」 「その壮絶な... 野生の喧騒/食物連鎖/淘汰圧力は、まさに生態系の反応炉のようです。その反応炉が、莫大な生 体エネルギーを生み出しているようですねえ。ま、その生体エネルギーの実態をたどるのは、“文明の第 3ステージ/意識・情報革命”が、本格化してからになるでしょう... その次世代パラダイムは、まだ我々のステージ/“文明の第2ステージ/エネルギー・産業革命”から は見えていません...想像を絶する世界です...」 響子が、無言でうなづいた。
「ええと...」夏川が、モニターに目を投げた。「ギャノーは現在...スイス/バーゼルの、スイス熱帯公 衆衛生研究所(/スイスTPH)に在籍しているようです... そこで、結核の研究を率いているようですね。西アフリカ/ガンビアでの2年間にわたる研究が、ギャノ ーの“一連の推論”を裏付けているようです」 響子が、夏川がスクリーンボードに表示した、そのアフリカのスナップ映像を眺めた。 「ちなみに...」夏川が言った。「“新興系統の・・・結核菌株に感染した患者は・・・発症する可能性 が・・・ほぼ3倍高かった”...ということです。 そのために、発祥の地であるアフリカでさえも...“より攻撃的な結核菌株が・・・最も古い2つの系 統の菌株に・・・取って代わろうとしている”...ということです」 「この...」響子が言った。「“より凶暴な・・・新興系統の結核菌株が・・・世界中で拡大している”... ということですね?」 「そのようです...」夏川が、椅子の背に体をあずけた。「非常に危険な状況に、向かっているということ です」 「はい!」響子が、唇を引き結んだ。
〔4〕 薬剤だけでは対処不可能?
感染者保護施設”で、例のアウトブレイクが起こって以来...集められて来た全データは一貫して... “東アジア系統/・・・北京型の菌株”が...“特に危険”であることを示しています。 “より・・・容易に伝播”し... “より・・・重篤(じゅうとく/病状が非常に重いこと)な病気”を引き起こし...“抗 生物質の・・・耐性獲得能力についても・・・特に高い! ”...ということです」 「はい...」響子が、バレッタから首筋の方へ細い指を流した。 「これ以前に...」アンが続けた。「1980年代~1990年代にかけて... ニューヨークで起こった結核のアウトブレークでも、拍車をかけた攻撃的な菌株は“北京型”と、後に判 明しています。ええと、1998年に、突き止められたわけですね」 「うーん...」響子が、頭を斜めにした。「ここまで分かっているのに...この菌株への対応が、難しいと いうことでしょうか?」 「そうです...」アンが、強くうなづいた。「HIV(エイズ・ウイルス)の対応もそうですが、世界的な被害状況を悪 化させている要因は、人々が暮らす環境にあるのです」 「エイズも、最初はニューヨークなどの大都市で確認され、しだいに貧困国/経済的弱者へと、シワ寄せ が行っしまったわけです。結核でも、そうなのかしら?」 「感染症は...」アンが、手を組んで考えた。「そうですね... 基本的に...公衆衛生や医療サービスの行き届かない環境で生き残り...凶悪になった菌株が貧困 国へ渡り...さらに弱者の環境で蔓延することになります。いわゆる、文明のグローバル化の...“強烈 な負の要因/強烈な影の部分”になります。 自然環境は豊かですが、文明の恩恵からは遠い所で...皮肉にも、文明のグローバル化による、凶 悪な感染症が蔓延することになります」 「うーん...」響子が言った。「HIVでも感じたことですが... もともと...アフリカ奥地の風土病を、“HIV・・・人類文明の、狡猾な強敵/難敵”にしたのは、文明社 会です。そして“凶悪な・・・HIV菌株”にして、アフリカに返しています。“新興の結核菌”も、長い目で見 れば、そのルーチン(/ルーティン/ きまりきった手続きや手順)に入りますね?」 夏川がうなづき、ポケットに手を入れた。 「なにもかも...」アンが言った。「、文明の責任というわけではありませんが...HIVの場合は、確かに その通りですわ」 「やはり...」響子が、脚を組み上げた。「“反グローバル化/文明の折り返し”は、急務だと思います。 そして、その方策として私たちは...“人間の巣/未来型都市/千年都市”の、全国展開/世界展開 を提唱しているわけですわ」 「はい、」アンが、コクリとうなづいた。
「ええと...」夏川が言った。「いいですか... スモールは、そうした環境要因がどういうものかを知るために、2011年にインドに引っ越しています。 現在も、そこに住んでいるようです。結核が最も蔓延している地域で、この病原菌と共存していくというこ とが、どういうものかを、知ろうとしている様子です...」 「うーん...」響子が、両手を固く組んだ。 「エイズもそうですが...」アンが言った。「その病原菌を克服できないとなれば... “病原性を抑えて・・・共存して行く道”を、模索することになります。生物体としての、復元力の糸口 を、探っていくことが必要になります」 「そういうことです...」夏川が、アゴをつかんだ。「結核も、無条件に広がるわけではないのです... 結核菌の保菌者は、おうおうにして...栄養不良だったり...アルコール依存症だったり...薬を飲も うとしなかったり...があるわけですねえ。 それに、結核を誘発するのは、HIVだけではありません。例えば、糖尿病も誘発要因です。糖尿病は、 結核菌と相互作用し、相乗効果をもたらします。免疫反応に影響して、菌の伝播や活性化を促進してしま います。 混雑した住環境や...水や空気の汚染...飢餓や差別などの社会的条件までが...感染や病状の 事態を、さらに悪化させる要因になります」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「スモールも、細菌と人間環境の相互作用に、目を向けるべきだ と言っています。 それから...結核の菌株の中には...“活発な免疫反応を・・・引き起こしやすい菌株”、というもの があると、研究者たちは考えています。つまり、そうすることで...“肺に、迅速に空洞を形成させ・・・ 潜在感染を活性化させ・・・素早く発病へと移行させる”...というものだそうです。 また、別の菌株は...“免疫系を・・・抑制する傾向があり・・・色々な器官に住みつく”、ようですわ。 つまり...宿主と病原体との複雑なやり取りにおいて、実にうまく...“免疫系を・・・抑制する菌株”も あれば...“免疫系を・・・活性化させる菌株”もある...ということです」 「うーん...」響子がうなった。「まるで...HIV(エイズウイルス/ヒト免疫不全ウイルス=Human Immunodeficiency Virus) のようですね」 「まあ...」夏川が言った。「ヒト免疫不全ウイルス(HIV)という、その名を冠せられた狡猾な輩(こうかつなや から)は別格でしょう... しかし、人類に密着して歩んできた病原菌には、そうした能力を獲得するものも、存在するということで す」 「はい...」
「ええと...」アンが言った。「1つ、指摘すべきことは... スモールやギャノー等が...様々な菌株の遺伝子を詳細に調べてみると、結核菌というのは...“人 間の病原体の、多くがたどって来た道とは・・・異なる進化”、を歩んできたことが分かった、といいま す」 「と、言うと?」 「結核菌の膜の外側に出ているタンパク質... こりは免疫系に認識される、“標的となるタンパク質”ですが...これをコードするDNAが...“時間 がたっても変化せず・・・同じ状態を保っている”...というのです。 通常だと病原菌は、自身の“外側を覆うタンパク質/標的となるタンパク質”を、変化させざるを得ない のです。それをしないと、数世代のうちに、ヒトの集団から排除されてしまうリスクがあるからです...」 「免疫系によって、“抗体”が作られ...排除されるわけですね?」 「そうです...」アンが、うなづいた。「したがって... この、“変化せず・・・同じ状態を保っている”、という奇妙な発見は、“現在開発されている・・・新し い結核ワクチンの1部”にとっては、“重大な意味”を持つことになります」 「はい...」響子が言った。「そして...“なぜ変化しないのか?”ということも、重要ですね」 「そのことは...」夏川が言った。「“参考文献”では触れていませんねえ...“異なる進化”が、どう作用 するのか、」 「はい、」 「ワクチンというのは...」アンが続けた。「もともと、体の免疫反応を増強して、感染を防ぐように設計さ れているわけです。 でも、結核に関しては...この免疫反応の増強は、むしろ伝播力の方を、高めてしまいかねないので す。 “感染した相手の・・・免疫反応を高めるように・・・進化した菌株/系統の場合” は...“接種 を受けた人の・・・免疫系を活性化するワクチンは・・・結核菌にとって好都合”...に働くわけです」 「ふーん...」響子が、アゴをひねった。「でも...少々、変ですよね?」 「ほほ...」アンが、眼鏡の真ん中を押した。「確かに、少々込み入っていますわ... 結核菌というのは、人の体内に入っても、実際には大した悪さはしません。ダメージの大半は、体が感 染を排除しようとする活動で起こるのです... 例えば...肺に空洞を作るのは、免疫系の白血球です。結核菌は、この空洞に囲い込まれます。した がって、“免疫応答を・・・増強させると・・・結核菌の方を助ける”...ということに、なりかねないので す。 ただし、これはまだ、“理論的な・・・仮説”です。強い免疫応答を与えることによって、“結核菌に・・・感 染するのを防ぐ”という、“ワクチン本来の・・・目的にかなう可能性”も、あるわけですわ...」 「うーん...?」響子が、首をかしげた。 「ほほ、」アンが笑った。 「しかし...」夏川が、片手を上げた。「もし、“結核菌を助長する”...という仮説が正しかったら、極め て重要な意味を持って来る、ということです」 「はい、」響子が、うなづいた。
「これは...」夏川が言った。「スモールの、懸念ということですが... アメリカ/ケンタッキー州/ルイビル大学/進化生物学者/エワルド(Paul Ewald)は...このスモール の懸念に、賛同しています。 現在使われているワクチンは、主として...高リスク地域の小児が結核性髄膜炎のような、重症の合 併症にかかるのを防ぐためのものです。開発されてから、90年余りが経過し、これまでにおよそ10億人 に接種されています。 このワクチンというのは...“ヒト・結核菌”とごく近縁の、“ウシ・結核菌を・・・弱毒化した菌株”を、 使っているわけです。 そして、そのことが図らずも...“より致命的な結核菌株が・・・繁栄しやすい状況を作ってきた”... という可能性があると、エワルドは言っています。 また、彼はこうも言っています...“我々は・・・結核菌が、非常に洗練された生物であり・・・ヒトと 共に進化しているということを・・・ようやく理解し始めた所だ”...と...」 「はい、」響子が、大きくうなづいた。 <新戦略・・・“おとなしい菌株”を見方にする?>
③
標準的/公衆衛生対策と...より高度な治療法によって...“結核菌の進化を・・・誘導する方法” が分かれば、“結核菌に・・・打ち勝てる”、ことを示唆しています... 過密な住居を減らし...換気をよくし...住環境を改善すれば...より“病原性の低い菌株”を、有 利にできるかも知れません」 「ええと...」響子が、モニターに目を落とした。「かって、アフリカでは... “一番古い・・・アフリカ由来の系統”は...まず、散らばって暮らしていた、小さな狩猟採集民集団 に根を下ろした、ということですね。そして、その状況下では、伝播の機会が限られていたために、結核 菌の特徴である...“潜伏する性質”が、生じたわけですね。 子供に感染すると、1世代潜伏をし続け...新しい家族ができる時期に再活性化...また、感染がで きるようになる。こうした...“おとなしい菌株が・・・有利になる環境にする”、ということですね?」 「そういうことですが...」夏川が言った。「実際には... 世界中のスラムに暮らす、およそ10億人の生活水準を向上させるには...薬を届けるよりも、はるか にコストがかかります。 しかし、アメリカで...1901年に...“賃貸ビルの・・・通風と採光改善を義務づける法律”、が施行さ れたことがありました。これによって、当時/ニューヨーク市では、結核感染率の低下につながっているの です。ま、これは、抗生物質が発見される以前のことになりますが」 「はい、」響子が、うなづいた。 「ギャノーは...」夏川が、脚を組み上げた。「“新興の結核菌株の・・・戦略的な対策”として... 免疫学者、生態学者、進化生物学者、集団遺伝学者、社会科学者らが協力し合い...菌の伝播、病 気の発症、異なる環境への順応といった...結核菌の能力のあらゆる側面にも...取り組む必要があ ると言います。 が、そうは言っても、“多分野にまたがる・・・パートナーシップ”は、実行となると、なかなか難しい、 とも言っています。しかし、“結核菌という難敵”に対し...進む道は、そうした、“幅広い・・・戦略的な 取り組み”、しかないようですねえ...」 「ふーん...」響子が、脚を組み上げた。 「いいですか...」夏川が、パラリと髪を撫で上げた。「ギャノーは... “結核に対する・・・新たな・・・診療手段/治療法/ワクチン開発の研究者”に対し...少なくとも、 “世界各地の・・・異なる菌株について・・・試験を試みてほしい”...と呼びかけています。 というのも...今の所、こうした新技術/新開発のほとんどが...“60年以上前の菌株に・・・つま り、現状に合わないかも知れない菌株を用いて・・・試験されている”...と言います。その実情を知 っているわけでしょう」 「60年以上前の菌株ですか?」響子が言った。 「あ...」アンが、指を動かした。「60年以上前に...初めて培養された菌株...ということですわ。その 間の、適応や進化が、“大きな見落とし” につながる、可能性があるということです」 「その通りです...」夏川が、うなづいた。「中には最初から... “新しい薬に・・・抵抗力を持っている菌株”、が存在するかも知れないし...“診断テストを・・・すり 抜けやすい菌株”、が存在するかも知れないという、強い危惧(きぐ/あやぶみ、おそれること)があのでしょう」 「はい...」響子が、顎にコブシを当てた。 「ともかく...」夏川が言った。「“結核菌の・・・進化の系統図”を無視することは...“新興・結核菌へ の・・・対処”を誤ることは...“世界中の・・・数百万に及ぶ人々に・・・死刑宣告をすることにも・・・な りかねない”...ということです!」 「はい!」響子が、強くうなづいた。「“新興の・・・結核菌株”は、HIV/エイズウイルスとは違った意味 で、“人類にとって・・・難敵”、になるということですね?」 「その可能性がある、ということですわ...」アンが言った。「だから... “新興の・・・結核菌株”への、“戦略的な対応を・・・絶対に誤ってはならない!”、という警告でしょ う」 「結核は人類にとって...」響子が言った。「“征服した・・・過去の疾病ではない!”、ということですね」 「そうです、」夏川が、大きくうなづいた。 「ええ...」響子が言った。「ともかく、今後の展開に注目です!」
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