危機管理センター/バイオハザード/(掲示板)/エイズ/HIV・耐性ヘルパーT細胞の可能性 |
バイオハザード 〔AIDS〕 HIV克服=先進国の・・・重い使命・重い責任!
HIV耐性 /ヘルパーT細胞の可能性
|
トップページ/Hot Spot/NewPageWave/Menu/最新のアップロード 担当 : 夏川 清一 厨川 アン |
プロローグ | = HIVの入口/CCR5・タンパク質 = | 2012. 5.19 |
No.1 | ≪21世紀・大艱難時代・・・の軟着陸は! ≫ | 2012. 5.19 |
No.2 | 〔1〕 ベルリンの患者/データでHIVの根治が証明された・・・唯一の患者 | 2012. 5.19 |
No.3 | 〔2〕 新たな治療法の開発へ | 2012. 5.26 |
No.4 | <研究開発の経緯・・・> | 2012. 5.26 |
No.5 | 〔3〕 CCR5・遺伝子の・・・ 1部を切除! | 2012. 6. 9 |
No.6 |
〔4〕
ベルリンの患者/骨髄移植 <HLA型+2つの“欠損型/CCR5⊿32 ”で・・・> |
2012. 6. 9 |
No.7 | 〔5〕 現在/臨床試験が進行中・・・ | 2012. 6. 9 |
No.8 | <現在/臨床試験中・・・> | 2012. 6. 9 |
<参考文献> 日経サイエンス /2012 - 06
|
= HIVの入口/CCR5・タンパク質 =
ええ、今回は...HIV・担当/里中響子が、《万葉集》の考察で多忙なため...私/厨川アン と、夏川清一だけで進めたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします」 「さっそくですが...」夏川が、カメラを一瞥(いちべつ)した。「『日経サイエンス』/“参考文献” に... 久しぶりに...HIV(ヒト免疫不全ウイルス)/エイズ関連の論文が掲載されました。論文・ラッシュの頃 (/1990年代)を懐かしく思い出しますが...現在も着実に、研究/治療法・開発は進展しているわけ です」 「そうですね...」アンが、長い赤毛を揺らした。 「ええ、くり返しますが... これまでの、治療法・開発の成果で...一頃の、エイズ患者の過酷な状況は改善されているわけ ですが...当然ながら、さらに研究は進んでいるわけです」 「はい...」アンが、しっかりと、うなづいた。「今回は... “抗HIV薬”とも関連するのですが...“遺伝子・改変技術”を用いて...HIVの入口/CCR5・タ ンパク質(ヘルパーT細胞の表面にあるタンパク質・・・HIVは免疫細胞の司令塔であるヘルパーT細胞に最初に感染し・・・まず、この免 疫細胞を攻略して、システム・ダウンを起こし、エイズを発症させます)を作り出す...CCR5・遺伝子を改変する、遺伝 子・技術開発の成果と現状を、紹介します。 詳しくは、後ほど考察するわけすが...“完璧なCCR5・遺伝子を・・・持たないことが・・・HIV 感染を抑制”...しているようです。 ええと...もう少し具体的に説明しましょうか。つまり...CCR5という、タンパク質をコードしてい る遺伝子から...“32個の塩基・・・が欠損”...していることが、HIV感染を抑制しているようです。 この32個の塩基が欠損しているために、CCR5・遺伝子が短くなり、ヘルパーT細胞の細胞表面に 移行できなくなるのだそうです。したがって、細胞表面にCCR5・タンパク質が無く...HIVの感染のた めの入口が無い、ということになるようです。詳しくは、後ほど考察していきます...」 「そうですねえ...」夏川が、顎に手を当てた。「ちなみに... 白人の約1%は...生まれながらに持っている、2つのCCR5・遺伝子の両方が...“欠損型/ CCR5⊿32 ”で...HIV感染に対して、高い抵抗性を持つようです。 さて、まず...“参考文献”/巻頭の...次の文章を紹介しておきましょう...」
***************************************************************
しかし、この治療法は危険性が高いうえ、再現も不可能と思われる。 何百万人ものHIV感染者を救う、 もっと安全で、広く用いることができる方法が、求められている。
***************************************************************A
≪21世紀・大艱難時代・・・の軟着陸!
≫
ー・ポットを乗せて入って来た。その後に、コッコちゃんが続いている。 彼女は、夏川とアンに挨拶し、テーブルに盆を下した。そして、さっそくコーヒー・ポットを傾け、《クラ ブ・須弥山/特製のコーヒー》を、ゆっくりとカップに注いだ。 「うーん...」アンが腕組みをし、弥生の仕事を見つめた。「さすがに...コーヒーの、いい香りがしま すわ...」 「恐れ入ります...」弥生が、満面の笑みをこぼし、ほくそえんだ。 「お久しぶりですね、弥生さん...クラブの方は、どうかしら...?」 「そうですね...」弥生が、頭を下げて夏川の方にカップを置き、アンに肩を向けた。「空気が... 重くなっている感じがしますわ... もう昔の、底抜けの明るさは、戻ってはこないのでしょうか...私には、よくはわかりませんけど、 “世界が直面している・・・現在の危機”...がある限り、かつての明るさは、戻っては来ないような気 がしますわ...」 「そうですね...」アンが、赤毛をすき、コーヒーカップを取り上げた。「私も...その方面の詳しいコト は分かりません... でも、響子さんの話ですと...世界的に、戦後・民主主義のパラダイムが...限界に来ているそう ですわ。理想社会の共通モデルが...機能不全に陥って来ているようです。人類文明は、確実に、 “大きな曲がり角にさしかかっている・・・”、と言っていました。これは、“パラダイムが大きく動く・・・”と いうことです」 アンが、顔の前でコーヒーの香りを楽しみ...それを、そっと口に当てた。 「アンも...」弥生が、アンの脇に立ち、首を傾げて言った。「そう思っているのでしょうか...?」 「ええ...」アンが、弥生を見上げ、コクリとうなづいた。「私の、生物学のキャリアから見ても、響子さ んの見解は、間違ってはいないと思います... 確実に...“人類文明の折り返しの時・・・”...がやって来ていると思います。ともかく、このまま では...“21世紀・大艱難/大破局点”...に突入していくのは、誰の目にも明らかです。それが 分かっているから...“社会の空気が重い”...のでしょう」 「はい...」弥生が、空いている椅子に浅く掛けた。 「“人口爆発”も...」アンが言った。「“グローバル化”も、“感染症の危機”も...て、危険ゾーンに突 入し、“大破局点”に落下しつつあります...それは、壮絶な風景になりますわ。 でも...大量死というのは、特別な風景ではありません。それに、“種の大量絶滅”というのも、過 去に5回ほど確認されています。先カンブリア時代にも、“種の大量絶滅”の痕跡があるようですし。 ただし...今回は...知的・生物体の知的・生産性の暴走で...それが起こっているということ です。それゆえに、自らの生態系を滅ぼすというのは...“ノアの大洪水”(創世記・・・旧約聖書の第1書)の 罰に相当するのかも知れません...」 「“ノアの大洪水”...ですか...」 「そうです...」
「響子さんから預かったデータがあります...」アンが言った。「...あ、これですね... ともかく...ええと...〔持続可能な経済成長・・・のパラダイム〕...は完全に破綻をきたして います。1990年に...“持続可能な開発のための経済人会議”(UNCED)・事務局長が、50人ほどの 経済人に対し、“持続可能な開発のための経済人会議”(BCSD)への参加を呼びかけたのが、コトの始 まりのようです。 世界の既得権勢力が、この論文に飛びつき...資本主義/市場主義経済を維持しようとしたわけ ですが...高杉・塾長などは...当初から非常に奇異な感じがしていたと、激しく警告していたよう ですわ。何故、こうしたバカなコトをくり返したのでしょうか。 資本主義/市場主義経済は、すでに、その時代的役割は終了していたはずです。1972年の... “ローマクラブの報告書・・・『成長の限界』”...で、それは十分の認識されていたはずですわ、」 弥生が、黙ってうなづいた。 「ともかく... 専門外の、私の目から見ても...“文明の第2ステージ/エネルギー・産業革命”のパラダイムは、 “総崩れの状況”です... 世界の“脱・原発”の流れは、象徴的なものですし...“人類の良心・・・希望の道”...なのかも 知れませんね」 「ヨーロッパも、おかしくなっているのでしょうか... アメリカも...どこか空洞化しているようですし...日本は、ふざけています...中国は、社会体 制としては、Windows 以前の古い MS-DOS で動いているようですわ、」 「ホホ、そうですね...」アンが、口に手を当てた。「それぞれ、当たっているようですね、」 「お客さんの、受け売りですわ...」弥生がいたずらっぽく、細い指を口に当てた。 「そうですね...」アンが言った。「日本は、この期に及んでも... 官僚や政治家は...“少子化対策・・・人口を増やせ!”...などと叫んでいるわけです。生物 学の観点からしても、日本列島のキャパシティー(収容能力)では、人口は現在の半分以下にする必要 があります。その人たちは、この基本的・容量のことを、どう考えているのでしょうか、」 「移民などは...」弥生が、前で両手を結んだ。「論外ということになるのでしょうか?」 「もちろんです!キャパシティーとして、その余裕はないということです!」 「はい!」弥生が、赤いシルクのスカーフをつまみ、うなづいた。
コメントするようにと、響子さんからデータをあずかっていいます。ハハ...門外漢ですが、私にも、 意見というものはあります。ここで、話しておきましょう...」 「お願いします...」アンが、微笑してうなづいた。 「確かに...」夏川が、強くコブシを握った。「高杉・塾長たちが言っているように... “諸悪の根源は・・・人口爆発”でしょう。“科学技術文明というより・・・まず人口爆発”です。し かし、日本ではいまだに、“少子化対策/人口増加策”を、マスコミで堂々と公言している官僚や、 政治家がいます。これ以上、人口を増やすことに、どのような“正当な理由”があるのでしょうか。 この“国家エゴ”は、そもそも軌道を間違えています。世界人口が、70億を超えた地球生態系では、 洋の東西を問わず、“間違った政策”です。現在の日本は、こんな簡単なことさえも、〔国家として・・・ 正しい方向性〕を打ち出せないわけです。“力が落ちている以上に・・・組織として腐敗” しています」 「厳しいですね、」アンが言った。 「まあ... こんなことは、言いたくはないのですが、“白を黒といって・・・はばからない”...風土があるようで すねえ。司法における、“裁判資料の・・・作文”が代表例でしょうが...いったい何時から、こんな不 透明な...張り子の虎のような社会になったのでしょうか。官僚や政治主導で、“間違ったことが・・・ 堂々と一人歩き” しています」 「はい...」アンが言った。 「こんな状況だから... 官僚や政治家は...“国家や国民のことを・・・考えていない”...と言われてしまうわけであり... “それが・・・本当に当たっている”...という、下世話な風景に成り下がってしまうわけですねえ。ま あ、マスコミも、日本の文化をダメにしてしまいましたが、」 弥生が、下唇をかんで、小さくうなづいた。 「しかし...」夏川が、続けた。「そうではあっても...明るい兆しはあります... こうした中でも...急速に...“日本は・・・人口減少”...しつつあるということです。これは、必 然ではあるとしても、大きな救いです。“天が味方”をしているということでしょう... そして、また...〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕は...文明史的/社会状況として、不 可避になって来ているということです。 つい先日...関東平野で巨大竜巻・災害(/北関東に大きな被害をもたらした、2012.5.6の、同時多発の竜巻)が 起こっていますが...こうした、突然の竜巻・災害を確実に防げるのも...〔人間の巣/未来型都 市・・・の万能型/防御力〕...なのです」 「はい...」弥生が、うなづいた。「竜巻など、防ぎようがありませんわ。あらかじめ、頑丈な都市でな い限り...」 「そういうことです... 〔人間の巣〕は、防御レベルでいえば、“耐・核シェルター”になるほどのものです。戦争にも、環境 圧力にも、感染症の世界的大流行/パンでミックにも...最大限の防護力を発揮します。 今後...世界は、“21世紀・大艱難の時代”...に突入するわけですが、まさにこうした〔万能 型/防御力〕が必要になります、」 「はい...」弥生が、正面で受け止め、うなづいた。
「つまり...」夏川が、データに目を移した。「もう一度、言いますが... “日本列島の人口は・・・急速に減少”しているのであり...安価/高・安定指数の、〔自給自足 型・・・未来型都市/千年都市〕も...スタンバイの状態にあるということです。 後は...国民が議論し、その方向を望めば...〔プロトタイプ・・・原型型/人間の巣〕...が建 設れ...〔自給自足型/新・思想社会・・・未来型都市/千年都市〕...の胎動が、比較的・容易 に始まります。 むろん...“脱・原発/脱・車/脱・冷暖房”の方向へ進むわけです。クリーン・エネルギーや、バイ オマス・エネルギーの効率的な活用になり...“原発・再稼働”は必要ありません...」 夏川が、脚を組み、モニターを眺めた。 「ええと...」夏川が、言った。「今後... “少子高齢化・・・過酷化する自然災害・・・過酷化する環境圧力・・・地球温暖化/海洋酸性化/ 脱・原発/脱・冷暖房/脱・競争社会”...を実現していくために... 〔高・安定指数の・・・存在の器/社会的器〕...〔頑丈/適量の土壌を被せた・・・コンパクト な都市構造物〕...というものが、必須の要件となって来ます。 私は...〔人間の巣の・・・考察/ミッション(使命、任務)〕には、参加していないわけですが、高杉・ 塾長たちは、〔人間の巣のパラダイム〕は...“ポスト・戦後民主主義”の候補となりうる...と考 えているようです。 次世代...“文明の第3ステージ/意識・情報革命”の時代の、〔極楽浄土/パラダイス〕のイン フラとなりうるとも、考えているようです...うーむ...そうなのでしょうか...?... いずれにしても...“世界的な・・・巨大な奔流が起こる”...兆しがあります。どの方向へ向うか は、まだ定まっていませんが、〔人間の巣のパラダイム〕は...その候補の1つと、高杉・塾長たち は、考えているようです」 「そうなんですか、」弥生が、顔を明るくした。 「そうですねえ...」夏川が言った。「今後... 地球環境は、益々苛酷なものになって行くと考えられます。今から準備しておく必要があります。そ れでなくとも、日本の社会インフラは、老朽化が始まっています。現状でも、全国的に、地震・津波/ 風水害に、対処できなくなってきています。そのたびに、確実に、犠牲者も出ています... つまり...【日本版・ニューディール政策/日本列島大改造・・・人間の巣の全国展開】...が 急務となってきているようです。もはや、躊躇している時間はないと思いますねえ。 後は...走りながら考える、ということですか。これは、“失敗することのない・・・ミッション”です から、それでもいいと思います...」 「“地球温暖化”で...」弥生が言った。「気象が、過激になってきているわけですね?」 「そうです... 現在...世間では“節電対策”と、“原発・再稼働の問題”で騒がしくなっていますが...〔人間 の巣/未来型都市/千年都市〕で対応するなら...〔土壌を被った・・・未来型都市〕は...夏は 涼しく...同時に、周辺・野外に、“菜園付き・・・簡易・夏ハウス”を展開することで...“夏の季節 を・・・数倍を謳歌する社会”...を形成することができます...」 「大自然と密着した...社会生活になるわけですね?」弥生が言った。 「そうです」 「もちろん...」アンが言った。「冬は、暖かいわけですね、」 「冬は...」夏川が言った。「どんな、寒波が来ても... ドカ雪が何メートル降ろうとも、ビクともするものではないでしょう。台風も、竜巻も、水害も、地震に も、ビクともしない...〔未来型都市/千年都市〕...の実現です。 そして、周辺で、“自給自足農業”を展開するわけです。“利益を上げる農業”のではなく...“スロ ーライフで・・・人間らしく生きる農業”...であり、社会になります」 「はい、」弥生が言った。 「そうそう、社会形態としては... 〔人間の巣〕の単位で...それぞれのバリエーションが可能ということです。自由主義も、社会主 義も...宗教都市も、科学都市も、芸術都市も...〔人間の巣のサイズの・・・開放系システム〕の 中で...〔極楽浄土/パラダイス〕...が運営できるということです。 こうした...〔人間の巣のパラダイム〕のもとで...“世界人口が順調に減少”すれば...高杉 ・塾長の言うように...“21世紀・大艱難時代”を、“軟着陸”させることも、可能なのかも知れませ んねえ...」 「はい...」弥生が、明るくうなづいた。
〔1〕
ベルリンの患者
・・・ /データで、HIVの根治が証明された・・・唯一の患者
「ええ...さて...」夏川が、モニターの画面を切り替えた。「先ほど紹介した... “ベルリンの医療チームが・・・前例のない実験結果を発表した・・・HIV患者”...の報告は、 世界中の研究者たちを、驚かせたようです...」 「はい、」アンが、うなづいた。
弥生が、いつの間にか、入り口脇のコンソール・デスクに下がっていた。彼女はそこで、2人の作業 風景を見ていた。たいがいは、しばらく話を聞いていて、いつの間にか立ち去っている。しかし、今回 は、HIVの話ということで、しばらく聞いていくと言っていた。教養を身につけておくことも、クラブ・ママ としては、非常に大事な仕事だと言っていた。
「では...」夏川が、インターネット・正面カメラを見た。「もう少し、詳しく話しましょう... ええと...これは...今から3年と少し前と言いますから、2009年ですかね。ベルリンの医療チー ムが発表したものですね... この、“ベルリンの患者”は...10年以上前からHIVに感染していて、“抗レトロウイルス薬”を飲 み続けていたようです。そして、このHIV患者が偶然にも白血病になり...その白血病・治療のため に、骨髄移植が必要となったのだそうです。 そこで、研究チームは...“生まれつき持っていた遺伝子のために・・・HIVへの抵抗性を持つ 匿名・ドナーから・・・骨髄を採取/患者に移植・・・”...しました...」 「ええと...」アンが言った。「骨髄移植の目的は、あくまでも、白血病・治療にあったわけですね... でも本音は、この骨髄移植によって...“患者の体内で・・・多くのHIV・抵抗性細胞が生じ・・・ HIV・感染症が、抑え込めるのではないか・・・”...と期待した、というわけですね...?」 「まさに、そのとおりです... 結果は、この期待を、上回ったものだったようです。この骨髄移植は、ただ単に、“患者の血液中 の・・・HIVを減少させた”...だけではありませんでした。“HIVが潜伏している可能性のある・・・ 複数の組織を含め・・・体中からHIVの痕跡を消し去った”...と言います...」 「はい...」アンが、唇に指を当てた。 「ええ... ベルリンの研究チームは...目覚ましい成果に驚嘆するとともに...2年近くも、慎重に結果を見 極めた上で...データを公表したようです」 「そうですね...」アンが、唇に拳を押しあてた。 「“ベルリンの患者”(/後に、アメリカ/カリフォルニアの Timothy Ray Brown が、自分だと名乗り出ているようです)は... 骨髄移植から5年たった現在も...体内にHIVを抱えている兆候は、全くないといいます。この間、 “抗・レトロウイルス薬”を、服用していなかったにもかかわらず...です。 “参考文献”によれば...この数十年間で、HIVへの感染が確認された人は、6000万人を超えて いるといいます...そして、“ベルリンの患者/ティモシー・ブラウン”は、HIV・感染症が根治したこ とが、データで立証されたとみられる、唯一の患者...だということです、」 「はい...」アンが、うなづいた。「HIVから脱出した、ヒーローですね... でも、多くの理由から...“この治療法は・・・広範に応用することはできない”...ということで すね?」 「そのようですねえ... 重要な点は...移植には、まず患者自身の免疫系を破壊しなければならず...“非常に大きな危 険がともなう”...のだそうです。この辺りの、詳しい状況は説明されていませんが、非常に高い壁が あるようですねえ、」 「はい...」アンが、うなづいた。「そうですね... 単に...“HIV・抵抗性を持つ人の・・・骨髄を移植する”...ということでは、問題解決にはなら ないようですね、」 「そうですね... しかし...この予想外の大成果は、世界中の研究者を触発しているようです。“ティモシー・ブラ ウン”が獲得したような...“HIV・抵抗性/新たな免疫系を・・・患者に付与するという・・・より安 全・安価な方法”...が探索されています。 その方法が見つかれば...“HIVのヘルパーT細胞への侵入阻止・・・細胞から細胞へと広が るのを阻止”...できるわけで、強力な武器になります。 さらに、HIV・抵抗性を獲得した免疫系は、やがて体内のあちこちに潜んでいるHIVを探し出し、確 実に排除するでしょう。“ティモシー・ブラウン”の実例が、それを示しているわけですから...」 「そうですね...」アンが言った。「ともかく... “ベルリンの患者/治療・モデル”から...“新たな治療法・・・開発の可能性”...が開けてき たわけですね。そして、これが成功すれば、“従来の・・・ウイルスの増殖を抑える治療法”..とは 違い...“ウイルスを除去・・・病気を治癒する道”...も開けて来るわけですね、」 「まあ...」夏川が、肩の力を抜いて言った。「この敵/HIVは...一筋縄ではいかないでしょう... しかし...柔道でいう“有効”か、“技あり”で、“合わせ技”で“一本”といきたいですねえ。ともかく、 HIVとの戦いでは、人類のテクノロジーは、すっかり負け癖がついてしまっています。HIVは狡猾(こうか つ)な奴ですが...このように、根治する例も...俎上(そじょう/まな板の上)に上ってきたわけですね」 「はい!」アンが、大きくうなづいた。
〔2〕
新たな治療法の開発へ
“ベルリンの患者/治療・モデル”と...“よく似た免疫系・・・をHIV患者に付与する・・・より 簡単な治療法”...を開発できる可能性がある...と考えているようですね。」 「まあ...」夏川が言った。「...当然のことですね、」 「“参考文献”には... 詳しいデータの掲載はないわけですが...“ベルリンの患者/治療・モデル・・・危険性が極め て高く・・・再現も不可能”...というものです。特に重要な点は、この骨髄移植には、まず患者自身 の免疫系を破壊しなければならないことだそうです...」 「ふーむ...」 「“より簡単な治療法”の試みは...」アンが、モニターに目をやった。「実験室では、有望な結果が 得られているそうです... 現在...少数のHIV・患者を対象に、初期・臨床試験を行っているそうです。でも...“課題は山積 で・・・この治療法の有効性の保証は無い”...と、弱気なコメントもしていますわ...」 「そうですねえ...」夏川が、コブシを握った。「しかし... “ベルリンの患者からは・・・HIVは完全に消えたままであり・・・根治している事実”...は、厳 然としてあるわけです。ここは、簡単には引き下がれない所でしょう。現在も、何百万人ものHIV・患者 が...“画期的な治療法”...を首を長くして待っているわけです」 「はい!」アンが、うなづいた。「ともかく、研究は前進していますわ... それに、他の...免疫系システムの基礎的解明や...ガンの研究や、ウイルス感染症の研究か らも、免疫系を増強する方法が開発されて来ています...」 「うーむ... “患者からT細胞を採取し・・・それを、ガンやウイルス感染症に対する活性を高めて増殖させるよう な物質にさらし・・・その強化したT細胞を患者の体に戻すといった方法”(日経サイエンス/2012.01/がんワ クチン新時代)...などですか、」 「そうですね...」アンが、頭を傾げた。「こうした... “免疫系・・・を強化する方法”...と、HIVが好んで取りつく...“ヘルパーT細胞/免疫系の 司令官/CD4・陽性細胞・・・への侵入を阻止する方法”...とが、当面のこの方面での研究の、 ターゲットになっているようです。 そして、後者の方が...CCR5・遺伝子の“欠損型/CCR5⊿32 ”や...薬剤による、CCR5・ タンパク質のブロック...ということになるわけですね。あ、もちろん、こうした成果が、治療法の改善 に、大きく貢献しているわけです」 「ええと...」夏川が言った。「アン...そのあたりを、もう少し詳しく説明しておきますかね、」
「あ...はい...」アンが、マウスを動かし、クリックした。「こちらにも、データがありますので...」 「じゃ、そちらでお願いします」 「はい...」アンが、モニターを見ながら、うなづいた。「ええと、くり返しますが... そもそも...ヘルパーT細胞/細胞性・免疫システムの司令官の細胞表面にある、CCR5というタ ンパク質をコードしている遺伝子から...“32個の塩基・・・が欠損”...していることが...“HIV ・感染を抑制”...しているという現象が、起こっているということですね。 “32個の塩基・・・が欠損”...しているために...CCR5・遺伝子が短くなり...CCR5・タンパ ク質が、ヘルパーT細胞の細胞表面に移行できなくなるようです。したがって、細胞表面にCCR5・タ ンパク質が存在しなく...HIV感染の入口が無いわけで、感染できない、ということになるようです。 ええ...白人の約1%は...生まれながらに持っている2つのCCR5・遺伝子の両方が...“欠損 型/CCR5⊿32 ”で...HIV感染に対して、高い抵抗性を持つようです。一方...アメリカ原住民 や、アジア人や、アフリカ人には...この欠損型は希(まれ)だそうです。 “欠損型/CCR5⊿32 ”ですが...これを2つ持つ人は、遺伝的にこうした変わった特徴がある以 外は、今のところは、全く健康に見えるそうです。ただし、“西ナイル・ウイルス”の攻撃に対しては、弱 いかも知れないと言います。 ええと、それから...2つのCCR5・遺伝子の片方が、“欠損型/CCR5⊿32 ”の場合は...HIV 感染は起こりますが...感染してから病状が進行するまでの時間が、概して長くなるようです...」 「ふーむ...そういうことですか、」 「それから... “β ・ケモカイン・・・天然の化学伝達物質”は...“CCR5・タンパク質・・・をブロック”...する ことが、判明しています。つまり、CCR5・タンパク質をブロックされてしまい、HIVがヘルパーT細胞に 侵入できなくしてしまうわけです。 “CCR5・タンパク質のブロックは・・・全ての抗HIV薬に共通する基本”...となっているようで す。でも...CCR5・タンパク質を持つすべての細胞の...すべてのCCR5・タンパク質を...薬剤 でおおい、無効化するのは困難です...ここが...“薬剤・・・の限界”...となっているようです」 「うーむ... そもそも...細胞表面に、CCR5・タンパク質が存在しないのと...薬剤でブロックするのとの違 いですね。普通は、ヘルパーT細胞の表面には、CCR5・タンパク質はしっかり存在するわけですから ねえ」 「そうですね...生命システムの、絶妙さを感じますわ... あ、ええと...それと、もう1つ、HIVに特徴的なことですが...“HIVは変異を起こし・・・薬剤の ブロックを回避”...して行くことができるわけです。わずかに変異したHIVは、堂々とCCR5・タン パク質を入口にして、T細胞に侵入できるようです」 「ふーむ...」夏川が、脚を組み上げた。 「それでは...」アンが言った。「ここで、この研究の経緯を、簡単に述べておきましょうか、」 「お願いします...」夏川が、軽く手を握った。
「そもそも...」アンが、モニターを見ながら言った。「“参考文献”の著者たちが... こうした研究に取り組み始めたのは、約20年前からだと言います。アメリカ/メリーランド州/ベセ スダにある...現/ウォルター・リード・米軍医療センターの前身に、著者の1人/レバインが赴任し てきて...もう1人の著者/ジューンと共に仕事をすることになったのが、その始まりだったようです。 彼等は...これまでに、他の研究グループが行った研究をもとにして...“T細胞を・・・体外で増 殖させる方法・・・の改良”...を目指して研究を始めたようです。 その当時は...ドナー(臓器などの提供者)から採取したT細胞を、実験室で培養するには...“様々な 化学伝達物質を混合したもの”...を使うか...“ドナーの血液から・・・T細胞の熟成/大量増殖を 指示する、樹状細胞を抽出したもの”...を使うしかなかったようです...」 「ふむ...」夏川が言った。 「そこで...著者たちは... “人工の樹状細胞”...を作れば、このプロセスを簡略化できるだろうと考えたようです。そこで、 まず...“T細胞より少し小さい・・・磁気ビーズ”...を用意したようです。そして、この表面に... “樹状細胞が持つ分子をまねた・・・2種類のタンパク質”...をくっつけたと言っています」 「これも...詳しいデータはないわけですか?」 「はい... “参考文献”には、これ以上の詳しいデータはありません。ともかく、この“磁気ビーズ”とT細胞を、 フラスコ内で混ぜ合わせたところ...“効率的に・・・T細胞を増殖”...できることが分かったと言っ ていますわ。 ええと...約2週間おきに、“磁気ビーズ”を補充すると、 活性化したT細胞のコロニーは、2か月以 上うまく増殖を続け...数量は1兆倍に達したそうです。 そこで...HIV・陽性の被験者から採取した血液を使って、この“T細胞・増殖法”を試したところ、 驚くべきことが判明したそうです。“この増殖法で作ったT細胞・・・は1時的ではあるが・・・HIVの 進行を妨げる・・・強力な活性を発揮”...したのだそうです。 ちなみに...この成果は1996年6月に発表しているそうです。その時はまだ...“磁気ビーズを 使って増やすと・・・HIV・感染に対するT細胞の抵抗性が・・・何故高まるのか・・・”...その理 由は分からなかったといいます。 でも、その年のうちには...謎を解く鍵の重要な手掛かりは見えてきた、とも言っています。これが、 HIVの入口として機能する、CCR5・タンパク質のレポートなのでしょうか。つまり、“HIVに強い・・・遺 伝子の発見”...だったのでしょうか?」 「ふーむ...」夏川が、うなった。「そうですねえ... あの、論文・ラッシュの時代(/1990年代)には...それなりに、ダイナミックな進展もあったわけです ねえ。膨大な、免疫系全体の解明も...遺伝子やタンパク質レベルで、細かなことも分かってきたわ けですね。まあ、“ヒトゲノムの解読”が大きかったのでしょうが、それでもHIVは克服できなかったわ けですね」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「ええと...そこで、当時... “参考文献”の著者たちは...彼等が開発した“新しい・・・T細胞・増殖法”...を組み合わせて 使えば...“HIVに対する・・・新しい治療法”...に結びつくのではないかと、考えたわけですね。 彼等は...サンフランシスコを拠点とするバイオ・テクノロジー企業/セル・ジェネシス社の、ヘー ゲ(Kristen Hege)とアンドー(Dale Ando)と共同で...最初の第1歩/安全性を確かめる臨床試験に、踏み 出したと言います。 “HIV・感染細胞を探査・攻撃するように・・・遺伝子を改変したT細胞を・・・磁気ビーズ技術 で増殖・・・被験者に投与・・・安全性を確認する”...というものです」 「で、結果は...?」 「はい...」アンが、うなづいた。「結果は... “増殖したT細胞は・・・安全性は全く問題はなく”...“体内に戻した後も・・・何年も生き延び ることも判明した”...と言います。ただし...“この時に試みた遺伝子の組み換えでは・・・HIV の増殖を抑える効果は・・・極めて限定的”...だったようです...」 「うーむ...」 「結局... セル・ジェネシス社は、最終的に研究開発を中止したようです。そして、“参考文献”の著者たちも、 現在いるペンシルベニア大学に移ってたようです」 「これは...つまり...1990年代の話ですね?」 「そうです。さあ、その続きを話しましょう...」
ジンクフィンガー・ヌクレアーゼ/タンパク質複合体で・・・ CCR5・遺伝子/DNA鎖を・・・・・切断・接合/1部を切除!
「その後...」アンが言った。「“参考文献”の著者たちが... ペンシルベニア大学に移ったように、セル・ジェネシス社で働いていたアンドー(Dale Ando)も、サンガ モ・バイオサイエンシズ社の方に移っていたようです。このサンガモ社は当時...“DNA鎖を狙った 位置で・・・正確に切断する”...を新開発したばかりだったようです。 新技術は...“特定の遺伝子配列を・・・狙って改変”...できるという点で、他の方法とは根本 的に異なり、確実・効率的なものです。これ以前には...“特定の遺伝子/遺伝子断片を・・・正確 に改変する手段”...は存在しなかったのだと言います」 「ふーむ...」夏川が、うなづいた。「そうですねえ...」 「具体的には...」アンが、モニターを見ながら言った。「ええと... この新技術は...“2種類のタンパク質を使って・・・狙った遺伝子から・・・特定の部位を取り 除く・・・”...というものですね、」 「2種類の...タンパク質ですか、」 「そうです...」アンが、うなづいた。「第1のタンパク質は... “ジンクフィンガー・タンパク質”と呼ばれるもので...遺伝子がタンパク質を合成するさいに必要 な...“転写(DNA鎖の情報を、RNA鎖に写し取ること)という過程で・・・DNA鎖に結合”...するものです。 ヒトは約2500種類の、“ジンクフィンガー・タンパク質”を合成しているそうです。そして、それぞれ、 DNA分子の中の、“異なる特定の塩基配列・・・に結合”します」 「ふむ...約2500種類ですか、」 「これまでの...」アンが言った。「数年間の研究で... “特定のDNA配列に結合する・・・ジンクフィンガー・タンパク質を設計し・・・これを人為的に 合成する方法”...がすでに明らかにされていました。 そこでアンドーは...“参考文献”の著者たちに対し、サンガモ社は、彼等の目的に合わせてカス タマイズされた、“ハサミ”を作れると提案したようですわ」 「うーむ... すると...“CCR5・遺伝子・・・特定の部位を・・・正確に切るハサミ”...ということですかね。 それで、“欠損型/CCR5⊿32 ”を、遺伝子工学で作り出すという...?」 「はい...」アンが、うなづいた。「その通りです... まず... “欠損型/CCR5⊿32 ”を作るには...“取り除きたいDNA配列の・・・両端に結合 する・・・ジンクフィンガー・タンパク質”...を合成するわけです。そして、それぞれに...“DNA 鎖を切断する・・・ヌクレアーゼという別のタンパク質”...を付けると言います。 これが、“ハサミ”ですね。このタンパク質複合体のジンクフィンガー部分が、DNA鎖の切断位置を 正確に識別し、“ヌクレアーゼ”が切断するというわけです。 つまり...標的部位に正確に結合する、“ジンクフィンガー・タンパク質”を合成し...“ヌクレアー ゼ”を付ければ...“CCR5・遺伝子の・・・特定領域・・・問題の32個の塩基の部分”を...正確 に切除する“ハサミ”になるわけです。これなら他の遺伝子を、傷つけてしまう心配もありません」 「なるほど...」夏川が、うなづいた。「確かに、言葉にしてしまえば、簡単ですねえ、」 「ホホ...」アンが、口を押さえた。「この特製の... カスタマイズされた、“ジンクフィンガー・ヌクレアーゼ/タンパク質複合体”が、目的の塩基配列に 結合して、“ハサミ”で切断すると...後は、細胞自身の修復機構の働きで、プロセスが進むのだそう です。修復機構が切断を認識し、多少の塩基を排除したり加えたりして、切断されたDNA鎖を再びつ なぐそうです」 「ふむ...」 「こうした修復機構の働きによって... “1部を切除された・・・CCR5・遺伝子”...からは、もはや正常な“CCR5・タンパク質”は生産 されないそうです。さあ、でも...こんなことが本当にうまくいくのでしょうか...?」 「ハハ...“参考文献”の著者たちも、そんなコトを言っていますねえ、」 「そうですね...」アンも笑った。「HIVとの攻防の歴史を考えれば、当然ですわ... ええと、この提案は2004年にあったわけですが...その後の時間経過に合わせて...“ベルリ ンの患者/治療・モデル”...の方の様子を、もう一度、詳しく考察しておきましょうか...」 「そうですね」 「“ベルリンの患者/治療・モデル”が... “どうやら、成功した様子だ!”、というニュースが発表された時、“参考文献”の著者たちは、FDA (米食品医薬品局)と、NIH(米国立衛生研究所)から...“彼等の試み・・・CCR5・遺伝子の1部切除”... をヒトで安全試験を開始する許可を得ていたということですわ...」 「アン、“ベルリンの患者”の方は、わたしが説明しましょう」 「あ、はい」 「私の方で、詳しく調べてみた経緯があります」 「そうですか、」アンが、うなづいた。「それじゃ、お願いします...」
〔4〕
ベルリンの患者/骨髄移植・・・
< HLA型+2つの“欠損型/CCR5⊿32 ” で・・・>
“ベルリンの患者”には...非常に勇気づけられたわけですが...この患者からHIVが消失した のは、実は...“正確な経緯というのは・・・よくは分かっていない”...ようです」 「はい...」アンが両腕を組み、椅子の背に肩を引いた。 「可能性として、最も高いのが... 骨髄移植で一緒に入った...“欠損型/CCR5⊿32 ”を2つ持つ、“CCR5・遺伝子”ではないか、 ということなのです。まあ、その意図をもって努力し、奇跡的に適合するドナーを探し出したわけです。 当然、期待は大きいわけですがね... しかし、そもそも...長年にわたる、“抗レトロウイルス薬”による治療が行われていたわけです。 そのために、組織で休眠するHIVが、“すでに少なくなっていた・・・可能性”、もあるようです。 また...移植の前処置で、患者の免疫系を破壊しているわけですね。そために、免疫細胞に好ん で取りつくHIVが、すでに、“残っていなかった・・・可能性”、もあるということです」 「そういうことも、あるわけですね...」アンが、頭の後ろに手をやり、赤毛をギュッと絞った。 「まあ、そのようですねえ... それから...“ベルリンの患者”は治療中に、“重い・・・移植片対宿主病”を発症していています。 したがって、それを、“薬で・・・抑え込むまでの間”に...残っていたHIV・感染細胞が、“すべて破壊 された・・・可能性”、もあるということですねえ、」 「詳細が、よく分りませんが...?」 「あ、このことに関しては、詳細なデータはありません... ともかく、こうしたことを全て考慮しても、“ベルリンの患者”の治療が、成功した理由というのは... “欠損型/CCR5⊿32 ”を2つ持つ骨髄移植が最有力だと言っています。それから、当然、そうした 要素が、複合的に作用した可能性もあるわけです」 「はい... ええと...“ベルリンの患者”の治療を行ったのは、ヒュッター(Gero Hutter)たちですね?」 「そうです... ドイツ/ベルリン/Charite病院/血液癌・専門家/Gero Hutterと、Eckhard Thielによって、まず、 ウォール・ストリート・ジャーナル紙(アメリカ/ニューヨークで発行される・・・国際的に影響力を持つ日刊新聞)に記事が掲 載された様子です。 ヒュッターたちは...“同じ治療を試す機会は・・・一生の内に、2度とないだろう”...と言っている ようです。つまり、それほどの、偶然の産物のようですねえ」 「はい...」アンが、眼鏡の真中を押した。「それでは、治療法としては...普及は望めないというこ とですね?」 「そういうことになります...」
「ええ、重複しますが...」夏川が、モニターに目を移した。「もう少し詳しく説明しましょう... “ベルリンの患者”の症例は...HIV・陽性と診断されてから10年間...“抗レトロウイルス薬”で 体調を維持していた1人の患者が...HIV・感染とは無関係な“急性・骨髄性白血病”を発症した... というきわめて特殊なケースです。 患者は、“急性・骨髄性白血病”に対して化学療法を受けたわけですが、再発したといいます。した がって、患者の免疫系(/あらゆるT細胞を含む)を他の人の免疫系によって再構築する、骨髄移植をしなけ れば、命が失われていた、という状況です。 そこで、ヒュッターは...欧州/骨髄提供者・データベースを検索し、患者と“HLA(ヒト白血球型抗原)” の“型”が一致するドナーを検索したわけです。 “HLA”というのは...免疫系が、自己組織か外来組織かを見分ける時に用いる、一郡のタンパク 質のことです。それに“多様な型”があり、その複雑性の中で、“自己”と“他者”を見分ける仕組みで すね。 “HLA型”の“型”を合わせるのは...移植した細胞が、新しい体を異物とみなして攻撃する、“移 植片対宿主病”の発症を予防することと...患者の体内に残っている元の免疫系が、移植細胞を拒 絶するのを防ぐためです。まず、患者とドナーの“HLA・型”を一致させることが、不可欠となるわけで すね」 「でも...」アンが、立ってお茶の用意をしながら言った。「正確には... 1個の受精卵から卵割した一卵性双生児以外では...“HLA・型”が完全に一致した例はないわ けです。それは究極の個体識別ですが、そこまで一致していなくても、免疫反応を抑えたりして、細胞 移植はできるわけですね」 「そういうことです...」夏川が、アンの進めた茶椀を掴み、ゆっくりと持ち上げた。
込んだ。「ここで...もう一歩踏み込んだわけです... “HLA・型”が一致する他に、“欠損型/CCR5⊿32 ”であるドナーは存在しないかと、“一石二鳥” を考えたわけです。 “そうした2つの条件で・・・骨髄移植が可能なら・・・”...ひょっとしたら...“HIV・感染者に ・・・体内のHIVに抵抗する・・・新たな免疫系を付与”...できるかね知れない、と考えたわけです ねえ」 「はい!」アンが、しっかりとうなづいた。 「ヒュッターは... データベースを検索し、60人以上のドナー候補を選び出したそうです。そして、それらの遺伝子を 調べて行ったわけですが、この作業は困難を極めたそうです。“HLA・遺伝子”は、人によって大きく 異なる上に、“HLA・遺伝子群”と“CCR5・遺伝子”とは、異なる染色体上にあったからだそうです。 しかし...ヒュッター自身も驚いたと言っていますが...“これらの条件に・・・ピッタリと合うドナ ー”...が見つかったわけです。“欠損型/CCR5⊿32 ”の遺伝子を2つもつ人は、そもそも非常に 少ないわけですが、両方の条件を兼ね備えたドナーに巡り合えたことは、非常にラッキーだったとい うことです」 「それから...」アンが言った。「もう1つ、ラッキーだったのは... “ベルリンの患者”は、“HLA・型”の方は、多くの人に見られる“型”だったようですね...?」 「その通りです... 多くの幸運が重なったようですねえ。その後、世界中の研究者たちが...“ベルリンの患者/治 療・モデル”...を再現しようと試みたわけですが...“患者とHLA・型が一致し・・・欠損型/ CCR5⊿32 を2つ持つドナーは・・・見つかった例はない・・・”...ということです。 つまり...“奇跡的な1例が・・・人類文明に提示された!”...と言えるのかも知れません」 「うーん...」アンが、両腕を組んだ。「そうかも知れませんね...」
「ええ...」夏川が、モニターをスクロールした。「さて... “ベルリンの患者”は...あくまでも“急性・骨髄性白血病”を治療するために...当該ドナーから 2度、骨髄移植を受ける必要があり...それが実行されたわけです。 その移植から5年以上が経過し...その間、“抗レトロウイルス薬”による治療は、受けていなかっ たにもかかわらず、HIVは“検出されていない”と言います。血液・肝臓・腸・脳・リンパ組織・血漿から も、HIVは全く“検出されていない”と言いますねえ。これは現在可能な最高感度の、分子検出技術を 用いても、“検出されていない”のだそうです。 ただし...“ベルリンの患者”の全ての組織から、HIVが“完全に消え去り”、“感染の・・・完全抹 消”が達成されているかどうかは、“誰にも分からない”と言います。HIVは、様々な細胞の染色体に、 自らの遺伝子を挿入し、長年にわたり休眠することが知られています。こういう状態では、免疫システ ムでは探知できないわけです。 もっとも、“ベルリンの患者”の免疫系が...HIVの再増殖・阻止がきるという...“機能的・完治 の状態”...にあるとしたら、HIVが残っていても、完全に破壊する必要はないのかも知れません。 そうした残余のHIVも、いつでも破壊できる状態にあるということですから...」 「ふーん...」アンが、顎に手を当てた。「いずれにしろ、“ベルリンの患者”は... もはや...“抗レトロウイルス薬”を服用する必要もなく...HIVが“検出されることもない”わけで すね?」 「そういうことです... ただし...“感染の・・・完全抹消の状態”なのか、“染色体の中で・・・休眠中の状態”なのか、 “機能的・・・完治の状態”なのかは...分からないということでしょう。あ、それとは別に、骨髄移植 の効果を維持する薬の方は、必要ということです」 「はい...」アンが、小さくため息をついた。
「“ベルリンの患者/治療・モデル” は...」夏川がモニターから顔を上げた。「今後も... “骨髄移植で・・・HIVが治療できた・・・唯一の成功例”...ということで、“あり続けるのかも知 れない”、と言います。つまり...“2度と・・・成功例は出ないかも知れない”、ということです」 「うーん... 骨髄の“HLA・型”が一致し...かつ、“欠損型/CCR5⊿32 ”の遺伝子を2つもつ人は、非常に 稀(まれ)だ、ということですね?」 「いや...」夏川が、肘を立てた手をあげた。「それだけではないのです... 骨髄移植には...まず、患者自身の免疫系を破壊しなければならず...“大きな危険が伴うとい う・・・高いリスク”があるわけです。 そして、それに加えて...この治療を行うとすれば、“非常に高額な費用”、がかかるということで す。“参考文献”の著者たちの病院で骨髄移植を行うと、“最低25万ドル/約2000万円”、はかかる ようです。 さらに...“生涯にわたり・・・免疫抑制剤の服用”、をしなければなりません。また、こうした高度な 医療施設も必要となるわけです」 「はい...」アンが、うなづいた。「いずれも、大きな問題ですね... 現在、世界的にみれば...エイズの蔓延は、主に経済的・貧困地域に集中しています。いわゆる 弱者に、このパンデミック(世界的大流行)のシワ寄せが来ている状況です。これは、蔓延した経緯から考 えると、皮肉なことですが...医療施設の面からも、骨髄移植・治療の普及は難しいわけですね」 「その通りです... そのために、“参考文献”の著者たちをはじめ、多くの人々が、新たな治療法を確立しようとしてい るわけです」 「はい」
「そもそも... “ベルリンの患者”は...“HIV・感染”の上に...“急性・骨髄性白血病”を患ったために...骨 髄移植を受けるという、別の大きなリスクを引き受けたわけです。そうしなければ、命が失われていた わけです。 “抗レトロウイルス薬”の服用によって...“ほぼ健康で・・・生産的な生活が可能な・・・大半の HIV・感染者”は...大きなリスクと、莫大な費用をかけて...“HIVの・・・骨髄移植・治療”...を 選択するとは思えない、というわけです。 これが...“ベルリンの患者は・・・唯一の成功例”...ということで、“あり続けるのかも知れな い”、という理由になるわけです」 「はい...」アンが、頭を傾げた。「それゆえに...“新たな治療法の・・・確立”...が待たれるわ けですね、」 「そういうことです...」夏川が、まっすぐにアンを見て、うなづいた。
〔5〕
現在/臨床試験が進行中・・・
先ほども言いましたが...“ベルリンの患者/治療・モデル”...が、“成功した様子だ!”、とい うニュースが発表された時...“参考文献”の著者たちは、FDA(米食品医薬品局)とNIH(米国立衛生研究所) から...彼等の試みを、ヒトで安全試験を開始する許可を得ていたということです。 それ以後の話になるわけですが...サンガモ社は、“参考文献”の著者たちに約束した通りに、 “CCR5・遺伝子”の...“当該32塩基配列の・・・近傍領域を標的とした・・・1組のジンクフィン ガー・ヌクレアーゼ”...を作り出していました。つまり、カスタマイズされた“ハサミ”です。 あ、1つ、断わっておきますが...“CCR5・遺伝子”を働かなくして、“CCR5・タンパク質”を機能さ せないための遺伝子制御ですから...自然の、“突然変異と・・・全く同一”の必要はないわけです。 HIVの入口/“CCR5・タンパク質”が、ヘルパーT細胞の細胞表面で機能しないようにすればいいわ けです。これは、“欠損型/CCR5⊿32 ”と、全く同一でなくてもいいということでしょうか...?」 「まあ、そういうことでしょう」 「はい...」アンが、口にコブシを当て、うなづいた。「ええと、それから... “参考文献”の著者たちは...研究室のポスドク(Post Doctoral Fellow/短期契約の研究員 )の、ペレス(Elena Perez)とともに...妙なことに気がついたと言います。それは、皮肉にも...“HIV・感染それ自体 が・・・免疫系の再建を促進し・・・HIV・抵抗性を高めている・・・”...というものでした」 「ポスドクですか...」夏川が言った。「懐かしいですねえ...」 「ええ、いいですか... 試験管内の実験によれば...“ジンクフィンガー・ヌクレアーゼで・・・CCR5・遺伝子を無効に した・・・T細胞” は...“最初は少量しかなくても・・・HIVを加えた後も培養液中で増殖・・・安定 した集団を形成した”...ということです。一方...“CCR5・遺伝子を持つ通常T細胞は・・・HIV によって破壊された”...ということですわ。 言いかえると...“通常T細胞は死滅し・・・改変T細胞は・・・増殖して行く”...ということです。 結果...“免疫細胞として機能する・・・HIV抵抗性細胞が増殖”...して、HIV・感染を防御でき る、ということになります」 「それが...」夏川が、前髪を払って笑った。「ヒトの体内で、うまく機能するか、ということですねえ」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「ここからの検証が、大変になります...」
<現在/臨床試験中・・・> D
「ええ...」アンが言った。「2009年/夏... アメリカ/ペンシルベニア州/フィラデルフィアにおいて...“ヒトに対する安全性のための・・・ 初期・試験”、が行われました」 「これは、」夏川が、モニターを眺めた。「ごく最近ですね...」 「そうです... 結果は...“期待を抱かせるものだった!”...ということです。内科医/テバス(Pablo Tebas)の もとで...“CCR5・遺伝子を無効にした・・・本人由来のT細胞”...を、初めて患者に注入しまし た。 それから、その後も...NIH(米国立衛生研究所)の助成を得て...HIV・陽性の希望者11人に、同様 の臨床試験を行っています。また、サンガモ社の方では、同様の安全性試験を、アメリカ/西海岸で 行っているようです」 夏川が、大きくうなづき、ガウンのポケットに両手を突っ込んだ。 「“安全性試験”は...」アンが、モニターに目をやった。「その、性質上... 治療効果を確認するようには計画されていません。でも、現在進めている血液検査において... “どの患者も・・・ヘルパーT細胞の数が・・・治療開始時よりも増加している”...ということです。 これは...“遺伝子改変により・・・T細胞が保護されている兆しだ”...ということです。それか ら...“機能するCCR5・遺伝子を持っていない・・・ヘルパーT細胞”...が、血中と腸のリンパ 組織から見つかっている、と言います。 これらの、ヘルパーT細胞は...“ジンクフィンガー・ヌクレアーゼで改変し・・・患者の体内に戻 したT細胞のみから・・・複製される”...というわけですね。ここまでは、順調ということでしょうか」 「そうですね、」 「次の段階では... “改変・免疫細胞”が...患者の体内に存在するHIVと...“どのぐらい・・・戦えるのか?”を、 調べることになります」 「はい...」夏川が言った。「その段階で... 実際に、HIVと戦えなくては、意味のないものになります。これまでにも、“実際には・・・効果のない もの”、というのは数多くあったわけです。 ただ、今回は、狡猾・変幻なHIVに対し、“遺伝子工学の・・・力技”、という象徴的・技術です。そこ で、まずは、ここまでは順調ということでしょう」 「シンプルですし...」アンが言った。「多分、うまくいくと思いますわ... そもそも、HIVはこの攻撃を、どのように回避できるのでしょうか?どのような、抜け道があるので しょうか...?」 「ともかく...狡猾な相手ですからねえ...」 「そうですね...」
「ええ...」アンが言った。「“参考文献”の著者たちは... リスクはあるものの...“広く認められている方法で・・・試験している”...と言っています。つま り...“医師の厳重な監視下で・・・同意を得た被験者に対し・・・抗HIV薬治療を中断し・・・経過 を慎重に調べている”...ということです。 この方法を...これまでに治療した被験者の1人で、“欠損型/CCR5⊿32 ”の遺伝子を1つ持 つ患者に行ったところ...“抗HIV薬治療を・・・12週間中断した後も・・・血液中/リンパ組織中 から・・・HIVは発見されなかった”...と言っています」 「順調ということでしょう」 「はい... このケースの...2つの“CCR5・遺伝子”の片方が、“欠損型/CCR5⊿32 ”の場合は、前にも 話していますが...HIV感染は起こってしまいますが、感染してから病状が進行するまでの時間が、 概して長くなります。そういう患者の1例ということです...」 「生まれつき、HIVに対しては...“若干強い体質・・・を持ってる人”、ということですね」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「ええと、さらに... もっと、“最近に治療した患者”については...“改変T細胞を注入後・・・治療/追跡調査を行っ ている最中”...だそうです。この観察は...ええと...来年終了(/2013年)の見込み、ということで す。それから、この新技術の有効性を調べるための、さらなる臨床試験も計画中だということです」 「はい、」 「ええ... もしこれらの試験が...成功裏(/成功裡/せいこうり: 成功のうちに)に終了すれば...“ジンクフィンガ ー・ヌクレアーゼ法”...は、“治療費を・・・かなり安くできるだろう”...ということです」 「そうですね...」夏川が言った。「そもそも... “欠損型/CCR5⊿32 ”を2つ持つドナーからの骨髄移植となると、稀(まれ)にしか適合がありませ んし、莫大な費用がかかります。そして、“生涯にわたる・・・抗HIV薬治療”というのも、助成があるに しても、安価というわけではありません。 これらと比べると...“ジンクフィンガー・ヌクレアーゼ法/改変T細胞を注入する方法” は... “かなり安価になる・・・可能性がある”...ということでしょうか」 「はい...」アンが、うなづいた。「その方面は... どの程度のものか、私たちにはよく分りません。でも、数年前までは...“抗HIV薬を使わずに ・・・HIVを長期間抑える・・・安全/効果的/安価な治療法”...というのは、まさに夢でしかあり ませんでした。 でも、この方法で...とりあえず、HIV・感染症が完治することはないにしても...“1つのゴール の形態”...に迫っているということでしょうか、ともかく、今後の展開に、期待したいと思います」 「そうですねえ... 今後の展開を、注視して行きましょう。狡猾・変幻なHIVが、どのような対応を見せるかも、興味津 々です。ともかく、“治療法が・・・さらに大きく1歩前進”するのを、期待しましょう!」 「はい!」
「ええ、厨川アンです... この“治療法”が成功し、普及・確立されれば、HIVも脅威の高くないレベルで、 私たちの社会と、折り合って行けるのかも知れませんね。引き続き、今後の展開 に、注目して行きます...どうぞ、ご期待ください!」
|