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         無 門 の 自 序                      

 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                    執筆 : 高杉 光一

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No.1  プロローグ 1999. 6.15
No.2  無門の自序 1999. 6.17

 

      プロローグ                          

 

  750年以上もの間、“無門関”は禅堂における雲水の修行の上に、あるいは

また在野の仏教徒が自己の宗教体験を深めるための手引きとして使われてき

た。“無門関”は、古禅匠(こぜんしょう)たちが自由、かつ端的にその禅体験を表現

した言動集と、それに対する無門禅師の評語から成るもので、13世紀に中国

で刊行された。師家は修行者への指針として、しばしばこの“無門関”を提唱に

用いる。

                    < “無門関講話” ケネス・モーガン博士の序文より>

 

 

  禅は中国において、唐の時代(610年〜906年)に最も栄えました。歴史的に名

を残した数々の大禅匠が活躍した時代で、まさに文化的な大黎明期とも言える時代

でした。当然“無門関”も、この時代の話が多いように思います。

  無門禅師(1183年〜1260年/78歳で示寂)の活躍された13世紀の中国は、

それよりも300年ほど後の南宋末期といわれます。この頃になって、禅の修業はよ

うやく“公案”によるものが確立され、これを“看話禅(かんなぜん)=公案禅”といいます。

そして、これが編集されたものが“無門関”です。

 

 ( 無門関には、全48則の禅問答があります。禅の用語で、これらを公案といいます...)

 

  ちなみに、“正法眼蔵”の著者、永平道元(道元禅師)が中国に渡ったのは、宋の

時代ですから、無門禅師の活躍された時代よりは少し前になります。また、禅宗の

黎明期・唐の時代といえば、遣唐使として阿倍仲麻呂が中国に渡り、ついに故国日

本に帰ることがありませんでした。この阿倍仲麻呂が唐の宮廷で活躍した少し後の

時代には、禅宗史上で最も有名な人物の一人、六祖・慧能が登場してきます。

  当時の禅宗を語る書物は“無門関”の他にも幾つもありますが、実にユニークな人

物達が登場してくる爽やかな時代です。また全体が、そうした人々が真剣に釈尊の

“悟り”に取り組んだ話です。どうぞ、ご期待下さい。

 

    ( 1999. 6.17 )

    無門の自序                                    

 

                  大道無門

            千差路あり

      この関を透得( とうとく )せば

乾坤( けんこん/宇宙 )に独歩せん

 

  ここで無門禅師のいわれる“大道”とは、禅の真髄のことです。つまり、この禅の

真髄に至る道は“無門”、すなわち門が無く、それこそ無数の路があるということで

す。これは裏返せばいたる所が路であり、各自のまさに眼前に、真理が開けている

ではないかということです。

  また、道元禅師にも、つぎのような歌があります。

 

                        峰の色 谷の響きも みなながら

  我が釈迦牟尼の 声と姿と    <PP>

 

  これは、刻々と響く谷川の音にも、千変万化する峰峰の色彩にも、みな釈迦牟尼

の真理の響きがあるということです。つまり、そこには幾十万、幾百万、幾千万の、

真理に至る道が開けているということです。渓谷の一瞬一瞬の音、峰の刻々の残照

から、“大道”に至る道が開けているということです。そこから、“悟り”すなわち永遠

に入る道が開けているということです。繰り返しますが、私たちが思わず大自然の荘

厳さに心を奪われる時、谷川の清流に心が静まる時、すでにそこには“大道”が開け

ているということです。

  そして、無門禅師はこう言っています。“この関を透得せば、乾坤に独歩せん”と。

すなわち、一度この関を通り抜けたならば、真の自由を体得し、大宇宙に遮るものも

無いということです。

  さて、この各自の眼前に広がっている世界...山々や谷川の響き、あるいは日常

の風景から、“永遠”に入るとはどのようなことでしょうか...つまり、これが五里霧

中の禅の修業であり、釈迦牟尼が明けの明星を見て覚醒した、“悟り”への道なので

す。また、仏教とは、この“悟り”という真理の体験的伝承の系譜でもあるのです。

 

  キリスト教では聖書、イスラム教ではコーランがその基盤となっていますが、仏教

においてはこの“悟り”という個人的な覚醒が、2000年の流れとなっています。こ

れは背後から眺めれば、仏教には聖書やコーランというような、唯一絶対的な聖典

というものが無いということです。

  繰り返しますが、仏教とは、“悟り”という真理の体験的伝承の流れが本流だと言

うことです。そして、そのためには、“大道無門 千差路あり”ということです。つまり、

自由な工夫や発想も、大いに結構だということです。近頃は西洋でも、仏教や禅に

関心が高まっているといわれますが、この自由闊達・底抜けの明るさに魅力がある

のでしょうか...

 

  ところで、特に禅は、「黙によろしく説によろしからず」 と言われます。つまり禅は、

文化的とも言える知的説明や哲学的解釈が問題なのではなく、あくまでも実戦的な

修行や体験が大事なのだということです。ことに“無門関”のような禅の公案集という

ことになれば、これはもっぱら宗教的な“悟り”へ導くための書だということです。その

ためには、言葉や説明よりは、棒で叩くというような話があります。また、弟子の指

を、刃で切り落としたというような話さえもあります。つまりここは、実践のための道場

だと言うことです。

 

 

  次回は、いよいよ “無門関・第1則/趙州狗子”にはいります。ご期待下さい。