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トップページ/Hot Spot/Menu/最新のアップロード 厨川 アン / 夏川 清一 |
プロローグ | この作業は・・・ 《危機管理センター》 ・・・で行っています | 2010. 1.22 |
No.1 | 〔1〕 免疫システムとワクチンの基礎 | 2010. 1.22 |
No.2 | <ワクチン開発の年表> | 2010. 1.22 |
No.3 | <免疫、ワクチン、アジュバントについて・・・> | 2010. 1.22 |
No.4 | 〔2〕 ワクチンの基礎知識 | 2010. 1.22 |
No.5 | <ワクチンとは・・・ 感染をまねて・・・ 疾患を予防!> | 2010. 1.22 |
No.6 | <ワクチンは・・・ 3つに分類! > | 2010. 1.22 |
No.7 | <サブユニット・ワクチンと・・・アジュバント> | 2010. 1.22 |
No.8 | <ワクチンと・・・ 免疫系についての・・・ 復習・・・> | 2010. 1.22 |
No.9 | 〔3〕 アジュバントの歴史と・・・再評価! | 2010. 2.15 |
No.10 | <アジュバントの・・・本当のブレークスルーは > | 2010. 2.15 |
No.11 | 〔4〕次世代の・・・ ワクチン/アジュバント | 2010. 3.13 |
No.12 | < ![]() 樹状細胞とは? アジュバントの働きとは? > |
2010. 3.13 |
No.13 | <次世代ワクチン/・・・マラリア・ワクチンの開発> | 2010. 3.13 |
No.14 | <マラリア・ワクチン/臨床試験> | 2010. 3.13 |
No.15 | <インフルエンザ・ワクチンの考察・・・> | 2010. 3.30 |
No.16 | 〔5〕新世代のアジュバント・・・続々! | 2010. 4.12 |
No.17 | <ガン・ワクチンへの道・・・> | 2010. 4.12 |
No.18 | < 将 来 展 望 ・・・> | 2010. 4.12 |
参考文献 日経サイエンス /2010 - 01
パンデミック対策のカギ/ワクチン増強剤 N.ギャルソン (グラクソ・スミスクライン・バイオロジカル)
M.ゴールドマン
(ブリュッセル自由大学) |
「ええ...厨川アンです... 2010年が始まり、はや1月も下旬に入りました。時間がたつのは早いものですね。他の皆さ んが活躍中ですので、私たちも何かをしようという事で、このページを企画しました。 バイオハザード・担当の、夏川清一と共に、“免疫・ワクチンの基礎知識”を再度まとめ、“ワ クチン増強剤/アジュバントと・・・ワクチンの将来展望”...について、考察したいと思います。
外山陽一郎たちの《セリアック病》のページが、現在進行中ですが、この《ワクチンとアジュ バント》についても...多忙な中、マイペースで進めて行こうと思っています。夏川も、バイオハ ザードの方の監視がありますし、私も、 《危機管理センター》 のサポートや、< ク=赤い彗星>の仕事もあります。
でも...できるだけ、速やかに、ページをまとめ上げるつもりです。あ、この作業は、 《危機管 理センター》 の奥の、休憩スペース出行っています。インターネット・カメラを1台セットし、ここの 業務と並行で、てやっています。 そんなわけで、響子さんも手伝ってくれることになっています...」 「夏川清一です!今年も、よろしくお願いします! 新型インフルエンザのパンデミック/世界的大流行が、現在進行中です。しかし、今回のパン デミックは、幸い...強毒性/鳥インフルエンザ・ウイルス/【H5N1型】”ではなく...季節性 インフルエンザと同様に、弱毒性のものでした。
色々な課題はありますが、ひとまずワクチンも出回り始め、この状態で推移して行くものと思わ れます。むろん、監視は続行しますが、山は越えたと見ています。今回のパンデミックが、今後の 良い教訓になることを願っています。
さて...今回の、《ワクチンとアジュバント》ですが...近年、免疫応答の仕組が詳しく分か ってきたことで、“ワクチンの効果を・・・飛躍的に高める補助剤/ワクチン増強剤/アジュバント” が、再び注目を集めるようになりました。 このラインから...全く新しいワクチン開発も、可能になるようです。今回は、基礎知識のまと めとともに、“参考文献”をもとに、そのあたりのコトも、考察してみます...」
〔1〕 免疫・ワクチン・アジュバントの基礎
「ええ...」アンが、ミミちゃんを脇に置いて、言った。「ワクチンの歴史はかなり古く...200年 以上の歴史があります。以下は、最初の天然痘・ワクチンが発明されて以来の、<ワクチン開 発の概略年表>です...ワクチン開発の時代的推移が分かると思います...」
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「ええ...」アンが、襟元に手をやった。「ワクチンは、抗生物質とともに... 過去200年以上にわたり...ウイルスや細菌に対する、“人類文明の防波堤”の機能を果た してきました。そして、これは、今後もますます強化されて行くはずです。でも、この“文明の防波 堤が・・・破綻した時”...人類は、大きな危機に直面することになります。
上下水道などの、衛生面での整備も進んだわけですが...天敵のいない人類は、感染症の パンデミックこそ、まさに天敵に相当するものかも知れません。それによって、これまでも、大打 撃を受けて来ているからです。 〔世界市民〕が...“無防備な状態での・・・グローバル化世界の破綻”は...まさにこの、 “人類文明の防波堤が・・・破綻する時”に、なります。“金融・経済・交通網・ライフラインの破 綻”は、まさに、“感染症の防波堤も破綻”し、これまでにない大犠牲と試練が予想されます。 この非常事態を回避するためにも...私たちは、“万能型・防護力”/〔人間の巣/未来型 都市/千年都市〕の...世界展開を、開始するべきだと考えています。
スマトラ島沖大地震/インド洋大津波...四川大地震...そして、今回のハイチ大地震にお いても...頑丈な〔人間の巣〕が展開していれば、“これほどの大惨事”は避けられたはずです。 〔人間の巣〕は、頑丈な構造物に適量の土をかぶせるだけで、“世界中・・・どこでも・・・展開 可能”です。そして、そこを中心に、自給自足農業を展開します。それが、本来の人間の姿です。
これは...このページのテーマとは異なる課題ですが...〔世界市民〕は、“持続可能な経 済成長”に見切りをつけ...すみやかに、“文明の折り返し/反グローバル化”/〔人間の巣 のパラダイム〕へと、“舵”を切るべきと...提唱したいと思います。
“万能型・防護力”/〔人間の巣〕を世界展開すれば...“21世紀・・・大艱難の時代”を... 軟着陸へ持って行くことが可能です。“万能型・防護力”は、単なるワクチンや抗生物質という課 題を超え、“生態系との・・・協調関係”を確立します。それこそが、現在、“人類文明に求めら れている・・・真の課題”です...
話を戻しますが...1980年に、WHO(世界保健機関)が...“天然痘の撲滅宣言”を行っていま す。専門家は、ポリオ(小児麻痺)や麻疹についても、ワクチンによる根絶を目指しています。それか ら、将来的には、マラリアも、ワクチンで制圧可能と予想しているようですね...」 <免疫、ワクチン、アジュバントについて・・・> 「私の方からは...」夏川が言った。「ワクチンの原理を、再度、簡単に説明しましょう... そもそも、ワクチンというのは...“少量の病原体を・・・人為的に接種”することにより...身 体の免疫系に、その記憶を植え付けるものです。そして後に、その病原体に感染した時、その 記憶をもとに相手を識別し、すみやかに撃退するというものです。
しかし、古典的ワクチンでは...全ての人/それぞれの病原体に対して...十分な効果が あるわけではありません。高齢者など、免疫力が弱まっている人々の場合は、従来のワクチン では、十分な予防効果がないこともあるわけです。
それから...病原体の種類によっては、ワクチンによって誘導された免疫応答から...巧み に逃れるものもあります。マラリアや、結核や、エイズなどは、まだワクチンによる確実な予防は、 確立されていません。
マラリアについては、後でもう少し詳しく説明します。結核については、小児期の結核予防ワク チン/BCGは、成人の結核感染に対しては有効性が確立していません。エイズについては、よ く知られているように、免疫細胞を攻撃するために、非常に難敵になっています...」
響子が、 《危機管理センター》 のスライド・チェアから、ゆっくりと降り立った。壁面の大スクリ ーンを背に、フロアー奥のテーブルへ歩いた。コーヒーを用意していたアンが、カップをもう1つ 出し、一緒に並べた。アンと響子が、壁面の大スクリーンを指さしながら、何かを始めた。
夏川が、コーヒーカップを1つもらい、それを脇においた。チャッピーがそばに来て、用心深くあ たりを見ている。 「ワクチンの原理は...」夏川が、インターネット・カメラをちらりと見た。「ガンや、アレルギーや、 アルツハイマー病など...感染症以外の疾患治療にも、応用可能です...
しかし、こうした疾患に適用するには...通常なら免疫系が全く反応しないか、弱い反応しか 示さない“抗原”に対しても...強い反応を示すように、“免疫系を・・・活性化”してやる必要が あるわけです。それが、“ワクチン増強剤/アジュバント”です。
感染症を予防する場合にも、その他の疾患に使う場合にも...ワクチンを認識して応答する、 “免疫系の能力を高める物質”がカギを握ります。ワクチンに配合される、これらの“免疫賦活剤” は、“助ける”という意味のラテン語にちなみ、“アジュバント”と呼ばれるわけですね。
こうしたものの中には、100年以上も前から知られているものがあります。しかし、その仕組み については、ごく最近まで、ほとんど分かっていなかったようです。もっとも、免疫系やワクチン自 体も、そのメカニズムとなると、ごく最近まで、よくは分かってはいなかったわけです。
それが...ここ10年/・・・21世紀に入る直前辺りからですかねえ。免疫学は、目覚ましく進 歩て来ました。そこで、“アジュバント”が機能する仕組についても、しだいに明らかになってきた というわけです。
こうした状況下で...“免疫力の弱い人々にも・・・それなりに適応できるワクチン”が開発され ているようです。また、“特定の病原体を・・・正確に狙い撃ちできるワクチン”というものも、開発 できる可能性が出て来たようです...」
〔2〕
免疫・ワクチンの基礎知識 「ええ...」アンが、コーヒーカップの取っ手を少し回した。「さっそく...響子さんが来てくれまし た。ありがとうございます」 「はい...」響子が、口をすぼめて微笑し、頭を下げた。「免疫システムの基礎を説明するという ことですので、しっかりと聞いて置きたいと思います」 「そうですね... 今まで、“参考文献”を参照し、高度な内容について話してきました。でも、このページでは、そ もそもの風景も、できるだけ話しておきたいと思います。先ほども、“ワクチン開発の概略年表” をまとめておいたのも、全体の風景を見てもらうためですわ」 「はい...ともかく、よろしくお願いします」 <ワクチンとは・・・感染をまねて・・・ 疾患を予防!
>
「ええ...」アンが、モニターを眺めた。「感染症というのは...様々な不快な症状を起こすわけ ですが...その体験にも...良いコトが1つあります。 それは、多くの場合...その病原体に対し、生涯にわたり、免疫を持つということです。1度そ の感染症にかかれば...およそ、2度とかかることはないということですね。それが、病原体に 対する、身体の防御機構/免疫システムなのです」 「はい...」響子が、コトリとコーヒーカップを置いた。 「免疫システムには...まず、大きく分けて...“自然免疫系”と、“獲得免疫系”とがあります。 そして、理想的なワクチンというものは...本当の病原体の感染のように...1回の感染/ ・・・1回接種で...“一生涯続く免疫”ができるのがいいわけですわ。さらに言えば、その“親戚 関係にある全病原体に・・・有効なワクチン”なら...まさに理想的なのです。 こうした理想的なワクチンなら、毎年流行するインフルエンザや、変異の早いHIV(エイズウイルス) などにも、全てに網をかけることが可能になるからです」 「はい...」響子が、うなづいた。「それが、理想的なワクチンなのですね、」 「そうです... でも、こうしたものは...病原体によっては、非常に難しいわけです。生物の、多様性・複雑性 のベクトルが関わってくるのでしょうか...」 「うーん...」 「ともかくワクチンも... 本物の病原体と同様に...免疫系に登場する様々な役者を巻き込み...同じような仕事をし てもらう必要があるわけです...それも、安全に、効果的にです...」 「ワクチンのお手本は、すぐ身近な所に、存在するというわけですね、」 「そうですね...」アンが、響子を眺め、口元を崩した。「いいかしら...最初から説明しますわ」 「はい、」
「まず...」アンが言った。「病原体が、初めて体内に侵入すると... 体の中を、常時巡回パトロールしている...“自然免疫系”の細胞/・・・免疫細胞に捕捉さ れます。このパトロール隊を構成しているのは、マクロファージや樹状細胞などです...」 「はい...」響子が、顔を反対側にかしげた。 「これらの、免疫細胞は... 病原体や、感染細胞を取り込んで破壊し、体内で消化します。そして、小さくなった病原体の 成分/“抗原”を、細胞表面に“抗原提示”します。“自然免疫系”のマクロファージや樹状細胞 は...“抗原提示細胞”としても、機能するわけですね。これは大きな看板を載せた自動車のよ うなものでしょうか。非常に目立つわけですね。 ええ...そうすると...“獲得免疫系”を構成する、T細胞や、B細胞などの免疫細胞がです ね...“抗原提示”された指名手配・データを見て、敵を正しく認識します。もちろん、これは写真 やモンタージュ写真のレベルではなく、“抗原提示”されたタンパク質情報であり、極めて精緻な ものです」 「はい...」響子が、バレッタ(髪留め)に手をかけ、コクリとうなづいた。 「“抗原提示細胞”は... 一方では...サイトカインというシグナル分子を放出し、“獲得免疫系”の細胞に非常事態を 知らせ...必要に応じた招集をかけるわけです。T細胞やB細胞が“抗原提示”を見つけるのと 同時に、“抗原提示細胞”の方でも、サイトカインでそれを知らせ、機敏に行動するわけですね、」 「うーん...はい、」響子が、静かにうなづいた。 「次に...“特定の病原体を認識”するようになった、B細胞やT細胞が成熟すると... “B細胞は・・・病原体の活動を阻む・・・抗体という分子を分泌”します。“抗原”に対し、“抗体” という分子で対抗するわけですね。“抗原抗体反応”とは、“抗原”と“抗体”の間に起こる結合の ことです。 “抗体”として働くのは、免疫グロブリンです。これは、血清(血液が凝固する時に、血餅から分離する、黄白 色透明の液体。血漿からフィブリノーゲンをのぞいたもので、アルブミン、グロブリンなどの血清蛋白質を含む)のガンマ・グロブ リン分画まれています」 「はい...」 「一方... “T細胞の方は、成熟すると・・・ヘルパーT細胞とキラーT細胞に分化”します。...“ヘルパ ーT細胞は・・・免疫系の司令官”に...そして、“キラーT細胞は・・・病原体が感染した細胞を見つけ出し・・・細胞ごと破壊”...します...」 「うーん...」響子が、顎に手を当てた。「“自然免疫系”と、“獲得免疫系”は...そのように、 役割が違うわけですね、」 「そうですね...簡単に言えば...こういうことです... ええと...病原体を、初めて“自然免疫系”の細胞が補足してから...その病原体に特化し た“獲得免疫系”ができるまでには...数日かかります。 でも、こうやって誘導された、“獲得免疫系”の細胞の1部は、メモリー細胞として残ります。時 には数十年も、体内に残るようですね。こうしたメモリー細胞は、同じ病原体が体内に侵入した 時に備えて...データを保持し、待機していることになります」 「うーん...」響子が、脚を組み上げた。「数十年もですか...このメモリー細胞というのは、ヘ ルパー・メモリーT細胞はことかしら?」 「そうですね... ヘルパー・メモリーT細胞のことは、《HIV・ワクチンの考察》の時に触れましたが...B細胞 の1種も、メモリー細胞になりますわ...つまりメモリーB細胞と、メモリーT細胞があります」 「あ...はい...」 「ええ...くり返しますが... ワクチンとは...こうした“自然免疫系”と“獲得免疫系”のプロセスを...人工的に再現す るものです。つまり、免疫系が侵入者として認識する病原体や、その成分を...弱毒化・無毒化 して、人為的に身体に投与するわけです。 季節性のインフルエンザの場合なら...そうですね...シーズン前に、予想される3種類ほ どの生ワクチン・カクテルを、人為的に投与し、免疫系に記憶させておきます。そして、メモリー細 胞を、本物のウイルスが侵入して来た時に備えて、データを保持/出動待機状態にしておくわけ です」 「はい...」響子が、手を握り、まばたきした。 <ワクチンは・・・
3つに分類! >
「ええ...」夏川が、無造作にマウスを動かした。「ワクチンを接種しても... “獲得免疫系”が、フル出動の状態になるとは限りません...しかし、ある種の病原体は、B 細胞の分泌する“抗体”だけで、“十分に防御可能”です。もちろん、このような場合は...キラー T細胞の誘導までは、必要がないわけです」 「はい、」響子が、夏川にうなづき、顔をかしげた。 「どのタイプ/型の“抗原”を、ワクチンとして使うかは... 病原体の性質と...病気を引き起こすメカニズムを考慮して選びます。こうしたことから、標 準的ワクチンは、次の3つに分類できます。御存じだとは思いますが、もう一度整理しておきま しょう... @・・・生ワクチン 病気を引き起こさないレベルにまで、弱毒化したウイルスや細菌を、 生きたまま接種する <BCG(結核予防ワクチン)、痘苗(痘瘡ワクチン)、ポリオ生ワクチン...など、>
A・・・不活化ワクチン 殺すか、不活性にした病原体を、接種する <チフス、コレラ、インフルエンザ、ポリオ・ソーク・ワクチン...など、> ・・・トキソイド
不活化ワクチンの一種で、細菌の出す毒素を取り出し、 <ジフテリア、破傷風...など、>
B・・・サブユニット・ワクチン 病原体由来の、精製タンパク質を接種する <インフルエンザ、B型肝炎...>
...大きくは、この3つに分類されますね。しかし、それぞれに、利点と欠点があるわけで す...」 「はい...」響子が手を伸ばし、そばに来たチャッピーを、そっと膝の上に載せた。 「さて...」夏川が、モニターをのぞいた。「この3タイプのワクチンについて、説明しましょう」 「はい、」響子が、チャッピーの頭をなでた。
「まず... @・・・生ワクチン/弱毒化・生ワクチン ですが...これは体内で、ゆっくりではありますが 増殖します。つまり、持続的に免疫系を刺激できるので、“非常に強い免疫を・・・長期にわたって 誘導”できるという、非常に大きな利点があります。 しかし...生ワクチンは弱毒化してあるとはいえ、生きている病原体です。弱いとはいえ、感 染能力も、増殖能力があります。免疫系が弱っている人に接種した場合、本当にその病原体が 感染してしまう恐れもあるのです...つまり、そういう人には、使えないということです。 それから...HIV(ヒト免疫不全ウイルス/エイズウイルス)のような、致死性の病原体の場合...生ワ クチンという手段は、リスクが高すぎるということです。それに、HIVの場合がそうでが、弱毒化し た病原体が、突然変異によって、強毒性に戻る危険性も見られるわけです。もちろん、これでは ワクチンとしては使えません...」 「恐ろしいですね...」響子が言った。「不活化ワクチンや、サブユニット・ワクチンなら、そうし た危険性は、回避できるということですね?」 「まあ、そうですね... しかし、“HIV・ワクチン開発”で見られるように...不活化ワクチンや、サブユニット・ワクチ ンでは、“強い免疫を・・・長期にわたって誘導”できないという欠点が顕在化するわけです。そう かとかといって、弱毒化・生ワクチンにすると、強毒性に戻る可能性が出てくるわけです...」 「はい...そうでした、」 「HIVの場合は非常に難敵ですが...色々と、欠点と利点があるわけです... 次に、A・・・不活化ワクチン について説明しますが...一般的な不活化ワクチンは、“熱処 理などで殺したウイルス粒子”を成分とします。これらは、もう増殖はできないわけですが、“ウイ ルス粒子を構成するタンパク質の構造”は、ほぼ元通りに保たれています。 したがって、免疫系からは十分に認識されるわけです。ただし、“増殖がなく・・・免疫応答は概 して長続きしない”ために...時々、“追加の接種/ブースター接種・・・をして、免疫力を刺激”し てやる必要があります」 「うーん...“ブースター接種”ですか...」響子が、チャッピーの頭をなでた。すると、チャッピー が、スルリと響子の手を抜け、トンと床に降りた。 「次に...」夏川が、モニターをのぞいた。「B・・・サブユニット・ワクチンですが... これは、生ワクチンや不活化ワクチンとは違い...病原体粒子・全体を使うわけではありませ ん。つまり、その1部の“抗原”だけを取り出したものです。 ええ...“病原体から直接精製したタンパク質(インフルエンザ・ワクチン等)”や、“遺伝子組み換え技 術で生産したタンパク質(B型肝炎ワクチン等)”が、“抗原”として使われます。しかし、“病原体のほん の1部しか含んでいないので・・・十分な免疫反応を引き起こせない”...というケースもあるよう です。これは、欠点になるわけですね...」 「 トキソイドというのは...」響子が、片手を立てて言った。「不活化ワクチンの一種なのです ね。私は、勘違いしていたようですわ...3番目の分類は、 トキソイドではなく、サブユニット・ ワクチンになるわけですね?」 「ああ...」夏川が、笑ってうなづいた。「『広辞苑』では、そうなっているようですね。そして、サ ブユニット・ワクチンは載っていないそうですね。おそらく、古い分類なのでしょう。 最新の『広辞苑』は、どうなっているのか調べたことはないのですが、そういった話は聞いたこ とがあります。科学的知識ですから、時代とともに更新されて行くわけですねえ...」 「うーん...そういうことだったんですか。私は、どこかで勘違いしていたのかと...」 「まあ、データが古いということは、しばしばあることです」 響子が、うなづいた。
<サブユニット・ワクチン と・・・ アジュバント> 「ええ...」アンが、顎に手をかけ、モニターをのぞいた。「最近になって... “抗原提示細胞(マクロファージ、樹状細胞)”において...特に樹状細胞が...免疫応答に果たす 重要な役割が分かって来たようです。樹状細胞は、病原体がもたらす危険の度合いを評価し、 それに応じて、必要な反応を引き起こしているようなのです...」 「うーん...」響子が、頭をかしげた。「樹状細胞の方ですね、」 「そうです...」アンが、うなづいた。「病原体が感染した場所や、ワクチンを接種した部位で、樹 状細胞がそうした“抗原”と接触すると...成熟して、近くのリンパ節に移動します」 「“抗原”と接触すると...成熟するわけですね?」 「はい。そういう表現を使います... そして、近くのリンパ節に移動します。そこで、“外敵侵入”を知らせるシグナル分子の分泌/ サイトカインの放出や、細胞間相互作用によって...“獲得免疫系”の、B細胞やT細胞の応答 を誘導することになります」 「はい...“自然免疫系”から“獲得免疫系”へと、リレーされるわけですね、」 「そうですね...」アンが、モニターに目を流した。「ええ...いいですか... サブユニット・ワクチンというのは...病原体粒子の1部を取り出して、“抗原”として使うわけ ですね。でも、“病原体粒子が・・・丸ごと存在している時にだけ・・・生じ得る危険信号”というのも あるようです。その場合、サブユニット・ワクチンでは、危険信号は出ないことになります。 もちろん、危険信号を受けなかった樹状細胞は...成熟も、リンパ節への移動も起こさないわ けです。つまり、サブユニット・ワクチンが、しばしば“ワクチン増強剤/アジュバント”を必要とす るのは...樹状細胞に、この危険信号を発し、免疫系を活性化するためなのです」 「そうした機能も、補っているというわけですね、」 「そうです...」アンが手をにぎり、モニターを眺めた。「それから... アメリカで使われているほとんどのワクチンには...最も古典的な“アジュバント”の1つとして 知られる...“アルム”が含まれています。この“アルム”というのは...水酸化アルミニウムな どの、アルミニウム塩の略称です... これは...1930年代から、使われ始めているようです。したがって、すでに多くのワクチンに おいて、その効果が実証されている“アジュバント”です」 「うーん...そんな物質が、ワクチンの効果を高めるわけですか」 「はい...」アンが、うなづいた。「でも... B細胞の分泌する“抗体”だけでは、予防できない感染症の場合...“アルム”の“アジュバン ト”としての効果は、不十分だと言います」 「“抗体”/免疫グロブリンでは...撃退できない感染症ということですね。それは、どういうこと でしょうか...?」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「HIV(エイズウイルス)...C型肝炎ウイルス...結核菌... マラリア原虫など...致命的な感染症を引き起こす病原体の中には、“抗体”による防御ライン をかわすものがあります。 こうした病原体に対するワクチンは...“より強い・・・T細胞の応答”を、誘導する必要がある のです。“HIVなど・・・非常に手強い病原体との戦い”が...“アジュバント”への関心を、再 び呼び覚ましたようですわ。 同時に、こうした壮大な戦いが...免疫系の解明に飛躍的な前進をもたらし...その成果が さらに、優れた“アジュバント”の開発につながっている...ということのようです」 「それが、ここ10年ほどの、飛躍的な前進ということでしょうか?」 「そうですね... 私たちも、《免疫システムの考察》というキイ・テーションを作成し、“参考文献/日経サイエ ンス”の論文を拾い、各ページを制作していますが...このキイ・テーションからも、その進展状 況の片鱗が見えてくると思います」 「はい、」 <ワクチンと・・・
免疫系についての・・・ 復習・・・>
「ええ、いいですか...」夏川が、響子に言った。「“アジュバント”の話に移る前に、ワクチンと免 疫系について、復習しておきましょう...ごく、簡単にです」 「はい...」響子が言った。「お願いします」 「ワクチンは...感染をまねて...免疫系を刺激し...疾患を予防する、ということです... “弱毒化・病原体”や、“不活化・病原体”、“病原体の1部”という...3タイプのワクチンが あり...これを人為的に体の中に入れるわけですね。すると、免疫応答が誘導され、“当該の病 原体に特化した・・・認識能力を備えたメモリー細胞”が...体内で作成されます。 将来、再び...当該・病原体が体内に侵入した場合...メモリー細胞がただちに反応し、感 染を阻止したり、症状を軽くしたりできるわけです。ちなみに、メモリー細胞には、メモリーB細胞 とメモリーT細胞があります...」 「はい...」響子が手を伸ばし、チャッピーの頭に指を触れた。
「ええ... 生ワクチン・・・弱毒化ウイルスを少量接種する方法で、その反応の推移を説明しましょう」 「はい、」 「皮膚に、これを接種すると...弱毒化・ウイルスは...周囲の細胞に感染し...ゆっくりと増 殖し始めるわけですね... 一方...マクロファージや樹状細胞などの“自然免疫系・細胞”は...このウイルスやウイ ルスが感染した細胞を取り込み、これを消化します。さらに、樹状細胞は、サイトカイン/シグナ ル分子を放出し、周囲の細胞に警告を発するわけです」 「はい、」 「また...」夏川が、モニターを見た。「話は...少し、前後してしまいますが... “外界からの異物/抗原”を取り込んだ樹状細胞は、成熟するわけですね。そして、リンパ節 に移動し、そこで“獲得免疫系”を構成する、B細胞やT細胞と相互作用します。つまり、樹状細 胞は、“抗原”を細胞表面に提示すると同時に、サイトカイン/シグナル分子を分泌します。 このサイトカインは...T細胞の成熟を促し...“ヘルパーT細胞”と“キラーT細胞”に分化さ せるます...ええと、ここまでは、いいですか?」 「うーん...」響子が、頬に手を当てた。「樹状細胞は...“抗原提示細胞”として...“抗原”を 細胞表面に提示するわけですね。マクロファージも、“抗原提示細胞”でしたわね?」 「そうです。マクロファージや樹状細胞など...ということです」 「T細胞の分化は... サイトカイン/シグナル分子に、促されるということですね...サイトカインは良く耳にする言 葉ですが...どういうものなのでしょうか?」 「そうですねえ... サイトカインの定義としては...“細胞間相互作用に関与する・・・生物活性因子の総称”... ということですね。具体的なものでは、インターフェロンやインターロイキンなどが、良く知られて いるでしょうか、」 「ああ...」響子が、うなづいた。「はい...それも、時々、聞く言葉ですね」 「さて...」夏川が、口に手を当てた。「話の続きですが... ここで、“ヘルパーT細胞/・・・免疫系の司令官”が登場するわけですね...また、話が多少 前後しますが、この“免疫系の司令官”が、“キラーT細胞”にシグナルを出し、感染した細胞を攻 撃させるわけです。また、別のシグナルをB細胞に送り...その病原体に対する、“抗体”を分泌 させるというわけですね...」 「うーん...はい...」響子が、コクリとうなづいた。「“抗体”として働くのは...免疫グロブリン ということですね。そのあたりのコトが、少しづつ分かって来たような気がしますわ」 「はは...そのうちに、全体風景が見えて来るようになるでしょう」 「はい、」響子が、明るくうなづいた。
〔3〕
アジュバントの歴史と・・・再評価!
「ええ...」アンが言った。「1880年代...今から130年ほど前になりますが... アメリカ/ニューヨークで、外科医のコーレイ(William B.Coley)が...“体全体の・・・免疫を強め る方法”を発見しています。これは、“コーレイの毒素”として知られることになりますが...その メカニズムは、長い間謎のままでした」 「ずいぶんと...」響子が言った。「歴史があるのですね、」 「そうですね... “免疫・抑制剤”の方は、移植医療にともなって開発されたものです。それに対し、“免疫・増 強剤”は、130年にわたる歴史があります。“コーレイの毒素”は、“最初の免疫増強剤”になる わけですね。後に、日本で話題になった、“丸山ワクチン(結核菌・由来)”と似たものだといいます」 「うーん...あの、“丸山ワクチン”ですか...」 「“コーレイの毒素”が試されていた頃...」アンが、続けた。「フランスでは... 化学者/細菌学者/パスツール(Louis Pasteur)が...狂犬病の犬から唾液を集めるのに、四 苦八苦していた時代といいます。ちなみに、パスツールは、“炭疽菌ワクチン”と、“狂犬病ワクチ ン”を発見しています...そうした時代に、“最初のアジュバント”が発見されているわけです」 「パスツール研究所が...」響子が言った。「確か...1888年に設立されていますね?」 「あ...はい...」アンが、モニターで確認した。「そうですね... パスツール研究所/パリは...生物学、医学研究を行う...非営利・民間研究機関です。パ スツールが“狂犬病ワクチン”を開発して、1888年に開設しています。微生物、感染症、ワクチ ンなどの、基礎・応用研究の他に、高等教育も行っていますわ...日本パスツール協会というの もありますね...」 「はい、」響子が、うなづいた。 「ええと...“コーレイの毒素”の話に戻りますが... 彼は、ガン患者が...“連鎖球菌の1種/溶血性・連鎖球菌”に感染すると...ガンが縮小 ・消滅する例があるという報告に、興味をひかれたと言います。 コーレイは...“溶血性・連鎖球菌に対する免疫応答が・・・ガンを排除しようとする、免疫力を も強めている”...と直感したといいます。 そして...“最初は・・・生きている溶血性・連鎖球菌”を...それから、“後に・・・殺した菌を、 ガン患者に接種”するという、“1連の臨床試験”を、1881年に開始したと言われます。これが、 後に、“コーレイの毒素”と呼ばれる治療法になります。 時には、ガンの劇的な収縮をもたらしたわけですが...先ほども言ったように、そのメカニズ ムは謎のままでした。そして、効果は確認できたものの、その毒性ゆえに、忘れられるようになり ます。以来、100年以上もの年月が流れたわけです」 「はい...」響子が、手を組みなおした。 「ええ...」アンが、赤毛を撫で下ろし、喉元で絞った。「20世紀初頭といえば... 1905年の、特殊相対性理論の提唱と、東郷平八郎・提督の日本海海戦が頭に浮かびます。 この時代に...“ヒトが本来持っている免疫力を・・・細菌や、その他の物質によって増強できる” ...という考え方が広がっていました。 具体的には...フランス/獣医学者/ラモンと...イギリス/免疫学者/グレニーが...動 物に、ジフテリアや破傷風のワクチンを接種して...デンプンから水酸化アルミニウムまで、様々 な物質を試し、ワクチンの効果増強・物質を調べたようです...」 「はい...」響子が、横を向いてボンヤリと答えた。 《危機管理センター》 の大型壁面スクリー ン/ヘッドライン情報を見ていた。 異常はなかった。センターの情報機材も、静かに時を刻んでいる。インフォメーション・スクリー ンは、画面が斜めに分割されていた。大きい方には、 《 My Weekly Journal》/第2編集部の 風景、上側の小さい方には、《クラブ・須弥山》の様子が映っている。 第2編集部の方では今、〔日米安保・50年〕/《核戦略/戦争ゴッコの終焉》の作業が進 められている。そして、《クラブ・須弥山》には、片隅に食事をとっている支折の姿が見えた。一 人で、窓辺で雪が降り落ちてくるのを見ながら食べていた。 響子につられて、アンも壁面スクリーンを眺めた。 「ええ...」アンが言った。「そして...1930年代に入ると... 油と水を混合したエマルジョン(乳濁液/・・・ミルクなど、)に...“抗原”を懸濁(けんだく/顕微鏡で見える 程度の微粒子を、液体中に分散させること)すると...ワクチンとしての効果が強まることが、発見されまし た...」 「はい...」響子が言った。 「これが... “オイル・イン・ウォーター型エマルジョン”と...“ウォーター・イン・オイル型エマルジョン”に、 なるわけですね」 「つまり...油と水を混合したエマルジョンが、“アジュバント”になるわけですね、」 「そうです... それから、ある種の細菌/グラム陰性菌(グラム染色において、クリスタル・バイオレットによる染色が、脱色され る細菌の総称)の細胞壁成分である、リポ多糖(LPS)の効果なども、研究されたようです。 でも...これらの添加剤の多くは、狙い通りの免疫増強作用は発揮したのですが、過剰な炎 症反応など、副作用も頻繁に生じたようですね。したがって、“予測しがたい・・・悪影響”というも のを、排除しきれなかったようです」 「それで...」響子が、目を細めた。「どうなったのかしら?」 「“アジュバント”への関心も、薄れていって行ったようですわ... ところが、1980年代に入り、免疫システムにとって最大の難敵/HIV(エイズウイルス)という新種 の病原体が出現して来ます」 「HIVですか、」 「そうです... “免疫細胞に感染する・・・HIV”は、まさに、“狡猾・・・真綿で首を絞める”ような残酷さで... 生殖という存在の基本システムを介し...人類文明の大繁栄の前に立ちふさがって来たわけ です」 「はい...」響子が、大きく息をした。 「そこで... “思いつく限りの・・・知識・アイデアを総動員”し...この新種の病原体/HIVと戦う必要性に 迫られたわけです。HIVについては、すでに相当の知識が蓄積されていると思いますが、この感 染症は、“古典的ワクチンでは・・・全く歯の立たない病原体”だったわけです」 「でも...」響子が言った。「これって...ごく最近のことですよね?」 「そうです...」アンが、うなづいた。「HIVが特定されたのは、1980年代半ばです... そして、問題になったのは...それから10年間たっても...特効薬/ワクチンが創出できな かったことですわ。HIVは、“T細胞を攻撃して・・・獲得免疫系を破壊”するだけでなく、“常に 変異て・・・抗体による反撃も・・・狡猾にかわしている”、ことが分かってきました」 「そこで...“アジュバント”にも...再び注目が集まってきたというわけですね、」 「はい...」アンが、うなづいた。「そうですね... “遺伝子組み換え技術で作った・・・HIVタンパク質”を材料にし、ワクチン開発を急いでいた研 究者たちは、この“抗原”をしっかりと認識するように...“免疫反応を強める必要性”に、迫ら れました。 そこで...“既存アジュバントの組み合せ”や、“改良を加えた新アジュバント”の研究・開発 が、始まったわけです。そうした中で、免疫システムや“アジュバント”の役割という全体風景も、 次第に見えてきたということでしょう...」 「うーん...」響子が、口に手を当てた。「医学全体...ナノ・テクノロジーを含めた...科学技 術全体が、ステージ・アップして来たということかしら?」 「そうですね...」アンが、頭をかしげた。「そうした...時代の流れも感じます... でも...HIVなどはそもそも、人類文明の長いグローバル化の歴史の中で、顕在化/強大化 してきた病原体です。グローバル化がなければ、アフリカ中央部の1風土病だったものですわ。 エボラ・ウイルスもそうですね。これは、HIVとは逆に、劇症型/最強の感染症ですが、これも 本来は、アフリカ中央部の1風土病だったものです。こうしたものが、“地球温暖化”と共に、脅威 が増大しているのかも知れません。マラリア、西ナイル熱、デング熱などは、すでに脅威ですわ」 「うーん... 人類文明の、グローバル化と接触したたために...怪物ウイルスに変貌してしまったというこ とですね。しかも、予備軍は続々と、スタンバイの体制が整いつつあるわけですね... 《危機管理センター》 としては...アンも承知していると思いますが...この攻防は、人類 文明と、地球生態系のホメオスタシス/恒常性との、相克だと見ています。私たちは、そもそもこ うした戦いに、“勝てるのか?”ということが、大問題ですわ...」 「そうですね...」アンが、肘を包むようにして抱いた。 「私たちは...」響子が言った。「このまま...医療技術や再生技術を...さらに進化・発展さ せて行っても、大丈夫なのでしょうか?」 「“文明の折り返し”の必要性はともかく... 私たちの医療技術は、前進して行く必要がありますわ。私たちは、弱者や弱者に陥った人々 を救済して行くために、そもそも文明社会を形成し、医療も発展させてきたわけです。弱肉強食 の野生では、医療は必要ありません。医療は、文明そのものなのですわ」 「そうであっても...このまま進んで、微妙な生態系の布模様を、撹乱してしまうとしたら...?」 「それでも... “天敵”に相当する...日和見(ひよりみ)感染菌 〜 最強/パンデミック・ウイルスに対し...ホ モサピエンスの防護ラインは必要です。私たちは、そのために、抗生物質やワクチンの技術を 積み上げてきたわけです。この歩みを、止めるわけにはいきませんわ...」 「もちろん、そうです...」響子が言った。「でも、これが... 生態系のホメオスタシス/恒常性との戦いだとしたら...“人類文明の・・・粗野な驕(おごり)り” を反省しなければなりません。そして、そもそもこうした戦いに、“勝てるのか?”というこが大問 題になります」 アンが、目を閉じて、うなづいた。 「それでも...」アンが言った。「“文明の歩み”を止めることはできませんわ。それが、私たちの 存在意義ですから...」 「そうでしょうか... 私たちは、そうであっても...核兵器や核エネルギー技術を捨てようと努力していますわ。私 たちは...“文明をリセットする・・・覚悟の時・・・”...が近づいているのかも知れませんわ。 こうした時代でも、アンはどうしても...医療体制と文明社会の発展を...堅持して行きたい という、考えなのかしら?」 「私は...そうですわ」 「うーん...私は、文明が後退しても構わないと考えています... いずれ、重工業社会は後退して行くでしょう。もちろん、その結果、文明が後退して行くとは思 いませんが...“文明の第2ステージ/エネルギー・産業革命”のパラダイムは...確実に後 退して行きます。 自然界をお手本として、見習うなら...次のパラダイムは、“文明の第3ステージ/意識・情報 革命”になるというのが、《当ホームページ》の統一見解です。 エネルギー・スタイルも...“粗野で莫大な熱運搬エネルギー”から、“微細で高度な情報 運搬エネルギー”にシフトして行くでしょう。 でも、そのシフトに失敗し...現在のパラダイムが破綻した時...私たちは、“現在のような ・・・高度な物質文明”を捨てる、“・・・覚悟・・・”をする時...だと考えています」 「でも...」アンが言った。「そこまで考える必要が、あるのかしら...?」 「あら...」響子が、表情を固くした。「もちろんですわ... 私は、その“・・・覚悟・・・”こそ、“文明の折り返し/反グローバル化”/〔人間の巣のパラ ダイム〕へ大転換する、推進力だと考えています。それがなければ、惰性で流れます。今、それ が、最大の危機になっていますわ。今なお、“無意味な・・・競争原理”が、火花を散らしています」 アンが、眼鏡の真ん中を押し、考え込んだ。 「うーん...」響子が、口をすぼめて、頭をかしげた。「アンは、やはり科学者なのですね、」 「そうなのかしら...?」 「そう思います...」響子が、ニッコリとうなづいた。「基本的に、科学者なのですわ」 「それじゃ、響子さんは?」 「私は、アンのように...科学的・論理性の道を、歩んできた人間ではありませんわ。科学のパ ラダイムは尊重しますが...科学という宗教の信者ではありません」 「信者ですか...」アンが、口に手を当てた。 <アジュバントの・・・ 本当のブレークスルーは!
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「いいですか...」白いガウンに手を突っ込み、夏川が歩いて来た。 「はい...」響子が、夏川を見上げた。 夏川が、自分の椅子にゆっくりと掛けた。チャッピーが、ひょいと作業テーブルに跳びのった。 夏川のモニターの方へ歩いた。 「“アジュバント”に...」夏川が言った。「本当の意味で...ブレーク・スルーがやって来たのは、 1997年のことです...つまり、つい最近のことなのです...」 「ええと...13年前かしら?」 「そうです...」夏川が、マウスに手をかけ、モニターをスクロールした。「この1997年に... “自然免疫系”の、樹状細胞の表面や内部に...特殊な受容体(レセプター)の存在が発見され ました。それが、ブレーク・スルーにつながりました。 これらの受容体(レセプター)は...多くの細菌が持っている、鞭毛成分であるフラジェリンなどの、 “病原体の・・・基本的な構造/成分”を...“パターンとして・・・認識”するらしいのです。 こうした、“病原体検出・受容体”が...危険信号を発し、樹状細胞を活性化するとともに、 “侵入病原体の・・・性質”なども、伝えるわけです。例えば...細菌か、ウイルスかなども、防御 する側には、重要な情報になります」 「はい...」 「この新発見の受容体の中でも... “トール様受容体/TLR(Toll−like receptors)”という、一群の分子が、樹状細胞の活性化に、 最も重要だと考えられています」 「はい...」響子が、目に微笑を浮かべた。「何年か前になりますが... “トール様受容体”の、研究論文を読んだことがありますわ。その後も、時々、目にすることが ありました。でも、“トール様受容体”というのは、こういうものだったのかしら...」 「はは...」夏川が、笑いながらうなづいた。「それは...多分、“参考文献/日経サイエンス/ 2005年4月号”の、『もう1つの防御システム・・・自然免疫の底力(L.A.J.オニール)』でしょう」 「そうでしたかしら...」響子が、顔をかしげて笑った。「それも、忘れてしまいました... ただ、非常に重要なキーポイントとして、記憶しています。それで、時々、“トール様受容体”の 文字を拾っていました...それから、別の論文もあったのですが、その時は、忙しくて読めませ んでした...」 「その、ひと齧(かじ)りが...今回、役に立って来たわけですね... ええ...これまでにヒトでは10種類の、“トール様受容体/TLRの・・・機能”が分かっていま す。それぞれが、ウイルスや細菌の別々のモチーフ(主要な思想や題材)...つまり、その特徴を認 識しているようですね」 「はい...」響子が言って、首をか斜めにした。 「例えば、ですね... “TLR−4”は、リポ多糖(グラム陰性菌の細胞壁の成分)を認識し...“TLR−7”は、ある種のウイル スの特徴である、1本鎖・RNAを認識します...」 「あ、そういう風に、認識するわけですね、」 「そうです... こうしたコトの発見から...“細菌の・・・抽出物”は、樹状細胞の“トール様受容体”を介して、 危険信号を発することで...“アジュバントとして機能”していることが、明確になったのです。 また、こうしたメカニズムが分かったことで...“特定のトール様受容体を標的としたアジュバ ントを・・・新たに設計できる可能性”も...開けてきたと言います」 「うーん...それは、HIV(エイズウイルス)にも、応用できるのでしょうか?」 「さあ...詳しいことは分かりません。しかし、HIVは、常に視野に入っている標的でしょう」 「はい、」響子が、手を組んだ。 〔4〕 次世代の・・・ワクチン/アジュバント
「さあ...」アンが、言った。「次世代のワクチン/アジュバントと言うことですね... 1980年代〜1990年代になりますが...“特定の病原体”や“特定の人々(年齢/疾患/治療歴 などが共通する集団)”に合わせて、免疫応答を最適化するための研究が行われました。合成アジュ バントや、その改変体、それから自然界に存在するアジュバントも、探索されたようです。 この当時、再開発されたものに...“アルム”(アルミニウム塩)などの古典的アジュバントもあるわ けですが...現在、ヨーロッパでインフルエンザ・ワクチンでの使用が認められている、“MF59” や、“AS03”などのアジュバントもあります」 「“MF59”や、“AS03”は...」夏川が言った。「オイル・イン・ウォーター型(水中油滴型)の、エマル ジョン(乳濁液)です」 「はい...」アンが、夏川にうなづいた。「ええ... アジュバントの概念ですが...広い意味では、樹状細胞などの免疫細胞に作用し...“免疫 応答の・・・強さや質を高める化学物質”は...全てアジュバントとみなされます。 そして、現在では...“既存のアジュバントで・・・副作用をもたらしていた成分を除去”したり、 “複数のアジュバン成分を・・・最適な割合で混合”...できるようにもなっています。 例えば...“MPL”(モノフォスフォリル・リピッドA)という、新しいアジュバントがありますが...これは、 リポ多糖(グラム陰性菌の細胞壁成分)から毒性のある成分を取り除き、さらにその脂質成分の1つを精 製して作られた物質です。 これは、“トール様受容体/TLR−4”を介して免疫応答を強めるわけですが...副作用はあ りません。 ちなみに、このアジュバントは、すでに実用化ずみの幾つかのワクチンに添加されているよう ですね。それから、臨床試験の最終段階で、有望な結果を示しているワクチンにも、添加される ようですわ」 「はい... 」響子が、神妙にうなづいた。「臨床試験の...最終段階でのアジュバントの使用は、 最近、どこかで読みましたわ」 アンが、無言でうなづいた。 < 樹状細胞とは?
「ええと...」アンが言った。「ここで...おさらいと整理、それから詳細な点も、少し考察してお きましょう」 「ええ...」響子が、笑みを作ってうなづいた。 「まず...」アンが、肩から力を抜いて言った。「アジュバントが... “ワクチン・抗原”に対する...免疫応答を強めるメカニズムには...幾つかあります。そのう ち、最も強力なものは、樹状細胞にある、“病原体認識・受容体/トール様受容体/TLR”を、介 した作用だと見られています」 「はい、」響子が、うなづいた。 「樹状細胞は... あ、ええと、響子さん...この樹状細胞についても、もう少し詳しく説明しておきましょうか?」 「うーん...そうですね。お願いします」 アンが、うなづいた。 「樹状細胞は、一言でいえば...“自然免疫系の・・・監視細胞”と言うこともできます... 簡単に説明すると...血液に含まれる、白血球細胞の1種ですわ。骨髄の中の、未熟な前駆 細胞から分化してきます。末梢(まっしょう/はし、末端)では、樹枝状の突起を伸展させていることが、 形態的な特徴となっています」 「ああ...」響子が、うなづいた。「白血球の1種なのですね...マクロファージとは、どう違うの でしょうか?」 「樹状細胞もマクロファージも、白血球の1種/単球から、分化して来ます... そういう意味では似ているわけですが、もちろん、別々の役割があるわけです。ただ、単球は、 条件によっては樹状細胞にも、マクロファージにも、血管内皮細胞にもなるようですわ。ちなみに、 “抗原提示細胞”には、樹状細胞、マクロファージ、B細胞、などが挙げられます... 樹状細胞とマクロファージの違いとなると...こと、“抗原提示”という観点か
「うーん...そうなんですか、」 「いずれ...詳しく触れて行く時もあると思います... ともかく、この樹状細胞というのは...血液によって運ばれ...身体のあらゆる組織や器官 に分布します。そして、これらは、同定された場所によって、異なった名前がつけられています。 これらの名称についても、今回は関係がないので、詳しい説明は割愛することにしましょう...」 「はい、」 「でも...」アンが、モニターをのぞきこんだ。「形態的な特徴とは別に... “主要組織適合性抗原・複合体(MHC分子群/ヒトではHLA)”のうち...“クラスUに分類される分子” を、恒常的に発現していることは、重要ですわ。さらに、末梢に分布する樹状細胞は...未熟で 食作用機能をもち...“異物”を取り込んで熟成し...所属リンパ器官/T細胞領域へと移動し ます。 そして...“異物の・・・ペプチド断片”を...“MHC分子に結合”して...T細胞に提示するわ けですね。つまり、免疫応答を誘導する上で必須の、“抗原提示細胞”としての役割も、担ってい るわけですわ」 「はい...」響子が、ゆっくりとうなづいた。
「ともかく、樹状細胞は...」アンが、響子に、指を立てて見せた。「感知した異物の種類に応じ て...“獲得免疫系の細胞”を...さまざまに誘導します。 こうした、一連のメカニズムが明らかになって来たので、最近では、単に免疫応答を強めるだ けではなく...“望ましい方向に・・・免疫系を誘導するワクチン”...を、設計できるようにな ったと、言われていますわ」 「ワクチンを、デザインするわけですね、」 「はい... ええ...ついでに、もう少し詳しく言うと...樹状細胞の表面には、数種類の“トール様受容 体”があるわけですが...“トール様受容体”は、“細菌のタンパク質”や、“ウイルスだけが持っ ている・・・核酸の構造”など...“多くの病原体の・・・特徴的な分子”を、認識するようですわ」 「つまり...病原体を、かなり識別できるということかしら?」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「そういうことだと思います... それから...これらの“トール様受容体”の幾つかを、アジュバントで活性化すると...“病原 体が侵入した時と同じような・・・免疫反応を引き起こすことができる”...と言います」 「うーん...」響子が、頭を振った。「つまり...具体的に言うと、どういうことかしら?」 「そうですね...」アンが、眼鏡の真ん中を押した。「少し立ち入った内容になりますが...樹状 細胞から出る、指令について説明しましょうか、」 「はい、」 「ええ... T細胞や、B細胞が...病原体に接し、どのように成熟・増殖するかは...樹状細胞からの、 シグナルによって決まって来るのです」 「シグナル、ですか?」 「そうです... 例えば...サイトカインの1種/“IL−12”(インターロイキン−12)は...キラーT細胞や、細胞内 に侵入した病原体を攻撃するのに必要となるような...ヘルパーT細胞を誘導します。 また、“IL−6”(インターロイキン−6)は...B細胞に“抗体”を作らせるような...ヘルパーT細胞 を誘導するわけです。これらのヘルパーT細胞は、それぞれ、別の種類/別の役割を担ってい るわけです... それから、“IL−6”は、“IL−23”と協調して...別のヘルパーT細胞を誘導します。こうした 状況から...これらの、“IL”(インターロイキン)そのものを、アジュバントとして利用する研究も進ん でいるようですね」 「うーん...はい、」 「“トール様受容体/TLR”については... 現在...10種類まで機能の1部が分かっているようですが、これらの詳細についても、ここで は割愛します。今回はまず、概略を理解して欲しいと思います」 「はい...」響子が、コクリとうなづき... 《危機管理センター》 の、メイン・スクリーンに目を投 げた。そして、ヘッドライン情報を確認した。
変わったことはなかった。チャッピーが、響子の脚に頭をこすりつけてきた。響子が、ポケットか ら携帯電話を出す。《クラブ・須弥山》の弥生に、コーヒーをもっとて来てくれるように頼んだ。 「3人とも...」弥生が言った。「コーヒーでよろしいのかしら?」 「うーん...」響子が言った。「コーヒーでいいかしら?」 「ええ...」アンが、目を細め、口をすぼめた。 「夏川さんは?」響子が、モニターを読んでいる、夏川に聞いた。 「ああ...」夏川が、片手を上げた。「僕は、何でもいいですよ、」 「じゃ...」響子が、携帯電話を口に寄せた。「コーヒー3人分で、」 「はい、すぐに持って行きますわ」
<次世代ワクチン/・・・マラリア・ワクチンの開発>
「現在...」アンが、モニターをのぞき、眼鏡の縁に手を当てた。「開発中のワクチンに... “マラリア・ワクチン”があります...これは、“参考文献”の著者の1人/N.ギャルソンが率 いる、グラクソ・スミスクライン・バイオロジカル(イギリスの製薬会社)の、ワクチン・アジュバント・セン ターが開発に協力しているようです」 「はい...」響子が言った。「グラクソ・スミスクラインは、よく耳にしますわ。日本でも、ここから新 型インフルエンザ・ワクチンを購入していたと思います」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「ええ、御存じのように... マラリアは...プラスモディウム属(plasmodium)の原生動物/マラリア原虫(/マラリア病原虫)が 引き起こす、重い感染症です。ハマダラカ(羽斑蚊)が媒介します。熱帯性の伝染病ですが、全世 界で、毎年100万人以上の死者を出しています。その多くは、5歳以下の幼児ですわ...」 「あの、アン...」響子が言った。「マラリアの症状の方を、もう少し詳しくお願いします。マラリア とは、どんな病気なのかを、」 「ああ、はい...」夏川が、大きな声で言った。「それは、バイオハザード担当の私の仕事です」 「あ、でも、簡単に...」 「分かりました... ええ...マラリアはですねえ...マラリア原虫の、血球内寄生による...伝染病です。赤血 球内で増殖・分裂して、血球を破壊する時期に、発熱しますね。寒気・震え・高熱が主症状です が、これを間欠的にくり返します。 隔日に高熱を発する“三日熱”と...最初の発作から2日平温があって、4日目に高熱を発す る“四日熱”...それと、不規則な“熱帯熱マラリア/・・・悪性マラリア”...等に分類されます」 「はい、」響子が、うなづいた。「マラリアという熱帯性伝染病は、よく耳にはするのですが、 《危 機管理センター》 の私も、それ以上のことは知りませんでした。ありがとうございます」 「まあ...」夏川が言った。「大概は、そうです。そのために、専門スタッフがいます」 「西ナイル熱や、デング熱のことも...そのうちに、くり返してお聞きしたいと思います」 「分かりました」
「ええと、いいかしら?」アンが聞いた。 「あ、はい...」響子が、頭を下げた。 「マラリア原虫は... ハマダラカが媒介するわけですが...細胞内に侵入するので、隠れることができます。そう やって隠れてしまうと、“免疫系による攻撃”が難しいのです。これは、細胞内に潜伏してしまう、 HIV(エイズウイルス)の例からも分かると思います。 さらに、マラリア原虫は...一生の間に何度かその姿を大きく変えます。そのために、感染の 全ステージを通じて、ワクチンとして機能するような、“最適な・・・抗原”を見出すのが、難しいよ うですわ」 「そのために...ワクチンが存在しなかったのですね?」 「はい...」アンが、眼鏡を押した。「そうですね... したがって、有効なワクチンを開発するには...“抗体”とキラーT細胞の、両方を使う必要が あります。まず、細胞に侵入しようとしているマラリア原虫(スポロゾイト/・・・マラリア原虫が蚊の体内からヒト に入る時)を“抗体”によって叩き...マラリア原虫が侵入してしまった細胞を、キラーT細胞によっ て破壊することが必要になります」 「で...」響子が、顎を引いた。「どうするのかしら...?」 「つまり... これらを達成するには...“アルム(アルミニウム塩)”などよりも、はるかに優れたアジュバントが、 必要だということですわ」 「はい...」響子が、うなづいた。
「ええと...」アンが、モニターを見ながら言った。「“マラリア・ワクチン”ですが... 様々な点を考慮し...“参考文献”の著者らは...“RTS,S”と名づけた“抗原”に基づく、ワ クチンを開発しました...」 「“RTS,S”...と言うのは?」 「“RTS,S”、というのはですね... マラリア原虫が...宿主の赤血球に侵入する前と、侵入直後に原虫の表面に露出しているタ ンパク質の1部と...それに、免疫系の認識を促進するB型肝炎ウイルスの、“表面・抗原/S 抗原”を融合した...人工的な、“組み換えタンパク質”ということですわ」 「...」 「この“RTS,S/組み換えタンパク質”をですね... “オイル・イン・ウォーター型エマルジョン”と...“MPL”(モノフォスフォリル・リピッドA)...そして、 “QS21”(植物由来のサポニンの1種で、1930年代から獣医学分野でアジュバントとして使用)からなる、混合アジュバ ントと共に、投与するのだそうです」 「はい...」響子が、口に指を当てた。「つまり... “RTS,S/・・・抗原”を...“オイル・イン・ウォーター型エマルジョン”と、“MPL”、“QS21”か らなる、混合アジュバントと共に投与する...ということでいいのかしら?」 「形式的には、そのようですね... “参考文献”の著者らは...組成を最適化した上で...ウォルター・リード陸軍研究所と共同 で、小規模な臨床試験を行ったようですわ。 ええと...ウォルター・リードというのは、アメリカ陸軍の軍医です。パナマ運河建設の際に、 蚊を駆除し、黄熱病の蔓延を防いだ功績で、陸軍研究所の名前になったようです。“マラリア・ワ クチン”というのは、元々は熱帯で戦闘する事の多い、軍で開発が進められたものなのです」 「はい...」響子が、まばたきしてうなづいた。 「次に...この“マラリア・ワクチン”の、臨床試験の概略を説明しましょう... 臨床試験という言葉は、すでにくり返し出てきていますが...これは、実際に、患者や健康な 人に投与することにより...安全性(副作用の有無、副作用の種類、程度、発現条件など)と、有効性を確か める目的で行われる、試験のことです。これは、いいですね?」 「はい、」響子が、うなづいた。「臨床試験は、すでに広く知られていると思いますわ」 アンが、うなづいた。
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「ええ、臨床試験では... 健康な被験者に、ワクチンを接種した後...マラリア原虫をもつ蚊が入った箱に、 腕を入れてもらいました。そして...少なくとも、5か所を刺させてから、発症率を比 較したと言います。 その結果...この新・ワクチンでは、7人の被験者のうち、発症したのは1人でし た。それに対し...“アルム”を添加したワクチンでは、全員が発症しました。つま り、新・ワクチンの有効性が裏付けられたわけです。 (比較したワクチンについては、“アルム”を添加したという以外は、詳しいデータが記載されていません。 おそらく、マラリア原虫を不活化した、“FSV−1”あたりと思われます...)
最終的な試験では...つねにマラリア原虫にさらされている条件下で...実際 に生活している人々を対象に行われました。 成人を対象に...アフリカ/ガンビアで行われた大規模な試験では...71% の被験者が、ワクチン接種から9週間の経過観察期間中...マラリアの感染を免 れたと言います。
それから、その後...アフリカ/モザンビーク/マラリア汚染地域において、子 供を対象に行われた試験がありました。 この試験では...3回の接種によって...30%の被験者がマラリアの感染を 免れ...6か月の経過観察期間中に、重いマラリアを発症する率は、60%近く下 がった...と言います...」
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「うーん...」響子が、モニターに見ながら、バレッタ(髪留めクリップ)に手を当てた。 「ええ...」アンが言った。「現在... この...“マラリア・ワクチン”に、リポソーム(脂質の小胞)を添加した改良版が...乳児を対象 にした、“臨床第3相試験の・・・最終段階”、にあるようです。 これは...“マラリアの感染と重症化を・・・有意に防いだ・・・初のワクチン”...となりそうだ ということですわ。“マラリアの制圧に向って・・・大きな期待が持てる結果”、と言うことですね」 「ええ...」夏川が言った。「順調に進めばですが... 2011年にも...ワクチンが実用化されるというインターネット情報もあります。つまり、それ ぐらい、実用化が近いということだと思います。完璧なものではありませんが、ともかく、最初の ワクチンが承認されるのも、近いということでしょう」 「うーん...」響子が、コブシを握った。「頼もしいですね... “地球温暖化”で...熱帯型・感染症が、拡大/北上している中で...1つの朗報ですわ」 「ともかく...」アンが、脚を組み上げた。「この成功によって... “適切な抗原と・・・アジュバントを組み合わせ・・・合理的にワクチンを設計”すれば... “望み通りの・・・免疫応答を誘導できる”、ことが分かったと言います。 この方法は...“新ワクチンの開発”と“既存ワクチンの改良”の...両方に適用できるのだ と言います」 「うーん...“ワクチン開発に・・・有力な手段が確立する”、というわけですね?」 「そうですね、」アンが、ニッコリとうなづいた。 <インフルエンザ・ワクチンの考察・・・>
響子と、アンと、夏川は...弥生の淹(い)れてくれたコーヒーを飲みながら、次世代ワクチン の考察を続けた。 弥生も、一緒にコーヒーを飲んだ。弥生は、ボンヤリと 《危機管理センター》 の様子を見回し たり、話に耳を傾けたりしていた。彼女が、日頃から話していることだったが、《クラブ・須弥山》 の方も、だいぶヒマな様子だった。
「そういうわけで...」夏川が、コーヒーカップを受皿に置いた。「既存のワクチンの多くは、特定 の人々には...安全性が低かったり...効果が無かったりすることがあるわけです...」 「免疫力が...」響子が、コーヒーカップを両手に持って言った。「落ちているからですね?」 「そうです... “最も・・・ワクチンを必要としている人々”に対して、効果が低下してしまうという、皮肉なケー スもしばしば起こるわけです」 「うーん...」響子が小さくうなづいた。弥生が、インフォメーション・スクリーンの方へ歩いて行く のを、ボンヤリと見た。 「典型的な例が...」夏川が、続けた。「季節性インフルエンザ・ワクチンにも見られます... 免疫能力が未発達な乳幼児や...逆に、それが低下してきている高齢者などは...インフ ルエンザ・ウイルスの感染で、命にかかわる事態になることがあるわけです...まあ、えてして、 疾患とは、そういう弱者に寄り付くものですがものですが...」 「実体は...」アンが、コーヒーカップに片手をかけがら言った。「どの程度なのかしら?」 「季節性インフルエンザ・ワクチンの効果ですか?」 「ええ...」アンが、顔をかしげた。 「そうですねえ... 65歳以上の人は...標準的/インフルエンザ・ワクチンの接種を受けても...半数は、感染 を防ぐに十分な...“抗体”を誘導できないようです」 「あら、そうなんですの?」 「まあ...ワクチンも、完全に防御できるというものではないということです」 「でも、半数とは、効果が薄いですね...」 「65歳以上の人が、全て感染するわけではありませんから、そんなものでしょう」 「だから、」響子が言った。「アジュバントが必要だと...?」 「そういうことですね... ええ...イギリス/グラクソ・スミスクライン(社)は、“AS03”を...スイス/ノバルティス(社) は、“MF59”を添加していますが...これは、日本にも大量に輸入されることになっているので、 後で、もう少し詳しく考察します」 「はい、」響子が、うなづいた。「お願いします」
「とりあえず、」夏川が言った。「ここでは... グラクソ・スミスクライン(社)の...“オイル・イン・ウォーター型エマルジョン”の“AS03”を添 加した...実験段階の、季節性インフルエンザ・ワクチンについて話しておきましょう... これは、65歳以上の人の90.5%に、“十分なレベルの抗体”を誘導できたと言います。標準 的/インフルエンザ・ワクチンの半数に比べれば、高い数値でしょう...」 「はい、」響子が言った。「そうですね...」 「そもそも... アジュバントというのは...“免疫細胞が・・・抗原を認識する能力を高める力”...があり ます。したがって、“抗原の含有量”が少なくても...有力なワクチンを作れる可能性があるので す。 この特性は、感染症パンデミックが起きて...“短期間に大量のワクチンを必要とする時” にも...重要な戦略ポイントになりますね、」 「はい...」響子が、真剣なまなざしで、うなづいた。 「もともと、“AS03”は... 新型インフルエンザのパンデミックに備えて開発された、新しいアジュバントなのです」 「はい、」響子が、固く手を組んだ。「ええと... イギリスのグラクソ・スミスクライン(社)の...ワクチンに添加されている...アジュバントな のですね?」 「そうです...」夏川が、モニターをスクロールした。「うーむ... 現在...“AS03”をアジュバントとする、実験段階のワクチンとして...強毒性の【H5N1型】 鳥インフルエンザ・ウイルスに対する、ワクチン開発が行われているようです。 ここでは、通常の/季節性インフルエンザ・ワクチンに使われる...“1/3の抗原量”で... 必要な“抗体”を...誘導できたとありますね、」 「うーん...」響子が、口に手を当てた。「通常の、1/3の量...ですか?」 「そうです... ええと、いいですか...これまで紹介した...“マラリア・ワクチン”も...【H5N1型】・・・新型 インフルエンザ・ワクチン”も...1980年代〜90年代にかけての...アジュバントの再評価と 新開発の成果が、実を結びつつあるもの...と言われます。 一方...先ほどアンが紹介していたように...“樹状細胞のパターン認識機能が・・・自然 免疫系と、獲得免疫系をつなぐ・・・懸け橋となっている”...という発見をもとにして...次 世代型/新アジュバントが...設計可能になってきていると言われます」 「はい...」響子が、口に手を当てた。「こっちの方は...それほど、有望なのでしょうか?」 「しかし、まあ...研究は、“緒(ちょ)に就いたばかり”のようです... 今後...“様々な性質の、新世代アジュバント”が...続々と生まれてくる様です。それら の中から...“最適なものを組み合わせ・・・これまでに例のない、高性能ワクチン”...が 生み出されることが、期待されています」 「はい...」響子が、口元に笑みを浮かべ、ゆっくりとうなづいた。
〔5〕
新世代のアジュバント ・・・続々!
「ええと...」アンが、眼鏡の真ん中を押し、モニターをのぞいた。「免疫学と、分子生物学の進 展...それから、材料科学の方面からも...“ワクチン効果を高める・・・新手法”が、数多く 生まれてきています。 ええ、“リポソーム”というのは...脂質二重層のうち、球状のものですが...これは、薬剤な どを封入して、分解を防ぎながら生体組織に送り届けるという、“DDS/薬剤送達システム”の 分野で、すでに使用されています」 「あ...」響子が、微笑した。「“リポソーム”は、化粧品などにも使われていますよね、」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「ともかく... ワクチン成分の“抗原”を、“リポソーム”に封入すれば...“抗原”の分解を防ぎ、免疫系を長 期間にわたって刺激する...“抗原・貯蔵庫”とすることができます。 同種のものとして...細菌の細胞壁などに見られる天然の多糖や、合成ポリエステルでカゴ を作り出し...その中に“抗原”を封入する、“DDS”というのもありますわ。 こうした“DDS”には...免疫細胞に、望みの信号伝達を引き起こすような...天然物質や 合成化合物を...“一緒に封入できる”という利点もありますわ」 「うーん... “DDS/薬剤送達システム”ですか...現代医学は、あらゆる分野で研究開発が進んでい るのですね」 「そうですね... ええと、それからですね...免疫細胞どうしが交わしている信号の解読か進むにつれて、色 々な関係性というものが分かって来ました。樹状細胞が“異種抗原”に接触して、最初に出すシ グナル分子は、単なる警戒信号ではなかったのです。 最初に出すシグナル分子は...病原体の種別に応じて、どんな反応を起こすかを...指令し ていることが分かって来たのです」 「うーん...最初の選別ですね...」 「そうですね... これは...“アジュバントの・・・組み合わせを選択する”ことで...“誘導する免疫反応の ・・・内容を変えることができる”...という可能性を示しているものです... “主に・・・抗体を作る反応を誘導したり・・・1群のT細胞を選択的に刺激したり”...とい うふうに...“調整することが・・・理論的に可能になった”...と言うことのようですわ...」 「具体的には...まだ、と言うことでしょうか?」 「そうですね...ええと... このシグナル分子/・・・サイトカインそのものを...アジュバントとして使う実験も、試みられ ているようですわ。 サイトカインの1種/インターロイキン(IL)という分子群は...ガン患者や、エイズ患者の、免 疫力を高めるために使われて来たことで知られていますが...これは本来は、樹状細胞が作り 出す物質だということです。 したがって...ええ、つまり...“どんな組み合わせの・・・インターロイキン”を分泌するか によって...“どの免疫細胞が・・・活性化するか、が決まる”...というわけです」 「...」 「ええと...」アンが、響子に微笑を送り、モニターをのぞいた。「例えばですね... “IL(インターロイキン)−2”と“IL−12”は、キラーT細胞の誘導を促進し...“IL−4”と“IL−6”は、 “抗体”を作るのを促進します。 同様の効果は...“トール様受容体/TLR”を、活性化する分子を組み合わせることでも、得 られます。病原体の産物を認識する、“トール様受容体/TLR”は様々ありますが...その1つ である“TLR−4”は、体がストレスに応じて作り出す“熱ショックタンパク質”をも認識します...」 「うーん...」響子が言った。「《熱ショックタンパク質》ですか... 確か...昨年の3月頃に、ページを作成していたかしら?」 「ええ...」アンが、うなづいた。「2008年〜2009年にかけて、私たちが考察していますわ」 響子が、うなづいた。 「ええと...」アンが、モニターをのぞいた。「いいですか... “トール様受容体/TLR・活性化分子”と、“TLRには作用しない・・・エマルジョン(乳濁液) などの、アジュバントを組み合わせる”と...相乗効果を発揮して、樹状細胞を強く活性化で きる場合があると言います。 こうしたものは...将来、最も難しいワクチンの開発に...役立つかもしれない...と言われ ています。そうした、難しいワクチンの1例が...ガン・ワクチンです」 「ガン・ワクチンですか...」響子が、握ったコブシに力を入れた。
<ガン・ワクチンへの道・・・>
「そもそも...」アンが言った。「ガン・ワクチンの開発が難しいのは... ガン細胞は、患者自身の細胞から生まれたものだからです。感染症のワクチンは、体外から 侵入してくる病原体/“異種抗原”を対象にしたものですが、ガンは自分自身の細胞なのです。 このため、免疫系はある程度反応するものの、ガン細胞を殺すことができるのは、ごく稀です」 「はい...」響子がうなづき、ふと、 《危機管理センター》 のメイン・スクリーンに目を投げた。 そこでは、弥生が響子のスライド・チェアに座り、ボンヤリとスクリーンを眺めていた。響子が、 素早く、ヘッドラインの警報ランプを確認する。変わったことは、何もないようだった。 「ガン細胞に対する..」アンが、視線を戻した響子に言った。「免疫応答を強めて... 治療効果を引き出すというガン・ワクチンは...これまで、ほとんどが失敗に終わっています」 「はい...ほとんど、ということですね?」 「そうです... でも...“最適なアジュバントを組み合わせれば・・・状況は変わるかも知れない”...と 言われていますわ。まだ、研究段階ですが、“様々なアジュバントの組み合わせを使った・・・ ガン・ワクチン”が作られ...すでに、望な結果が得られているとも言います」 「うーん...ともかくガン・ワクチンの研究は、進んでいるということですね?」
「ええと...」夏川が言った。「そうですねえ... そうした1例が、“Mega−A3”という“抗原”に...アジュバントを“組み合わせ”たガン・ワク チンでしょう。現在、臨床試験の最終段階にあるようです。 “Mega−A3”は...ある種のガン細胞にだけ発現している“特異的・抗原”です。これと、ア ジュバント/“AS15”を、“組み合わせ”ているようです。 “AS15”は...リポソーム(脂質二重層のうち球状のもの/・・・DDS・薬剤送達システム)と、“MPL(モノフォス フォリル・リピッドA/・・・新しいアジュバント)”、“QS−21(新しいアジュバント)”、そして“CpG(細菌の成分)”を混合 したものですね...この“AS15”と、“Mega−A3”を“組み合わせ”たガン・ワクチンですね...」 「ええと...」アンが言った。「いいかしら... その...“特異的・抗原/Mega−A3”が発現している、ある種のガン細胞というのは、悪性 黒色腫(メラノーマ)、それに頭頸部ガン、非小細胞肺ガンなどですわ。“Mega−A3”は...正常組 織では、精巣と胎盤でのみ...発現しています」 「そうですね...」夏川が、頭を下げた。「ありがとうございます... さて、このガン・ワクチンですが...非小細胞肺ガンを対象にした臨床試験では...ワクチン を接種した患者の96%で、“特異的・抗原/Mega−A3”に対する、“抗体”の血中濃度が大き く上昇し...“狙い通りの・・・インターロイキン分子が誘導された”...と言います」 「はい!」響子が、うなづいた。 「それから...“患者の1/3近くが・・・ガンの増殖が停止するか縮小した”...と言います」 「効果があったわけですね!」 「ま、そうですね...」夏川が、響子に笑ってうなづいた。「これとは、別に... “CpG (細菌の成分/・・・シトシン・リン酸・グアニン)を・・・化学療法や放射線療法と組み合わせる臨 床試験”も...幾つかのガンについて、進められているようです。 “CpG”は...細菌に特有のDNA構造で...樹状細胞にある、“トール様受容体/TLR−9” によって認識されます。そして、樹状細胞の活性化を通じて...キラーT細胞を強く誘導します」 「ええ...」アンが言った。「これも補足しますわ... “CpG(シトシン・リン酸・グアニン)”という配列を持つDNAは...細菌にも動物細胞にも存在します。 でも、細菌では、この構造がメチル化されていないのです。一方、動物細胞では、ほとんどがメチ ル化されています。アジュバントとして使われるのは、“非メチル化の・・・CpG”のようです...」 「あの...」響子が言った。「メチル化というのは?」 「メチル基/CH3が、くっつくことですわ... 哺乳類のDNAでは、シトシン(塩基/C)の3%はメチル化されています。このメチル化は“CpG” という...C(シトシン)とG(グアニン)が連続した場所に多くみられ...“CpG”の80%ほどが、メチ ル化されています...」 「はい、ありがとうございます...」夏川が言った。「さて、いいですか... 要するに...メチル化されていない、細菌の“CpG”が使われるということですね。これは、つ まり...昔の“コーレイの毒素”が...“CpGという・・・現代的な装い”のもとに...復活して 来たことになるようです」 「うーん...」響子が、バレッタ(髪留め)に指をかけ、深く頭をかしげた。「“コーレイの毒素”...で すか?」 「そうです...」夏川が、うなづいた。「“CpG”をアジュバントとして開発している企業は、“コーレ イの毒素”にちなんで...コーレイ・ファーマスーティカルズ(社)と名づけられている様です」 「それは...」響子が言った。「19世紀/アメリカ/ニューヨーク/外科医:ウイリアム・コーレイ の名を、社名にしたというわけですね?」 「そうです...」夏川が言い、近くに来たチャッピーの頭に、そっと手をかけた。
< 将 来 展 望
・・・>
「ええと...」アンが言った。「それでは、このページをまとめたいと思います... ここで紹介して来た、様々なアジュバントは...今後、ワクチンによる感染予防の、幅を広げ て行くものになります。また、これまでは不可能だった医療の現実に、大きな期待を呼び込むこ とになるとも言われています」 響子が、うなづいた。
「ええ... “ブタクサ抗原”と“CpG”を組み合わせた...“花粉症・ワクチン”は、初期・臨床試験で、有望 なデータが得られつつあるようです... それから、アジュバントを使うと...“近縁のインフルエンザ・ウイルス株を認識するように ・・・免疫反応を誘導できる”...可能性があると言います。つまり、“より広範囲のウイルスに 効果を発揮できる・・・インフルエンザ・ワクチン”を、開発できる可能性が出てくるわけです。 ええと...さらに...アジュバントを使うことで...病気や化学療法で免疫力が低下している 人にも...有効なワクチンが、初めて開発可能になったと言います。もちろん、アジュバントだけ で、ワクチンの全ての欠点を克服できるわけではありませんが...1部は確実に克服できます」
「そうですね...」夏川が言った。「ええ、そもそも... 免疫系を調整するというのは...非常にデリケートな問題です...また、文明と、環境と、身 体問題の相互作用でもあります。 大自然から来る花粉症や...文明から来る化学物質・過敏症や...高齢化社会から来る、 ガン患者の増大などもありますね... それから、これは... 《危機管理センター》 の課題にもなりますが...すでに世界的に蔓延 しているHIV(エイズウイルス)や、強毒性/【H5N1】鳥・インフルエンザの、ヒト・新型インフルエンザ への変異も...人類文明にとって、大きな脅威となって来ています」 「はい、」響子が、固く唇を結んだ。 「そういう意味において... ワクチン開発は、今後、人類文明を左右するものにもなると思われます。“新しいアジュバン ト・・・最先端・ワクチン”では...今のところ、“心配された副作用の兆候”は見られていない ようです。今後とも、慎重に、安全性に十分配慮し、開発を進めて行って欲しいと思います」 「はい...ええ、ありがとうございました」 響子が、丁寧に、2人に頭を下げた。
「響子です。ワクチンとアジュバントの話は、いかがだったでしょうか... 樹状細胞は、マクロファージと同じように、造血幹細胞から分化してくるわけで すね。そして、樹状細胞には、様々な“トール様受容体”があり、インターロイキン などのサイトカインも放出されているわけですね... 免疫システムのことも、だいぶ理解が進んだと思います。どうぞ、今後の展開に、 御期待下さい...」
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