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        ツイート の 記 録        

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  1月 11日





  薬師如来坐像 (国宝)

  木造/像高49.7 cm

  平安時代・9世紀

  奈良国立博物館

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(140)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(46)

 

★  【生死/しょうじ】・・・①

 

「生死の中に仏が有るから、生死に惑わない」

「生死の中に仏が無いから、生死に惑わない」

夾山、定山と言われし、2人の禅師の言葉である。道を得た人の言葉であり、疎

(おろそ)かにしてはならない。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(141)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(47)- ②

生死(しょうじ)の外に仏を求めるのは…

轅(ながえ/長柄の意・・・馬車・牛車などの前に長く出した二本の棒。その前端に軛(くびき)をわたして牛馬に

引かせる)を北に向けて南国に向かい、顔を南に向けて北斗七星を見ようとするも

のである。いよいよ、生死の迷いを集めて、解脱の道から離れてしまう。



  1月 12日




          薬師如来坐像

    (重要文化財)

指定名称/

   銅造薬師如来坐像

銅造像高37.3 cm

奈良時代・8世紀

野田吉兵衛旧蔵

奈良国立博物館

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(142)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(48)-③

生死が、そのまま解脱の境地であると心得て…苦しいものとして、厭(いと/・・・厭う

= 嫌がる)い捨てる事なく…安らかなるものとして、求め願う事のない時に…初めて、

生死への執着を離れることができる。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(143)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(49)-④

生から死に移り変わる、と考えるのは誤りである。生と言えば生になりきり、初め

から終わりまで生である。仏道では、生のことを <生死を超えた生> と言う。死

と言えば死になりきっていて、初めから終わりまで死である。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(144)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(50)-⑤

それを <生死を超えた死> と言うのである…

生には、生の他に何も無く…死には、死の他に何もない。生が来ればただ生に

向かい、死が来ればただ死に向かう。

生死を我物にすると言ってはならないし、願ってもならない。


  1月 13日



     日光菩薩坐像

     重要文化財

指定名称/

  乾漆造日光菩薩半跏像

木心乾漆造、漆箔

高56.1 cm

奈良時代・8世紀

高山寺旧蔵

東京国立博物館

(東京芸術大学保管の月光

菩薩像とともに、もとは京都

/高山寺の薬師如来像と

一具をなしていた。)

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(145)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(51)-⑥

我の命は…仏の命…

これを厭(いと)い捨てようとするは…仏の命を失うこと…

これに留まって生死に執着するは…仏の命を失い…仏を表面的に理解すること…

生死を厭うことなく…慕うことのない時…初めて仏の心に至る…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(146)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(52)-⑦

このことを、徒らに、頭で分かろうとしてはならない。

ただ、我身我心を投げ棄て…我を忘れて仏道に打ち込み…仏の方から導かれて

従って行く時…力も入れず、心も費やさずに…生死を離れて仏となるのである。

 


  1月 14日







      木造観音菩薩立像

         重要文化財

木造 彩色 彫眼

像高153.5 cm

平安時代・9世紀

九州国立博物館

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(147)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(53)-⑧

仏となるのに、やさしい方法がある…

悪をなさず・・・生死に執着せず・・・生きとし生けるものに慈(いつく)しみを深く

し・・・修行の進んだ人を敬(うやま)い・・・衆生を慈しみ・・・何事も厭(いと)うこと

なく・・・願うことも無くせ・・・

心に・・・悩みも・・・憂も無くせ・・・

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅・・・ 日本における展開 )・・・(148)

《 道元・・・ 『正法眼蔵』 》・・・(54)-⑨

このようにできた人を…仏と名付ける。この他に、仏を求めてはならない。



★ 《 以上・・・ 生死/全文要約・・・完 》