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    2013年 9月        

 2013年 9月  ツイート の 記 録    wpe86.jpg (6318 バイト)   
 9月/30日





 
 ヘンな虫が花の蜜を...




 
 
かすかに、虹...

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 21世紀型・・・日本列島改造の時 )・・・(4)

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した『第5次評価報告書』…深海の水温上昇

が判明 → 人間活動が温暖化を招いた可能性は、90% → 95%以上に上昇!

原発 は構造的な 高リスク + トイレの無いマンション状況。世界中で可能な対処

は、〔人間の巣のパラダイム〕 です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 21世紀型・・・日本列島改造の時 )・・・(3)

郷愁の時代への、回帰・安定化して行く方策として…私は 〔人間の巣〕 の全国展

開を提唱しています。

安倍・政権は景気回復が最大課題。しかし、世界経済/世界金融の時代 は、早

晩終息します。原発・再稼働 の方は、延長線上に 核戦略 の臭いが漂います。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 2回目・・・東京オリンピック開催決定に際し)

選手はリスペクト(敬意を払う)し…かつての様にスポーツマンシップで報道を。一極集中

報道は、結果的にスポーツのホメ殺しになります。

一般的に → マスメディアが人気を煽(あお)るのは 迷惑千万なイヤミ! スター性

や期待感は…  国民の1人1人が醸成して行く領分  です…


 9月/29日








岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(210)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(10)

公案を評する頌(じゅ/・・・偈頌(げじゅ)ほめたたえる詩)で、無門禅師が言う…

<頂門の眼/悟りの眼> に陶酔固執するならば、それは迷いの眼に転落する。

石霜の言う、<百尺竿頭> から歩み出せ。長沙の言う、市井の中の <動的禅

境>に、悟りを深めよと。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 21世紀型・・・日本列島改造の時 )・・・(2)

国民は 経済原理のマラソン から…1歩距離をとるべきです。そして、謙虚な 自給

自足生活 を志向する。また、動的・表面的な観光文化から…内省的・精神性の深

遠を目指す文化へ、回帰する。簡単に言えば…日本の郷愁の時代へ、立ち返って

行くことです。


 9月/28日







岡田健吉‏@zu5kokd1

( 21世紀型・・・日本列島改造の時 )・・・(1)

日本列島の社会インフラが、激しい豪雨で急速に崩壊しています。そこに…猛暑、

竜巻、寒波、ドカ雪…さらに 大地震 と 大噴火 …

安倍・政権は、国民生活無視の景気対策、原発・再稼働、戦争ゴッコです。国民

はまず… 経済原理 からの離脱を…検討する時です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(209)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(9)

<静的禅境> は承知…その上で、< 動的禅境> を行ない現していく。長沙の

提示である。

この禅境が公案で <次の1歩> を的確に示す。百尺竿頭を得たならば、再び市

井に返る。そこで <生活禅> を行い現していく…と言うことである。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(208)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(8)

仰山がそう言うと、長沙は雷鳴の如く襲いかかり、仰山を踏み倒した。仰山は嘆息

し、起き上りながら言った…

「やれ…仰山はまさに大虫/虎だ」

以後、長沙景岑禅師(ちょうしゃ・けいしん・ぜんじ)は“岑大虫(しんおおむし/しん大トラ)”と、あだ

名されるようになった。


 9月/27日



岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(207)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(7)

秋の夜、長沙禅師(ちょうしゃ・ぜんじ)と仰山禅師(ぎょうざん・ぜんじ)は明月をめでていた。

仰山が言う…

「一輪の明月・・・皆が持っているが、自由に使い得るものは少ない」

「ほう・・・良ければお目にかけようか」

「それは愉快だ。見せてもらおう」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(206)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(6)

公案では、石霜が言ったのは 「百尺竿頭 如何が歩を進めん」 だけである。後

は別の古禅哲の言葉で補っている。この古徳(/原文ではこうなっている)は、長沙景岑禅

師(ちょうしゃ・けいしん・ぜんじ)と言われる。潙仰宗(いぎょうしゅう)の仰山禅師とは親しい友

で、有名な禅問答が残されている。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(205)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(5)

修行者は、<百尺竿頭/静的一境> に留まってはならない。市井に入り、差別

の万境に身を置き、禅臭・悟臭(/禅のにおい・悟りのにおい)を脱落(/道元禅師の言う心身脱落

の意)…凡人の、<真の一如>(静的な禅境ではなく、生活の中の動的な禅境) を生きねばなら

ない。寒山・拾得(2人とも、天台山/国清寺の行者)は風狂の徒(詩作をよくし、特に『寒山詩』は有名)

だが、文殊・普賢(/文殊菩薩・普賢菩薩)の再来と呼ばれた。

(寒山寺は...中国江蘇省/蘇州市楓橋鎮にある臨済宗の寺院。寒山拾得の故事で名高い。伽藍の創建は8世

紀から9世紀に掛けてのことで。石頭希遷禅師によると伝えられる。全盛期の寒山寺の面積は広大で、“馬に乗って

山門を見る”と言われたほどと言う。寒山寺という寺名は、唐時代に風狂人/寒山がこの地で草庵を結んだという伝

承にちなむ)


 9月/26日



水原 秋桜子の句碑


 
草紅葉

   
草加煎餅を干しにけり


秋桜子(明治25~昭和56年)

俳人であり、医学博士。高浜

虚子の高弟。

正岡子規・高浜虚子を師とす

る、雑誌『ホトトギス』の中心

的な俳人。





この右下に秋桜子の句碑

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(204)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(4)

<百尺竿頭の禅境/ ・・・迷悟なく、生死なく、自他なし> の、純粋そのものの

境地に陶酔したならば… <平等1枚の・・・静的な岩> に堕(だ)してしまう。それ

は<死んだ・・・空虚な無> であり、 <真の妙悟> とは離れてしまう。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(203)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(3)

しかし、百尺竿頭の禅境に胡座(こざ/あぐら)してしまうと、そこが一種の巣窟(そうくつ)

になってしまうと、古禅哲(/長沙景岑禅師)は言う。

そこから歩を進め、十万世界の混乱に身を投じ、灰頭土面(かいとうどめん/・・・頭は灰だ

らけ、顔は泥だらけ。迷いの真只中にいる状況 )の生活をして行くこと。それが、真に力量のある

禅者と説く。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(202)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(2)

また、古禅哲(/公案にもう1人登場する禅匠・・・長沙景岑禅師(ちょうしゃ・けいしん・ぜんじ)と言われる。

潙仰宗の仰山禅師と親しい友)は言った…

「百尺竿頭((ひゃくしゃく・かんとう)に坐す人は、<這箇>(しゃこ/これ、これら・・・即今) を得

たとはいえ、未(いま)だ真の大悟に至らず。百尺竿頭に須(すべから)く歩を進め、

十万世界に全身を現すべし」

百尺竿頭は孤峰頂上(こほうちょうじょう)…一念不起(いちねんふき/雑念を起こさず)の絶対境…

霊性(/霊格)の開眼…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(201)

《無門関-第46則・竿頭進歩》・・・(1)

石霜楚円(せきそう・そえん/986~1039年)は、南方中国は広西(/広西省・・・現在の広西チワン

族自治区)の生まれ。22歳で出家。唐王朝が崩壊(/五代十国時代(907年~960年)は、唐の滅

亡から北宋までの期間。22歳の時、前年に唐が滅亡・・・)した中を広く行脚、汾陽善昭禅師(ふんよ

う・ぜんしょう・ぜんじ/臨済下第6世)に師事…臨済の宗風を高揚し、大きな足跡(/『無門関』の

無門禅師は、楚円禅師の遠い法孫に当たる)を残した禅匠…

石霜和尚は言った…

「百尺竿頭(ひゃくしゃく・かんとう)・・・如何(いか)が、歩を進めん」(/・・・100尺=約 30メートル

の高さの竿の先から、如何様にして、1歩を進めるか・・・)

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(200)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(15)

師/雲岡禅師は、道灌の禅境を認めた。

<主人公> は時空間・生死・2元的世界観を超え、今も瑞巌と共に、道灌と共に

生きている。命の無い概念ではない。<主人公> は今も、私の一挙手一投足(いっ

きょしゅ・いっとうそく)の中に生きている。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(199)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(14)

江戸城を築城した太田道灌(おおた・どうかん)が、この公案を参究した。久しく熱心に修

行。ついに透徹。師/雲岡禅師(うんこう・ぜんじ/龍穏寺住職)が問うた…

「即今、主人公はどこにおるか」

道灌が、夜空を見て答えた…

「月光の中、山は寺の鐘に応える」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(198)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(13)

古禅哲は言う… <瑞巌の禅風は、竜が明珠(めいしゅ)を愛で楽しむがごとし>

…と。透徹した自受用三昧(じじゅよう・ざんまい/道元禅師が『正法現蔵』の中で使っている。坐禅が

“正身端座”、中身を “自受用三昧”という)の禅境は、思弁的な <内観的自己反省の生

活> というような解釈とは、別次元にある。 <主人公> は今も生き続けている。


 9月/25日


岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(197)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(12)

瑞巌(ずいがん)は <天然の美少年> に毎日呼びかけ、自ら…

「はい」 と答えていた。そして…

「覚めています = キチンと向き合っています」 …と。

瑞巌の禅境は・・・深く澄み渡り・・・不動のもの・・・ 日々、研鑽(けんさん)を重ねて

いた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(196)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(11)

この偈は、絶対主体/悟りの風景を表現する。<天然の美少年> の光景は、

古代中国の絶世の美女…西施も色を失し…楊貴妃も光を失う…という。故に、

<心通う笑みを交わさぬうちは・・・生涯の痛恨事>という。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(195)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(10)

『本来の面目』

これこそ、天然の美少年

いまだ、心通う笑みを交わさぬうちは、断腸の想い

西施(せいし/古代中国4大美女の1人)の紅顔も、色を失し

楊貴妃(ようきひ/古代中国4大美女の1人)の優美も、光を失う

ここでは絶対主体を、<天然の美少年> と表現している。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(194)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(9)

瑞巌(ずいがん)は <絶対主体> に呼びかけ、<絶対主体> として返答している。

「絶対主体に…覚めている」…と…

京都・妙心寺(/臨済宗妙心寺派大本山の寺院。本尊は釈迦如来)の愚堂国師(/愚堂東寔(ぐどうと

うしょく)江戸時代初期の、妙心寺第14世住持/住職)が、この絶対主体を6祖/慧能の言う

<本来の面目>と題し、1偈(げ/詩)を詠んでいる。


 9月/24日


 芭蕉の銅像/草加松原



 高浜虚子の句碑/隣にある

 
巡礼や

   
草加あたりを帰る雁


(正岡子規が虚子を誘い、根

岸の家から千住、草加へと足

を延ばした折の作...

  明治27年の早春で、同年8

月に日清戦争が勃発。子規

は従軍し、大陸に渡る。帰路

の船上で吐血...結核の闘

病生活が始まる・・・詳しくは
)

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(193)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(8)

対象化・概念化が不可能な…<絶対主体/根本主体・・・主人公> は…時空間

・生死の束縛を離れ…個でありながら個を超え、全体と不可分に重なる。何のこと

はない。それはこの世に君臨する… <私自身の姿> である。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(192)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(7)

禅とは自己の心身を投げ出し、この様な <根本主体> に活眼を開き、それにな

りきること。悟りとはこの体得のこと。『無門関』は、

<参禅は須(すべから)く祖師の関を透(とお)るべし。妙悟は心路を窮(きわ)めて絶せ

んことを要す>

という。


 9月/23日

      
秋分の日
  


 
奥の細道・石碑/草加












   モニュメント

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(191)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(6)

様々な名前で呼ぶこと自体、対象化・概念化への1歩である。巌頭(がんとう)禅師が、

「それ、逸(いっ)した」 と言ったゆえん。

栄西(えいさい/平安時代末期から鎌倉時代初期の僧。日本臨済宗の開祖、建仁寺の開山。『喫茶養生記』)の

<歴刧無名の当体> 、倶胝の <1指> 、慧能(/6祖)の<本来の面目> 、臨済

(臨済宗の開祖)の<無位の真人> も同じ意味。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(190)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(5)

瑞巌和尚が呼びかける <主人公> とは何者か。普通の主人公ではない。この

 <主人公> は主体・客体を超えた絶対主体性を指す。一切の対象化・概念化の

不可能な、それ自身が存在の意味を全うする <根本主体> である。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(189)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(4)

瑞巌和尚は、毎日自ら 「主人公」 と呼びかけ、自ら 「はい」 と答えた。「はっきり

覚めているか」 と問い、「はい、覚めています」 と答えた。「どんな時でも、他人

に瞞(だま)されるな」と言い、「はい、大丈夫」 と答えた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(188)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(3)

この公案は奇抜さで、非常に有名である。公案は古禅哲の深い禅体験から出た

言行である。表面的な言行を超えた禅旨が内在する。この公案も、表面の人生論

的教訓を超え、内在する禅旨に頷くのでなければ、意味はない。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(187)

《無門関-第12則・厳喚主人》・・・(2)

瑞巌(ずいがん)はこの参究を続け、ついに大悟した。彼は閔越(びんえつ/福建省の福州あ

たり)の人と言われ、後に丹丘(/中国で仙人がすむといわれた所)に移り、終日阿呆の様に

岩の上に端坐していた。人々は彼を敬慕し、瑞巌寺の住職に迎えた。禅の指導は

厳格綿密で、人々の尊敬を集めたと言う。


 9月/22日



 
奥の細道・石碑/草加






 
  
キアゲハ

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(186)

《無門関-第12則・厳喚主人》(がんかんしゅじん)・・・(1)

瑞厳師彦(ずいがん・しげん)は…唐末期の厳頭禅師(がんとう・ぜんじ)の法嗣。瑞巌が初め

て巌頭にまみえた時に、問うた… 

「永遠の真理とは、何ですか」

「それ、逸(いっ)した」

「逸すると、どうなりますか」

「それは、もはや、永遠の真理ではない」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( リニア中央新幹線 → タイタニック号の船出だな・・・)

経済採算性も疑問。LCC(Low Cost Carrier/格安航空会社)と同様に、国内的グローバル化

/1極集中に拍車。この事業モデルも、経済支配の終焉と共に、文明のパラダイム

シフトに飲まれて行く。国民が、コンパクト・謙虚 な 自給自足社会 へ回帰していく

のは、必須の流れです。


 9月/21日






岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(185)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(12)

くり返すが…若い侍者は <1指> をまね、<偽りの1指> を断ち切られる。大声

で呼ばれて振り向くと、倶胝が <1指> を立てた。

激痛の中で、侍者は <真の1指> に目覚める。<天竜1指頭の禅…の結晶風

景>である。


 9月/20日


 
  
旧国道4号 (越谷)

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(184)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(11)

 <1指> に頷(うなず)き得ない者は、精進を重ねるのが公案である。しかし、6祖

/慧能のように…5祖/弘忍(こうにん)の下、米つき行者(あんじゃ)8カ月で…グイ、と

禅の真髄を掴む者もいる。弘忍の衣鉢(/法嗣の証=黄梅山の寺宝)伝授の正しさは、禅

宗史が証明する。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(183)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(10)

さりながら… <1指> とは何か?

真理/リアリティー・・・仏性・・・人と空気/魚と水・・・ 説明不可能なものであ

る。あえて説明に及べば、白雲万里の彼方である。指を切断された侍者のごとく…

 <1指> に頷(うなず)く者は頷く…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(182)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(9)

<倶胝和尚、凡(およ)そ詰問(きつもん)あれば、唯1指を挙(きょ)す・・・>

倶胝は何を聞かれても、どんな公案を持って来ても、ただ1指を立てた。生涯、説法

はしなかったと言う。痛快だが…実際…説きようがない。ただ1指で、説き尽くして

いた。



 9月/19日




 
彼岸花/曼珠沙華
          (草加松原)

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(181)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(8)

侍者が苦痛に号泣し走り去る。倶胝は彼を呼んだ。侍者が頭をめぐらすと、倶胝は

1指を立てた。侍者は忽然と頷悟した。

倶胝は臨終の時に言った…

「<天竜の1指頭の禅> を得て生涯使ったが・・・使い尽くせなかった」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(180)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(7)

倶胝和尚は、誰が何を問うてもただ1指を立てた。倶胝に若い有髪の侍者がいた。

訪問者が、「師匠はどんな禅を説かれますか」 と問うと、侍者も1指を立てた。こ

れを聞いた倶胝は、刃で侍者の指を断ち切ってしまった。


 9月/18日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(179)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(6)

天竜禅師が <1指> を立てた時…倶胝の禅的な機は、満潮の様に満ちていた。

尼僧との出会いが、倶胝を <大疑の極限状態/一触即発> に追い込んでい

た。 <1指> は <無門の関> への、最後の指差し教示だったろう。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(178)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(5)

老僧は、馬祖門下の大梅法常(だいばい・ほうじょう)の法嗣/天竜禅師(てんりゅう・ぜんじ)。

倶胝は礼を尽くし草庵に迎えた。

尼僧との1件を語り、改めて <禅の根源的な1語> を問うた。天竜は黙って

 <1指> を立てた。倶胝は忽然(こつぜん/にわかに、突然)と心眼が開け、大悟した。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(177)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(4)

倶胝は、痛く恥じ窮(きゅう)した。そして大奮起して諸国行脚(/師を求めての修行の旅)を

決意。旅支度を始めた。が、その夜夢を見た。護法神(/仏法を守護する善神・・・護法善神

=梵天(ぼんてん)、帝釈天(たいしやくてん)、四天王、十二神将、十六善神、二十八部衆など)が現れ、近く

師となるべき禅匠が草庵を訪れると告げた。10日ほど待つと、その通りに、1人の

老僧が訪れた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(176)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(3)

3回まわるのは敬意を示す作法。尼僧は3度問答を仕掛けた。倶胝は答えられな

い。尼僧は去る。倶胝が呼びかけた…

「日暮です、今日は庵にお泊り下さい」

「1語を言えば泊りましょう」

倶胝は答えられなかった。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(175)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》・・・(2)

倶胝は若い頃、1人山中に住み読経と坐禅の日々を送った。ある日、庵に尼僧(にそ

う/実際尼という女性の僧だと言う)が立ち寄る。無礼にも、笠を取らず錫杖(僧侶や修験者が持ち

歩く杖)も置かず、倶胝のまわりを3周し前に立った…

「私を満足させる1語を言えば・・・笠を取りましょう・・・」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(174)

 《無門関-第3則・倶胝堅指》(ぐてい・じゅし)・・・(1)

倶胝禅師は9世紀の人と言われる。唐王朝(/618年 ~ 690年、<則天武后の時代>、705年

 ~ 907年)が滅亡し北宋(趙匡胤が五代最後の後周から禅譲を受けて建てた。国号は宋であるが、金に開

封を追われて南遷した後の南宋と区別して北宋と呼ぶ。首都は開封)が成立するまでの半世紀あま

り、五代十国時代(/907年 ~ 960年/黄河流域を中心とした華北を統治した5つの王朝(五代)と・・・華

中・華南と華北の一部を支配した諸地方政権(十国)とが興亡した時代)が続く。その頃の禅匠であろ

うか。

倶胝(/本名は伝わっていない。『倶胝仏母神呪』(ぐていぶつぼじんしゅ)を毎日読誦していたので、倶胝和尚

と呼ばれるようになったという)にも、大悟に至る有名な話が残されている。この公案も、ま

ずその話から入る。


 9月/17日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(173)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(11)

さあ…落ちるか、落ちないか?

しかし、そんな事はどっちでもいいのである。枝に口でぶら下がったままが、真実の

結晶風景である。また、枝から口が離れた瞬間も、その後の一瞬一瞬も、真実の

結晶風景なのである。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(172)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(10)

下で問う僧に答えて、枝から落ちて死ぬか…答えず質問者の意に背くか。

絶体絶命/正恁麼の時…心路を窮めて絶する時…それはまさに、香厳の五里霧

中の悶々とした日々。さあ…僧が問う。<祖師の西来意>(祖師/菩提達磨が、インドか

らはるばる中国にやって来て、2祖/慧可禅師に仏法の真髄である禅を伝授した意味・・・)とは…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(171)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(9)

さあ…この公案の矛盾をどう克服するか。

香厳禅師が与える絶体絶命/正恁麼(しょういんも/正に恁麼の時に当たって・・・恁麼は、どのよ

う、いかよう、の疑問を表す)の時…

香厳の聰明怜悧(そうめいれいり)は、科学文明が支配的な現代人にも通じる。その香

厳ゆえに、思弁的分別心の鎧(よろい)を、1撃で粉砕する慈悲心がこもる。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(170)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(8)

香厳和尚が言う…

「それは・・・

手も足も樹に触れず・・・口で高い枝にぶら下がるようなものだ。

その樹の下に僧が来て、祖師の西来意(/如何なるか是れ祖師西来意・・・《無門関-第37則・

庭前柏樹》・・・趙州の公案で、《無門関-第1則・趙州狗子》とともに最もよく知られている公案・・・)を問う・・・

さあ・・・答ねば要求に応じない事に・・・答えたら命を失う・・・

どう答えたら良いか?」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(169)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(7)

香厳は1を聞けば10を知るほどの、聰明怜悧(そうめいれいり)の人物。幼い頃より知

解・学解(ちげ・がくげ)に秀(ひい)でた人物であった。ゆえに、より一層の絶望の断崖が

あった。その比類なき求道と絶望の体験から、《香厳上樹》の公案が生まれている。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(168)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(6)

百丈に師事して十数年…絶望の果ての…初めて知る覚醒の喜びであった。<父母

未生以前の一句> が氷解したのだ。初めて…潙山が厳しく接し、1語を教示しな

かった真意が分かった。香厳は、潙山に向い手を合わせた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(167)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(5)

墓守生活のある日…香厳は集めた落ち葉を、いつもの様に竹藪に捨てた。中に

小石があり、竹に当たった。コーン…と音がし、山の静寂と香厳の心に反響した。

香厳は、ハッ…とし、<足下・即今…真理の音> を悟った。


 9月/16日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(166)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(4)

だが潙山は言う…

「今、私がその1句を言ってしまえば、後で必ず、私を恨むことになろう」

香厳は落胆。書物を全て焼き捨て潙山の下を去る。かつて慕った慧忠国師の墓に

草庵を結び、生涯墓守(はかもり)をして過ごす決意をする。


岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(165)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(3)

色々と考えを吐露(とろ)するが、思弁的な答えを潙山は許さず。博識ゆえに香厳は

自らの学識が邪魔し、<父母未生以前の一句> を見いだせない。年月は過ぎて

失意と嘆息(たんそく)の極に至る。香厳はついに、教示して欲しいと嘆願する。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(164)

 《無門関-第5則・香厳上樹》・・・(2)

潙山(いざん)は香厳(きょうげん)を法の器と認め、何とか心眼を開いてやろうと、公案を

与えた。<父母未生以前(ふぼみしょういぜん)の1句> である。母の胎内を出る以前、

まだ生まれ出る以前の、その心境を言ってみよという意味。五里霧中の中に放り込

まれた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(163)

 《無門関-第5則・香厳上樹》(きょうげん・じょうじゅ)・・・(1)

唐の末期/潙山霊祐の下…仰山慧寂と同門に香厳智閑(きょうげん・ちかん)がいた。

香厳は学識深く聰明怜悧(そうめいれいり)な人物。最初は百丈に師事したが、没する

と潙山に師事した。まず香厳が大悟した経緯が <香厳撃竹>(きょうげんげきちく) と

して有名なので、考察する。


岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(162)

禅宗5家(臨済宗、潙仰宗、曹洞宗、雲門宗、法眼宗)の…臨済宗と曹洞宗の源流は考察し

た。雲門宗も法嗣・洞山守初の公案で考察した。次に潙仰宗(いぎょうしゅう)である。

6祖/慧能から…南岳懷譲…馬祖道一…百丈懐海…その法嗣が潙山霊祐(い

ざん・れいゆう)。さらに法嗣が仰山慧寂(きょうざん・えじゃく)である。その潙山と仰山から、

潙仰宗と呼ぶ。

 

岡田健吉@zu5kokd1

( 競争社会から → 共生社会へ )

基本 …誰かが儲けるために働く のはヤメだ。自分自身と 《存在の器 → 家

族、社会、国家》 のためにこそ働こう。つまり…資本主義・市場経済システムか

ら離脱。反グローバル化・・・謙虚な自給自足生活 を目指して行く。そこに、安

定な価値観と将来展望があります。



 9月/15日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(161)

臨済宗は黄檗希運の弟子/臨済義玄が宗祖であり、河北の臨済寺(/河北省石家荘市

正定県)を拠点とした。出身は山東省である。<黄檗三打>(黄檗に仏法を問い、三度問うて

三度打たれた)の機縁で大悟しと言う。

宗風は馬祖道一の禅風を極め、「喝!」(/怒鳴ること) を多用する峻烈な禅風という。

その語録は 『臨済録』 として名高い。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(160)

黄檗山(おうばくさん)は正幹禅師により般若堂という1寺が建立されたが、臨済宗の大

道場へと発展、万福寺と改名…

日本の臨済宗は鎌倉時代の栄西禅師が開祖で…建仁寺を建立。江戸時代初期、

万福寺の住職/隠元隆琦(いんげん・りぅうき)が明時代末の混乱を避け来日…黄檗宗を

伝えている。


 9月/14日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(159)

曹洞宗は…宗祖/洞山良价から曹山本寂以下26人の法嗣へ続きます…

臨済宗は…百丈懐海(ひゃくじょう・えかい)の弟子/黄檗希運(おうばく・きうん)のその弟子

/臨済羲玄(りんざい・ぎげん)が宗祖…

黄檗希運は…幼くして福建省の黄檗山(おうばくさん)で出家。その黄檗山は…6祖/

慧能の弟子/正幹禅師(しょうかん・ぜんじ)の開山です。



 9月/13日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(158)

《無門関-第10則・清税孤貧》・・・(6)

「青原白家の酒」とは何か…その銘酒を3杯も飲んでいると言う…

<孤貧・・・自他もなく、清浄無垢> の税闍梨は、すでに大富豪ではないかと言う。

2元的対立を超え、清浄無垢と成った時…そこに真の自由がある。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(157)

《無門関-第10則・清税孤貧》・・・(5)

清税は赤貧(きわめて貧しくて、何も持っていないこと)の生活を自負し… <迷悟なく・自他な

く・清浄無垢> …と問答を仕掛ける。

が…曹山禅師の1語に引っ掛かる。

大禅匠に一捻りされ…飲んでもいない酒のことで1喝される。勝負あり、曹山の独

壇場である。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(156)

《無門関-第10則・清税孤貧》・・・(4)

問僧は、曹山禅師の対応を試している。しかし、曹山禅師は動じず…

「税闍梨(ぜいじゃり)」と下手に出る。

闍梨(じゃり)は阿闍梨(あじゃり/規範となり、法を教授する師匠や僧侶・・・つまり、先生と呼びかけている)

の略。問僧はそう呼ばれて

「はい」と受けてしまった。

ここで、禅問答としての勝負はついてしまっている。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( ネオニコチノイド系農薬に対する・・・EUの予防的措置を評価!)

ネオニコチノイドは、ニコチンに似た構造と作用を持つ殺虫剤の総称。

(ネオニコチノイド系農薬は、未解明のミツバチの大量失踪現象/蜂群崩壊症候群(CCD)の原因ではないかと

指摘している。欧州連合(EU)は、欧州各地でミツバチが減少している事態に対処するため、原因の1つとされ

る、ネオニコチノイド系の殺虫剤3種類の使用を・・・今年12月からEU全域で禁止・・・することを決定している)

日本は <お騒がせ> しない事が美徳…えらい違いだ。

原子力ムラも張子の虎…官房長官が <直ちに危険ではない> と叫んでも…

実は、非常に危険だったわけだし。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(155)

《無門関-第10則・清税孤貧》・・・(3)

清税という問僧の方も相当の力量である。孤貧は禅問答としての孤貧。2元・物欲

を超えた話。つまり… <迷悟なく・自他なく・清浄無垢の貧者> …この清税を、

曹山禅師はどう救うのかという、鋭い機鋒を含む問答。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(154)

《無門関-第10則・清税孤貧》・・・(2)

曹山和尚に、僧/清税が問答を仕掛ける…

「清税孤貧!師よ、願わくば、私を助けて豊かにして下さい」

「清税よ(/・・・原文は税闍梨と呼びかけている。闍梨とは阿闍梨の略)」

「はい・・・」

「青原白家(せいげんはっか)の美酒を3杯も喫(きっ)し終えて、なお唇を潤(うるお)さず

と言うか」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(153)

《無門関-第10則・清税孤貧》(せいぜいこひん)・・・(1)

洞山良价の法嗣の1人/曹山本寂(そうざん・ほんじゃく)の話。曹洞宗の名の由来につ

いては前に触れた。曹山禅師は宗旨(しゅうし/宗門の信仰内容の主旨として説くところ)を得て

洞山を辞して後、縁に従い悠然と時を過ごした。やがて、乞われて江西省の曹山

に住し、大いに宗風を挙揚した。


 9月/12日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(152)

再び時間を遡り…曹洞宗の祖/洞山良价(とうざん・りょうかい)に戻る。雲巌曇晟(うんがん・

どんじょう)の法嗣となった洞山は ・・・水に映る自分の姿で大悟・・・ したと言う。

洞山は新豊山(しんぽうざん)に住し、後に江西省新昌県の洞山(新豊山と洞山は同一の山という

説もある)に、広福寺(のちに普利院と改名)/洞山寺を開く。法嗣は雲居道膺(うんご・どうよう)や

曹山本寂(そうざん・ほんじゃく)ら、26の名前が『伝灯録』(/景徳伝灯録・・・全30巻/北宋時代に、

道原によって編纂された禅宗を代表する伝灯史・・・)に載る。


 9月/11日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( オリンピックの次は…お台場にカジノ?)

公営ギャンブルを締め出したのは美濃部都知事(/第6・7・8代/1967年 ~ 1979年 )…現

都知事はオリンピックの次はカジノ?

まあ…カジノは止めた方がいい!カジノは資本主義体制の最後の燃焼…都民・国

民をギャンブルに巻き込むべきではない。すでに、パラダイムシフトは胎動していま

す。


 9月/10日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(151)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(11)

<麻三斤>は様々な禅匠が評し、1語を残している。それは置くとして、重ねて言

う。麻の特質・重さ・答話自体は、蝉(せみ)の抜殻(ぬけがら)の様なもの。<麻三斤>

の本質は、この答話を生み出した、洞山禅師の禅的境涯にある。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(150)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(10)

<仏とは = 麻三斤> → この事を直下にうなづき得るべく、決死で修行せよと言

う。

<麻 = 真実の結晶> → これは自他生死(自分と他人という主体と客体、生と死という二元

的概念)を貫き…思弁(/経験に頼らず、純粋な論理的思考だけで、物事を認識しようとすること)を超えて

眼前するもの。古来 …うなづき得る者は、うなづく… と突き放す。


 9月/9日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(149)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(9)

麻という物質、三斤という重さは、むろん<仏>と直接関係はない。身近にあった

<即今>の呼吸で、サッと麻をすくったもの。洞山は、観念論や思弁的説明は一

切せず、直接・直下の麻を提示した…<仏>であると…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(148)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(8)

洞山和尚は…仏とは何かと問答され、作務中の麻をすくって示した。その真意とは

何か?

<仏>とは何であり<麻三斤>とは何なのか…その知の深淵、迫真/リアリティ

ーの…人間的全体性をまず俯瞰(ふかん/高い所から見下ろして眺めること・・・鳥瞰/鳥が空から見

下ろすように見ること)して見ること…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(147)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(7)

洞山は麻を撚(よ)る作務(さむ/禅寺で僧が労務。修行の1つ)をしていたようだ。当時は大禅

匠も作務に励んでいた。

(/一山で数百人もの僧堂を維持するには、莫大な費用がかかったと思われる。寄進・寄贈だけでなく、多少の商売

や手内職などもあったのだろうか・・・それが修行生活と一体化し、一山を安定なものにしていたのか...)

百丈(百丈懐海・禅師)も高齢になっても作務をやめず、弟子が道具を隠したほど。する

と飯を食わず、「1日作(な)さざれば、1日食(くら)らわず」 と有名な言葉を残した。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(146)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(6)

「如何なるか是れ仏」 の問いに対し、多くの禅匠が様々な答話を残している。みな

自覚体験から出たもので、表現の背後にある真実は1つである。

この常套句(じょうとうく/決まり文句)に対し、洞山禅師はサッと麻をすくい 「麻三斤」(まさ

んきん) と答えた。


 9月/8日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 日本で移民活用…冗談ではない!)

愛読している東京新聞の8日に 『核心/移民活用・深まらぬ論議』 という記事があ

った。日本列島の生態系のキャパシティ(保持、受け入れ、取り込む能力)として、人口半減

こそ不可避!

恒常性(/ホメオスタシス)で…適性人口へ減少している過程に…移民は論外!必須な

のは社会インフラと、産業の再構成です!

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(145)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(5)

さて…公案で僧の問うているのは、<即今>の明快な禅的仏陀観である。つまり

釈尊が明けの明星を見て、覚醒された内容としての<仏>…さらに進めて脈々と

続く禅匠の、禅的自覚体験としての<仏>が問われている。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(144)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(4)

釈尊の在世中は<仏>とは、釈迦牟尼仏という独占の称号となっていた。入滅後

は<仏>は生身の歴史的な実体から、思想的なシンボルへと立ち帰って行く。後、

<仏陀観>というものは、極めて複雑で膨大なものになる。


 9月/7日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(143)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(3)

さて…この…

「如何なるか是れ仏」

という問いの方は…さらによく知られている。

最も代表的な、禅問答の形式である。公案で無数に使われている。<仏>とは、

<buddha(/仏陀) = 悟れる者>という意味の名詞。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(142)

《無門関-第15則・洞山三斤》・・・(2)

洞山和尚に、1人の僧が問う…

「如何なるか是れ仏」

洞山和尚が、手元の麻をサッとすくって言う…

「麻三斤」(まさんきん)

これは非常に有名な公案である。《碧巌録・第12則》のほか、多くの公案集に編集

されている。


 9月/6日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(141)

《無門関-第15則・洞山三斤》(とうざん・さんきん)・・・(1)

洞山守初は雲門禅師の法嗣(ほうし、はっす)となる…これはもう1つの公案…

公案の<無門の関>は、本来、1つを透過すれば全てを透過できます。気に入っ

た公案を選択するわけですが、悟りの上に悟りを重ねるのにも、用いる様です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(140)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(10)

北方中国から南方中国に至っての…突然の断崖…千尋の谷の絶望…大疑惑…守

初はまんじりともせず、1夜を明かす。

命がけの求道・全体験が、頓悟の機を高めて行く。翌朝…雲門に参謁し、<無門関

>を透過する。


 9月/5日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(139)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(9)

北方中国を出…再び故郷の土を踏むことの無い…南方への求道の旅。何千キロ

もの艱難辛苦の遊行。旅に慣れ様々な風物を見、気候も南国のものに。夢かない

雲門に参謁。そこで…千尋の谷に突き落とされた…真理とは?


 9月/4日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(138)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(8)

さて問題の60棒である…雲門が痛棒を加えたのか、側近が加えたのか。ともかく

初参謁(はつさんえつ)の出来事である。痛棒を受けて下がった守初。直後から千尋(せ

んじん)の谷に落ちた思いであったろう。雲門の狙いも、まさにそこにあった。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 今 → 主体/1人称の謎 )・・・(3)

<波束の収束>で…死の状態の猫か生の状態の猫が選ばれるかは、全くの偶

然。アインシュタインの言葉に反し、神はギャンブルがお好きだ。

<波束の収束>は一般化され、量子力学の予測性の大勝利につながる。全ては、

<1人称的鏡/今>の中で紡がれる幻影だが……


 9月/3日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(137)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(7)

守初の問いに雲門が叫んだ。

「この穀潰(ごくつぶ)しめが!江西湖南をそのようにうろつき回っていたのか!」

この言葉で守初は大悟した。

長い年月の、決死の修行の旅であった。その旅の終着点で、まさに大悟を果たした。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(136)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(6)

守初は<暗黒の大疑問・・・心路を窮(きわ)めて絶した1夜>を明かした。居ても

立ってもいられずに、再び雲門に参謁して問うた。

「昨日和尚に60棒打たれました。何処に咎(とが/罪)があったのか、どうしても

分かりません」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 今 → 主体/1人称の謎 )・・・(2)

量子力学/コペンハーゲン解釈で…シュレーディンガーの猫は…<重ね合わせ状

態>で生の状態と死の状態が並存。ここに観測・干渉が作用…<波束の収束>が

起こる。

瞬時に…生か死かが選択される。これも<1人称的鏡/今>で結晶化する・・・人

間的真理・・・


 9月/2日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 今 → 主体/1人称の謎 )・・・(1)

<今>とは、無限に分割可能な瞬間ではない。それは主体/1人称的な唯心世界

の拡大…時空世界の立体鏡か?

<今>はこの世の風景を映し出す鏡ではなく、ストーリイとして紡(つむ)ぎ出す鏡の

ようだ。相互主体性が縦糸横糸を重ね、時空の絵を波動 して行く。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(135)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(5)

守初は何年もの長旅の辛苦を重ね、夢かない雲門に参謁した。そして60棒を賜っ

た。1頓は20で3頓は60である。守初はその夜、 <まんじりともせず・・・決死の

思いで・・・参謁の経緯と60棒の意味(/・・・“心路を窮(きわ)めて絶した一夜”・・・)> を考

えた事であろう。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(134)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(4)

雲門がさらに問う…

「何時そこを発って来たのか」

「8月25日です」

「お前に60棒を与える」

60棒は60棒打。痛棒(つうぼう)を受け、直下の激痛から、<即今・這箇>(そくいま・

しゃこ)の覚醒に至れ…という雲門禅師の慈悲心。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(133)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(3)

守初は長い年月をかけ…何千キロ(/地図上の直線距離でも、1500キロはあろうか)もの徒歩の

旅の末…名声の高い雲門禅師に参謁(さんえつ)した。

雲門が問う…

「最近お前は何処に居たのか」

「査渡(さと/湖南省から雲門山に至る、通路にある村の名前)におりました」

「夏(げ/夏安吾(げあんご)/夏籠り(なつごもり)・・・伝統的な90日間の雨期修行)は何処で修行して

いたのか」

「湖南の報慈寺です」


 9月/1日

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(132)

《無門関-第15則・洞山三頓》・・・(2)

洞山守初(とうざん・しゅしょ)が初めて雲門に参謁(さんえつ)、大悟した経緯の公案である。

守初は長安(陝西省にある隋、唐の都)の西の鳳翔(ほうしょう/陝西省の西部、鳳翔県・・・)の生れ。

伝統的に教学的な仏教の盛んな土地だった。

守初は、教学に満足できずに…中国大陸を縦断…広東省(中国大陸の最南部)韶州(しょ

うしゅう/現在の韶関市一帯)の雲門(/韶州の雲門山を開山し、光泰院(別名・雲門寺)にあって、盛んに禅風

を挙揚していた)に参じた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

( 禅の伝来・・・1粒の麦 )・・・(131)

《無門関-第15則・洞山三頓》(とうざん・さんとん)・・・(1)

曹洞宗の高祖/洞山良价(とうざん・りょうかい)と間違えるのが、洞山守初(とうざん・しゅしょ)。

住した場所も違い、生れたのも103年後…師は、雲門文偃(うんもん・ぶんえん/五家七宗の

雲門宗の祖)です。

『無門関-48則』 の中に、2つの公案があり、もう1つは、《無門関-第18則・洞山三

斤》(どうさん・さんきん)。


   

 

 

                                                                        スイーツ