本所

本所
  
本所七不思議

おいてけ

  
  本所のある堀で釣りをしていると,釣れるは釣れるは。
  釣りに夢中になってふと気が付くともう夕暮れ。腰しに付けた
  魚籠もいっぱいになったので帰ろうとすると堀の中から
  「置いてけ」,「置いてけ」と声がしたのでびっくり。
  夢中で逃げて気が付くと魚籠はからっぽになっている。
    (錦糸堀、写真;JR錦糸町駅前)


 
片葉の芦

    亀沢町に住んでいたお駒という美しい娘がならず者の留蔵に
    目をつけられた。 ある日母親の用事ででかけたお駒が,
    芦の生いしげる堀にそった道を帰る途中,留蔵がせまった
    が逃げるお駒のうしろからあいくちで斬りかかり殺され,
    堀に沈められた。
    そんなことがあってから,この堀に生える芦は,どうした
    ことか,片っ方より葉のない片葉のない片葉の芦ばかり
     となった。 留蔵はやがて狂い死していまった。
    (本所駒止橋)


送り提灯

 生ぐさいようないやーな風が吹く夜,提灯も持たずに
 歩っていくと月が隠れて真っ暗になってしまった。
 ふと,遠くをみる提灯の明かり見えるのでそっちをめざして
 歩いていくといつまで行っても追いつけない。
  (本所元町から回向院、写真;両国回向院前)


落葉なしの椎

    むかし,大川端(両国橋から新大橋あたり)に大名の
    松浦家の上屋敷があって大きな大きな椎の木が塀にそって
    立っていた。 が,誰も葉っぱの落ちたのをみたことが
    なかったそうだ。
    (本所御蔵橋渡った先)


馬鹿囃子

   
 むかし,たんぼに稲が重く穂をたれる頃になると,本所では
 夜風にのって,あちらこちらから狸ばやしがきこえて。
 「テンツク,テンツク」
 聞こえる方に行けども行けども狸は見つからない。
 すすきの原で,みんな狸に化かされた。
   (梅若;写真;白髭橋付近墨田区立梅若小学校)


足洗い屋敷

   
 ある旗本屋敷で起きたお話。なんと,天井を踏み破って
 血まみれの毛むくじゃらな,でっかい足がにゅーと
 突き出されて,吠えるような声で「足を洗え!」という。
 足をきれいに洗ってやると,足はすーと天井へ消え,
 破れたところは元通りになった。
  (石原、写真;石原3丁目交差点)


明かりなしそば

   
 寒い夜,本所南割下水を歩っていると明かりがついていない
 二八そば屋の屋台があった。 あついそばをたべようと
 そばにいくが,誰もいないしあんどんに明かりもない。
 カチカチ明かりをつけてやったがすぐに消えてしまう。
 いつまで待ってもなかなかそば屋がもどらない。
 結局,家にかえることにした。
 ところが,こうして帰った家では,必ず悪いことが起きた
 そうだ。
  (本所南割下水、亀沢、写真;亀沢北斎通りから錦糸町方面をのぞむ)


    (参考にした図書,ご協力いただいた方
     本所深川ふしぎ草紙;宮部みゆき;新人物往来社
     母が子に語る両国,錦糸町むかし話;岡崎柾男
      下町タイムス社)

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精工舎

  ○精工舎時計台

     精工舎時計台(写真)

    子供の頃,隣の錦糸公園でよく野球をやったものですが,
    この時計台で時間の確認をしたものでした。
    このような大きな時計台が精工舎の工場2棟に各々1個ずつ
    計2個。日本中どころか,世界中探してもどこにも無いのでは?
    でも,この工場も売却されてしまったということでいよいよ
    見納めです。この写真を撮影した時既に精工舎の表示板は
    はがされてしまっていました。
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    ○芥川龍之介

     芥川龍之介文学碑(写真)
     明治38年(1905年)本所柳原町の東京府立第三中学校
      (現都立両国高校)に入学。学業は優秀で,特に漢文の
     学力は抜群であったといわれる。卒業の年に「校友会雑誌」
     に「義仲論」を発表した。なお,彼にとって,自らの作品が
     はじめて活字になったものであった。


        現在,両国高校(JR錦糸町から徒歩7分)には文学碑が
     あり,「大川の水」の冒頭の一節が刻まれている。
     自分は,大川端に近い町に生まれた。家を出て椎の若葉に
     掩われた,黒塀の多い横網の小路をぬけると,直あの幅の
     広い川筋の見渡される,百本杭の河岸へ出るのである。
     幼い時から,中学を卒業するまで,自分は殆毎日のように,
     あの川を見た。(「大川の水」より)



     総武鉄道の工事のはじまったのはまだ小学時代だったであろう。
     その以前の「お竹倉」は夜は「本所の七不思議」を思い出さず
     にはいられない程ものさびしかったに違いない。夜は?
     −−−いや,昼間さえ僕は「お竹倉」の中を歩きながら,
     「おいてけ堀」や「片葉の蘆」はどこかこのあたりにあるも
     のと信じない訳には行かなかった。現に夜学に通う途中
     「お竹倉」の向うにばかばやしを聞き,てっきりあれは
     「狸ばやし」に違いないと思ったことを覚えている。
      (「本所両国」より)


      (「大川の水/追憶/本所両国」,講談社より)


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