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2011.4.2mf更新
弁護士河原崎弘

商取引の事件処理(1)融通手形は危険

不景気

鈴木さん(43才)は電気工事請負の会社を経営しています。従業員は5人、この外に臨時に人を雇って仕事をしていました。鈴木さんには、このところ、 ずっと、頭を痛めていることがあります。会社の資金繰りです。従業員の給料、下請に対する支払い、彼女(愛人)に対する手当です。不景気が長引き、仕事が減り始め、20人以上もいた従業員もとうとう5人になってしまいました。鈴木さんの同業者には、資金繰りに困り、町の金融会社から金を借り、倒産し、ひどい目にあった人がいましたので、これまで鈴木さんは、高利の金は借りまいと頑張ってきました。

融通手形の発行

そんな鈴木さんも、とうとう融通手形を発行してしまったのです。やはり資金繰りに苦しむ同業者の田中が「なんとか頼む、手形を貸してくれ」と言ってきたのです。田中とは、長いつき合いでもあるので鈴木さんは田中を信頼し、田中の言うままに、300万円の手形5枚を田中に渡し、田中からも300万円の手形5枚をもらいました。鈴木さんは田中に頼まれて手形を貸したのですが、内心ほっとした気持ちもありました。田中から受取った手形を銀行で割引いてもらい、それで当面の資金繰りに一息つけたからでした。
手形用紙に金額を書き込んで手形を発行し、それを銀行で割引してもらい現金を入手できますので、手形を扱っていると、自分でお金を作り出しているとの、ある種の錯覚に陥ってしまいます。手形の魔力とでも言うのでしょうか。これは、赤字財政に苦しむ日本の国が、苦しまぎれに赤字国債を発行している姿と同じです。いつかは破綻がくるのです。
商取引代金の支払いのために振出された手形に比べて、実際は、商取引がないのに振出された融通手形は、落ちる(支払われる)可能性は、低いです。鈴木さんには、金の余裕はありませんから、支払期日に田中から金をもらわないと、自分で振出した手形を落とせません。もともと金に困っている田中が期日までに金を作る可能性は少ないのです。
期日近くなり心配になった鈴木さんは、弁護士事務所を訪れ相談をしました。田中は、「明日までに金を持って行く」との約束を何度も破っていましたが、鈴木さんは、何とか田中が金を持ってくることに希望をかけていました。しかし、最初の300万円を落としても、その翌日から、300万円づつ融通手形がまわってくるのです。しかも、その外の手形、給料など支払いがあります。会社の資産と負債を並べると融通手形の分がなくとも、債務超過であり、会社の業績は悪化していました。

不渡り

弁護士と相談して鈴木さんは、田中が期日までに金を持って来ない場合には、会社を整理(倒産)することに決めました。
期日まで待ちましたが、やはり田中とは、連絡がとれなくなり、金は来ませんでした。鈴木さんの振り出した手形は不渡りとなりました。

説明会(債権者集会/個人保証の要求)

鈴木さんは、初め債権者に何の連絡もせず黙って事務所を閉めようと思いましたが、弁護士の勧めもあり、事務所に債権者を集め説明会をすることにしました。黙って倒産すると債権者が個別に自宅まで押しかけて来て、煩わしいからです。
説明会には、弁護士にも立ち会ってもらいました。集まった30人ほどの債権者が執拗に求めたことは、鈴木さんが 「会社の債務につき個人保証 しろ」とのことでした。大勢の債権者に強く言われると鈴木さんの気持ちも動揺しました。しかし、弁護士が、「会社の債務について取締役などの個人に役員は責任はないこと、4000万円以上の債務を鈴木さんが保証しても、とても支払えないこと、従って不可能なことを約束できない」と説得しました。
さらに、債権者の中から債権者委員を選び、その委員に会社の売掛金の取立、およびそれを各債権者に配当するようお願いし、債権者集会は終わりました。
会社の売掛金などは、1000万円ほどありましたので各債権者に約2割の配当はできます。倒産で、これほどの高配当ができることは珍しいです。

その後/会社経営の教訓

鈴木さんは、その後転業を考えましたが、やはり慣れた電気工事の仕事がよいので、今は、事務所も借りず、人も雇わずに自宅を事務所代わりにして仕事をしています。
鈴木さんの反省としては、零細企業の経営者であるにもかかわらず女(愛人)に金を使い過ぎたこと、その結果、資金繰りに苦しみ融通手形を発行したことがいけなかったと考えています。弁護士の目から見ても、女性、融通手形が原因で会社を倒産させてしまった経営者は、非常に多いと言えます。