相談:不動産
私の郷里の鹿児島には祖父の代からの200坪ほどの土地と建物があります。父はここで育ったのですが、大学卒業後、東京の会社に勤務したため、祖父、祖母が亡くなった後は、 鹿児島に帰らず、東京に住んでいました。![]()
昭和28年頃、この建物に父の従兄弟が住むようになりました。従兄弟は引揚者で家がなかったので、父が無料で住まわせてあげたようです。いとこは固定資産税を負担していたようです。増築もしているようです。その後いとこは死亡し、現在は、いとこの子供が家族と共に住んでいます。
父は昨年亡くなりましたが、生前この土地のことが気になっていたようで、弁護士にも相談し、土地のことについて詳細に書いたメモを残しました。私と母は鹿児島に帰る気はありません。この土地を売って金銭に変えたいと思っています。
現在の居住者に明渡を求めることができるでしょうか。人に相談すると、「居住者には居住権がある」とか、「もう、時効だ」とか、「固定資産税を負担していたから居住者には賃借権があるので明渡は難しい」と言います。
「調停の申立てをしたら良い」と言う人もいて迷ってしまいます。
相談者は、法律事務所を尋ね、弁護士に相談しました。回答
(使用貸借)
当初、無償で家を貸したのですから、この契約は借地法(現在は、借地借家法)によって借主が強く保護される賃貸借ではなく、使用貸借です。
ところが、途中から借主は土地の固定資産税を負担しているので、契約が賃貸借契約に変化したのではとの疑問があります。賃貸借契約ですと借主は極度に保護されます。明渡は極端に難しくなります。
しかし、必要費(税金)を借主が負担??しても使用貸借です。判例を見ますと、借主が不動産の固定資産税などを負担していた例を、 裁判所は、使用貸借であると判決 しています。従って、本件も契約が使用貸借であることを前提に考えれば良いでしょう。
使用貸借契約は、当初決められた返還時期に終了します。返還時期の取り決めがなければ契約に定めた目的に従って使用を終わった時期で契約は終了します。
どちらの約束もなければ、貸主はいつでも目的物(本件では不動産)の返還を請求できます。さらに、使用貸借契約は借主の死亡でも終了します。
本件では、家がないから住まわせてあげたとの事情ですから、返還時期の約束はなく、使用貸借契約の目的は「家が見つかるまで一時的に住まわせる」ことと考えられます。従って、契約によって決まった目的による使用は終わった、従って、貸主は不動産の返還(明渡)を請求できます。
更に、使用貸借契約は借主の死亡によっても終了しますから、従兄弟の死亡により契約は終了します。この点でも、相談者は不動産の返還を請求できます。居住権とかの問題は考える必要はありません。
(時効)
時効について説明します。時効には、消滅時効と取得時効があります。
債権等は消滅時効の制度がありますが、所有権には消滅時効の制度はありません。従って、相談者の土地、建物の所有権が時効で消滅することはありません。
取得時効の点ですが、所有権を時効取得するには、所有の意思が必要です。所有の意思の有無は占有の形態によって客観的に決められるのであって、借主には認めれません。借りている人はいくら長期間占有していても所有権を時効で取得することはありません。
(訴訟がよい)
本件は訴を提起すると良いでしょう。相手は遠い親戚ですから、調停の方がなごやかで良いと言う人がいます。それも一つの方法です。しかし、調停は強制力がないので、成立しなければ、無駄な時間を経過した後に訴を提起する結果となるのです。
訴を提起したら、負ける可能性が大であるとか、事情が良く分からず、相手が何と言うか知りたい、相手の様子を探りたいのなら、まず、調停が適しています。
相談者は裁判で勝つ可能性が大ですから、時間と手間を省くために初めから訴を提起すべきでしょう。訴訟でも裁判官を間に入れて話し合いができます。
交渉
相談者は、その後、弁護士に依頼しました。訴を提起する前に、弁護士は鹿児島まで出張し、土地建物の現状を調べ、相手に会い、相手の言い分、明渡の意思について尋ねました。任意に明渡してもらえれば、時間と手間が省けるからです。
長い間に土地は2つに分割され、1つには従兄弟が住み、1つには従兄弟から借りた第三者が住んでいました。第三者は従兄弟に地代を支払っていました。この場合は難しい問題があります。裁判所は 賃借権の時効取得 を認めていますので、第三者は賃借権を時効取得した可能性が大です。(相談者)・・・使用貸借・・・(従兄弟)・・・賃貸借・・・(第三者) 相手2人ともに明渡の意思はありませんでした。そこで、弁護士は土地を買い取る意思はないかと尋ねましたところ、相手は買取る意思もありませんでした。ここで、相手が、「不動産を買取る」と、言えば、相談者は時価の半額ででも売ったでしょう。
裁判
弁護士は、やむなく、鹿児島地方裁判所へ訴を提起しました。弁護士は、できたら東京の裁判所に訴を提起したかったのですが、不動産の明渡訴訟の管轄は被告の住所地、あるいは、不動産の所在地を管轄する裁判所と決まっているのです。
相手方は年配の弁護士を立てました。従兄弟は建物を増築したためでしょうか、「建物は譲り受けた。所有権は自分にある」と主張しました。
しかし、登記所を調べると古い建物の登記簿謄本が見つかり、建物は相談者の父名義に登記されていました。増築によって建物の所有者が変わることはありません。従兄弟の弁護士の主張は法的にもおかしなものでした。
本人尋問の際、相手は嫌な質問(不利な質問)に対しては方言で答え、東京の弁護士を当惑させようとしました。
第三者の賃借人は和解を提案してきました。第三者の賃借人は賃借権の時効取得をまだ主張していませんでしたが、相談者の弁護士は、その主張をおそれていました。そこで、相談者の弁護士は和解に応じました。第三者の賃借人は時価の約半額で土地を買うことになり、裁判所で和解が成立しました。
従兄弟の弁護士は、裁判では、終始おかしな主張をしたため、1年ほどで簡単に相談者勝訴(明渡し)の判決がありました。難しい議論には入りませんでした。和解
判決後、従兄弟は、福岡高等裁判所宮崎支部へ控訴しました。高等裁判所の裁判官は、今度は、強力に和解を勧めました。半年ほどで、依頼者が時価の約8割の値段で相手方に土地建物を売るとの和解が成立しました。依頼者の初期の目的は達せられました。
判決
- 最高裁 昭和52年9月29日判決(出典:判例時報866-127)
土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されて いるときには、民法163条により、土地の賃借権の時効取得を肯認することができるものと解すべきことは、既に当裁判所の判例と するところであり(昭和42年(オ)第954号同43年10月8日第三小法廷判決・民集22巻10号2145頁)、他人の土地の 管理権を与えられ他に賃貸する権限をも有していると称する者との間で締結された賃貸借契約に基づいて、が平穏公然に土地の 継続的な用益をしているときには用益が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されている場合にあたるものとして、賃借人は、 民法163条所定の時効期間の経過により、土地の所有者に対する関係において右土地の賃借権を時効得するに至ると解するのが相 当である。- 最高裁昭和62年6月5日判決(出典:判例時報1260-7)
土地の所有者から土地を買い受けてその所有権を取得したと称する者(買主)から土地を賃借した賃借人が、賃貸借契約に基づいて平穏公然に目的土地の占有を継続し、買主に対し賃料を支払つているなどの事情のもとにおいては、賃借人は、民法163条の時効期間の経過により、所有者に対して土地の賃借権を時効取得することができると判示しています。
- 最高裁平成16年7月13日判決
時効による農地の賃借権の取得については,農地法3条の規定の適用はなく,同条1項所定の許可がない場合であっても,賃借権の時効取得が認められ ると解するのが相当である。- 東京高等裁判所平成18年11月28日 判決(出典:判例時報1974号151頁)
賃借権の時効取得が成立するためには、他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意 思に基づくものであることが客観的に表現されていることが必要である(最高裁判所昭和43年10月8日第三小法廷判決・民集22 巻10号2145頁、最高裁判所昭和61年6月5日第二小法廷判決・判例時報1260号7頁)。
本件において、別紙物件目録記載 八の土地については、(1)上記(2)のとおり、松夫及びその相続人である控訴人による継続的な用益という外形的事実が存在して おり、(2)そして、松夫及び控訴人は、旧建物の建築・所有によって、本来の自己の賃借地(別紙図面のア・イ・A・B・C・D・ サ・アの各点を順次直で結んだ線で囲まれる土地)に加えて、本来は戊田の賃借地である本件係争地のうちの別紙物件目録記載八の土 地(別紙図面のA・B・C・D・コ・ト・キ・カ・オ・8・ウ・Aの各点を順次直線で結んだ線で囲まれる土地)をも丙川院からの賃 借地として用益し(控訴人の本来の賃借地の範囲と戊田の本来の賃借地の範囲は、面積がともに42坪1合1勺であることは明確であ ったものの、現地においてどこが境界線であるかは明確ではなかった。)、これらの土地を区別することなく客観的にも一体のものと して用益し続け、外形的にはその一体的な用益の賃料として丙川院との賃貸借契約で定められた賃料を払い続けてきたと認められるか ら(弁論の全趣旨)、そうとすれば、松夫及びその相続人である控訴人の別紙物件目録記載八の土地についての用益は丙川院からの賃 借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているものと評価すべきである。
たとえ、松夫と控訴人が昭和38年4月に敷地 面積を43・73坪(この面積は、昭和30年8月の丙川院と松夫との間の土地賃貸借契約更新の際の松夫の借地面積である42坪1 合1勺を超えるものである。)とする旧建物の建築確認申請をしているとしても、また、松夫及び控訴人が昭和38年6月中旬ごろ以 降に丙川院に対して支払い続けてきた賃料の額が本来の賃借地の面積に相応するものであってこれ以外に別紙物件目録記載八の土地に 相応するものは含まれていなかったとしても、外形的には松夫と控訴人が別紙物件目録記載八の土地上に旧建物を建築・所有したこと によって以後は同土地の用益の対価をも含めた趣旨で丙川院との賃貸借契約で定められた賃料を支払い続けてきたと認められる以上、 また、「賃借の意思」は用益者の内心の意思にかかわらず用益開始の原因たる事実によって外形的客観的に認定すべきものである以上、 別紙物件目録記載八の土地についての松夫及び控訴人の用益が丙川院から賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されてい るものと評価する上記の判断の妨げとはならないものというべきである。
そうすると、昭和38年6月中旬ころの旧建物の建築から20年が経過したことにより、本件係争地のうちの別紙物件目録記載八の 土地については控訴人のために取得時効が完成し(民法163条)、本件訴訟においてこれを援用した控訴人は、被控訴人との間にお いては、別紙物件目録記載八の土地つき丙川院に対する賃借権を時効取得したことを被控訴人に主張し得るものというべきであり、他 方、被控訴人は、控訴人との間においては、控訴人が別紙物件目録記載八の土地についての賃借権を時効取得したことにより反射的に 同土地についての賃借権を失い、控訴人に対してはもはや自己が同土地の本来の賃借人であることを主張することができないものとい うべきである。
控訴人の前記第一の一の(2)アの請求は、上記の限度において理由がある。