「時事ネタ三昧3」(1995/06/06執筆)
最近は世の中で、事件が次ぐから次へと起こるので、
もっとゆっくり書きたい時事ネタが、どんどんたまってしまう。

そうでなくても他のネタも多いのに、時事ネタばかり増えて、
掲載予定が大幅に遅れてしまう。
まあ、ネタが長くもつ=オタクラが長く続くということで、
これはこれでいいことなのかも知れない。

もっとも、稚拙な文章を読まされる読者にとっては、
いい迷惑かも知れないが。

    ・・・

サハリン大地震。
地震の規模をマグニチュードでみると、阪神淡路大震災より大きい。
さらに、寒い+夜だったので被害が大きくなったらしい。
しかし、阪神の時もそうだったので条件は同じ。
違うのは、建物が古く耐震構造がまったくないといっていいような建物だったことだ。
鉄筋ではなく、鉄骨すらない煉瓦を積み重ねただけの構造が多かった。

地震多い日本では、後手後手ではあるが、地震のたびに耐震基準が強化された。
しかし、ロシア、しかも地震の多くない地域でのそれは、
地震の被害を絶大にしてしまった。
被害者の死亡率でみるなら、阪神より遥かに高い。
50%を越えるだろう。

サハリンあたりは北海道と同じ火山帯にあるはずだから、
北海道で地震が起こるなら、当然サハリンでも起こる可能性はあると
予想は出来たはずだ。公共の建物は1960年代の物で古く、立替え予定も
なかったようだが、個人の家では耐震構造を持ったものがあり、
そういう建物は今回の地震でも無事だったようだ。

阪神大震災の時、日本でも海外からの救援の手が差し出されているのに、
中央政府がなんやかんやといちゃもんつけて、なかなか現地入りできなかった。
フランス救助隊など、「犬の検疫」などで結局活動できないままであった。
被害者の数を臆したのは、こういう「公務員仕事」のせいだ。
要は、お役所の手抜きによる「人災」の可能性が大なのだ。
阪神の時もそうだったが、お役所の仕事というものは何処も同じなのか。
公務員の無用論については、いつか語ることとなろう。

ロシアのこの地震でも、救助の手が世界から差し出されているにもかかわらず、
活動に入れないらしい。
この場合、連絡網が行き届いていないためだ。
が、もう1つ考えられる。それは、サハリンがロシアの極東軍事基地
であるということだ。軍事機密を守るため、
救助隊を容易に入れられないのではないか、そう勘ぐっている。
考え過ぎか。

いずれにしても、これは決して対岸の火事ではない。
ついこの前日本でも起こったことであり、
そして、何時また日本国内で起こるかわからないことなのだ。
日本、いや極東地域はいま地震が起こりやすい、火山帯活動や陸地活動が活発になる
時期のように思える。

    ・・・

東燃の硫化水素事件。
実はこの会社ではここ10年の間に多くの事件が発生し、
平均すれば1年に1回以上起こっているらしい。
しかも、そのほとんどが通常操業中でなく点検時というから恐ろしい。

温泉地で臭ってくる、俗に「卵の腐ったような臭い」という臭いの元がこの
H2Sだ。(実は、卵の腐った臭いの方が数段強烈だ。卵の黄色い色の
主成分が硫黄=Sなので、それが腐ると硫化水素に似た臭いが出るのである。)
硫化水素(H2S)というものは、濃度が低いときはそれほど危険ではないが
(濃度が低くて危険なら温泉には行けない)、濃度が上がると爆発の危険性も
出てくる。

点検ということを甘くみてはいけない。
これは車検なども同じだ。
(うちの車は、1週間ほど前に2回目の車検をしたが、やはり車検後は
調子がいいぜ。思わず130キロほど走り回ってしまった。
助手席には女の子・・・ではなく野郎であった。しくしく。)

点検時にマニュアルどうりにやっていなかったのではないか。
責任者を置かずにやっていたのではないか。

いままでは幸い死者もなく、まわりの会社にも被害が及んでいないが、
だからといっていいわけではない。
例えば、毎年火事をおこす家の横の家など、ひやひやもので、
安心して住んでられない。そういうものだ。

他人に迷惑が及んでいないからいいとかいう、甘い考えはいけない。
自分行動が、やがては他人に及ぶこともあるということ。
それを重々考慮しなければならないのだ。

そういえば、この会社も外資系ということだ。
メジャー系だったか。
車のオイルも作っているとか。
前の社長が株式配当を下げるとか言ってクビになったらしいが、
そのあたりが絡んで、社員にやる気がないのでは、などと考えるのは
考え過ぎかも知れない。
外資系というものは・・・(以下検閲により削除)。

    ・・・

鯨問題。

IWC総会では、予想通り調査捕鯨も含めた全面捕鯨禁止、ということに
もって行かれそうである。

鯨問題では日本とアイルランドがやりだまにあげられる。
アイルランドが脱会した今となっては、
日本だけが捕鯨国で参加していると言うことになる。

実は、鯨問題は国際的日本叩きと関連がある。
鯨問題で本当に捕鯨を反対している国はどれだけあるか。
実はその多くの国が、日本叩きを楽しんでいるだけだ。
日本たたきが利益になるのでやっている「バカ」集団だと言っていい。

反捕鯨国にとって、実は捕鯨そのものはどうであろうと国益には関係ない。
そもそも捕鯨しないのだから、それに関してとやかく言う権利を持たないのだ。
しかし、そこにおいて、日本をたたけると言うことには利益がある。
日本をたたくということでお金をもらっている集団もいるらしい。

もう1つ、国内の環境保護団体の目を、自国の政府ではなく、「日本」という
先進国家に向けさせておく、という効果もあるのだ。
結局、日本はいいように使われているにすぎない。
彼らは本当に鯨を守ろうとは思っていない。
(そういう人もいるだろうが、ごく一部だ。)

反捕鯨国は鯨の調査はしていない。やっているのは一部の学者だけであり、
彼らは国の要請を受けているわけではない。
そして、おそらくは世界中の海が鯨であふれても決して反対を止めないだろう。
彼らにとっては、鯨の数がどうこうではなく、日本をたたけるかどうかが
重要なのだから。

そもそも鯨の生態バランスを崩し、絶滅に追いやったのは欧米であり、日本ではない。
過去における自らの非も反省無しで、今のみを責める。
さらに、アメリカで捕鯨をしている「エスキモー」のことは余りあげない。
要はアメリカを敵に回したくないのだ。
(アメリカ自身は、話がエスキモーのことに及ぶとお茶を濁して逃げる。)
そのあたりからも今の「反捕鯨」のいかがわしさは知れる。

商業のためには自然のバランスなどまったく気にしない。
そのような欧米人の横暴さが、いままでどれほど多くの種を絶滅させてきたか。
これに対して、日本での種の絶滅の数は、国土の面積を考えても少ない。
少なくとも環境破壊によるものはあっても、乱獲によるものは少ない。
それは宗教にもよる根本的考えの違いから発生するが、
人間の欲望のままに繰り返す乱獲と保護。
実に見苦しい。

鯨の保護には「知能が高いから」という話も出る。
知識による優劣の差。それもまた人間の勝手な決め付けだ。
「知能が高い」とは誰に比べてなのか。
人間に近いと思われる知能が「高い」知能なのか。
知能が低ければ殺してもいいのか。
鯨は知能が高そうだ。それは人間に理解できるような形ではそう思えるらしい。
でも、他の生命体も、それなりに知能があり、ある意味では人間をはるかに
超越している部分もあろう。ただ、それが人間にはわからない=理解できないだけだ。
理解できないものは知能が低いとする。
これは「差別」だ。
こういう考えは黒人差別などにもつながるのだ。

では肉類は食べなければいいのか。
「肉を食べることは殺生になるから肉は食べず、野菜のみを食べる」という
「菜食主義」は偽善者に他ならない。
(肉が食べられないので仕方無く「菜食主義」なのは別。)
うそ付きの自分勝手な野郎である。
こういう人間はまったく信用できない。

人は1人では生きて行けない。必ず誰かの協力が必要だ。
そして、自然とのつながりも絶つことは出来ない。
あなたが肉を食べなくても、協力してくれる人は食べているだろう。
また、自然の食物連鎖の中で、誰か(人間とは限らない)が「肉」
(昆虫なども含む)を食べている。植物ですら、動物の死骸を肥料として
「食べている」のだ。
結局、肉がいやの「菜食主義」は、そういう人間界や自然のサイクルを無視し、
自分の手を汚さなければそれでいいという「自分勝手な」人間にすぎないのだ。
だから「偽善者」だというのだ。

人は「肉」を食べなければ生きて行けない。それはしかたないことだ。
問題は、その「肉」になったものに対して感謝し、
それを無駄にしないことだ。
無駄にすることこそ一番いけないことなのだ。

「でも鯨の肉は食べなくてもいい」というかもしれない。
「他の肉で十分だ」と。
これは、先に述べたとおりに「他」のものに対する差別であり、
また、「肉であればどれも同じ」などと思うことは、人間の味覚を
無視した考え方だ。

「肉」を栄養学的に完全に調べ上げ、それと同じものを人工合成したものが
果たしておいしいだろうか。「肉」であっても「牛」「豚」「鶏」と
食べ分けるのはなぜか。
違うのだ。同じ「肉」であってもそれらはまったく違うものなのだ。
そういう意味においても、「鯨の肉」は他のものとは置き換えられない。
鯨の肉にしかないおいしさがあるのだ。
西洋人にはそれがわからない。だから勝手なことを言う。
日本人は鯨を大昔から食べてきた。だからその肉を無駄なく使い、
最高においしく食べる、その方法を知っているのだ。
「理解できないものを悪く言う」と言うのはたやすいことだが、
「大人」の理論ではない。

日本が国際的批判を浴びながら、IWCに参加する意義がどこにあろうか。
もはやその意義はないと思う。
日本は、その主張が正しいと思うなら、そのように行動し、
調査結果なども発表すればいいのだ。

さらに、日本政府はこれから、すべてのことに対して強い立場を表明するべきだ。
今回のアメリカとの車の問題のように。
今までの馬鹿自民党議員が世界に頭を下げ続けていたから、
日本はなめられているのだ。
「たたけば金を出す」とか「ちょっとひねればすぐに音をあげる」とか。
強い日本、これがこれから求められるのだ。
おっと、軍事力ではないぞ、「発言力」と「指導力」での強さだ。

この問題は非常に奥が深いので、またいつか語らねばならないかも知れない。

    ・・・

青島判断。都市博はとうとう中止に決まった。

公約を貫くということは、今までの政治屋になかったことで、
そういう面では大いに評価できる。
選挙時には「公約」ということでいいことを言いながら、
当選するとなにもしないか、あっさりと公約を曲げる
(「不可能だった」とか言い訳する)議員が多すぎるもの。

でも、ことは国際的にも非常に大きな問題も含んでいるので、
「公約だから」と、簡単に片付けてはいけない。
1兆円あるといわれる経済波及効果はどうするのか。

実は、1兆円もの波及効果はない、と思われる。
いや、一部業界にはあるのだろう。
しかし、それはごく一部、建設とレジャー(一部外食)と、そして議員だけだ。
中止に対する海外の反応はといえば、概して好意的だ。
一部の都市では歓迎している。

「日本の首都、東京からの要請だから・・・」しかたない、と出展を
決めていた海外都市も、物価の高い東京での出展には本当は消極的だったのだ。
東京で出展したところで、自分の都市にどれだけの効果があるか、
それは多くの場合観光だけであり、それも出展したからといって、
どっと増えるということはありえまい。
それだけのお金を出すなら、日本の各地で小規模ながら多数の催しを
した方が効果的だ。

企業も半分はそう思っていたのではないだろうか。
東京都都民もそうだろう。
だからこそ「都市博中止」を公約にした青島知事が当選したのだし。
(もっとも、公約など聞かずに、単に従来の政党支援知事に嫌気がさしていた、
ということの方が強いだろうが。大阪のノック知事もしかり。)

だから、「損害賠償請求もあるだろうし・・・」という不安は、
海外からも、日本国内からも、そして企業からもあるまい。
そんなことして勝ったとしても、今後東京では仕事出来なくなるし、
賠償請求するなら、その分の力で別の宣伝をすべきだ。
物事は前向きに考えなければ。

ただ、青島さんは、中止で浮いたお金を(もともと、都市博を開くには
多額の費用が必要であり、経済波及効果の前に、財政負担が急増することが
言われていたが)、別の面で、そして建築などだけでない、全般的な
経済効果のために投資すべきである。
それをやってはじめて、「都市博中止」は全面的に肯定される。

とにかく、「政治家は金を出せばいいように動く」という、悪しきつながりを断った
青島知事に乾杯。

    ・・・

サハリン地震について2。
ロシアのエリちゃん大統領や、外務省の何とか言うトップが
「自国の力で全部出来る。外国の助けはいらん。」などとほざいたらしい。

出来もしないくせに偉そうなこという奴らだこと。
どこをどう見ても「自国」では出来てないようだが。
もうすでに、「再建は無理」とか言っているらしいし。

サハリンにいる現地のトップは、「どこの国の援助も歓迎だ」と言っている。
現地の惨状を見ずに、自分のプライドだけ。
全くプライドだけは高いが、実際には何にも出来ない。
アメリカの栗金トンも似てるなあ。
あと、どこかの会社の誰かさんとかも。

「日本は援助にかこつけて、領土問題を出す」ってか。
もし本当にそんな下心ありで援助に行ったなら、
そのときこそ、国際社会にその非を訴えればいい。

日本も阪神大震災で援助されたのだ。
今度は恩返しのつもりで行こうとしているのに、
その心汲まずして、疑念にかられ、プライドに走る。
1国の大将であれば、もっと冷静に対処して欲しいものだ。
 前からそうだが、エリちゃんは単なる権力欲の塊だ。
(それは現在のクレムリンの組織構造を見てもわかる。)
元々何の指導力もないのに、ソビエト崩壊時に口先だけで
うまいこと言ってのし上がった、たんなる俗物に過ぎん。
ゴルバチョフの方がよほど冷静で、将来にわたって見通し、
強力ではないにせよ、確実な推進力をもっている。
まあ、そういう人を放り出して一時的な感情で「エリちゃん」を
選んだロ国民にも非はあるが。

まあ、他国のこととは言え、つねづね「おかしなことよのう」、
と思うのであった。

    ・・・

スキー複合で、ジャンプの得点がまた少なくされそうだったが、
「元に戻せ」ということになった。

スキー複合は前半のジャンプで、飛んだ距離に応じた時間が与えられ、
後半のノルディックのスタートが早くなる。

元もと日本はジャンプに強くノルディックに弱かったが、
ジャンプでは他国に対して圧倒的に強かったため(ただし、複合競技に関して)、
ノルディックでは時間差を生かして勝っていた。

ところが、この日本の状況にフィンランドはじめ他国が意地悪し、
ジャンプの得点を少なくして、ノルディックが強い国(=フィンランド)に
有利にした。それが今年のシーズンである。

このため、日本勢は最初苦戦したが、ノルディックの強化をし、
後半ではまた優勝をはじめ、上位を独占した。
荻原の4シーズン連続優勝はその結果であり、
非常に意義ある偉大なことだった。

ところがである、まだ勝てないとしたフィンランドは、
さらにジャンプの点を下げろ!とした。
委員会ではこれが通ったが、その上部委員会(決定は2段階で行われるのだが、
このあたりのくわしい名称は失念した)がその決定を「駄目」とした。
余りに露骨な日本たたきに「まった」をかけたのだ。

通常は、委員会の決定が上位でもそのまま通る。
しかし今回だけはそうならなかった。
スポーツは公平であるべきだ、その思いが通じたのだろう。
スポーツ界が汚い政治で動かされなくてよかった。

フィンランドには、「そこまでして勝ちたいか?」という感じがある。
自国のスポーツである「スキー」で勝てないことに苛立っているのだろうが、
もっていきかたがおかしい。

汚い政治を使ってまで勝ってどうするのだ。
スポーツマンなら、正々堂々と実績で勝つべきである。
ノルディックでは勝てる、というのなら、苦手なジャンプを特訓すればいい。
日本は苦手なノルディックを克服して勝ったのだから。
政治で勝っても、自国では盛り上がっても、他国からは「避難される」だけだ。

「日本の国技である相撲で、毎年優勝するのが外人だったらどうする」と
いわれそうだが、「強い日本人がいないのなら、それもしょうがないのでは」と
いうことである。自国発祥のスポーツで、自国が弱いなら、
それを他国のせいだと思わずに、自国の強化で復活するべきだ。

来シーズンも、ぜひ見応えある「正々堂々とした」勝負を見せて欲しいものである。

    ・・・

野茂が大リーグで初勝利。
いやあ、めでたいでんな。

今まで、いいピッチングをしながら勝てなかった。
「今までは一人相撲をしていたが、バックを信頼して打たせてとるようにした」
と言っていたが、その謙虚さの勝利だろう。

えてして、能力のある人は、一人相撲をとりたがるものだ。
しかし、それではなかなかうまくいかないのも事実だ。
他力本願、他人の力を借りて自分の本願を成就する。
それが重要なのではないか。

    ・・・

最近はあまり話題にされないスペースシャトル。
しばらくは日本人初のシャトル宇宙飛行の毛利さんや、
日本人女性初の飛行士向井ちあきさんで話題になったが、
また話題から遠ざかっている。
でも、シャトルは飛び続けている。

で、先日あったおもしろい話。
スペースシャトルの打ち上げがとある事件によって延期された。
その事件とは、啄木鳥(きつつき)が断熱材に穴を開けたのである。

啄木鳥も「偉く大きな、色の変わった木だなあ」と思いながら
穴を開けたのだろうか。
世界最先端の技術が、小さな鳥によって動かなくなるなんておかしい。
それと同時にそれが現代技術の脆さだと思えば、
なにか恐ろしい気もする。

ネズミがケーブルを噛っただけで電話が不通になるとか、
蛇が感電して送電ストップになり電車が止まるとか。
現代のハイテクはちょっとしたことに弱い。

バランスがとれていない技術の進化は、
一度ことが起こればもろくも崩れてしまう。
その事件とは、阪神大震災のような大きなものもあれば、
啄木鳥1匹の場合もあるのだ。

人は、自分のおかれている状態、
特に回りにあるテクノロジーに頼りすぎてはいないか。
余りに危険なレベルまで。

もう一度、自分のいる状態を見つめ直し、
「依存」ではなく、「利用」にもっていく必要があるのではないかと思う。

この件に関しては、またいつか語ることとなろう。

そう言えば、「石川啄木」の「啄木」は、啄木鳥が木をつつく音に慰められたので
付けた名前だとか。まあ、この件には関係無いけどね。

    ・・・

というわけで、今回の時事ネタ三昧は終わりである。

途中、ちょいときびしい意見も書いたが、
私はことのほか「偽善者」が嫌いだ。
これからも世にいる偽善者を、見つけ出しては思いっきり叩くこととなろう。

そうそう、誰かが「メモはとらない。3日経って覚えているネタこそ
使えるネタだ。」と言っていたが、たしかにそう思う。
しかし、オタクラを続けるには、細かいネタも覚えておく必要があるなあ、
とも思う。アイディアメモを持ち歩こうかな。
(ネタはあれど、文章にまとめる時間がない・・・というのもある。)
その前に、

    「皆さんからの投稿、お待ちしております。」

である。
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